表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/333

299 ある村の事情―1

 ――王都ミストラルより北東のある村。

 あばら家となった空き家に、村の若者が集まっている。

 昼間でも暗い屋内で蝋燭の一本すら灯さず、声を潜めて話している。


「隣村が賊に襲われたって」

「聞いた。(ひで)えもんだって」

「次はこの村だ……!」

「もう一度、王宮に陳情出してみるか?」


 リーダー格の青年が首を横に振る。


「無駄だ。王都で陳情出して一週間待ったが、残ったのは宿賃の払いだけ。王宮からは返事すらなかった」

「王様貴族様は、こんな僻地の村なんてどうでもいいのさ」

「違いねぇ」


 若者たちが静まり返る。

 その静けさを打ち破るように、リーダー格の青年が語気を強めた。


「俺たちが戦うしかない」

「おい、本気か!?」

「外道騎士もいるんだぞ?」

「無理だって!」


 弱音を吐く仲間たちに、リーダー格の青年が言う。


「逃げたいのはわかる。でも今まで逃げなかったのは、それができなかったからじゃないか」


 すると村一番の知恵者が言った。


「……それは隣村も同じ。同じ道を辿るのか?」

「そうはさせない。だから戦う準備をしよう」

「いっそ一時的に離散するってのは?」

「それじゃ食っていけない人が出るし……そもそも逃げるのと何も変わらない。わかっているだろう?」

「……そうだな」


 暗く沈む仲間たちに、リーダー格の青年がわざと明るい調子で言った。


「とにかく! できる限りの準備をしよう! 村の柵を強くして、女子供の隠れ場所を作るんだ!」

「……畑に水を引いてる東の水路。川の水門を開ければ堀のように使えるはずだ」

「いいな! みんなも自分で考えてできるだけのことをしよう!」


 覚悟を決め、頷き合う若者たち。

 と、そこへ参加していなかった若者があばら家に飛び込んできた。


「おい! 大変だっ!」

「「賊か!?」」


 若者たちが一斉に立ち上がる。


「ちがっ、ゲホ、ゲホッ!」


 しかし飛び込んできた若者はせき込みながら首を横に振り、それから全員の顔を眺めた。


「ミストラルから騎士様が来た!!」




 真っ先にあばら家を飛び出したリーダー格の青年は、村の中で騎士の姿を見つけて足を止めた。


「たった……二人? それも女……?」


 一人は背が高く、弓を背負った女騎士。

 長い銀髪を束ねて後頭部に巻き、それでも毛先が鎖骨にかかっている。

 袖のない薄着の戦装束で、均整の取れた褐色の肌を晒している。


 もう一人はそれよりは背が低く、長い黒髪と生っ白い肌の女騎士。

 こちらは剣を携え、漆黒のマントを全身を隠すようにまとっている。

 年若く十代の少女のようで、珍しい紫の瞳をしていた。


「村長、こちらは?」


 リーダー格の青年は再び歩き出して、騎士と話している老齢の村長に声をかける。

 すると女騎士二人もこちらを向いた。

 村長がたどたどしく話す。


「おぉ……どこに行っておった……?」

「畑を見てたよ。騎士様、すいません。村長はもう年で耳も覚えも悪く……お話は私が伺います」


 女騎士二人は顔を見合わせ、背の低いほうが頷いた。

 リーダー格の青年が問う。


「この村には何用で……?」


 これは聞いておかねばならない。

 貴族はこの村のことなど気にかけておらず、賊の討伐に来るわけがない。

 村人たちに無駄な期待を持たせるわけにはいかないからだ。

 しかし、銀髪の女騎士からは意外な答えが返ってきた。


「この近くの坑道に巣くっている賊を討伐しにきた」


 これにはリーダー格の青年は目を丸くし、それから本音が口から零れた。


「たった二人で!?」


 女騎士二人はまた顔を見合わせ、それからこちらに向かって頷いた。


「賊が何人いると思っているんですか!」

「五百と聞いているが……違ったか?」


 銀髪の女騎士の返事を聞き、リーダー格の青年は頭を抱えた。


「わかっているのならもっと連れて来てくださいよ! 外道騎士だっているのですよ!? いや、今からでも遅くない、援軍を呼んでください!」


 もう期待すまいと思っていた魔導騎士への、心からの叫びだった。

 しかし、銀髪の女騎士はあっさりと言った。


「援軍は要請しない」

「なぜ!?」

「過剰戦力だからだ」

「は? かじょう……?」


 銀髪の女騎士が黒髪の女騎士に目で合図すると、黒髪の女騎士が頷いた。

 それを受けて銀髪の女騎士が言う。


「こちらのお方は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の団長にして獅子王国の大魔導(アーチ・ソーサリア)。〝骨姫〟ロザリー=スノウオウル様である」

「……ほねひめ、さま?」

「心配するな。今日、明日で終わらせる。この村には賊拠点襲撃の前に周囲の村落について情報を得るため寄ったのだが――」


 話していた銀髪の女騎士の眼球が、ふいに上を向く。

 次の瞬間、宙に手を素早く伸ばし、戻した手には鳥の折り紙が握られていた。

 折り紙は手紙らしく、それを開いた銀髪の女騎士が言う。


「――上空のロロ秘書官からです。〝賊の一団が村に接近中。騎馬十八。注意されたし〟とのこと」


 リーダー格の青年が慌てる。


「もう来たのか……っ、早くみんなを避難させないと!」


 すると黒髪の女騎士が言った。


「どこに避難するの?」

「それは、っ、とりあえずあそこに……」


 リーダー格の青年が指差したのは、村近くにある高台だった。

 黒髪の女騎士が言う。


「洪水じゃないのだから、あそこに避難しても意味ないわ。賊も登って追っかけてくるだけ」

「じゃあ、ええっと……そうだ! 昔、隠れ穴に使ってた洞窟が三キロほど先に――」

「――相手は騎馬よ? 間に合うと思う?」

「~~ッ、じゃあどうしろって言うんだよっ!」


 リーダー格の青年は激昂し、黒髪の女騎士の胸ぐらを掴んだ。

 銀髪の女騎士が目の色を変えて青年に掴みかかろうとしたが、黒髪の女騎士が目線でそれを止めた。

 そして静かに青年に言う。


「落ち着いて。あなたは村長の代わりなんでしょう?」


 青年は返事をせず、ただギリッと歯を噛んだ。

 黒髪の女騎士が続ける。


「村の中心部にみんなを集めて。畑とか村の外に出てる人もすぐに呼び戻すの。できるわね?」

「……集めてどうするんだよ」

「何もしなくていい。賊は村に一歩も入れない。私がすべて捕らえるから」


 リーダー格の青年は信じられないというふうに黒髪の女騎士を見たが、彼女の紫水晶の瞳には嘘偽りも怯えも奢りもそれら一切、浮かんでいなかった。




 騎士二人が村の外へ――賊の一団が迫る方向へ歩いていく。

 銀髪の女騎士が言う。


「ロザリー様」

「なに? シリル?」


 銀髪の女騎士――シリル=ウルフェンはオパール隊所属の弓使いである。

 賊拠点襲撃にあたり、王都近郊の地理に詳しい者を連れて行こうとして、本部に偶然居合わせた彼女を団長権限で同行させることにした。

 ロザリーが彼女を選んだのは、かつて魔導騎士養成学校(ソーサリエ)教官ウルスの子息誘拐事件において活躍し、腕前人格共に信用できると考えたからだ。


「どのような作戦でいきますか? 私があの高台から弓で追い返すこともできますが」


 すぐにこういった作戦案が出てくるあたり、彼女を選んだのは間違いではなかった、とロザリーは思った。


「そうね、では高台に行って身を隠していてくれる?」

「身を隠す……合図を待てばよいのでしょうか?」

「賊を引き寄せて、私のスケルトンで一気に囲んで生け捕りにするわ。もし網から逃れて逃走する賊がいたら、それを狙撃してほしいの」

「了解です。我々の到来を賊拠点に知られぬことが第一ですね」

「その通り。よろしくね」

「ハッ」


 シリルは短く返事をし、すぐに高台へ向かった。

 彼女の薄着の背中を眺めつつ、ロザリーは思った。


いいのを(・・・・)選んだわ。オパール、私にくれないかな?)

誤字報告をくださる方々、とても助かっております、ありがとうございます。

今回は特に酷いものが多い……!

自分のミスや不見識からくる誤字は学びとして消化できるのですが

心当たりのない「何でこうなった!?」って誤字は、ただただ恥ずかしいだけという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説2巻&コミカライズ1巻 4月25日同時発売!            
↓↓『特設サイト』に飛びます↓↓ 表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ