318 隠れ家におじゃまします―中
――ロザリーの【隠し棚】の中。
そこには狭い備品倉庫からは想像もつかない光景が広がっていた。
「草、原……?」
そこは、先日ロザリーが密談の舞台に選んだ草原によく似た場所だった。
同じように小さな丘があり、そのてっぺんに小さな一軒家が建っている。
家の前には色とりどりの花が咲く庭も見える。
「うわぁ! お庭付きの魔女の家だ!」
アイシャはテンションが一気に上がり、丘へ向かって駆け出した。
ベルは呆然と辺りを眺めている。
それからふと真上を見上げ、ぽかんと口を開けた。
「うそ……空がある!」
ロザリーの【隠し棚】の中には青空が広がっていた。
白い雲がぽかり、ぽかりと浮かんでいて、ゆっくりと流れていく。
ロザリーが言う。
「実際に空があるわけじゃないよ? 私のイメージ」
「わかってる。でも……いえ、だからこそすごいことよ? あなた、本当にすごいわ……」
「そうかな? ありがと」
一軒家は二階建てに魔女帽子のような大きな三角屋根を被っていた。
その屋根部分にも窓がいくつか見えるので、正確にいえば三階建てだろうか。
屋根には蔦が這い、一部には花まで咲いている。
家全体が歪んでいて、家のサイズにしては大きな煙突はズレた積み木の塔のように曲がっていた。
花壇のある庭もきっちりとした長方形などではなく、丸や三角が組み合わさった歪な形。
そんなデザインをしているので、アイシャが〝魔女の家〟といったのはかなり正確な表現だろう。
「お帰りなさい、ロザリーさん!」
人の気配に気づき、ロロが家から出てきた。
「ただいま、ロロ。お客さんだよ!」
「あ、アイシャさん! ベルさんも!」
「へへ、来ちゃった!」「ごきげんよう、ロロ」
「お二人ならいつでもウエルカムですよ! ところで手土産は?」
「相変わらず、ちゃっかりしてるわね……」「もうロザリーに渡したよ」
ロザリーが紫色の花の鉢植えと葡萄酒の瓶を掲げて見せた。
「おお、そうでしたか。ではどうぞどうぞ」
「お土産なかったら入れてもらえなかったのかしら?」
「ぷぷっ。とりあえず入ろうよ、ベル」
「二人は先に入ってて。私、鉢植えの場所を選んでくる」
ベルとアイシャが家に入ると、外の陽気と違って中はひんやりとしていた。
廊下を少し行って曲がると、もうリビングに着いた。
「へえ。いいじゃない」
ベルはリビングから見える、窓がたくさんある明るいキッチンや、ゆったりとしたテーブル回り、少し急な二階への階段を眺めて、そう感想を漏らした。
「あなたもここに住んでるんだ?」
ベルがそう問うと、ロロはキッチンでお茶の用意をしながら答えた。
来客用のカップが見つからないようだ。
「ええ、基本的には。外の団長邸とか本部のソファで寝ることもありますが」
「よかったじゃない。念願の同棲……でしょ?」
「うへへ。でもですねぇ、寝室が別なのが何ともかんとも」
すると横からアイシャが口を挟んだ。
「あ、じゃあベルが一歩リードだね。泥酔して同じベッドで寝た仲だし」
「ちょっ! アイシャ、余計なことを――」
瞬間、ガシャーン! と陶器を落とした音が響く。
二人がキッチンを見ると、ロロがようやく見つけたカップを取り落とし、案の定な表情をしていた。
「――はあああああ!?!? 聞いてませんが!! どういうことですか、ベルさん!!」
「ちょっと、ロロ! 声、大きい!」
「あはは。やっぱ純度増してる」
「私の知らないところで、なんて破廉恥なことを……!」
「別に破廉恥なことなんか!」
ちょうどそのとき、鉢植えの場所の吟味を終えたロザリーが家に入ってきた。
「ちょっとロロ、うるさいよ? 外まで聞こえてる」
「ロザリーさんっ! 質問があります! 大変重要なことです!」
「何よ、もう」
「ベルさんと二人っきりで! 密室で! お酒飲んで! 同じベッドで寝たというのは真実なのですか!」
ロロが鬼気迫る表情でそう問うと、ロザリーはあっさりと答えた。
「ああ、あったね」
「……くうううう!!」
「そんな、心から悔しそうにしなくても……」
「ハッ!? まさか、手土産の葡萄酒は再びロザリーさんを酔わせて同衾するための布石……!」
「違うでしょ、四人いるんだから。四人で寝ちゃうならわかるけど」
「四人でベッドイン……」
そう呟いたロロの顔が、みるみる間に紅潮していく。
それを見たアイシャがニヤッと笑った。
「あれあれ? もしかして一番破廉恥なこと考えてるの、ロロなんじゃ?」
「ち、違うですよ!」
「ほら、慌ててる!」
「違います! 違いますからぁぁ!」
ロロは顔を両手で覆って、二階への階段をドタドタと駆けあがっていった。
その様を見届けたロザリーは、ベルにこっそり言った。
「ごめんね、ベル?」
「ああ、うん。こっちこそ、何かごめんね?」
「夕食は食べていくよね?」
すると横からアイシャが言った。
「え~、そんなの悪いよ。御馳走になりまーす」
「アイシャ、ほんと恥ずかしいからそういうのやめてほしい」
「あはは。いいじゃない、食べてってよ」
「……準備、手伝うわ。まずはメニュー決めなきゃね」
「そうだ! 保冷庫がね、パンパンなの。もらうばっかりで消化できなくて……やっつけるの協力してくれない? 高位貴族向けの燻製肉とかあるよ!」
「するする! 協力する!」
「もう、アイシャ……」
「ベルも、ね?」
「……うん」
夕食は四人で作った。
保冷庫を占領していた燻製や塩漬けの肉魚類、果物、チーズ。
庭の片隅にある小さな畑から野菜も採ってきた。
テーブルを埋め尽くすほどの皿が並び、誰もが「これは食べきれないな」と思ったが、保冷庫に余白ができたロザリーはご機嫌だった。
最後にワイングラスを並べ、ベルの持ってきた葡萄酒を注ぐ頃には、窓の外の草原は鮮やかな夕暮れに染まっていた。
四人が席に着き、軽く葡萄酒で唇を濡らし、食事が始まる。
「……あかね空。外の時間とリンクしてるの?」
ベルがそう問うと、サラダを頬張っていたロザリーは無言で頷いた。
続けてベルが問う。
「どうして空を作ろうと思ったの?」
「んむっ、ちょっひょ待って……この前ね、グウィネス卿の【隠し棚】を見たの。その影響」
「「「グウィネス卿の【隠し棚】??」」」
ロザリー以外の三人の声がピタリと重なったのを見て、ロザリーが吹き出す。
「フフッ。ちょっと待って、ロロはわかるでしょ?」
「えっと、グウィネス卿と戦ったときですよね? ええと……」
「は!? ロザリー、あの大魔女グウィネスと戦ったの!?」
「ああ! ベル、その名前を口にしちゃダメ! ほんとダメだから!」
「うるさいわね、アイシャ! その名前を口にしちゃいけない地獄耳魔女と戦ったってロザリーは言ってるの!」
「軽く、だよ? 手合わせ程度」
「それでも! ……あなたねぇ、自分から敵を作ってない?」
「え~。そんなことないよ、そのときも誘われたから行ったんだし」
「悪い魔女の誘いに乗ったらダメでしょう!」
「ベルったら――」「――お母さんみたいね?」
息が合ったロザリーとアイシャが、腰を浮かせてテーブル越しにハイタッチを交わす。
「……心配だから言ってるのに」
「わかってるよ、ベル。ありがと」
と、そのとき、考え込んでいたロロが大きく手を打った。
「あああ! わかりました!」
「もう、ビックリした!」「声大きいって、ロロ!」「何がわかったの?」
「すいません、気がついた嬉しさで大きな声が……グウィネス卿の【隠し棚】、その正体がわかったんです!」