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303 赤い目の少年

 ――深夜。ケイミ山、賊拠点前。

 捕らえた賊五百を一か所に集めて座らせ、それを二千の〝野郎共〟と二百の〝影共〟が包囲している。

 かがり火の下で死霊(アンデッド)に睨まれる賊どもは、恐怖に怯え逃げる気配はない。


「すいません、ロザリーさん」


 高台で手頃な石に座って包囲を見つめるロザリーに、ロロが申し訳なさそうに言ってきた。


「近隣の村から縄を供出していただいたのですが、彼らを繋ぐにはまったく足りません……」

「仕方ないわ。外道騎士用の魔導鉱(ソーサライト)製の枷が足りたから良しとしましょう」

「〝野郎共〟さんたちで包囲しつつ、ミストラルへ?」

「そうなるわね。夜明けと共に出発する」

「わかりました」


 ロロはぺこりとお辞儀し、尻を擦りながらロザリーの後ろに移動した。

 まだ「お尻が燃えてる」ようだ。

 入れ代わりにシリルがやってきた。


「ロザリー様。クリスタが戻りました」

「うん」


 ロザリーが暗い空を見上げる。

 月の光を含んだ翼を輝かせながら、天馬がゆっくりと下りてくる。

 着陸手前でクリスタが天馬から飛び降り、タタッ、と駆け寄ってきた。

 目の前でロザリーに敬礼する。


「クリスタ、ただいま戻りましたっ! お言いつけ通り、ギャランを駐屯地に届けてきたっす! 医療班の聖騎士(パラディン)の見立てでは、命に別状はないとのことっす!」

「よかった。一安心ね。あなたがいてくれて本当によかった」

「お褒めにあずかり光栄っす!」

「……ところでクリスタ。気になったんだけど」

「何すか?」

「西方争乱のとき、天馬に乗せてもらったことあったじゃない? あのとき、あなた言って――」

「ちょーっと待った」


 ロロが後ろから割って入った。


「ロザリーさん。今、何と?」

「え? 天馬に乗せてもらったって……」

「クリスタさん。あなた誰の許可を得てロザリーさんとタンデムをお楽しみに?」


 ロロは明らかに気分を害している。

 それを察したクリスタは悪そうに笑った。


「あれはいい思い出っすね~。〝骨姫〟様の腕が私の腰にぎゅっと巻かれて……」

「アッ、グッ!」

「広い空に二人きり……まるで愛の逃避行……」

「あ、愛の逃、グフウッ!?」

「それも一度ならず複数回♪」

「ギギギ……なんて、なんて羨ま――しくないっ!」


 ロロは倒れそうなところギリギリで踏ん張り、キッとクリスタを睨んだ。


「おお? 羨ましくないんすか?」

「私は学生時代、ロザリーさんのルームメイトでしたから?」

「なぬっ!?」

「もちろん毎日同じ部屋。……同じベッドで寝たことも」

「なっ! なっ! なんて破廉恥なっ!」

「フッフーフ。あなたとは歴が違うのですよ、歴が!」

「……あのー。そろそろ続き、話していい?」


 ロザリーが遠慮がちに手を挙げてそう言ったので、やっと二人は黙った。


「クリスタ。天馬って乗せる条件があったよね? ギャランは明らかに条件を満たしていないと思うのだけど……なぜ乗れたの?」


 ロザリーには大きな疑問だったのだが、クリスタはしれっと答えた。


「ああ、荷物としてなら大丈夫っす」

「……それって。荷物としてなら誰でも乗れるってことじゃ?」

「そんなことはないっす。重傷だからいけたんだと思われるっす。こういうときだけはオーケーだって母上から口を酸っぱくして言われてましたから」

「そうなんだ。……お母上も天馬騎士なのよね?」

「そうっす」

「お母上から天馬の操り方を教わった?」

「そりゃそうっす」

「どうやって教わったの? クリスタが飛んでるときに地上から指示してくれるの?」

「いやだなあ、〝骨姫〟様。母上には母上の天馬がいて、一緒に飛びながら教えてくれるっすよ~」

「……なるほど」


 ロザリーがやっぱりかと頷くと、クリスタもハッとして宙を見上げた。


「あれっ? うん? おおえっ?」

「あ、クリスタも気づいた?」

「あ、あ、あ……」


 そのとき。そばで聞いていたシリルが口を挟んだ。


「もしかして。天馬には乙女しか乗れないっていう作り話のことですか?」


 クリスタがバッ! とシリルの腕に掴みかかる。


「つ、作り話なんすか!?!?」

「ああ。有名な話だよ、クリスタ」

「そんな、私ずっと信じて……嘘っすよぅ!」

「本当だよ。拠点攻めのとき、私を天馬に乗せて高所に運んでくれただろう? でも私は乙女では――」

「あああ! 聞きたくないっす~~! シリルさんみたいに素敵な方でも男性経験ないんだなってちょっとだけ仲間意識芽生えてたのにぃ~~!」


 ロザリーがシリルに尋ねる。


「でも、なんでクリスタのお母上はそんな作り話をしたんだろう?」

「皇国には有名な天馬騎士団があるのですが、そこの出身の方なのではないでしょうか。その天馬騎士団が作り話の出元なので」

「そうなの?」

「天馬騎士は幼いころからパートナーとなる天馬と絆を深めていくのですが、どうも天馬というのは年増好きらしく……」

「ええ? それじゃあ聞いてたのと真逆じゃない!」

「もしかしたら騎乗技術が高いからとか、そんな理由なのかもしれませんが……とにかく、若い娘の天馬は、ベテランが乗るとコロッと絆相手を鞍替えするそうで。だから自分の天馬に熟練者を乗せてはいけないというしきたり(・・・・)が、こんな形の嘘になったのではないかと」

「なるほどねぇ」


 長年信じてきたことが突如として崩壊したクリスタは、地面に四つん這いになって衝撃に打ち震えている。

 ロロはさすがに不憫に思ったのか、そばでクリスタの背中をさすってやっている。

 シリルが言う。


「もうすぐ夜明けですね。賊を運ぶ準備に入ります」

「うん、お願い」


 一旦はそう言ったロザリーだったが、すぐにシリルを引き止めた。


「ごめん、待ってシリル」

「ハッ。何か?」


 くるりと振り向いたシリルに、ロザリーはしばし考えてから言った。


「……やっぱり気になる。あの子を呼んできて」

「あの子……ギャランを刺した?」

「ええ」

「わかりました。すぐに」


 少年は湿地帯で外道騎士たちに引き倒されたことで酷い有り様だった。

 衣服から柔らかな金髪まで泥で汚れ、殴られたのであろう、顔は大きく腫れている。

 そして何より、ギャランを刺したことがショックなのか、生気が抜けたように沈んでいた。


「――母の仇。そんなふうにギャランのことを言っていたわね?」


 そうロザリーが問うが、少年に反応はない。

 見かねたシリルがロザリーに囁く。


「……ロザリー様。尋問は難しいかと」

「そうね。そうなのかも」


 ロザリーはすっくと立ち上がった。

 そして少年のほうへ歩き出し、途中で愛剣を呼んだ。


「〝黒曜〟。来い」


 音もなく、ロザリーの右手に黒い剣身のショートソードが現れる。

〝黒曜〟は月の光に虹色に輝き、恐ろしい死の気配を纏っている。

 異様に気づき、シリルが叫ぶ。


「ロザリー様!?」


 その声を合図にしてロザリーが駆け出した。

 間合いは一瞬で詰まり、〝黒曜〟の刃が少年の胸元へ刺し込まれる――。


「ロザリーさま……えっ!?」


 少年はすんでのところで〝黒曜〟から逃れていた。

 ロザリーが止めたわけでも、手元が狂ったわけでもない。

 素早く身体を倒し、そのまま地面を蹴って後ろに跳び、後ろ向きに宙返りして態勢を整えていた。


「少年の――魔導のない者の動きではない……!」


 シリルはそう呟き、袖口から投げナイフを手に落とした。

 それに気づいたロザリーが、「手を出すな」とシリルを手で制す。


「もう話してくれるわね。あなたは何者? 誰の使いで私の下へ?」


 少年は薄く笑い、髪を整えた。

 そして頬をついっと撫でると腫れが消えた。

 いつの間にか衣服の泥も消えていて、どこぞの小公子のような様になっている。

 少年は恭しくロザリーにお辞儀した。


「私はナルシス。〝不老不死〟グウィネスの走狗でございます」


 そして頭を上げた瞬間、ナルシスの目が赤く怪しく輝いた。


(赤い瞳……! やはり見間違いではなかった。でも、グウィネスの(しもべ)?)


 ナルシスが言う。


「近くに来られたのも何かのご縁。ぜひ我が館へ……そう、我が主が申しております」

「なるほど? その使いで来たと?」


 ナルシスが頷く。

 ロロがロザリーの下へ駆け寄り、耳打ちする。


「グウィネス卿の館が近いから東方面へ逃げたと、外道騎士たちが言っていました。根も葉もない話と聞き捨てていましたが……」


 ロザリーはそこまで聞いても、ナルシスの話は嘘に思えた。


「……でも、あなたはかなり前からギャランに仕えていたのよね? それは何のために?」

「もちろん、あなた様をお招きするために」

「ずっと前から私が来ると予期していたと?」

「はい。我が主は大魔女。予言・占いも得意といたしまする」


 ロロやシリル、クリスタは、グウィネスという偉大なる名のせいか、ナルシスの言うことを疑っていないようだ。

 しかしロザリーは、内心首を捻っていた。


(もっともらしく言うけど。何か誤魔化してない?)

(私を誘うのに賊に潜入する必要って無い気がするけど)

(そもそもギャランを刺した理由って何?)


 ロザリーは少し考え、ナルシスに言った。


「……申し訳ないけれど。今は任務の最中なの。辞退させていただくわ」


 するとナルシスはがっくりと肩を落とした。


「それは……残念でございます」

「失礼を。〝骨姫〟が謝っていたと、グウィネス卿にお伝えください」

「いえ。残念とはその意ではなく――」


 ナルシスの目が再び赤く光る。


「――無理やりにお招きすることになるからです」


 ナルシスの言いぶりに、シリルたちが身構える。

 だがロザリーは、わざと大袈裟に驚いてみせた。


「まあ! あなたごときが、私を?」

「……フフ、いいえ。さすがに〝骨姫〟様を力づくでは無理でございましょう。しかし、ここらはグウィネスの庭。みな様はすでに我が主の領域に囚われておられます。生かすも殺すも主の意のまま……それでもご辞退なさりますか?」

「ロザリーさんっ……!」


 不安に駆られたロロが、ロザリーの腕にすがりつく。

 ロザリーはその手をポンポンと優しく叩き、思案した。


(……そんな感覚はない。吹いてる(・・・・)だけね)

(でも、捕縛した賊や近隣の村人に手を出されると守るのは困難、か)


 ナルシスを見つめ、ロザリーが言う。


「……わかりました。お招きを受けるわ」

「おお! さすがは〝骨姫〟様。ご聡明であられます」


 ナルシスは悪女のような微笑みで頷いたのだった。


天馬のくだりは作者がペガサスとユニコーンを意図的にごっちゃにした設定だったのですが……

「天馬騎士団あるのなら、人妻天馬騎士もいるよなあ」と考え直し、この形に。

某炎紋章の影響で女性限定は続行ですね。

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― 新着の感想 ―
炎紋章・・・・・・・ふむ、となるとヴァルキリーや竜騎士もいるのかな?
【悲報】天馬、年増好き【噂の真相】 いやぁ、ユニコーンみたいなペガサスだと思っていたけれど、本当のところは寝取り(寝取りか?)予防だったとは…w 真面目な任務の最中に、なんて言うお笑い要素を入れてく…
ま、またか〜。騙された〜。作者様の思うがままに読者は騙されるのですね。てっきり、この世界観ではユニコーンではなくペガサスが◯女厨なんだとばかり…深読みしようとして恥ずかしい。 ロロとクリスタの掛け合い…
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