32 脱出路
ロザリーは再び洞窟へと向かった。
風のように走る彼女の背中に、ヒューゴもピタリとついてくる。
やがて洞窟が近づき、速度を落とす。
同級生たちの気配はない。
すでに移動したようだ。
「よかった、砦に向かってくれたみたい。オズに書き置き作戦、大成功!」
満足げなロザリーに、ヒューゴが言う。
「アノ書き置きはどうかと思うが。『捜さないでください』なんて書かれたら、捜してしまうのが人情じゃないカ?」
ロザリーが口を尖らせる。
「じゃあ『捜してください』って書くの? それこそ捜すじゃない」
「フフ、それもそうだネ」
洞窟の前に着いた。
ロザリーが横開きの扉を開ける。
夜の洞窟はいっそう暗い。
「ここが侵入経路なのは間違いない」
「目撃証人からじかに聞いたわけだしネ」
「同時に脱出路でもあるはず。おそらく唯一の、ね」
ロザリーは暗闇に構わず、歩を進めた。
彼女は夜目が利く。
ヒューゴによると、死霊騎士の特性だという。
そのため、灯りがなくとも洞窟の岩肌がありありと見えた。
相変わらずぬかるみが酷いが、それも気にしない。
そうしてしばらく行って、行き止まりに辿り着いた。
「ポポーは『掘りたての匂いがする』って言ってた。どこかにトンネルがあるのよ。さっきは見落としたトンネルが……」
ロザリーは目の前の土砂に目を走らせるが、異常は見当たらない。
「ヒューゴ、わかる?」
するとヒューゴは微かに頷いた。
「キミにもわかるはずだヨ」
「やめてよ。講義始める気?」
ヒューゴは取り合わず、目を閉じた。
「目に頼らず、魔術の気配を探るんダ」
「もう。わかったよ」
ヒューゴに倣い、ロザリーも目を閉じた。
彼女にも魔術の気配というものが、少しずつわかるようになってきていた。
【鍵掛け】された扉がわかるのも、その一つ。
ロザリーはじっ、と魔術の気配を探った。
「……そこね」
ロザリーは気配の元へ進んだ。
それは通路を塞ぐ土砂の一部分で、近くで見てもおかしなところはない。
ロザリーは、剣を鞘ごと腰から抜いた。
そしてそのまま、壁に突き入れる。
すると剣はほとんど抵抗なく、壁へと吸い込まれた。
突き刺さるわけではなく、壁が皺を寄せてへこんでいく。
「わからないものね」
ロザリーは剣をクルクルと回転させた。
すると壁は剣に巻き取られ、後にはぽっかりと空洞が現れた。
「マントと同じ、魔導具の布よ」
「お見事です。御主人様」
そう言って、ヒューゴが拍手した。
彼は講義のときだけ、敬語を使いロザリーを褒めるのがお決まりだった。
ロザリーは講義自体より、この瞬間がむず痒くて苦手だった。
だから今回も、素知らぬ顔で空洞を調べ始めた。
指を舐め、空洞に向ける。
「……風が来る。トンネルね」
ヒューゴも近づき、空洞を覗きこむ。
「思っていたより狭いナ」
ヒューゴがそう言うと、ロザリーが空洞の天井へ手を伸ばす。
「でも、高さは二メートルくらいある。これなら馬も通れる」
ヒューゴはしゃがみ込んで、地面に手をついた。
「踏みしめられた土が、石みたいに硬イ。ここを二千人以上が一列に通ってきたんだネ」
なおも二人が空洞を調べていると、背後がぼんやりと明るくなった。
「あーあー。何で見つけちまうかなあ」
二人の背後に立ったのは、頭巾で顔を隠した怪しげな男。
後ろに四人の男たちを引き連れていて、それぞれが松明と得物を持ち、危険な雰囲気を漂わせている。
「ついてねえな、お前さん方。見ちまったからには口封じするしかねえ」
空洞のほうを向いたまま、ロザリーが言う。
「ヒューゴ、気づかなかったの?」
ヒューゴもまた、空洞のほうを向いて答える。
「キミこそ」
「私は、見張りがいるなら魔導騎士だと思ってたの! だから魔導無しの気配なんて気にもしてなかった」
「おあいにく様。ボクだってそうだヨ。それより、魔導無しなんて呼び方はやめたまえ。彼らに失礼だ」
「それもそうね。……一般人、とか?」
「魔導無しとカ」
「……それ、魔導無しと何が違うの?」
頭巾の男が声を荒らげた。
「てめえらッ! 何をコソコソ言ってる! こっちを向けッ!!」
ゆっくりと二人が振り返る。
「ホラ、気を悪くさせたじゃないか」
「ええ? 私のせい?」
「いつまで喋ってんだ、てめえらッ!」
よほど頭に来たのか、頭巾の男がめったやたらに松明を振り回し始めた。
「親分!」「落ち着いて!」「冷静、冷静!」「ほら深呼吸!」
子分らしき四人に言われ、頭巾の男は大きく息を吸って、吐いた。
「……死に方くらいは選ばせてやる。どうやって死にたい?」
ロザリーとヒューゴは顔を見合わせた。
「どうする?」
「御主人様、お先にドウゾ」
「そう?」
ロザリーは頷き、剣を抜いた。
「てめっ、逆らう気か!」
頭巾の男は、慌てて腰の得物へ手を伸ばそうとする。
その瞬間、ザアッと風が吹き抜けた。
「風? どこから――」
それを確かめる間もなく。
後ろにいた子分たちがバタリ、バタリと倒れていく。
「何だ!? 何が起きた!?」
その答えは、子分たちのさらに後ろにいた。
ロザリーは剣を一振りし、鞘に納める。
「てめえ、いったい何を――」
頭巾の男がそう問いかけたとき、彼のうなじの辺りから声がした。
「――質問するのはわ・た・し。あなたじゃない」
「ウッ!?」
驚き振り返ると、瞬きの音が聞こえるほど近くに女の顔があった。
ロザリーではない。
今の今までいなかった、赤い巻き毛の美女。
思わず仰け反った男に、美女が問う。
「あなた、アトルシャンの人ね?」
すると頭巾の男は目を細めた。
「俺を残したのは間違いだったな」
「なぜ?」
「何も言うことはねえ」
そう言ったきり、頭巾の男は目を閉じてしまった。
「素敵。男らしいのね」
赤毛の美女が男の頬を撫でると、頭巾の上からでもわかるほど男は鼻の下を伸ばした。
ロザリーがため息交じりに言う。
「ねぇ、ヒューゴ。遊んでないで、手早く聞き出してくれない?」
「あら、いいじゃない」
「じゃあ退いて。私が自白用のまじないを使うから」
「せっかちね。それではつまらないわ」
赤毛の美女は男の手を取り、大事そうに自分の豊かな胸に重ねた。
そしてますます鼻の下を伸ばす男に言う。
「聞いて。私ね、拷問が得意なの」
不穏な台詞に、頭巾の男が薄目を開ける。
赤毛の美女は、まるで恋する乙女のように、熱く思いを語る。
「いえ、得意なんて言葉は相応しくない。大好き。愛していると言ってもいい。だって、あなたのような男らしい人が苦しむさまを見ていると――」
赤毛の美女がニィッと笑う。
すると彼女の顔半分が、ドロリと溶け落ちた。
男が触れている、彼女の胸も。
男の手が溶けた肉に沈み、骨に触れる。
「ヒィッ」
か細い悲鳴を上げた男に、半分骸骨となった赤毛の美女が顔を寄せる。
「――コンナ私デモ、生キテイルッテ錯覚デキルモノ」
頭巾の男は白目を剥き、後ろへ倒れてしまった。
「オヤ。やりすぎちゃったか」