319 隠れ家におじゃまします―下
「あああ! わかりました!」
ロロが叫び、大きく手を打った。
「もう、ビックリした!」「声大きいって、ロロ」「何がわかったの?」
「すいません、気がついた嬉しさで大きな声が……グウィネス卿の【隠し棚】、その正体がわかったんです!」
そしてロロはロザリーの顔を上目で見つめ、辿り着いた答えを口にした。
「グウィネスの園。あの街と城を取り巻く空間そのものが【隠し棚】だった……?」
ロザリーは深く頷いた。
「あの枯れ木のウロに掛かった不気味な垂れ幕――あれ見て思ったの。この垂れ幕、いる? って。エンディミオンの存在を隠したいのなら、もっと別の方法で完璧に隠すはず。こんな垂れ幕じゃ意味ないよね? って」
「気がつきませんでした……垂れ幕が【隠し棚】の扉だったんですね」
「そう。ああ、扉って垂れ幕でもいいんだ、わりと自由なんだな、って思ってたら中には夜空と城下町があるわけ。あれを見て『この人すごいな。帰ったら私もやろう』って思ったの。街まではいらないし、あんな不気味な空もいらない。じゃあどんな景色にする? って悩んでた頃にピクニックしたから」
「なぁるほど! あの草原に雰囲気似てるなって思っていたんです!」
「でも、年中過ごしやすい気候なのもどうなんだろ。冬は雪、降らせたいよね?」
「……え?」
「ええ? ダメ?」
「ダメではないですけど。そのときはミストラルだって雪、降ってますよ?」
「それはそうだけど」
するとアイシャが目を輝かせて言った。
「むしろ夏に雪、降らせようよ! 暑い最中に雪遊びやりたい! 絶対、気持ちいい!」
そんなアイシャをジトッとした目で見つめるベル。
「ほんっ、と……あなたって子供みたいよね、アイシャ」
「なによぅ。別にいいじゃない!」
「話は変わるんだけど。ロザリー、ここに私の書庫作らせてもらえないかしら。端っこでいいから」
「ベルは頼み事が大人過ぎるって!」
「だって私の部屋、本が増えすぎてもう保冷庫どころの騒ぎじゃないのよ。明日にでもどの本を捨てるか迫られてる状況なの」
「いいよ、ベル。ただ……機密関係の書類は置いたりしないでね?」
「……そっか、そうよね。置き場にばかり意識がいってたわ」
ロロがベルに尋ねる。
「ベルさんの【隠し棚】は使ってないんですか?」
「触っちゃ危ない呪詛関係のアイテム類をしまっているの。書類と一緒にしたくなくて」
「じゃあ呪詛アイテムのほうを預かろうか? 私、ちょうど呪詛研究やろうかなって思ってたところだったし」
「それもグウィネス卿の影響ですね?」
「そうそう」
ベルが悩ましげに言う。
「でも……かなり危険な品もあるのよね」
「私はグウィネス卿とやり合ったんだよ? そこらの呪物くらい平気、平気」
「それはそうでしょうけど。でも……う~ん」
「あ、もしかして呪詛アイテムのほうも近衛騎士団の機密だったり?」
「機密ってほどではないのだけれど、団所有ではあるわ。それに……ここだけの話、近衛騎士団の呪詛部門って結局、私一人でやっているのよね」
「ああ~。部門責任者が団所有アイテムをよそに預けていいものかっていう――」
「――そうなの。……でも、ロザリーと共同研究できるのなら是非やりたいわ。一人でやることに限界感じてたし。ロザリーが問題なければ、だけど」
「もちろん! 私だって呪詛に造詣のある魔女騎士と研究できるのはメリットあるし。……でも、私と研究することが近衛騎士団への裏切り行為になったりはしない?」
「問題がない、とは言わないけれど……私に求められてるのって実行力なのよね。いざ王家の方や団員が呪詛に犯されたとき、何もできないことこそが最大の罪なの」
「そっか」
「うん」
ロザリーとベルが見つめ合う。
「じゃあ、呪詛研究同盟――」
ロザリーがテーブル越しに手を差し出し、それをベルがしっかと握る。
「――ここに締結!」
そして二人して、悪い顔で笑い合った。
それを見ていたアイシャとロロは顔を見合わせ、それから二人の握手に手を重ねてきた。
「仲間外れにしないでよ~!」
「私も、私も!」
するとロザリーとベルはすぐさま、握手の手を離してしまった。
すとんと手が落ちたアイシャとロロが不満げに言う。
「何でよぅ!」「どうしてですか!」
「ん~、二人には遠慮してほしいな」「ええ。危険物を扱わせるべき性格じゃないもの」
「アイシャさんはともかく私もですか!?」
「うわぁ、ロロひっど!」
そうこうしているうちに団欒の時間は瞬く間に過ぎ。
窓には夜のカーテンが掛かり、見えるのは星明かりに照らされた木々のシルエットだけになった。
「そうだ!!」
急に大声を出したロロに、三人が非難の声を重ねる。
「「「ロロ、声が大きい」」」
「すいませんっ! ベッドの準備をしなきゃって思ってたのに忘れてて……」
ロザリーが言う。
「それに、お風呂の準備もよね?」
「ああ、それも!」
「私、毎日入らなきゃダメな人なの。二人も入るよね?」
するとアイシャはどっちでもよさそうに首を傾げたが、ベルは黙って挙手をした。
「おっけー。じゃ、ロロ。私はお風呂やるから」
「わかりました! では私はベッドの準備を!」
そうしてロザリーはリビングを出ていき、ロロは二階に上がっていった。
二人きりになった途端、リビングは静まり返り、少しだけ気まずい空気が流れる。
ベルがもう残り三分の一になった葡萄酒の瓶を手に取り、グラスへ注ぐ。
続いてアイシャに「注ごうか?」と身振りで示し、差し出されたグラスに紫色の液体と注ぐ。
「アイシャ」
「ん。なに?」
「私ね? 卒業してからこの一年ちょっと、結構苦労したの」
「知ってるよ。職場変わったし……苦労したのは知ってる」
「でも、騎士として成長した実感があったの。呪詛系は前よりずっと得意になったし、他の魔女術も幅が広がったわ」
「うん。……それで?」
「この【隠し棚】を見て、わかっちゃったの。ロザリーはもっともっと成長してるって」
「ええ、そう? 馬鹿げた強さなのは前からじゃない」
「私、ソーサリエに入る前からずっと愛読している本があるの。〝魔女の真髄〟っていう」
「ああ、聞いたことある。読んだことないけど」
「文章が硬くて頭に入らないのよね。でも繰り返し読んでいるとわかってくる。文章の硬さとは真逆で、魔女が陥る先入観を突き破って、その向こう側へ誘ってくれる内容なの」
「へ~。それが?」
「〝魔女の真髄〟に出てくるの。【隠し棚】に空を造る者は、魔女の喜びと悲しみを深く知る者。真なる魔女である、って」
「へえ」
「……反応が悪いわね」
「だってそれ、結局何を言ってるのか意味わかんなくない?」
「わかんない人ねぇ。魔女術って術理からして陰鬱なことが多いでしょう? それを踏まえて魔女の喜びというのは――」
「ああ、授業は勘弁! もうソーサリエは卒業したからぁ~!」
「聞きなさい、アイシャ!」
「嫌ですぅ~」
それから、しばらくして。
「――で。四人で一緒に入る必要があったのかしら?」
湯に浸かるベルがそう呟くと、口々に反応が返ってきた。
「賑やかでいいじゃない」
「一人ずつ入ってたら時間かかるしね」
「ええ。ロザリーさんはたっぷり一時間は入りますし。ベルさんも絶対長風呂でしょう?」
「まあ、ね。それにしても……露天か、いいなあ……」
「ここなら覗かれる心配もないですし」
隠れ家の風呂は、家の裏に設えた露天風呂だった。
琥珀のような半透明の謎材質でできた円形の大きな浴槽が置かれていて、その手前に石材床の洗い場がくっついている。
壁は一切なく、顔を向ければ丘の上から草原が見渡せる。
浴槽の上には藤棚があって、蔓が這い天井を作っている。
紫の花房が垂れ咲く東屋の露天風呂だ。
浴槽には獅子の顔を模した給湯口から惜しみなく湯が注がれ続け、あふれた湯は洗い場の排水口に流れていく。
浴槽にはロザリーとベルの二人。
「風呂好きのロザリーのイメージが影響してる?」
「ここだけは一生懸命考えたもん」
「でしょうねぇ」
髪を洗っていたアイシャが、隣で洗うロロに言う。
「ロロって髪も石鹸で洗ってる?」
「ええ」
「パッサパサにならない?」
「そこはこれですよ!」
ロロが自信たっぷりに手にした石鹸を掲げる。
「頭からつま先まで! 子供からお年寄りまで! 女も男も太鼓判! ロロ印の薬草石鹸!」
「……聞いたことないんだけど(笑)」
「それはそうです、売り出す前にミスト来ちゃったんで」
「ああ、魔導院時代に商品開発したやつなのね」
それを聞いたロザリーが、ロロに声をかける。
「ミストで売る?」
「ええ!? いいんですか?」
「大儲けするわけじゃなければ。いい品を市中の皆様に提供するって体でいけるんじゃない?」
「それでいいです! 世に出れば未練はないです!」
「じゃ、そうしましょう」
「やった! ありがとうございます! ……そうだ、お返しというわけではないですが、私ロロ、特務隊の部隊名称を考えてきました!」
「「特務隊?」」
「あ、ベルさん、アイシャさんは知らないですよね。ミストで新設した部隊のことです。で、名前がですね……ふふーん、何だと思います?」
「勿体ぶらないで。早く言いなさい」
「そうですか? では――その名は〝骨十字騎士団〟!! 部隊マークも考えてまして、クロスした大腿骨にしゃれこうべがドーンと鎮座しているデザインです! どうです、かっこいいでしょう!」
興奮気味に説明するロロに、ロザリーは短く答えた。
「却下」
「どえええ!? 何でですかぁぁ! 旗まで作ったのにぃぃ!」
「旗作る前に相談なさい。っていうかその旗、海賊旗そのものじゃない」
「……あ。言われてみれば」
「現在ミストのイメージ回復作戦中なんだから。それじゃまるで悪の秘密結社だわ」
「……ですかねぇ」
ロロは不服そうにしながらも泡を流し、浴槽に入ってきた。
遅れてアイシャも入る。
湯船は四人同時に入っても、それぞれが足を伸ばすくらいの余裕はあった。
湯に浸かり大きく伸びをして、アイシャがロザリーに尋ねる。
「ふー。ここの同居人ってロロだけなの?」
「クリスタっていう天馬騎士の子がたまに来るけど。同居ではないわね」
「あんのお邪魔虫……頻繁に来やがるのです」
「ああ、天馬騎士の子ってロザリーの部下だったんだ」
「アイシャ、知ってるの?」
「噂になってるから。ベルも知ってるよね?」
「ええ。噂は聞いてる」
「え……噂ってどんな?」
「なんか歌いながら街道を超低空飛行したり。人の家の屋根で天馬と昼寝してたり」
「あの子……! 注意しなきゃ!」
怒りを滲ませるロザリーに、ベルが窘めるように言った。
「注意より、気をつけてあげてね?」
「……どうして?」
「天馬騎士は目立つし、王国では超レアよ。たぶんあの子しかいないんじゃないかしら」
「そうだね、たぶん」
「だったらあなたの強味にもなるけど弱みにもなる。わかるでしょう?」
「……ん」
「いつも目をかけてやる必要はないの。彼女はいつでも空へ逃れることができるのだから――」
「――わかった。自衛の心構えだけ、教えておく」
「それでいいと思うわ」
「ありがと、ベル」
「いいえ、何も」
「あ、そうだ。私もお返しというわけじゃないけど、お礼代わりに伝えておくね」
「うん? 何かしら?」
「オズの手配は取り消したから。彼はもうお尋ね者じゃないわ」
「……へえ、そう」
「うん」
「……」
「……」
「……なぜ、それが私へのお礼になるの?」
「え、だって。二人はただならぬ仲だって」
「はあ!?」
「だって、さっきロロがそう言って――」
「――ちょっと、ロロ!?」
「フッフーフ! 復讐ですよ、ベルさん!」
「は? 復讐?」
「ロザリーさんと二人きりでしっぽり楽しんだ、そのツケですよ。因果は巡りますねぇ、ええ?」
「嫌っ! 輩みたいな顔で近寄ってこないで!」
悪い顔でにじり寄るロロを、ベルが必死に押し退ける。
ロザリーがアイシャにこっそり尋ねる。
「違ったんだ? アイシャもそうかもって言ってたからてっきり」
ロロの顔面を押さえながら、ベルがジロリとアイシャを睨む。
「……アイシャ?」
「はは、ごめんごめん。でも、オズのことしょっちゅう口にしてたじゃない」
「それは! 同級生が手配されて心配だったから!」
「わかった。わかったよ、ベル」
「もう、みんなして!」
ベルは不満げにそっぽを向き、湯船の縁に身体を預けた。
苛立った彼女の背中に三人は顔を見合わせ、それから三人だけで会話を始めた。
しばらく経って、ベルはこっそり向き直り、今度は湯船の縁を枕にした。
友の話し声が意識から遠ざかり、ベルの目に藤棚の天井――その蔓の隙間から瞬く星が映る。
ベルは三人に聞こえない微かな声で呟いた。
「……オズ。今頃何してるんだろう」
この連休に温泉でも行きたいなぁ、と思って風呂エピ足しました。
願望が地の文に表れていますね。
現実では行きません。
……クソッッ!!