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314 密談はピクニックで―上

コミカライズ版『骨姫ロザリー 2』が発売されました!

書影は活動報告のほうに。

 ――ある日の午前。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)本部。

 訓練場のある中庭の端、植木の陰。

 ベテラン団員が新人の話を聞いている。


「子供の頃から憧れてて、それでミストに入ったんスけど……入ってみたら何て言うか、少し……」

「違う?」

「……はい」


 新人騎士はこくんと頷いた。

 ベテラン騎士――オパールは、眉間から左頬にまで伸びた傷痕をゆっくりと指で撫でた。

 それは言葉に詰まると出る、オパールの昔からの癖だった。

 でも今回は、うまく言葉が出ないというのとは少し違った。


「子供から見た王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は、さぞかしクールだったろう。難しい顔をして辺りを睨む中年の騎士がとても渋く見えたのではないか?」

「はい、そりゃあもう、かっこよかったっス」

「坊主。中年騎士が難しい顔をしてるのはな、目の前の任務のせいじゃないんだ。生きていくのがとても難しいからなんだよ」

「……は?」

「若い時のように動かない身体。帰れば妻の小言が待ってるし、子供は思うようには育ってくれない。部下はすぐ辞めるとか言い出すし、上司との関係は部下とのそれ以上にストレスだ。ついでに、治安維持任務も思い通りにはいかない」

「任務はついで、っスか……」

「どこに所属したってそうだ。年を重ねるたびに悩み事は増える。でも、それだけ。たかがそれだけのことなんだ。誰だってそうだし、自分もそうなるってだけ」

「あの……これ、励ましてもらってるんスか?」

「かっこつけろ」

「え?」

「憧れと違ったって、かっこつけ続けるんだよ。お前はミストだ。かっこつけてりゃ外からはかっこよく見える。それでもう、お前は自分が憧れた王都守護騎士団(ミストラルオーダー)なんだよ」

「はあ……」

「どこの騎士団だって、子供の頃憧れたようにはいかない。不格好なものは子供には見えないようになってるからな。でも現実を知ったってことは、お前は子どもじゃなくなったってこと。誰かに憧れる子供から、憧れられる大人になったってことだ」

「だから……かっこつける?」

「そうだ! お前は幸せ者だぞ? 新人のうちに王都の英雄ロザリー様が団長になったんだから。これからのミストはもう、上がるだけ。お前も上がるかどうかはお前次第だがな?」

「っ! わかりました! 頑張るっス!」

「かっこつけるのを忘れるなよ?」

「かっこつけるっス!」

「ようし! 任務に戻れ!」

「はい!」


 元気を取り戻した新人騎士が、力強い足取りで去っていく。

 そのピンと伸びた背中を微笑みをもって見送りながら、オパールの内心は暗く沈みつつあった。


(俺が新人の悩み相談、ねえ)

(昔は新人どころか、若手も、先輩すらも俺には近づかなかった)

傷痕(スカ―)なんて呼ばれてたっけか。それくらい恐れられていた)

(恐れられた原因――顔の傷は消えていない)

(変わったのは顔じゃない。中身だ)

(昔より慎重になった気はする。臆病になった?)

(部下の面倒を見るようになったからか? それとも心が老いたのか?)


 オパールがゆっくりと立ち上がる。

 膝の古傷を気遣ったからだが、その動きが我ながら老け込んでいたので、自嘲気味にオパールは笑った。

 憂鬱になるのは自身の老いを感じるから、だけではない。


(ロザリー団長が組織改革に乗り出すって噂が出てからずいぶん経つ)

(部隊の面子から組み替えるかも……って話だ)

(おそらく部隊長の顔ぶれも大きく変わる)

(俺は……部隊長に残れるだろうか)

(格下げは怖くない。別にヒラの隊員になってもかまわない)

(俺が心底、恐れているのは――)


「――オパー、ルっ!」


 突然、背後から肩を叩かれたオパールは、振り向くなり大声を上げた。


「ぬっ、のわあああ! だっ、団長殿っ!?」

「あはは、驚き過ぎじゃない? オパール」

「いや、これは……失礼しました。何かご命令でしょうか」

「命令ってわけじゃないけど。今からちょっと、付き合ってくれる?」

「もちろんです。それで……どこへ?」

「んーとね、ピクニック♪」

「……は?」


 ――ミストラル近郊、平原。

 大街道から少し離れると長閑なもので、近くで収穫の終わった畑に来年の麦の種まきをしているのが見える。

 今日はとてもいい天気だ。

 冬の前だというのに風は柔らかく、心地いい温度を含んで青い草原を渡っていく。

 小高い緑の丘にオークの木が一本だけ生えている。


 一行はその木の下に陣取るようだ。

 元団長のドゥカスが大きめの敷物を敷くと、ロザリーが呼び出した〝野郎共〟がテーブルや椅子を影から運び出し、敷物の上に並べていく。

 最後にドゥカスがテーブルの上にクロスをかけ、ロロとシリルがバスケットから茶器や軽食を並べ始めた。

 クリスタは天馬に乗って周囲を確認していて、近づいてきたかと思うとオークの木のてっぺんに王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の団旗を結わいつけた。


「ピクニックティー、ですか」


 オパールがロザリーに問うと、彼女は笑った。


「そんなとこ。肌寒いかもって思ったけど、暖かでよかったわ」


 支度が終わり、ロザリーたちが席に着いていく。

 天馬から降りたクリスタが遅れて席に着き、最後にオパールも腰かけた。


「……知らされていないのは自分だけですか?」


 全員の視線がオパールに向く。

 彼がそう尋ねたのは、自分以外は何の疑いもなくピクニックの準備をしているように見えたからだ。

 ドゥカスが言う。


「密談だよ、オパール」

「密談? こんな野っぱらでですか?」

「本部では壁の向こうで誰が聞いているかわからないだろう?」


 シリルが笑う。


「たしかに。それに、これが密談の場だなんて誰も思わないでしょうしね」

「それはそうかもしれないが……」

「そう警戒するな、オパールよ。儂だって団長殿が何をお話しになるつもりなのかは聞いておらん。……ま、予想はつきますが」


 そう言いつつドゥカスがロザリーを見ると、彼女はティーカップを手に取って話を引き継いだ。

 カップからは湯気が立っている。


「組織改革についてよ」


 その場の全員の顔に「やはり」と納得の色が浮かぶ。

 ロザリーが続ける。


「いろいろ考えたのだけどね。部隊構成を全部一から、というのはやめることにした。全部組み替えてしまえば腐敗の温床を取り除ける気もしたのだけど、やっぱり割に合わない気がして」


 次いでロロが口を開く。


「全部一からとなると、ものすごいの手間と時間が必要になるんです。団員すべてをきっちり査定して、部隊をパズルのように組み替え直して、そうしてやっと組み替え終わっても必ずどこかに問題が出る。何度かはやり直すことになるでしょう。苦心してどうにか満足いく配置換えが完了したとしても、今度は新しい配置に慣れるまでの時間がかかります。この間、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の能率は著しく低下するでしょう。団員のほとんどが不慣れな配置になるわけですからね」


 ドゥカスが続く。


「そもそも、それで腐敗を取り除けるのは一時期だけかもしれませぬ。腐敗の根本はミストの組織的な問題というより、貴族社会の構造的欠陥そのものであるように思います。であれば一から組み替え直しても、配置替え先で腐り始めるだけかと」

「そう、そこなの」


 ロザリーが紅茶をクピッと飲んで、続ける。


「私もやっとドゥカスに頼らずに団長職を全うできるようになってきた。だからドゥカスには新しい役目を引き受けてもらいたいの」


 ドゥカスが目を細める。


「監察役、ですかな?」

「ご明察。あなたは私以外の誰からも影響を受けない立場で、団員の汚職に目を光らせてもらいたいの」


 ドゥカスがドンッ! と胸を叩いた。


「お任せくだされ! ミストを知り尽くし、家族のおらぬ天涯孤独の身。儂以上の適役はおりますまい!」

「ええ。うるさい監察役を黙らすために、家族を使って脅して――って手法があなたには通用しない。でも、同じ理由であなたに部下をつけられないの」

「部下の家族を盾にされたら同じですからな。わかりました」


 そこでオパールが立ち上がった。


「お待ちを! そんな危険な役目をドゥカス様お一人にやらせるつもりですか!? であれば私が――」

「――あなたには妻も子もいるじゃない。却下」

「それは、しかし!」

「心配しないで。部下はつけないけど下僕はつけるから」

「げ、下僕?」

「おいで、ナンバーズ!」


 ロザリーの呼びかけに応じ、煌めく鎧を身に纏った黄金騎士が五体、現れ出た。

 大小大きさ様々で、それぞれが違う得物を携えている。

 オパールが言う。


「彼らは……ユールモン邸で見かけましたが。やはり団長殿の?」

「そう。私の下僕、使い魔よ。中身は普通にガイコツなのだけれど」


 そう言いつつ、ロザリーが近くにいた二号の鎧をこぶしで数回、叩いた。

 金属音に混じって、飴細工が割れるようなか細く(・・・)高い音がする。


「この鎧、陛下から賜った特別製なの。試しにこの子たちに着せたら気に入っちゃったみたいでね。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)内では〝黄金の奴隷共〟とでも呼称しましょうか」

黄金の奴隷共(彼ら)をドゥカス様につけるのですね。イングリッド卿を押さえたのですから実力に疑いはありませんが……ずいぶん目立ちますな、ガイコツ姿よりはマシかもしれませんが」

「そこは心配しないで。ドゥカスの影に仕込んでおくから。他人の影には何体も仕込めないから一体だけになるけど、それでもそこらの騎士には後れを取らないわ。……ただ、ドゥカス。一点だけ注意して」

「何でしょう。団長の悪口を言うと襲われる、とかですかな?」


 ドゥカスは冗談めかしてそう言ったのだが、それを聞いたロザリーは固まってしまった。


「あの……団長殿? ご気分を害してしまいましたか」

「ロザリーさん、ドゥカス様なりのご冗談ですよ?」

「わかってるわよ、ロロ。ただ……本当に襲いそうだなって思っちゃって」


「「えええ……」」


「心配しないで。わかった、きちんと言い含めておくから。心配しないで」

「二度も言われると余計に心配になりますが……ところで、一点だけ注意というのは?」

「ああ、そうだ。注意点は、あなたの危機だと思ったら、この子たちは勝手に出てくるってこと。そして彼らは容赦がない。その場を血の海にしてでもあなたを守るわ」

「血の海、ですか……」

「だからまず危機的状況に陥らないことが大事。今まで以上に注意を払って? でないとあなたを狙う輩が続々と骸になっちゃうかも。死神ドゥカスとか呼ばれるようになっちゃうかも」

「ぬう……十分に気をつけます」

「そうしてくれると助かる。監察役は一人だけど、私は手を貸せるから相談してね?」

「それは心強い。相談役も代替わりですな?」

「フフ、そうね。で、監察役ともう一つ――」


 ロザリーは一同を見回し、間を取って言った。


「――団長直轄の特務隊(スペシャルズ)を組織する」

「「!!」」



ミスト団長就任編のまとめ&説明回。

気の向くままに進めてきたら未消化の要素がいくつもあり、急遽。

ヒューゴで遊んでる場合じゃなかった……。


まとめの後は隠れ家編(短)→ハングドマンオズ編(中)→皇国との協定会議……編と進む予定です。


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― 新着の感想 ―
いいですね、盛り上がってまいりました
特務隊に、敗北者になりたいエレガントな上級特佐とか居そう
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