315 密談はピクニックで―中
「――団長直轄の特務隊を組織する」
「「!!」」
ロロだけは知っていたのか驚かなかったが、彼女以外の全員が目を見開いた。
「精鋭を揃えた特殊部隊は今までもあったようだけど、特務隊のキモはあくまで団長直轄。ミストのどの管理職からも、王宮のお偉いさんからも命令も影響も受け付けない。団規すら越えて、私の命令でのみ動く部隊よ」
オパール隊の弓騎士――シリルが問う。
「それはロザリー団長と常に共にいる部隊……親衛隊のような部隊なのですか?」
「いいえ。むしろ私の代わりに私の手足として動く部隊。私の名代ともいえる部隊ね」
ドゥカスが頷く。
「お一人で東奔西走されるにも身は一つ。限度がありますからな」
「ええ。それこそさっき言ったドゥカスに手を貸すって話も、ちょうど私が不在だと当然助けられない。特務隊と〝黄金の奴隷共〟でそのあたりをカバーしたいの」
「なるほど……で、隊員の選抜はどうなさるおつもりで?」
「私の独断ね」
するとクリスタが元気よく手を挙げた。
「はいっす! 立候補するっす!」
「はいはい。心配しないでもクリスタとロロは自動編入よ」
「やたっ!」「当然ですっ!」
「そして、シリル。この前の賊討伐で、これからもあなたに一緒にいてほしいと思ったの。あなたが嫌じゃなければだけど……どうかな?」
指名を受けたシリルは目を瞬かせ、嬉しそうに頬を紅く染めた。
しかしすぐに返事はせず、顔をオパールのほうへ向けた。
シリルはオパール隊所属。
彼直属の部下である。
オパールはフイッとそっぽを向いて言った。
「……受けたいなら勝手に受けろ。俺に気兼ねなんぞするな」
するとシリルは真顔で、間髪入れずに答えた。
「では受けます。オパール隊長、お世話になりました」
オパールが振り返って叫ぶ。
「あっさりしてんなあ、おい!」
「さよなら、元隊長」
「もう元かよ! 情のかけらもない奴だ!」
オパール隊の掛け合いを見せられ、その場が笑いに包まれる。
笑いが収まって、ロザリーが言った。
「シリル、揶揄うのはそこまで。オパール、あなたもよ」
「……は?」
「あなたにも特務隊に入ってほしいと言っているの」
「え!? あ、自分もでありますか!?」
「あとタイランたちも。どうせなら優秀なオパール隊ごともらおうかなって。部隊長を任せることになるけど、前線に立つ場面は前より増えると思う。どうかな?」
「ああ、いや……予想外のことで、混乱しております」
「そうなの? ……そうか、あなたはドゥカスの右腕だったわね。どうしても彼の下に残りたいと言うなら、監察役でもいいわ。家族のリスクは織り込んでもらうけれど」
「いや、そういうことではなく……」
「うん。まあ理由はともかく、気乗りしないなら受けなくていいの」
「ッ、そうではなく!!」
突然の大声にロザリーは席上で身を引き、シリルが怪訝そうに見る。
「急に大きな声出して、何?」
「どうしたんです、オパール元隊長?」
オパールはバツが悪くなり、肩を竦ませて小声で言った。
「……自分が配置換えになるとしたら、てっきり管理職のポストなのだとばかり」
オパールが心底恐れていたのは昇進だった。
王都守護騎士団では、部隊長からの昇進は〝アガリ〟と呼ばれる。
お偉いさんなどと呼ばれる立場になり、基本的に本部にこもり、現場には立たなくなるからだ。
名ばかりの閑職も存在し、危険手当がつかなくなるので給金はやや減る。
が、オパールにとってそこは問題ではない。
前線に立てない自分に、まったく価値を見出せないのだ。
管理職として何の役にも立てずに本部で暇を持て余す自分など、想像するだに恐ろしい。
オパールは〝アガリ〟をクビ宣告と等しく恐れていた。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ロザリーが言う。
「……あなた、団長の私や元団長のドゥカスが危険な任務に駆けずり回ろうっていうのに、自分は本部で呑気にお茶飲んでる気なの?」
「オパール! 見損なったぞ!」
「いや! いや、そうではないのです、団長殿、ドゥカス様! ただ……」
「ただ、何?」
オパールはゴクッと唾を飲み込んで、それから本音を口にした。
「……いつかは、前線に立つ一騎士の立場を辞めなければならなくなる、と覚悟していまして」
ロザリーとドゥカスが顔を見合わせる。
オパールにとって人前で初めて口にする、心の奥深くに封じ込めていた悩み。
だがこれをロザリーは一蹴した。
「私が団長の間はそんなことさせないわ。あなたは生涯一騎士。老いぼれてもこき使うから、そのつもりで」
この言葉を聞いたオパールはグッ! と歯噛みし、こぶしを握り締め、勢いよく立ち上がった。
「団長殿ッ!!」
「わっ! 今度は急に立ち上がって何!? びっくりするんだけど!」
「あの演説、痺れました!」
「あの演説……?」
首を捻るロザリーに、シリルが耳打ちする。
「ユールモン邸での演説です。あのとき、オパール隊長はロザリー団長の足元で感動に打ち震えておりましたので」
「そうなんだ……」
「『私が許す』。あの一言に魂が震えました。そして我が恩人であるドゥカス様を団に残してくださったことも感謝してもしきれませぬ!」
「ああ、うん。それはまあ、打算的な理由でもあるんだけど」
「生涯一騎士として、ロザリー団長の下で働くことを誓いまする!」
腰の剣の鞘を力一杯握り、首を垂れるオパール。
その様子を見てロザリーが短く言った。
「期待してるわ、オパール」
「ハッ!!」
一陣の風が吹き、テーブルクロスを揺らす。
ロザリーとオパールの様子を、風の中で静かに見守る一同。
しかし、事の推移を黙って見守っていたはずのロロだけは、テーブルの下で何やらコソコソと書いている。
ロザリーがそれに気づき、そっと覗き込む。
「なになに? ……オパール、入信おめでとう?」
「え? あああ! ロザリーさん、見ないでくださいよぅ!」
「何のメモなの、それ?」
「これは日々の日記の下書きといいますか、ネタ帳といいますか……」
「ロロ、日記なんて書いてるの? 今度見せて!」
「無理です! いかにロザリーさんの頼みでも、これだけは無理ですからっ!」
「ダ~メ♪ 団長命令!」
「グフッ!? 笑顔で職権濫用するロザリーさんもお美しいッ!」
「何言ってるの。誤魔化そうたって、そうはいかないからね?」
「うぅ、はい……」
「時に団長殿――」
ドゥカスがロザリーに尋ねる。
「――組織改革となれば触れなければならない話があります。反抗的な連隊長たちの処遇はどうされるおつもりで?」
「その件があったわね。実はこの前、【手紙鳥】を彼らに送ったの。私が皇国との会議から戻ってくるまでに、私に従うか、逆らうか決めておけってね」
「最後通牒ですな」
「そうね。期限までに彼らが行動しなかったら……ドゥカス、予定明けといてね?」
「殴り込みですな。了解です」
二人の会話に、オパールとシリルが顔を見合わせる。
「殴り込、み?」「本気ですか、団長殿?」
「ああ、心配しないで。支部を攻め落とすとか、そういうことはしないから」
「いや、そこまでするとは思っていませんが……」「でも、ではどうされるおつもりで?」
「乗り込んでゲンコツするくらいのつもりでいるけど。ドゥカスは?」
「儂は支部ごと反抗するようなら攻め落としても構わぬと思っておりますぞ? 無論、人死には極力避けますが」
「そう? じゃあ基本は連隊長にゲンコツコースで、その部下も抵抗するようなら攻め落とすってことで。ドゥカス、勘を取り戻しておいてね?」
「ハッ! ご同行する以上、足は引っ張りませぬ!」
オパールとシリルが再び顔を見合わせるが、もう何も言わなかった。
そこでロザリーがポツリと言った。
「……それにしても遅いわね」
そう言ってロザリーが立ち上がって遠くを見たので、ドゥカスが尋ねる。
「他にも密談の参加者がいるので?」
「密談とは関係ないのだけれど、ついでだからここに合流してもらう手筈になってるの」
「合流……?」
「……あ、来た! クリスタ、天馬で出迎えてきて!」
「はあ。えと、どちら様っすか?」
「あなたも知ってる人よ。ほら、街道のほう! 隊列の先頭にいる!」
「んん? ……おお、あれは! 行ってくるっす!」
「お願いね!」
クリスタが近くで草を食んでいた天馬に駆け寄り、飛び乗るや否やふわりと宙に舞い上がる。
その様子を見つめつつ、ロザリーが言った。
「……今のうちに聞いておこうかな。オパール、例の人物について調べはついた?」
言われたオパールは、スッと真面目な顔になった。
「この場で話しても?」
「ええ。ここの皆なら問題ないわ」
「では……ご命令により調査したバランについてご報告したします」
その名を聞いたシリルが、ドゥカスに小声で言う。
「バランとはたしか……地下牢にいる、ユールモンの手勢を率いていた?」
「そうだ。坊主頭に刺青のある男。団長殿とオパールは、奴が戦歴のある元騎士だと考えている」
「ああ、なるほど……」
オパールが報告する。
「通り名はただのバランですが、本名ジャン=シヴェール。元王国騎士です」
ドゥカスが目を剥く。
「シヴェール? あの名家シヴェールか?」
「ええ、そのシヴェール家です。大昔に名を馳せた名家で、今は没落して高位貴族の座にはない。とはいえ、家格としては中級かそれより少し上といったところ。ジャンはソーサリエ生時代から優秀で、期待の跡継ぎだったようです」
ロザリーが言う。
「なぜそれが、今はごろつき稼業なんてやっているの?」
「ジャンは記録上、十六年前の獅子侵攻で戦死したことになっています」
「「!!」」
「彼は実力を買われ、獅子侵攻では若くして小隊長を任されていました」
「……〝風のミルザ〟の大破壊は凄まじく、あの敗戦がトラウマになった騎士が何人もいると聞くわ。若き日の彼はその戦場を経験して、そこから逃げ出したのね?」
「いえ。実際は無事に帰還しております」
「ん? どういうこと?」
「どうやらトラウマになったのは、その後の出来事のようで……」
ロザリーやロロ、シリルら若い騎士たちが首を捻る。
だがドゥカスだけは深く頷いた。
「そうか。〝血濡れ〟に参加したのだな?」
「ええ、その通りです」
それでもピンときていない若騎士三人に、老騎士ドゥカスが話して聞かせる。
「〝血濡れの三公〟は聞いたことがあるだろう。先王弟ドロス殿下、首吊り公、火炙り公のこと。彼らは敗戦の反動で起こった反乱を、武力で鎮めた功績者として名を残している。だが、その手法は――虐殺だ」
ロロがごくりと唾を飲む。
「虐殺……」
「人が集まり乱の気配を発している場所に騎士団を突っ込ませるのだ。魔導があろうがなかろうが、子供だろうが老人だろうが容赦なし。何の目的で集まっていたのかすら関係なかった。濡れ衣で殺された者も少なくないだろう」
「っ……」
「治安維持を司る王都守護騎士団の元団長としては考えさせられる事案だ。三公のやったことは明らかに間違っている。だがあの時代、乱の広がる勢いはすさまじかった。三公がいなかったら乱が広がり、もっと大勢の人間が死んでいたであろうことも明白なのだ」
「難しい、ですね……」
「決して認められないのに、認めなければならない部分を内包している。こういう事実に直面すると、多くの人間は目を逸らす。答えの出ないことは考えないようにするのだ。……だが、それができない人間たちがいる。自らの手で〝血濡れ〟をやった騎士たちだ」
ロザリーが言う。
「バラン――ジャンは〝血濡れ〟に耐えられず、逃亡した?」
オパールが答える。
「そうして騎士団にも実家にも戻らなかった。あとは所属騎士団とシヴェール家の間で話し合いが持たれたのでしょう、名誉のために獅子侵攻で戦死という扱いになった」
そこでドゥカスが言った。
「しかしよく調べたな、オパール。お前にこれほど調査能力があるなど知らなんだぞ?」
するとオパールは自虐的に笑った。
「いや、この事実を知ってる奴がすぐ近くにいたのですよ」
「すぐ近く? どういうことだ」
「ユールモンの手勢、古参のごろつきの一人です。ジャンが〝血濡れ〟に参加した当時に所属していたのはユールモン騎士団〝遠吠え〟だったのですよ」
「「!!」」