324 アローズ領、調査命令―3
――アローズ開発領。
「こりゃ……すげえな」
オズはただ、感嘆するしかなかった。
大河オラヴ沿いの広大な荒野に、起伏を削って作られたであろう平地がどこまでも広がっている。
まだ水を引いていない水路は幅五メートル、深さ七メートルほどで、未来の農地の中を等間隔に整然と走っている。
土木工事で出た土砂は河沿いに盛り土のように集められ、固く盛り固めて堤防となっている。
この光景が視界の端から端まで、延々と続いているのだ。
副長やその他の騎士も圧倒されていたが、ふいにリセが鋭い声を飛ばした。
「見張りがいる。騎馬、おそらく騎士だ」
「あ、ほんとだ。品のなさそうな騎士だな。外道かあ?」
オズとリセの会話を聞いた副長が慌てて馬を前に出し、近くの高みに登り、見張りの数を数える。
すぐに馬首を帰して戻ってきて、二人に報告した。
「掴みで三十以上! 巡回しています、ここにいたらじきに見つかるかと……!」
「……三十以上だと?」
オズが訝しげな顔でリセを見ると、彼女は「わかってる」というふうに頷いた。
そしてただちに命令を下す。
「お前たちは後方の森にて待機。私とオズが接触する。指笛を吹いたら戦闘の合図だ」
「「ハッ!」」
副長と吊るし人たちが後方へ下がっていく。
オズはその様子を眺めつつ、不安そうにリセに言った。
「……何で俺も?」
するとリセが悪戯っぽく笑う。
「か弱い乙女を一人にするのか?」
「おとっ……まあ、そうか。う~ん……」
「フフッ。心配するな、連れてきたのは精鋭ばかりだ。あんな連中、物の数ではない」
「話も聞かずに戦う気か?」
「話はする。その結果、あちらからふっかけてきて戦闘になる」
「ああ、なるほど。……俺は何役をすればいい?」
「ローレン夫人のときの逆をやろう。私が怒らせるからお前は窘めてくれ」
「わかった」
そのとき、見張りの騎士がオズとリセの存在に気がついた。
見張りは近くの高さ二メートルほどの鐘楼へ馬を走らせ、騎乗したままそこに吊るされた鐘をガン、ガン、ガン! と鳴らした。
鐘を鳴らした騎士の下へ、続々と見張りの騎士が集まってくる。
その数が三十六を数えたところで、まとまってこちらに向かってきた。
「多いな……オズ。ビビってるか?」
「ビビりゃしねえけどさ。俺は『こいつは死んでも構わねえ』って思える奴じゃなきゃ殺さねえぜ?」
「安心しろ。殺しはナシだ」
「そりゃあよかった」
やがてリセとオズの下へ見張りたちがやってきた。
馬に乗ったまま、こちらをぐるりと取り囲む。
彼らの装備はバラバラで、誰もが荒くれ者の雰囲気をまとっている。
見張りと知らねば外道騎士として対処してしまいかねない風体だ。
その中で、目つきの悪い髭の騎士が二人に言う。
「誰だ、お前ら」
するとリセが高慢な態度で返した。
「見てわからない?」
髭の騎士が鼻を鳴らす。
「ハン、わからねえな」
「魔導騎士外套に家紋が記されているのだけれど――」
「知らねえ」
「まあ、なんて教養のない男!」
リセがフン! とそっぽを向いた。
髭の騎士の目つきがいっそう険しくなる。
オズはこの様子を見て、内心感心していた。
(ほ~ん。上手いじゃないか、りせちー)
(そっちが無知なお嬢様を演じるなら、俺はそのお付きかな?)
そんなオズをよそに、今度は頭に焼き印の跡がある背の低い騎士が甲高い声で言った。
「どこの騎士様だか知らねえが、ここじゃ俺らが法よ! お前が誰かなんて関係ねえ! どうでもいいしな! 手荒な真似されたくなかったら大人しく言うことを聞くんだな!」
しかしリセは男の説く道理など聞きもしない。
「道化みたいな声で叫ぶのやめて! 頭が痛くなる!」
「道化っ……!」
焼き印の男は仲間内でも立場が下のようで、道化と聞いた見張りたちから遠慮のない笑いが起きる。
笑い声に晒された男の顔が、みるみるうちに紅潮していく。
「このアマ! ひんむいて切り刻んでやる!」
焼き印の男がキレたその瞬間、オズがリセに叫んだ。
「お嬢様、謝罪を!」
リセは眉を潜ませオズを見返す。
「……謝罪? この私が? 道化ごときに?」
「道化だって立派な人間でございます!」
オズの言い様に再び笑いが起こる。
一方のリセはむくれ顔で言うことを聞かない。
「嫌よ! ぜ~ったい、嫌っ!」
「状況をお考え下さい! 私たちは今、三十以上の騎士に囲まれておるのですぞ!?」
「何が騎士よ! オズ、ちゃんとごらんなさい! どいつもこいつも底辺貴族丸出しの三下じゃないの!」
「「!」」
途端に笑いが止み、見張りの騎士たちの顔色が変わる。
「ああっ! もうおやめください、お嬢様ッ!」
「いいえ、底辺貴族どころか外道だわ! こいつも、こいつも、こいつも! 金も品も実力もない、獅子王国のごくつぶし共よ!」
「あぁ……お嬢様ぁ……」
見張りの騎士、一人一人を指差して罵倒するリセに、オズは力なく項垂れる。
目つきの悪い髭の騎士が前へ出てきた。
「……どこぞのお嬢様らしいから、捕まえて実家から解決金引っ張ろうかと考えてたが。どうやら丁重なおもてなしが必要なようだな?」
オズが頭を垂れ、下げた頭の上で蠅のように手をこすり合わせる。
「お金はどうにか都合しますゆえ……どうか! どうか、お慈悲を……」
髭の騎士は返事代わりに、鞘を鳴らして剣を抜いた。
「ひいっ!?」
悲鳴を上げたオズが髭の騎士から逃げようとすると、彼が逃げた方向にいた騎士たちも一斉に剣を抜いた。
リセが逃げ道を探して取り囲む騎士たちを見回すと、彼らも次々に剣を抜く。
そして見張りの騎士全員が剣を抜いたことを確認したリセは、突然普段の口調に戻り冷たく言った。
「――抜いたな? 敵対行動を確認。やむなく応戦する」
リセの指笛が辺りに響き渡る。
一瞬の間の後、後方の森から一斉にハンマーを地面に振り下ろしたような音が響いてきた。
その音は雷鳴のように轟きながら近づいてくる。
見張りの騎士たちがそれが襲歩の音だと気づいたころには、九騎の精鋭は彼らの目前に迫っていた。
「突撃ィッ!!」
副長の叫びと共に、包囲していた見張りの騎士たちの横っ腹、あるいは後背に吊るし人が突っ込む。
「ううっ!? 俺らごと!?」
オズが顔を引き攣らせるが、リセは馬上で悠然と腕を組んでいた。
「大丈夫だ。むしろ動くと危ないぞ?」
「お、おう」
恐ろしい勢いと重量の塊が、オズとリセをかすめていく。
耳をつんざく衝撃音と悲鳴がいくつも立て続けに起こる。
突撃を食らわせた九騎は、その余勢でオラヴ河方面へと流れた。
あとに残されたのは、突撃によって落馬し、地面で喘ぐ見張りの騎士たち。
運良く助かったのは突撃に対してオズたちの陰になる位置にいた者たちで、その中に目つきの悪い髭の騎士もいた。
彼は顔を青くしながらもリセに言う。
「お前ッ……まさか、吊るし人か!?」
髭の騎士は、突撃の練度から結論を導き出したようだ。
リセはフン、と鼻で笑い、魔導騎士外套の紋章を指差した。
「まさかもクソもない。この鹿角の紋章はアンテュラ家の家紋だ。西にいるなら見知りおけ。さもなくば早死にするぞ?」
「……ッ」
目つきの悪い髭の騎士は忌々しそうにリセを睨み続けていたが、しばらくしてふいに表情が変わった。
「早死にするぞ? それはつまり、今は殺さないということか?」
「……」
無言のリセを見て、髭の騎士は確信したように笑った。
「ハハ! やはりそうだ! わかったぞ? いくら吊るし人でも、他領に仕える騎士を理由なく殺せないもんな? 逆に俺たちが王様に訴え出たら、お前らが罰を受けるわけだ!」
得意げに語る髭の騎士を前に、リセは首を捻ってオズを見た。
「こんなことを言っているが?」
「だからなんで俺に振るんだよ」
「こんな愚物に私が説明しなければならないのか?」
「高慢なのは地かよ……わかった、俺が言うよ」
オズはため息をつきながら前に出て、髭の騎士に言った。
「あんた今、自分たちを『他領に仕える騎士』と言ったよな?」
「ああ。それが?」
「で、あんたら三十六人――休みの奴もいるだろうから四十人以上、騎士がいるよな?」
「ああ。騎士が五十二人いるぜ」
髭の騎士はその数を誇るように言ったのだが、オズとリセは数を聞いて顔を見合わせ、それから同時に首を横に振った。
髭の騎士が忌々しそうに叫ぶ。
「だから、その態度はなんだ!」
「あのさ、髭のおっちゃん――」
オズは心から心配そうな表情を浮かべ、髭の騎士に語りかけた。
「――王国の法では、おっちゃんたちは〝裏騎士団〟なんだよ」
「……裏騎士団?」
「王宮に届け出ていない騎士団のことだよ。おっちゃんたち、騎士団結成してないよね? 見るからにそうだし、俺たちも存在を知らなかったし」
「そりゃあ、俺たちは雇われて配置されてるだけだし……」
「王国法では十人以上の魔導騎士を常時雇い入れる場合、騎士団を結成して王宮へ届け出よ、とあるんだ。違反した場合に問われる罪は――反乱罪だ」
「は? 反乱!? 俺たちはそんな大それたこと、考えてない!」
「わーってるよ。だからうちのリセ隊長は見逃してやるから言うことを聞けと言っているんだ」
「……首吊り公に報告しないんだな?」
「いや? するけど」
「ふッ、ふざけるな! それじゃ今殺されなくても、じきに吊るされるだろうが!」
「だから……あのさあ」
「な? 愚物だろう?」
「口挟まないで、りせちー。……じゃあ俺が、おっちゃんが今からやるべきことを教える。俺を信じて聞いてくれるか?」
「それで死なないんだな?」
「ちゃんと言ったことやれば、ね」
「っ、わかった」
髭の騎士が頷いたのを見て、オズはまるで旧知の友人のように助言を始めた。
「まず領都シルフィールドへ急いで戻って、領主ローレンに事の次第を報告するんだ。彼女は夫の死で急遽、後を継いだのだろう? そのせいで王国法に通じていない疑いがある。彼女に自分たちが違法状態であることを伝え、騎士団の結成を強く進言するんだ」
髭の騎士が神妙な顔で頷く。
「わかった」
「まだ終わりじゃない。ローレンが騎士団結成を認めたら、すぐに届け出の書類作成を始めるんだ」
「……俺が!?」
「おっちゃん、見張りのリーダー格だろ? あんたが主導するんだ」
「いや、そうだが……俺は王宮へ届ける書類なんて書いたことないぞ?」
「何もおっちゃんが自分で書くことはない。ローレンの館には領主の代筆をする家人がいるはず――たぶんあの老執事だな、あいつに書かせるんだ」
「なるほど……」
「書面は最低限でいい。騎士団名、構成騎士の名簿、あとは仕える領主の印があれば間違いない。書類ができたらそれをもう一部作り、片方を【手紙鳥】で黄金城へ飛ばすんだ。五十人もいれば魔女騎士もいるだろう?」
「ああ、いる。もう一部はどうするんだ?」
「それも黄金城へ。こっちは保険だ、馬でゆっくりでいい。……できるか?」
髭の騎士は難しい顔で悩んでいる。
「やっぱり愚物だ」
「りせちー?」
「はいはい」
髭の騎士は彼なりに考えたようで、オズに疑問をぶつけた。
「お前が言うことはわかった。でも一つ、気になることがある」
「なんだ?」
「なぜそんなに急がせる? まるで考える隙を与えないようにしてるように思える」
疑問を聞いたオズは、嬉しそうにリセに言った。
「ほら見ろ。愚物じゃない」
しかしリセは首を横に振る。
「いいや、愚物だ」
ムッとする髭の騎士に、リセは冷たく言った。
「お前たちが急がねばならない理由は時間制限があるからだ」
「時間制限?」
「我々はこのあと、ハンギングツリーへ戻り、首吊り公にありのまま報告する」
「!? そんな、話が違うぞ!」
「いいや、違わない。私たちは公の忠実なる僕。公に偽りの報告などするわけがない。だからオズは、我々がハンギングツリーへ着く前に黄金城へ届ける方法を貴様に教えたのだ。裏騎士団の存在を知れば、公がどのように動かれるか……私にもわからんからな」
「……ッ」
「急ぐ理由はわかったな? ではすぐに行けッ! 吊るされるぞ!」
「ッ、クッ!」
髭の騎士は無事だった他の騎士を連れ、領都方面である森のほうへ転がるように馬を走らせた。
そしてリセは、落馬して地面で傷んでいる騎士たちにも叫んだ。
「お前たちもだ! 吊るされるのを待つか? それともいっそ、ここでくたばるか? ならば介錯してやろうぞ!」
リセがオラヴ河のほうに合図を送る。
彼女の合図を受けた副長たち九騎が、馬を盛んに動かし、再度の突撃の準備を始めた。
それを見た見張りの騎士たちは顔を青くして立ち上がり、痛む身体を引きずって髭の騎士のあとを追っていったのだった。
裏騎士団について
領主や力ある貴族が騎士団を隠していた場合、王に対し反乱の意志アリとみなす法です。
獅子王国では過去何度も玉座をめぐる争いが起きていて、その過程で成立した法律になります。
外道の集まりなどは基本的に裏騎士団にあたりませんが、貴族がスポンサーについていた場合は適用されることもあります。





