301 賊拠点攻め
――翌日、ケイミ廃坑。
賊の集団が根城とするこの坑道は、かつて〝黄金の山〟として名を馳せたケイミ山と、その地下に広がる大坑道である。
およそ百年ほど前までは王国産の金の、実に九割がこの山から産出されていた。
しかし月日と共に産出量は減少し、三十年ほど前に王都から派遣された調査班が「ケイミには、もはや金の一グラムも残されていない」と公表し、これが事実上の廃坑宣言となったのだった。
ケイミ山、上部。
山の側面に大きな空洞がぽっかりと口を開けていて、その根元には〝テラス〟と呼ばれる大きな岩の出っ張りがある。
五百の賊の頭領――ギャランはこの〝テラス〟が大のお気に入りだった。
人は彼のことを極悪非道の外道騎士と評するが、彼は自分がそれほど酷い人間だとは思っていない。
ただ流れに任せて生きてきたら、こうなっただけ。
そりゃあ、こんな生業であるから多少は血腥いこともやってはきたが、それも必要な分だけだ。
意味なく人を殺めたことなどないし、そもそも殺してしまったらそいつを奴隷商に売れないではないか。
ギャランは五百の賊どもに「ついてこい」と言ったことはない。
彼らが勝手についてくるのだ。
それはギャランが賊にしては賢く、極悪非道というほど残虐でもなく、なにより優れた危機管理能力を持っていたからだった。
この〝テラス〟に陣取るのもそのため。
山の前方を広範囲に見渡せ、いざとなれば山の裏側の麓へ通じる避難用の坑道がまっすぐに伸びているからだ。
「ん~~~~。どうかなあ」
ギャランの前に若い村娘が並べられ、それを眺めつつ彼が首を捻る。
娘たちは二日前に近くの村を襲わせて攫った者たちだ。
かわいそうに、うら若い彼女たちは己の悲運な運命に身を震わせ、涙している。
娘たちを攫ってきた外道騎士が言う。
「いや、高く売れると思いますぜ? こういう純朴そうなのがいいってお貴族様もいますし」
「純朴とは物は言いようだなあ。芋臭えだけだろ?」
外道騎士がムッと口を曲げる。
彼が「高く売れる」と言い張るのは、娘たちを売れば実行犯である彼にキックバックがあるからだ。
この辺りのルールの徹底も、ギャランが好かれる理由だった。
ギャランが立ち上がり、娘たちに近づく。
娘たちは顔を背け、腕で身体をかばいガタガタと震えるが、ギャランはそれを鼻で笑った。
「なあ、娘っこども。悲劇のお姫様気取りのとこ悪いが、お前らは色目的では売れねえ。使用人が精々だ。田舎娘でも、もうちっと顔がよければよかったんだがなあ……」
「いや、んなことはねえだろ! これだけ若いんだ、売れねえはずがねえ!」
外道騎士がそう声を荒らげると、ギャランは面倒そうに眉を顰めた。
「じゃあ言い直すぜ。こいつらは高くは売れねえ。高く売れねえものを売るために、今ここを出て王都に近づく意味ってあるのかねえ?」
「……リスクが上回るってワケか」
「そう! うまいこと言うじゃねえか、ドッズ! まるでやり手の商人みてえな台詞だぜ!」
ギャランに乗せられて口元が緩む、外道騎士ドッズ。
「じゃあどうするんだ? いっそ手下どもに下げ渡すか?」
それを聞いた娘たちから悲鳴が上がる。
たしかに彼女たちにとって、賊の慰み者となることは考え得る限り最悪の未来だろう。
「……いや。牢に入れておこう。大事にな」
ギャランが言った。
「昨日、別の村を襲いに行かせたろう? そこで攫ってきた村人と、今牢にいるのを合わせれば百人近くになる。これだけ数が揃えば売れるはずだ」
「ズラズラ連れて売りに行くのか? それこそ危ねえぞ」
「奴隷商のほうが来てくれる。値打ち物がなくても数があれば商人は買い付けに来る。多少、買い叩かれるだろうがな」
「へえ。そういうもんか」
「奴ら、何人攫ってきた?」
「昨日の連中か? まだ戻ってねえぞ」
それを聞いたギャランは顔を硬直させた。
「どうした?」
ドッズが問うと、ギャランはぼそりと言った。
「……馬で行ったんだろう? 遅すぎないか?」
「遅いな。上物を見つけて自分らだけ楽しんでやがるんだろう」
「だといいが……」
「よくはねえよ、ギャラン」
「おい! 小僧!」
ギャランが部屋の端に立っていた、柔らかな金髪の十才くらいの少年を呼んだ。
彼は拾ったみなしごで、ギャランはなぜかこの少年を気に入り、身の回りの雑用を任せていた。
「はいっ!」
威勢よく返事して、少年がトトッと駆け寄ってきた。
「望遠鏡、あるだろう? 前にお前が面白がってた筒型の眼鏡だ。あれを使ってテラスから見張りをしろ。何か見つけたらすぐに俺に教えろ。わかったな!」
「はい!」
もう一度威勢よく返事し、少年は物が雑然と積まれた場所へ望遠鏡を探しに飛んでいった。
外道騎士ドッズが言う。
「ギャラン……賊狩りに遭ったと思ってるのか?」
ギャランはため息を吐き、言った。
「手下が増えすぎちまったからなあ。いつかは来ると思っていたが、案外早かったな……」
「まだそうと決まったわけじゃねえだろう?」
「決まってからじゃあ遅いんだよ、ドッズ」
「……王都守護騎士団か?」
「それはどうかねえ。駐屯地に出してる物見からは連絡がない。ミストだとすれば、ここまで気づかれずに来たんだから王都からの部隊。それも少数のはずだ」
「小隊規模?」
「あるいはもっと少ない。王都からゾロゾロやって来れば必ず目に触れるからな」
そのとき、望遠鏡を見つけて〝テラス〟から覗いていた少年が声を上げた。
「あっ!」
「来たか! どこから来た!」
「えっと、来たかはわかんないです。でも、下の坑道から仲間たちが逃げ出してる……でも、敵の姿は見えないです」
「おかしなことを……!」
ギャランは〝テラス〟の際まで行き、地上に目を凝らした。
少年の言ったことは確かだった。
坑道の隠された出入り口から、賊どもがわらわらと逃げ出している。
賊どもは得物を抜いているが、肝心の敵の姿が見えない。
「いったい何が起きてる……」
ギャランが困惑する中、少年がまた声を上げた。
「あ、いた!」
「どこだ?」
「ぼた山の向こう、岩陰に立ってる!」
「……肉眼では見えんな。何人いる?」
「一人だけ……他には見えないです。女の人……いや、女の子?」
「一人? 女の子……?」
それを聞いたギャランの背中に悪寒が走る。
一つの噂。
一つの可能性。
ギャランの脳内でうるさいほど警鐘が鳴り響く。
「……貸せっ!」
少年から望遠鏡を奪い、覗き込む。
その瞬間、ギャランはブルッと身震いした。
望遠鏡のレンズ越しに女と目が合ったのだ。
確かに若い女で、アメジストのような瞳が魔導で輝いている。
「クッ……!」
ギャランは望遠鏡を放り投げ、後ずさった。
少年が慌てて望遠鏡を両手でキャッチし、ギャランの顔を見上げた。
ギャランの顔は恐怖に引き攣っていて、それは少年が初めて見るギャランの表情だった。
「〝骨姫〟だ……死神に目を付けられちまった!」
ドッズが聞き返す。
「〝骨姫〟?」
「知らねえのか! 四人目の金獅子! ロザリー=スノウオウルだ!」
「金獅子!? 何でそんな奴がここに!」
「……最近、王都から逃れてうちに入った奴が言ってたんだ。王都守護騎士団の団長が〝骨姫〟に代わったと!」
「なッ!? マジかよ!」
ギャランの決断は早かった。
金貨だけを詰めた革袋を取り、あとは愛剣だけを携えて早足で歩き出した。
そしてドッズと少年に告げる。
「無能は捨てる! 騎士だけで逃げるぞ!」
――ぼた山の岩陰。
ロザリーはぼんやりと宙を眺めていた。
ギャランは望遠鏡越しに目が合ったと思っていたが、実際はロザリーは彼を認識していなかった。
坑道に攻め入らせた下僕共の動きを追い、彼らと視界を共有しながら賊を追い詰めていたのだ。
「いいぞ、〝影共〟……一つずつ逃げ道を潰し、追い詰めるの……」
攻め入らせた下僕――〝影共〟とは、シェイドという死霊だ。
冥府の暗がりに潜む幽鬼で、闇そのもののローブを纏い、脚は見えず、浮遊し、血に汚れた処刑刀を携えている。
聖文術や火の精霊術にはめっぽう弱いが、幽体ゆえ物理的な攻撃では傷つかず、壁抜けを得意とする。
西方争乱時、ハンギングツリーにおいて大巨人を影に沈めようとしたときに影能力が拡張され、彼らを従わせることが可能となったのだ。
ロザリーには地下の坑道の構造はわからない。
ドゥカスとロロが懸命に地図を探してくれたが、廃坑が三十年前ということもあり見つからなかった。
しかし、〝影共〟のいる場所はわかる。
彼らの位置を知り、視界を共有して坑道を認識し、遠くへ通ずる坑道をシェイドで潰していく。
その繰り返しで蟻の巣のような迷宮に網をかけていくのだ。
壁を抜けて地下を自由に動ける〝影共〟は、この仕事にうってつけだ。
呼び出した〝影共〟はおよそ二百。
包囲網を作り上げ、それを狭めていく。
賊どもは泡を食って地上へ逃げ出すが、そこで彼らはまだ自分たちが地獄にいると知る。
生い茂る木々の枝葉に隠れるように、〝野郎共〟が広く布陣しているからだ。
万が一、外道騎士が〝野郎共〟の包囲を突破しようものなら、高所に陣取ったシリルが狙撃する手筈となっている。
順調に蟻の巣から蟻どもを追い出していた矢先。
〝影共〟の動きに集中するロザリーの鼻先に、何かが軽くコツンと当たった。
鳥の折り紙――上空のロロからの報せだ。
ロザリーは〝影共〟へ向ける意識を切らさぬように努めながら、【手紙鳥】を開き、文面に目を落とした。
「山の裏側から脱出する者あり。動きから見て外道騎士――ふぅん……なるほどね?」





