317 隠れ家におじゃまします―上
――王都ミストラル。王都守護騎士団本部前。
その砦のような建物の前に、ロザリーの同期――ベルとアイシャが並んで立っていた。
ベルは王都で最近評判の葡萄酒を、アイシャは鉢植えの紫色の花を持っている。
アイシャが言う。
「まさか、自分がミストの本部に入る日が来るとは思わなかったわ」
ベルがわずかに頷く。
「たしかにね。団員じゃなきゃ、たいていは捕まったときだもの」
「中に入った途端、捕まったりしないよね?」
「フフッ。大丈夫じゃない? あなたも更生したわけだし」
「は!? 別にミストに追われるようなこと、したことないもん!」
「なら初めから問題ないわ。行きましょう」
アイシャはベルに背中を押され、本部の中に入っていった。
――本部、団長室。
「どうぞ」
ノックの音にロザリーがそう返すと、扉が開いて立哨の騎士が姿を見せた。
ロザリーを前にして騎士は反り返るほど姿勢を正し、大声で報告する。
「団長殿ッ! ご友人が参られておりますッ!」
「ご友人……?」
「いかがなさいますかッ!」
「いいわ、お通しして?」
「ハッ! どうぞッ! お入りくださいッ!」
「やっほ~、ロザリー!」
大きな声の騎士が脇に避けると、アイシャが軽いノリで入ってきた。
その後から静かにベルも入ってくる。
「アイシャ! ベルも!」
「遅れ馳せながら、団長就任をお祝いに来たんだ!」
アイシャから鉢植えを渡され、ロザリーは満面の笑みで喜んだ。
「わあ! ありがとう、アイシャ!」
「喜んでもらえてよかった! ……どうしたのよ、ベル。ロザリーの前に来た途端、モジモジしちゃって!」
「別にモジモジしてなんか!」
ベルはアイシャを睨んでから、遠慮がちに葡萄酒の瓶を差し出した。
「ありがとう、ベル!」
「私はお祝いっていうか……そう、コネ作りよ。同期が団長になったからもっと親しくなっておかないと、ね?」
「またそんなこと言って~。ロザリー、聞いて? ベルったらね、次は自分が行くって言っちゃったから行かなきゃ! でも一人じゃ行けない~! って私に泣きついてきたんだよ?」
「ちょっ! 口が軽いわね、アイシャ!」
憤慨するベルに、ロザリーが言う。
「なんで、ベル? いつでも会いに来てくれていいんだよ?」
「……本当?」
「もちろん!」
「そう。よかった……」
何となくぎこちない二人の会話を横で聞いていたアイシャが、訝しげに目を細める。
「……やっぱりあんたらってさ、デキて――」
「――ない!」「――ないから!」
それからしばらくロザリーは二人とじゃれ合っていて、五分ほどしてからちらりと時計に目をやった。
「えっと、ドゥカス」
「もう退勤時間は過ぎております。どうぞお先に」
ロザリーはもう一度時計に目をやって、それからドゥカスに小さく手を合わせた。
「ごめんね、ドゥカス」
「何も。お疲れさまでした、団長殿」
ロザリーは二人に向き直り、扉を親指で指し示した。
「じゃ、行こうか」
するとベルが首を傾げる。
「え? どこへ行くの?」
「どこって私の家だけど」
「でも王都守護騎士団団長邸に行ったら、執事さんに本部に行けって言われて、ここに来たのだけど」
「ああ。あれとは別に隠れ家があるの」
「「隠れ家?」」
――王都守護騎士団本部内二階、人気のない通路の先の小部屋。
「この部屋が隠れ家なの?」
小部屋の扉の前でベルに問われ、ロザリーは笑った。
「ここはうちの備品倉庫なの。別にここじゃなくてもいいんだけど、ロロと私にはここがわかりやすいかなって。アイシャはわかるよね?」
アイシャは一瞬首を傾げたが、すぐに手を打った。
「備品……ああ! わかった!」
ロザリーが備品倉庫の扉を開ける。
掃除用具類が手前にあって、その奥には無数の木箱やら長得物やらが雑然と置かれている。
ロザリーに続いて二人も部屋に入っていく。
「別に、普通の備品倉庫って感じだけど……」
首を捻るベルに対し、アイシャはニマニマしている。
「そうそう、こんな雰囲気。懐かしいなー」
ロザリーが振り返って笑顔を向ける。
「あのときと雰囲気似てるから、ここしかない! って決めたの。でも仕組みは違うんだよ?」
「仕組み?」
ロザリーが部屋の床に落ちた影に手をかざす。
たちまち影が揺れ、波打つ黒い泉から無数のスケルトンがもつれた骨の塊がせり上がってきた。
スケルトンたちがうぞうぞと蟻の集団のように蠢き、やがて彼らが塊の中に隠していた物が姿を現す。
それを目にしたベルが仕組みに気づく。
「扉の絵……わかったわ、【隠し棚】ね?」
「ご明察!」
スケルトンたちが集っていたのは、備品倉庫の扉より倍は大きい額縁だった。
そこに描かれているのは立派な扉の絵。
ロザリーが言う。
「【隠し棚】の隠し場所って魔女騎士なら皆それぞれネタがあると思うんだけど、でもネタが割れてしまえば簡単に開けられちゃうじゃない? だからどこかセキュリティ万全な隠し場所はないかとかんがえていたんだけど……私の影の中に隠すことにしたの!」
アイシャが問う。
「備品倉庫の影じゃなきゃダメなの?」
「ううん、私の影と繋がっていればどこでも。出し入れを見られたくないのと、備品倉庫に何かあると敵に誤解させたいの」
すると今度はベルが問うた。
「敵……ユールモン家のこと?」
「それ以外にも。この仕事を続けるなら敵の存在には事欠かないと思ってる」
「……そうね、それはそうかも」
「ベル、そんな心配そうな顔しないで。行きましょう、中を見たらきっと驚くから!」
そう言ってロザリーが額縁のほうを見ると、スケルトンたちの一部が扉の絵にすがりつくように集まり、扉を開けた。
「さ、どうぞ!」
「どうぞ、って言われても……」「……ねえ?」
躊躇する二人にロザリーはキョトンとしている。
だが二人にしてみれば当然のことだ。
なにせ、おぞましい死霊がおいでおいでしている扉。
これが地獄への扉だと言われても、なんの不思議もない光景である。
「……ちょっと待って」
ベルが眉を寄せてロザリーに尋ねる。
「私たちが入ったあと、扉の絵は置きっぱなし?」
「まさか! 置き去りじゃセキュリティも何もないもの。またスケルトンたちが影に沈めるわ」
「それ、平気? ロザリーの影って死霊の置き場所よね? 生きてる人間が入って大丈夫なものなの?」
「うわ、ベルって鋭い。入ったら死んじゃいます。では、どうぞ!」
「嫌よ! お宅訪問で命を失いたくないわ!」
「うそうそ、冗談。生身の状態じゃなくて一枚噛ませておけば、死なないのは実験済みだから」
「ええ~? 本当かしら」
「大丈夫だってば。今もロロが中にいるんだよ?」
ベルはアイシャと顔を見合わせた。
「ん……それならまあ」「行ってみるか」
スケルトンたちの視線を集めながら、二人が恐る恐る扉へ向かう。
スケルトンたちは嘆きの表情でこちらを見上げたり、頭上から骨をカタカタ鳴らしたりした。
いつしか二人は身を寄せ合う格好になりながら、骨の塊へ踏み入っていく。
そして二人がまさに扉を潜る瞬間、ロザリーがぼそりと言った。
「……ロロ、まだ生きてるといいけど」
「ちょっとぉ!」「やめてよね!」
「フフ。冗談、冗談。ネクロジョーク♪」
「ブラックジョークすぎるのよ!」
「さ、行こう!」
ロザリーはトドメとばかりに二人の背を強く押した。
二人が前方によろけながら扉の奥に姿を消し、それを認めたロザリーも扉を潜る。
三人が入ると扉は自然に閉まり、額縁はスケルトンと共に影の中へ沈んでいった。