316 密談はピクニックで―下
――ミストラル近郊、平原。
オパールが言う。
「ジャンが〝血濡れ〟に参加した当時に所属していたのはユールモン騎士団〝遠吠え〟だったのですよ」
「「!!」」
「昔からユールモンの手勢にいた古株がいて、〝遠吠え〟だったジャンに気づいたそうで。それをネタに強請ろうとしたが、相手は腐っても騎士ですから、逆に脅されて口を噤んだようです」
シリルが言う。
「出戻り、ってことですよね……。騎士たちやアーサー卿の誰も気づかないのはなぜでしょうか? それとも気づいたうえで受け入れている……?」
「他に気づかれてはいないそうだ。手勢も〝遠吠え〟も顔ぶれは変わっているし、アーサー卿も当時は子供だし……そもそも、貴族がごろつきの顔なんぞ注意して見ないのだろうな」
「でも、自分の騎士なら父君ランスロー公などは顔を覚えている気がするのですが……」
するとそのとき。
ロザリーの背中側、揺れる木立の影から声が響いてきた。
「――そのランスロー公。死んでるカモって話だよ?」
皆が驚き視線を向ける中、ロザリーだけはテーブルのほうを見たまま、言った。
「……ヒューゴ。盗み聞きは感心しないわ」
「素敵なことやってるなッて気づいてネ。でも盗み聞きは途中からサ」
「ランスロー公の話。どこから聞いたの?」
「黄金城だよ。今、王宮の噂にハマっててね。その中で聞いた話だ」
するとロロが急に目を輝かせた。
「ヒューゴさん! 王宮の噂話、ぜひ聞きたいですっ!」
「待って、ロロ。あなたが大の噂好きなのは知ってるけれどそれは今度。……で、その噂って信憑性あるの?」
「ソコソコあると思ってるよ。噂の出元がエスメラルダ卿の部下だから」
「っ!」
エスメラルダは近衛騎士団団長で獅子王エイリスの側近。
同級生の母親で、ロザリーも面識がある相手だ。
「……あなた、私に黙って何を調べているの」
「アァ、心配しないで。ボクは絶対にバレないし、仮にバレてもキミには行きつかないから」
「……本当かしら」
無言で睨むロザリーに、ヒューゴが顔を寄せ、囁く。
「バランは手放さず、手駒にすべきだ。キミは使える外道を手元に置きたいと考えていたようだが、元〝遠吠え〟となれば、その価値は十倍以上。逃すべきではない」
「価値と同時にリスクも増すわ」
「ミストにしたあとに、バランの素性が他に漏れたらってこと? そんなのたいしたリスクじゃない。いざとなればたかが外道だ、切り離せばいい。一方で、バランはランスローの城の詳しい内部構造やユールモン家の裏事情など、ボクやネモでも簡単には調べられないことを知っているだろう。アーサーの行動まで読めるかもしれない」
「……」
ロザリーが返事をせずに考えていると、クリスタが迎えに行った隊が丘の麓までやって来た。
隊は十六名の騎馬隊。
全員が騎士の風貌をしている。
先頭の男性騎士が馬を下り、丘の斜面を駆け上がってきた。
ロザリーもそれに気づき、出迎える。
「ご無沙汰しております! 〝骨姫〟様!」
「レーン卿! お久しぶりです!」
頂上の手前で互いに手を取り、再会のハグをした。
「お元気そうね、レーン卿!」
「ロザリー卿も! お申し出に恥ずかしげもなく、やってきてしまいました」
「何も恥ずかしいことなんて。そうだ、みんなに紹介するわ」
ロザリーはレーンの背中に手を置き、テーブルの面々に彼を紹介した。
「レーン=イナーク卿。西方争乱のとき、危険を顧みず民のために奔走された高潔な方です」
「ロザリー卿、高潔などと、そんな……」
「では言い直します。大変立派な方です。今は聖騎士のみで構成された騎士団を率いて、まともな治療も受けられない困窮した村々を回っているのですよね?」
「はい。微力ながら世の役に立てばと」
ここまで聞いていたドゥカスが、ふと疑問を口にした。
「いや、大変ご立派な志。だが……この場に来るということは王都守護騎士団に入る、ということで? 我々は慈善活動を主目的とはしていませんぞ?」
するとレーンは後頭部を掻き、面目なさそうに説明を始めた。
「簡潔に申せば、金がないのです。我らは聖騎士の集まり。聖文術で治せるぶんにはよいのですが、そうでない病気などには薬がいる。常に遠征しているのでその費用も大きいです」
「ふ~む。金はないが困窮した民からは金はとれないと。活動のやり方を頭から考え直したほうがよいのでは?」
「ドゥカス、あんまり虐めないの」
「よいのです、ロザリー卿。おっしゃる通りですから。……基本的に、活動費は貴族から寄付を募ります。稀にその地の領主が活動費をすべて工面してくれることもありますが、本当に稀なことです。寄付集めには時間がかかり、タカリ呼ばわりされることもあり。不名誉と貧しさを理由に脱退する者も多く……今残る者たちはそれに耐えた面々なのですが、それでも限界があり。今後の活動に頭を悩ませていたときに、ロザリー卿から【手紙鳥】をいただいたのです」
ドゥカスが言う。
「それで、彼らの活動費を王都守護騎士団が出してやる、と?」
「ええ。そういうこと」
「う~ん。どうでしょうなあ」
「……ドゥカスったら、わざと悪役を買って出てる?」
「いやいや! 心から疑念を持っておりまする」
「フフッ、そう。まず、レーン卿の騎士団にミストの資金を不正に出すわけではないわ。あなたも言った通り、彼らにもミストに入団してもらう」
「それは当然ですな。しかし、投資に見合う実益がないような……」
「いいえ。実益しかないわ」
「ほう? お聞かせ願えますかな?」
「ええ、もちろん」
ロザリーはこほん、と咳払いし、ドゥカスだけではなくテーブルの皆に向けて話し出した。
「私たち王都守護騎士団の使命は治安維持。でもこれって、賊や犯罪者を捕まえていれば実現できるものではないと思うの。みんなはどう思う?」
問いかけに答える者はいない。
ドゥカスやオパールなどは心の内に意見はあるが、簡単に言葉にはできない。
それほどの難問だ。
ロザリーが続ける。
「私はね、治安維持の根幹は地域の安定だと思う。民が安心して暮らせることこそが治安向上に繋がる。だって、明日のパンもないときに悠長に小麦の種は撒けない。そうなったら私だって盗みに入るもの。……とはいえ、私たちが陛下や領主を跳び越えて困窮した民を食わせてやることはできない。でもせめて、病気や怪我の治療くらいはしてもいいはずよね? そして、この活動は決して独善的な行いではなく、私たちに返ってくると思うの」
ドゥカスが言う。
「……我々に実益もあると?」
「民の信頼よ。我が王都守護騎士団はほんのひと月前まで解散を噂された騎士団。忘れてはいないわよね?」
「は……それはもう」
今となっては遥か昔のように思えるが、まさにひと月前のドゥカスが思い詰めていたことだ。
「王都には治療所もあるけれど、まったく十分な数ではない。聖文術による治療も、民が受けられることはほとんどない。でも、我々は民を見捨てないの。民の信頼はミストの支持となり、安定した騎士団運営に繋がる。予算だって増額を見込めるかもしれないわ」
そしてロザリーはレーンを見た。
「だからレーン卿。あなたたちは思う通りに活動してくれていい。そのとき青マントを着けていることが、そのままミストのためになるから」
「ハッ! ありがとうございます!」
ロザリーが丘の麓にいる騎士たちに目をやる。
彼らの騎馬の数頭に旗が立っている。
「あの団旗は聖アリアナね?」
するとレーンは驚いた様子で頷いた。
「よくご存じで。私財を投げ打ち、最後には自慢の髪を売ってまで貧しき者に奉仕した聖人。我々の守り神です」
「ミストの団旗と共にあの旗を使うことも認めます。部隊名も聖アリアナ部隊にしましょう。……いいわね、ロロ?」
「はい! すぐに手配します!」
「それと、うちの魔女騎士の中から十人程度集めて魔導充填薬調合部隊も作ろうかなって」
「聖アリアナ部隊が魔導枯渇で治療できない状態を予防するわけですね! そちらも合わせて手配します!」
「調合部屋ができたら、私と調合得意なロロもいくらか作ってストックしておこうか」
「ピンチ用ですね、了解です!」
ロザリーとロロの言葉のラリーを見つめながら、レーンがおずおずと言った。
「あの、我らはいつからミストに……?」
「今、入団したわ。後戻りできないからね?」
「ッ! 感謝いたします!」
深く礼をするレーンに、その場の皆から拍手が起こる。
「では、レーン。最初の命令よ」
「っ、ハッ!」
「他の皆も歓迎するから、ここへ呼びなさい。今すぐに!」
「ハッ!」
レーンは慌てて駆け下りていって、なにやら下でわちゃわちゃしている。
どうやらミストの下請け的立場として資金援助を受けることになるとレーンは伝えていたようで、いきなり入団が決まってざわついているようだ。
ロザリーや他の面々は、丘の上からその様子を笑いながら眺めている。
テーブルの傍らに立っていたヒューゴは、人知れず影に沈み、この場を後にした。
誰にも見られぬその顔は、にんまりとほくそ笑んでいた。
(悪人も善人も、役立つならためらわずに使う)
(気づいてるのかな、ロザリー。これって統率者の資質だヨ?)
(本格的に王国を乗っ取るか? それとも皇国の端に国でも建てるか?)
(夢は広がるねェ……クックック……)