298 去る者、来る者
やや長め。
※ちなみに長め短めは2500~5000文字の範囲に入っているかどうかで判断しております。
私が読むとき読みやすい長さである、という超個人的な判断基準となっております。
――王都守護騎士団本部前。
イングリッドが言う。
「ドルク。私の馬は?」
自分の馬の装具をチェックしていたドルクは、事もなげに言った。
「ないぞ」
「ない?」
「俺の後ろだ」
「バカな! 貴様の腰に腕を回して帰れと?」
ドルクは眉を顰めて言った。
「仕方がないだろう、丸三日も牢にいたんだぞ? 馬に乗れる状態かわからなかった」
「もういい。馬を買ってくる」
ぶっきらぼうにそう言って歩き出したイングリッドに、ドルクが言う。
「お前、文無しだろう。今の今まで囚人だったんだぞ?」
「……」
イングリッドは足を止め、それからくるっと方向転換して、ドルクに手のひらを差し出した。
「金をくれ」
「子供でも、もう少しマシな頼み方するぞ」
「借りるだけだ!」
「その台詞を言う奴は返した試しがない」
「ドルクっ!」
ドルクはひらりと馬に飛び乗り、イングリッドに向けて手を伸ばした。
「あきらめろ、イングリッド。弱ってる奴を一人で馬には乗せられん」
「~~っ!」
ドルクを睨み上げていたイングリッドだったが、ついに観念してドルクの手を取った。
彼女を背に乗せたドルクが、グレンに向けて軽く手を挙げる。
グレンもまた手を挙げて応えると、二人を乗せた馬は城門方面へ駆けていった。
グレンは彼らの姿が消えるまで、ずっとそちらを眺めていた。
すると――。
「グ、レ、ン!」
後ろからロザリーが、彼の両肩を勢いよく叩いた。
「……よう」
「冴えない顔ねぇ」
グレンは自分の顔をペタリと触った。
「そんなに酷い顔してるか?」
「フフ。うん、してるしてる」
「そうかぁ」
「……さっきはごめんね? 雛鳥がどうとか言っちゃって」
「気になんてしないさ。お前だって雛鳥だし」
「それもそうね。……じゃあ、なんでそんな顔してるの? 今日会ってからずっとそう。私はグレンに会えてこんなに嬉しいのに」
グレンは下を向いて頭を掻いて、それからロザリーに向き直った。
「俺のせいじゃないか?」
「何? 急に」
「お前が王都守護騎士団の団長になんてなりたがるわけがない。俺が攫われたと思ったからじゃないか? 望まない団長の座に、俺が押しやったんじゃないか?」
「……ううん。元はといえば私のせい。私がアーサーに目を付けられたから、グレンが狙われたの。それに、今は団長職も悪くないって思ってる。だからグレンが気に病む必要はまったくないわ」
「……そうか。ならいいんだが」
「戻らない?」
「んっ?」
「王都守護騎士団に、よ」
「!!」
ロザリーがグレンの退団を知ったのは事件の報告を受けたときだ。
最後に会ったのはパレードの前。
所属騎士団を辞めることは食い扶持を捨てる行為に他ならない。
グレンがそんな重大な決断をしているとは、あのときは考えもしなかった。
「そんなに心配してくれるなら、近くで私を支えてよ。今は信頼できる部下が何よりほしいの。グレンなら大歓迎!」
ロザリーは腕を開いてにこやかに笑って見せた。
その様にグレンも釣られて笑ったが、首を横に振った。
「いや、いい」
「ええ? 何でよ~。私、勇気振り絞って勧誘したのに」
「ありがたいよ、ありがたいけどさ。辞めたのは別に、後ろ向きな理由じゃないんだ」
「ん? それってどういうこと?」
「実は――」
グレンは周囲を見回し、ロザリーにこっそり耳打ちした。
「――自分の騎士団持たないかって話が来てるんだ」
ロザリーは驚き、目を見開いて彼の顔を見た。
グレンの瞳に嘘や冗談はない。
というか、こういう冗談を言う男ではない。
ロザリーは口をパクパクさせていたが、やがて急に不安げな顔になって彼に耳打ちした。
「……それってほんとに確かな話なの?」
「まあ、そう思うよな。でも確かだ。お前と仲のいい宮中伯の案らしい」
「コクトー様が?」
「ああ。鳥籠の騎士だけの騎士団だ」
「!!」
「俺らって雛鳥では年長の部類だろう? これからの数年で何人もの雛鳥が卒業して騎士になる。でもそれをバラバラに配置したって所属先で潰されるだけ。だから、まとめて運用した方がお得なんじゃないか? ってことらしい」
「コクトー様がいかにも考えそうなことね。それに――」
ロザリーが紫眸を煌かせてグレンを見上げた。
「――グレンなら適任だわ! あなた以外いない!」
「……いや、ほんとはお前のほうが相応しいんだよ」
「そんなことない! だって私、五才で鳥籠出ちゃってるし」
「出たって言うか攫われてるだろ、お前」
「まあ、そうだけど。……わかった。そういうことならあきらめる。応援するよ」
「……ありがとよ。ごめんな、力になれなくて」
「ううん、嬉しい話聞けたから」
「しばらくは王都にいる。準備ができたら王国を回って、散らばった鳥籠関係者を集めるつもりだ」
「……鳥籠関係者って?」
「ま、雛鳥の親世代だな」
「えっ! 生きてる人、いるの?」
「それが結構いるらしい。十五年の苦役でどうなってるかわからないが……健康状態がいいなら騎士団に入ってもらいたい。俺の騎士団は選べる枠が限られてるからな」
「俺の騎士団、か。不思議ね、急に二人とも騎士団長なんて」
「俺は前途多難だよ」
「私だってそうよ。元王都守護騎士団なんだからわかるでしょ」
「だな、確かに。……じゃ、王都出るときは声かけるから」
「うん、そうして。送別会とかやっちゃう?」
グレンは苦笑して首を横に振った。
「やめてくれ。卒業シーズンには戻ってくるんだから」
「そっか。次の雛鳥騎士を迎えなきゃいけないもんね」
「そういうこと。じゃ、またな!」
「うん! 出発前にちゃんと来るんだよ?」
「ああ!」
手を振り、グレンと別れるロザリー。
しばらくして、後ろから声がかかる。
「――団長殿。よろしいですか」
「ドゥカス。待たせちゃった?」
「いいえ。明日の予定について続きをお話ししたく」
「ああ、訓練場で言いかけてたわね」
「実は――賊の討伐をお願いできないかと」
「賊? 私が行かねばならないほど危険な集団ということ?」
「数は非常に多いです。王都守護騎士団弱体化をいいことにのさばっていた賊どもが、団長殿の就任を聞きつけて一か所に集まっておるのです」
「その中に危険な外道騎士がいるのね?」
「いえ、そのようなことは。外道もおりますが、基本的には雑魚が群れておるだけです」
「……そこに私が出ていくの?」
ロザリーは不満そうに聞いたのだが、ドゥカスは迷いもなく頷いた。
「はい、是非」
「なぜ? 団員に対応させるべき事案に聞こえるけど」
「……理由をお話しいたします」
ドゥカスは言いにくそうにしながらも説明を始めた。
「賊の塒は王都より北東、王都守護騎士団管轄地の端にあります。ときに団長殿は連隊の話を覚えておいででしょうか?」
「ええ、覚えてる。王都守護騎士団には三つの連隊があって、団員の半数はそちらに所属していると」
「はい。それでこの賊の塒の近くに、三つのうちの一つの連隊の駐屯地が存在するのです。しかしその連隊が動く素振りがなく、命令を送っても無視を決め込んでおりまして」
ロザリーが困惑した顔で聞き返す。
「ええ? どういうこと?」
「その連隊長が言うには、今の王都守護騎士団団長を自分たちは認めていない。だから団長不在に等しく、この状況では軽挙妄動はできないと」
「それは……私が死霊騎士だからって話?」
「いや、そうではないかと。連隊長三名は私が任命したのですが……とにかく強く、自分で判断を下せる者を、と選びました」
「連隊といっても一つ一つが騎士団規模だものね。間違ってないと思うけど」
「当時は私もそのように考えたのですが……結果として非常に我の強い部下となってしまい……実を申せば私の団長時代からこうして命令に従わぬことがあり……」
「ふぅん。それで我の強い彼らは、自分たちの知らないところで団長が決まったことが気に喰わないと? あ、もしかして自分こそが次の団長だと思ってたのかな?」
「詳細はわかりませぬが、まあそんなところかと。最初は団長殿と私で駐屯地に殴り込みをかけるべきかとも思いましたが」
ロザリーは目を丸くし、それから吹き出した。
「フッ。それ、面白いわね」
「しかし、シワ寄せは下々の団員たちにいくでしょう。連隊長はまさにその連隊では騎士団長のようなもので、彼らが戦えと命じれば戦うでしょうから」
「ま、理解したわ。野放しになってる賊を私が簡単にやっちゃって、彼らを役立たずにしてしまうのね?」
「その通りです。連隊だって王都守護騎士団、賊を野放しにしていることに団員たちは苛立っておるはずです。おそらくは連隊長自身も……じきにあちらから頭を下げに来るでしょう」
「来なければ今度こそ殴り込みね?」
「……何やら楽しそうですな」
「うん♪ 賊よりも楽しみかも。頭を下げに来ない頑固者であることを願うわ」
「私としては非常に複雑なのですが……」
「殴り込みにはドゥカスは来なくていいわよ?」
「いいえ、お供します。任命者ですので」
「そう? あ、賊討伐にはほんとに来なくていいからね? 一日で終わるかわからないから、王都に私もドゥカスもいない状態にしたくないわ」
「……それはたしかにそうですな。討伐自体は団長殿なら半日かかからずでしょうが、移動時間が――特に帰りは捕らえた賊を運ばねばなりませんし」
「そういえば聞いてなかったわね。賊の数はどの程度?」
「物見の報告では五百前後。外道はせいぜい二十ほどかと」
数を聞いたロザリーは、手を叩いて微笑んだ。
「五百!? すっごい、一網打尽にできるじゃない!」
「賊の数が多くて喜ぶなど、団長殿くらいでしょうな」
「でも、じゃあ塒って砦規模?」
「穴倉です。山間の古い坑道が連なっておるところを一部改修して使っておるようです」
「食料はどこから? 坑道も把握しとかないと逃げられてしまう……ああ、ネモを行かせるんじゃなかった!」
「確かに……ネモ殿がいれば、ことがスムーズに運んだでしょうな」
頭を抱えていたロザリーが、急に何かを思い出して手を打った。
「ドゥカス。賊といえば」
「何でしょう?」
「地下牢でドルク卿と話しているときから、ずっと気になっていたの。アーサーの手勢どもが騒いでいる中で一人だけ動じず、牢の奥でじっと目を閉じていた男――」
「――坊主頭に刺青のある?」
「そう!」
「バランという男です。手勢どものリーダー格ですが、牢に入ってよりずっとあの調子です」
「何か、うまく言えないけど……他の外道騎士とは気配が違ったわ。手勢どもより、ドルクやイングリッドに近い感じ。思い起こせばユールモン邸で対峙したときも堂々としたものだったわ」
ドゥカスは数度頷き、言った。
「オパールは戦歴があるはず、と申しておりました。今も任務の傍らで調べておるはずです。団長殿も何か感じるというのなら、只者ではないのかもしれませぬな」
「きっと魔導持ちよね、ソーサライト結晶で無理やり検査してみようかしら……とにかく、バランの調べが最優先だとオパールに伝えて」
「ハ。では任務として命じます。……バランをどのように?」
「悪辣非道な男なら飛竜監獄送り。そうでないなら青マントを着せるわ」
「何と……!」
驚くドゥカスに、ロザリーはニッと笑った。
「外道に詳しい元外道、欲しくない?」
「考えたこともありませんでしたが……なるほど、たしかに役に立ちそうですな」
「明日の討伐には間に合わないけどね。じゃ、よろしく」
「了解です。オパールに命じたあとは、塒になっている坑道の地図を探してみます」
「うん。ま、見つからなくても行くから。あるといいな、くらいね」
「地図等、準備ができてからにすることもできますが……?」
「ううん。賊が散るかもしれないし、周囲の村に悪影響がでているはず。早いほうがいい、ドゥカスもそう思うから明日にしたんでしょう?」
「仰る通りです。では明日の討伐は確定で、地図探しはロロ嬢にも手伝ってもらいます」
「そうね、ロロなら――」
「――ムッ!?」
二人が立ち話をしている本部前の石畳の地面に、大きな影が映った。
それは鳥にしては大きく、しかし鳥のように翼が見える。
空を見上げたドゥカスが、右手で日差しを遮りながら目を細める。
「あれは――天馬、か?」
「そうよ、天馬だわ!」
「団長殿、お知り合いで?」
「ええ!」
ロザリーは玄関からアプローチのほうに出ていって、空に向かって大きく手を振った。
あちらもそれを認識したようで、旋回しながら高度を下げてきた。
やがて互いの顔がはっきり見えるようになって、ロザリーが叫ぶ。
「クリスタ! 来てくれたのね!」
「はいっす! 来てしまいましたぁ!」
クリスタはダレン領主ハンス卿の娘であり、王国唯一と目される天馬騎士である。
ロザリーとは西方争乱においてダレン物見城防衛戦から共に戦った戦友であった。
小柄なクリスタは天馬が着陸する前に飛び降りて、トトトッ、とロザリーの元に駆けてきた。
「お誘いどもっす〝骨姫〟様! クリスタ=マーノセッター、只今到着致しましたぁ!」
「来てくれてありがとう! 元気にしてた?」
「はいっす!」
「ハンス卿やご兄弟もお元気で?」
「あ……父ハンスは……」
「えっ!? ハンス卿、どうかされたの!?」
「ランガルダン要塞の復興作業中にガレキを抱えようとして、腰をギックリやりまして……」
「なんだ……いえ、それは大変ね。クリスタはハンス卿の元を離れてよかったの?」
「父ハンスが行けと言ってくれたっす。どうせダレン復興はまだ先だから、それまでは〝骨姫〟様の下で世界を見てこいと。王都も知らない田舎娘のままでいてはならないと」
「さすがはハンス卿……でも、クリスタってソーサリエ卒業してるわよね?」
「そうなんす。すでに王都知ってるんす。父ハンスってどこか抜けてて……でも来たかったんで、余計なつっこみはしなかったっす!」
二人の会話を玄関先から眺めていたドゥカスの下に、建物内からロロがやってきた。
「何事です、ドゥカス様?」
「おお、ロロ嬢。団長がスカウトした騎士らしい。まさか天馬騎士とはな、恐れ入った!」
「……何だか仲良さげですね」
「の、ようだな」
「むぅ、ライバル登場の予感……!」
ロロはすぐさま二人のところへ走っていった。
「ロザリーさん!」
「あ、ロロ。紹介するね、こちらはクリスタ。西方争乱で知り合った、ダレン領主ハンスのご息女で、見ての通り天馬騎士なの!」
クリスタがぺこりと頭を下げる。
するとロロは意地悪な目つきでクリスタを舐めるように見た。
「……なるほど? 西で作った女ですか」
「ちょっと、ロロ?」
クリスタが下からジロリと睨み返す。
「は? なんすか、あんた」
「まあ私は王都の本妻ですから? 西の果ての田舎女くらい大目に見てやりますよ」
「おお? ダレン馬鹿にしてるっすか? やるならやるっすよ?」
「あ~、嫌だ嫌だ。粗暴な女はすぐ暴力に訴えようとする。やっぱりお里が知れますねぇ?」
「このっ! その眼鏡、粉砕してやるっす!」
クリスタがロロの眼鏡を掴み取ろうとしたところで、ロザリーがため息をつきながら間に入った。
「クリスタ、どうどう。ロロもやめなさい。あなただって山奥の炭焼き小屋出身でしょう?」
「ちょっ、ロザリーさん! それ、しーっ!」
「あれあれ? そうなんすか? いますよねぇ、都会人ぶるお上りさん♪」
「ぬぅぅっ、気にしていることを! まさかこの手で呪殺を使う日が来ようとは……!」
「やればいいっすよ、お上りさん。どうせできはしないっすけど~♪」
「ぐぬぬぬ……! 市で生贄用のニワトリ買ってくるから、そこで待ってなさい!」
「そこ」ガツン!「ぐえっ!?」
「まで!」ガツン!「うぎぃ!?」
ロザリーから固い拳骨を食らった二人は、揃って頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「クリスタにはさっそく王都近郊の航空監視任務を頼もうと思ってたけど……決めたわ。明日の賊討伐、クリスタも付き合って。ロロと二人セットで使うからね?」
「ええーっ」「嫌っすよ、そんなの」
不満を漏らす二人だったが、ロザリーが拳骨をちらつかせるものだから、黙るしかなかった。
ロザリーは意地悪く笑ってから本部へ帰っていって、残された二人は顔を見合わせるのだった。





