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322 アローズ領、調査命令―1

 ――あれからひと月後。

 西方の冬は厳しさを増し、大地は常に白く染まるようになった。

 この日オズは一人、ハンギングツリー城壁の外で人を待っていた。


「おっせえなあ。凍え死んじまうぞ……なあ?」


 呼びかけられた彼の馬はブルル……と鼻を鳴らし、同意を示したかのように見えた。

 手綱を持つ手が革の手袋越しでも冷えてくる。

 オズは手を擦り合わせ、それから手綱を持ったまま魔導騎士外套(ソーサリアンコート)のポケットに手を突っ込んだ。


 屋外でじっと待たされることに苛立ちながら、待つこと三十分。

 ようやく待っていた者たちがやってきた。

 魔導騎士外套(ソーサリアンコート)を着て、馬に乗った騎士が十人。

 全員がフードを被った上に、鼻から下を覆うマスクをしている。


「あー、ええと……俺、同行するように首吊り公に言われてるんすけど……」


 素性の知れぬ彼らに、オズが恐る恐る切り出す。

 すると隊列の中から女騎士が歩み出てきた。


「聞いている。最後尾につけ」

「あ、どもっす。その声はもしかして……」

「私だ」


 女騎士がマスクを下げる。


「やっぱり! りせちーじゃん!」

「誰がりせちーだ! そんな舐めた呼び方するのは貴様だけだ!」


 女騎士は吊るし人(ハングドマン)人差し指(二番隊)筆頭、リセだった。

 ――となると他の九騎は人差し指(二番隊)の精鋭か。

 オズはそう推測し、リセに冗談めかして言った。


「だって、そんな格好してるから恐かったんだよ。そりゃありせちー呼びにもなるってもんだろ?」

「はあ? ……とにかく、その呼び方はやめろ」


 リセは再びマスクを上げ、配下に目配せした。

 先頭がリセを追い抜いていき、リセを殿にして部隊が進み始める。

 オズはリセのさらに後ろをついていった。

 部隊は会話なく、しかし急ぐでもなく、ハンギングツリーから遠ざかっていく。

 どうやらひと目につかない道を選んでいるようだ。


「あのさ、りせちー」


 オズが声をかけると、リセは迷惑そうな顔で彼のほうを向いた。


「なんだ?」

「何で隊長が殿なんだ?」

「見てわかるだろう。この任務は隠密行動で行うようにとの命令だ」

「うん。で、何で殿?」

「私はここらの住人に面が割れてる」

「あ~ね。ふぅん」

「……何だ。文句でもあるのか?」

「文句ってわけじゃねえけど」

「さっさと言え。男だろう?」

「なら言うけど。隠密行動なら、こんな綺麗に隊列組んでちゃダメじゃね? 精鋭騎士団丸出しだよ」

「ッ!」

「あとさ、顔隠す前に素性を隠さないと。魔導騎士外套(ソーサリアンコート)着てちゃ吊るし人(ハングドマン)なのバレバレでは?」

「~~っ! おっ、お前だって魔導騎士外套(ソーサリアンコート)着てるじゃないか!」

「俺は任務のこと何にも聞かされてないもん」

「私はッ、この手の任務は経験がないんだ! 素性を隠しての調査は小指のフィンがやると決まってるから!」

「たしかに。小指(フィン)の手が空いてないなら親指(ラズレン)がやるイメージだな。……何でりせちーにこの任務がきたんだ?」

「知るか!」


 リセは慣れない任務の上にオズにダメ出しされ、不機嫌そうに隊列の先頭へ向かった。

 どうやら先頭にいる副長に、今ダメ出しされたことを相談しに行ったようだ。

 オズはリセの背中を眺めながら考える。


(ま、俺がおまけで付けられた理由はわかった。りせちーのお守りだ)

(首吊り公は俺がこういうの得意だって考えてるんだろう。実際、得意だしな)

(でも何でわざわざりせちーにこんな任務させる?)

(りせちーの人差し指は治安維持任務がメイン。言うなれば吊るし人(ハングドマン)の善人担当、人気担当だ)

(……あ! もしかして、りせちーは首吊り公の養子だから……後継ぎ候補なのか!?)

(で、後継者なら汚れ仕事にも慣れさせておこう、っていう……)

(だったら絶対、失敗できねえじゃん! 丸ごと俺の責任にされかねねえぞ!)


 何となく己に迫る危機を察したオズは、先頭に行ったリセを追いかけた。


「りせちー!」


 リセと副長が振り向く。

 副長はそうでもないが、リセははっきりと不愉快そうな表情を浮かべている。


「あ、もしかして。機嫌が悪いのはりせちー呼びのせい?」

「もしかしなくてもそうだ! 初めからやめろと言っているだろう!」

(わり)い、(わり)い。それでさ、りせちー」

「……」

「今回の任務についてキチンと教えてくれね? みんな慣れてないなら俺がちゃんとしなきゃヤバい気がしてさ」


 リセは口を開くのも嫌なようで、副長に対し「任せる」と顎で示した。

 副長がマスクを下げ、話し出す。

 副長は首吊り公くらいの年齢の、穏やかそうなベテラン騎士だった。


「今回の任務はアローズ開発領の極秘調査です」

「アローズ……?」

「西方フロンティアと呼んだほうが馴染みがあるでしょうか。ハンギングツリーよりも西――大オラヴの河辺を農地にすべく開発している領地です」

「オラヴ河ってランガルダン要塞の前を流れてるやつだよな。……無理じゃね? ほぼ赤土だし、灌漑するにも厳しそうだけど。おまけに治安もクッソ悪いし」

「厳しい地であることはもちろんです。賊だけでなく蛮族の存在もありますし――ただ、だからこそ、何百年も手付かずだったわけです」

「そりゃ無理だもんな」

「ところが近年、それを可能にする方法が編み出されたのです」

「マジで? どんな方法?」

「アローズ家の発明した土壌改良法と特殊な方法による灌漑工事だと聞いています」

「ほえ~。何だかすごそう」

「その方法を考案し、小規模ながら成功させたアローズ家に、陛下は広大な領地をお与えになりました。それが大オラヴ沿いの開発領というわけです」

「なるほど……陛下にしてみりゃ、いくら広くたって麦の一粒も採れない極西の土地。懐は痛まない、か」

「そういうことです」

「西方争乱で荒らされなかったの?」

「まだ水路を作る段階だったそうで、奪われるような物もなかったようです。人的被害もまったく出ていないと」

「そっか、そっか。……で。何で俺たちはアローズ開発領を調べるの?」


 すると副長は押し黙り、視線をリセに送った。

 リセも口を開かなかったが、襟元から魔導騎士外套(ソーサリアンコート)の中に手を突っ込み、裏ポケットから丸まった書状を取り出してオズに投げてよこした。

 オズは書状を丸めていた紐を解き、記された文字に目を落とす。


「……予言!?」

「シッ!」


 リセが唇に人差し指を立て、辺りを見回す。


「口に出したら書状を読ませた意味がないだろう!」

「誰も聞いちゃいねえよ。それよりこれ、本気なのか?」


 オズが書状を開いてリセに向ける。


「乱の火。首吊り丘の西より燃え上がり、炎となって王都に迫る――内乱の予言だ。この予言にある火種を探せって。これ本当に首吊り公の命令なのか?」


 リセは頷いた。


「間違いない。公自ら私に命じられたし、書状も公の字だ」

「予言なんぞのために僻地に指一本送る? 公も焼きが回ったか?」


 これにはリセもムッとした顔を浮かべた。


「ふざけたことを言うな。それに、ただの予言じゃない。オババ様の予言だ」

「オババ様?」

「昔、邪教を興して人心を惑わし、数多の死者を出した大罪人だ。監獄塔の特別房に囚われている」

「……何でそんな奴、飼ってんの?」

「予言がとてもよく当たるからだ」

「ええ……」

「巨人の王の襲来も当てた、といえばどうだ?」


 オズの眉がピクンと跳ねる。


「巨人の王の襲来? 蛮族の襲来ではなく?」

「そうだ。それをランガルダン防衛戦の前に予知したのだ」

「それは……ヤバいな。どのくらい当たるんだ?」

「公が仰るには、何でもわかるわけではないらしい。だが予知すれば外したことはないそうだ」


 オズは腕を組み、首を捻って考える。


「ハンギングツリーより西……ランガルダン要塞は修繕工事中。ダレンは無人。だからアローズ開発領ってわけか」


 リセが頷く。


「不満か? 他に調べるべき場所があるなら教えてくれ」

「意地悪言うなよ、りせちー。でもさ……」

「なんだ?」

「気が進まないんだよなあ」

「……なぜだ?」

「たぶん、同級生の実家だから」

「!」

「まあ、いいか。僻地で同窓会ってのも悪くない」

前話の腰抜けの処遇について。

「これは読者さんの反感買うかもしれないなあ」と書いてるときから思っていて、なので戦々恐々としながら今日、感想欄を覗いたのですが……


みなさんのご理解に感謝です!!

一応、腰抜けが助かるルートはないかと探ったのですが、この世界観とキャラたちだと何度走らせても助からないんですよねぇ……


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