307 団長殿はお忙しい―1
ロロ語り日常回。
ロロというより作者の気分転換。
3話続きます。
どうも皆さん、こんにちは!
団長付秘書官のロロです!
私は日々の出来事を日記兼備忘録としてしたためているのですが、今日は趣向を変えて語り口調で書いてみようと思います。
誰に見せるわけでもないのですが、気分転換って大事ですからね。
内容は我らが団長殿ことロザリーさんの行動が中心になります。
ロザリーさんの秘書官ですから当然ですね。
では、始まり始まり!
AM 6:30 起床
「さあ! 朝ですよ、ロザリーさん!」
そう言いながら、私はベッド横のカーテンを勢いよく開けます。
「だっ、え、ん、みゅぅ……」
ロザリーさんはわけのわからないことを言いながら、布団の中に隠れます。
寝起きの悪さは学生時代から変わりませんね。
そういや、すごくうなされてた日もありましたっけ。
寝ぼけたロザリーさんも愛らしいですが、今日は大事な日。
心を鬼にして布団を剥ぎ取ります。
「とう!」
「あ! あうぅ……」
「今日は大事な会議の日です! 二度寝はさせませんよ? さ、起きて起きて!」
「……鬼ぃ。悪魔ぁ」
「鬼でも悪魔でもけっこう! さ、着替えてください! 訓練始まりますよ!」
AM 7:00 朝の訓練視察
ロザリーさんは毎朝、王都守護騎士団本部の中庭にある訓練場を視察します。
前は週に一度くらいの訓練だったのですが、ここ最近は毎日です。
参加者は中庭が埋まるほど。
王都守護騎士団って本当にたくさんの人がいて、そのぶん色んな所属に分かれています。
そして朝の訓練は所属によらず希望者が対象。
つまり、所属に関係なく憧れのロザリー団長をその目で見るチャンスが、朝の訓練になるわけですね。
参加者の目は真剣そのもの。
ロザリーさんに会いたいって気持ちもですが、「自分を見てくれ!」って気持ちが強いのかもしれませんね。
最近ミスト内では団長直属の新部隊創設の噂や、連隊長総取っ換えの噂があります。
何の結果も出していなくても、ロザリーさんの目に留まれば抜擢される可能性は大いにありますから。
えっ? 噂は本当か、ですか?
守秘義務がありますので言えません!
AM 8:30 朝食
訓練後に少し遅めの朝食。
食堂は訓練参加者が大勢押しかけるので、トレーを受け取って団長室でいただきます。
二人きりの食事。
ウフフフフフ…………。
AM 9:30 お城で会議
お城といっても魔城グウィネス城ではありません。
あれから三週間が経ちましたが、今でもグウィネス城での出来事を思い出すと身体の震えが止まりません。
ブルブルブル……。
お城というのはもちろん黄金城のこと。
今日は月例の要職者会議です。
王都の各方面の重鎮が顔を揃える重要な会議。
私もロザリーさんも初めての参加。
うぅ、緊張します……!
AM 10:00
黄金城に到着して待つこと三十分。いよいよ会議室へ。
っていうかここ、玉座の間じゃないですか!
獅子王陛下も参加するということですか?
私、聞いてませんが??
ドゥカス様、何が「いつも通りで問題ない」ですか!
謀りやがったな、あのジジイ!?
……ふう。
落ち着いて。冷静に、冷静に。
玉座の間にはいつもはない、大きな円卓が置かれています。
近衛騎士団の方が席に案内してくれます。
ロザリーさんが座り、私は後ろに立ちます。
次々に埋まっていく席を見て、冷たい汗が背中を伝っていきます。
魔導院のシャハルミド院長。
コクトー宮中伯。
近衛騎士団のエスメラルダ団長。
王宮審問官筆頭のジュリア卿。
ちなみにエスメラルダ団長はテレサさんのお母様で、ジュリア卿はジーナさんのお母様です。
同級生のお母様が二人もいるのも変な感じですね。
お顔を存じ上げているのはここまでで、あとはドゥカス様から聞いている情報と自分の知識を総動員して割り出していきます。
ここにいるのは王国の超・重要人物。
「失礼ですがあなた誰?」は通用しません。
そして出した結論をロザリーさんと共有します。
もちろんこっそりと、ね。
「……ロザリーさん、あちらの方は聖堂騎士団総長のギオネス卿だと思います」
ロザリーさんもこっそりと返事をします。
「……魔導騎士外套の意匠が聖十字だったから聖堂騎士団なのは間違いないと思うけど。この会議に出席するのはたいてい副総長って話じゃなかった?」
「たしかに。でもドゥカス様に伺った話では、副総長殿はすっごく気難しいお顔をなさっているのだとか」
「ああ――むしろ温和そうに見えるわね?」
「はい。なのでおそらくはギオネス卿。そしてあちらの奇妙な格好をしてらっしゃる小柄な方は魔導具技師連のポンメドックナハラック総代かと」
「……それってどこまでがお名前なの?」
「全部お名前です。姓はもっと長いです。異国の出身らしく」
「……なるほど。覚えなきゃね」
「はい。で、問題はあちらの方でして……」
「私もわからないの。どなただろう? 文官っぽく見えるけど。ミストラルの重鎮はたいていお見かけしたことがあると思っていたけれど……」
「あ、わかった。見たことがないということは王の目では?」
「……極秘の諜報部隊がこんなとこに顔を出すかしら」
「……それもそうですねえ」
「ちょっと聞いてみる」
ロザリーさんが隣の席のジュリア卿に、身を寄せて尋ねます。
聞いてみるといってもご本人には聞けませんからね。
こういうとき、同級生のお母様というのが効いてきます。
ジュリア卿は笑顔を交えながらロザリーさんとひそひそ話をしています。
しばらくして、ロザリーさんが身体を戻しました。
「……わかったわ。外事官のロッテン卿。この会議に出席する身分ではなく、なぜいるのかジュリア卿もわからないって」
「外事官……なるほど……」
「ロロはわかるの?」
「おそらく、西方争乱の後始末かと。未だ皇国との話し合いは行われていないはずです」
「そっか、ロデリック様――魔導八翼が王国領土で戦をしたから」
「はい。重大な休戦協定破りになります。本格的に冬が来ると国境線であるハイランド周辺は深い雪に覆われますから、冬の前に急いでやるか。はたまた春の訪れを待つか。そのあたりを決めるのではないでしょうか」
「なるほどね」
ほとんどの席が埋まり、会議が始まる雰囲気になってきました。
唯一空いているのは一つだけ豪華な椅子。
つまりは獅子王陛下の席です。
円卓の顔ぶれを見ながらコクトー宮中伯が立ち上がりました。
「それでは月例の会議を始める」
仕切り役は宮中伯なのですね。
そして陛下不在で行われる、と。
王前会議になるのかとひやひやしましたが、よかった、安心しました。
――会議が淡々と進んでいきます。
ほとんどは王都守護騎士団とは関係のない議題です。
まあロザリーさんが団長に就任してから、治安は凄まじい勢いで回復しましたからね。
議題にするような案件がないのでしょう。
……と思っていたら、急に矛先がこちらに向きました。
発言者はシャハルミド院長です。
「ときにジュリア卿。先日のユールモン邸での騒ぎ……よいのかね?」
ジュリア卿は冷たい無表情で問い返します。
「よいのか、とは何がでしょう?」
「大貴族の館に押し入り、狼藉三昧! いや、狼藉は言い過ぎか。……儂はよいのじゃぞ? ただ大貴族で王宮審問官筆頭たる卿がそれでよいのか、と思うてな?」
「アーサー卿はすでに解放され、先王弟殿下が目付けとなると聞いております。差し出る必要もないかと」
「卿はどう思うのかと聞いておる」
「……アーサー卿のほうにはっきりと非がある、と伺っております」
「伺う。王宮審問官では調べもしていない?」
「……」
直接は矛先を向けず、王宮審問官の怠慢ではないかとジュリア卿を責める。
本来は陛下のご裁可次第な案件なのですが、ジュリア卿はそれを言い訳に使えない。
「私じゃなくて陛下のせい!」と言うようなものですからね。
いやあ、見た目通り老獪ですねぇ。
しかぁーし。
私ロロ、こんなこともあろうかとあの日の出来事について証言の山を持参しております!
おかげで鞄が激重になりましたが持ってきてよかった!
相手にとって不足なし……!
やってやるぞ、シャハルミド越え!
「――ロロ」
「え? はい?」
意気込んでいたところをロザリーさんに呼ばれました。
何も言わず、書類の束を渡されます。
私が持参したユールモン事件の証拠よりは薄いですが、それでも結構な厚みです。
「これは?」
「いいから。シャハルミド院長に渡してきて?」
「え! 今ですか?」
「ええ。彼の前にそっと差し出せばいい」
「はあ……」
円卓の視線はシャハルミド院長とジュリア卿、そしてロザリーさんに集中しています。
私は存在感を消してコソコソと円卓の外を回り、シャハルミド院長の席まで来ると、彼の背後から書類の束をそっと差し出しました。
それから急いでロザリーさんの下へ戻ります。
歯切れの悪いジュリア卿を責めて愉しんでいたシャハルミド院長。
ふと私が差し出した書類の束に気づき、それをぴらりとめくります。
「……。ぬッ!?!?」
びっくりしました!
シャハルミド院長ってあんなお顔をされるのですね。
老いにより垂れ下がった瞼が大きく見開かれ、瞳がロザリーさんを見つめます。
ロザリーさんはわずかに頷きました。
するとシャハルミド院長はまた書類に目を落とし、そこからは何も言わなくなりました。
「……シャハルミド院長?」
様子の変化にジュリア卿が尋ねますが、シャハルミド院長は「構うな」とばかりに手を振ります。
それでユールモンの話題は終わり、お流れです。
私としてはホッと一息といったところですが、あの書類はいったい……。
「ガーガリアン西語。蛮族の言葉についてのレポートよ」
疑問に思っていた私に、ロザリーさんがこっそり教えてくれました。
「彼って偉大な言語学者らしくてね? 前にレポートを頼まれていたの。私が西方争乱で覚えたガーガリアン西語について教えてくれって」
「そう、だったんですか……」
「ええ。喜んでもらえたようでよかったわ」
シャハルミド院長は私が出るまでもなく、ロザリーさんが片付けてしまいました。





