292 団長殿のお引っ越し
王都守護騎士団本部、団長室。
「あ、殿下が出立なさいます」
窓から見ていたロロがそう言うと、ロザリーとドゥカスも窓に向かった。
窓の外を見つめながらロロが言う。
「でも、よかったんですか?」
「アーサーのこと? 仕方ないわ、私が納得できないことでも頭を下げて言うこと聞かなきゃいけない相手ってエイリス陛下くらいだけれど――」
そこまで言ってドゥカスを見ると、彼が言葉を引き継いだ。
「――その陛下に対し最も発言力をお持ちなのが先王弟殿下ですからな。伊達にキングメーカーとは呼ばれてはおられない」
「でもでも、私はやっぱり気になっちゃいます。ほんとにアーサー卿はもう、ちょっかい出してきませんかね?」
「それはわからないわ。殿下を信じるしかない。……それに、実は私にも選択肢はあったのよね」
ロロが小首を傾げる。
「選択肢、ですか?」
「あの晩。捕らえるのではなく、殺めることもできたわ」
「ああ……!」
「王都守護騎士団団長となった以上、その選択肢は正しくないと思ってそうしなかったんだけど……」
「……それでいいと思います。王都守護騎士団のためにも、ロザリーさん自身のためにも」
「……ん。ありがと、ロロ」
「いいえ、そんな」
先王弟の馬車が本部前のロータリーをぐるりと回り、城門方向へ進みだす。
「あ、殿下がこちらを見てらっしゃるわ」
そう言って、ロザリーは満面の笑みで手を振った。
その横でロロが遠慮がちに手を振りつつ、ロザリーに囁いた。
「ロザリーさんったら、貴族スマイルがお上手になられましたよね?」
「必要かなって。ロロはこんな私、嫌?」
「いいえ! 大好物でっす!」
「プッ。何よそれ。……あ、そうだ、このあと相談があるの」
「何でしょう?」
「ロロの貸し部屋って本部から遠いから新しい家を探したほうがいいよね? 私も住処がないから一緒に家探し、どうかなって」
「……それって」
「ん?」
「それってもしかして、一緒に住むってことですか!?」
「うん、まあそれでも。元ルームメイトだしね」
するとロロはグッ! と力強く拳を握った。
「まさかの、同! 棲!」
「……まあ、うん」
「まさかの、同! 衾!」
「いや、同じベッドでは寝ないから」
「お二人で家探しですか。そういうことならば――」
そうやってドゥカスが口を挟んできたので、ロロは目を剥いてドゥカスに相対した。
「お待ちを! ドゥカス殿まで一緒に住むのはちょいと違いますよ!? 舅はひつようありませんっ!」
「舅……いやいや、お二人が住むのにちょうどいい物件に心当たりがあるのだよ」
「なんと、そうでしたか! ではさっそく見に行きましょう、その愛の巣を!」
「……ロロって相変わらずねぇ」
「いいえ! アイシャさん、ベルさんには『純度が増してる』とよく言われます!」
「増してるんだ……」
「ええ! では愛の巣へレッツゴー!」
――少しだけ遡り、先王弟の馬車の中。
「ロザリー卿、成長していたな……祝いの品もすべて突き返すのではなく、一つだけ受け取り、負傷した団員への賠償とすると。細やかな心遣いに感服したぞ……」
先王弟ドロスはぶつぶつとロザリーへの評価を並べ、それから対面に座るアーサーを見つめた。
「そちも成長してくれてよいのだぞ?」
するとアーサーは座席の上で膝を抱え、叱られた子供のように顔を膝の間に伏せた。
その様子に先王弟がため息をつく。
そして窓から車外の景色に目を移し、ふと本部の二階を眺める。
すると――。
「お、ロザリー卿?」
そこはちょうど団長室の窓で、ロザリーが窓のすぐそばまで来たのが見えた。
先王弟がそのまま眺めていると、彼女が満面の笑みで手を振った。
「おぉ! 何と美しいのか……陽光に輝いておる! まるでルイーズの生まれ変わり……おお! おおっ!」
ロザリーの姿に心奪われた先王弟は、対面でグツグツと煮えたぎる憎悪に、気がつきもしなった。
――それからしばらくして。
上層、王都守護騎士団団長邸。
「まあ! いいじゃないですか、いいじゃないですか!」
館を見て、ロロのテンションが上がる。
「王都守護騎士団団長用の館だ。私の前も、その前も、歴代の団長がここに住んでいたのだ!」
なぜか自慢げな口振りのドゥカス。
ロザリーはドゥカスの言葉に「ふぅん」と頷いて、彼に尋ねる。
「それにしては新しい?」
「修繕をしたばかりなのでそう見えるのでしょう。建物自体は相当に古いものです」
「そうなんだ」
ロザリーが敷地に入る。
先日見たユールモン邸のアプローチと比べれば見劣りするが、それでも十分に立派だ。
玄関の造りはしゃれっ気こそないが、質実剛健。
古い建物というわりに歪みやヒビは見当たらない。
「団長殿にッ! 敬礼ィィッ!」
「わっ。びっくりした」
玄関には団員二名がいて、見張りをしていた。
ドゥカスが言う。
「団長付きの護衛騎士です。以前は二十余名いたのですが、昨今の人員不足を受けて二名にまで減らしております」
「そう。……この務めは退屈じゃない?」
ロザリーが護衛騎士の一人にそう問うと、彼は目線を合わせずに大声で答えた。
「名誉ある任務であると、認識しておりますッ!」
「つまり、退屈だけど名誉はあるから我慢していると」
「~~そっ、そんなことはありませんっ!」
この反応にロザリーは声もなく笑い、ドゥカスのほうに振り返った。
「護衛はいらない。この二人も本部勤務に戻すわ」
「よろしいので? 団長の邸宅に立哨の一人もいないというのも問題がありますが」
「敷地には僕を潜ませておくから」
「おお、なるほど……しかし、大きな屋敷ですから来客とのつなぎ役も必要になりますが」
「執事を雇うつもり。もちろん、腕っぷしの強い執事をね?」
「おお、そういうことであれば。……よかったな、お前たち! 退屈な任務から解放されたぞ!」
そうドゥカスが言うと、護衛二人は喜んでいいのかわからず、困り顔を見合わせた。
「とりあえず二人は本部付けとしますが」
「それでいいわ」
「将来的にはどこに配属を?」
「んっ?」
ドゥカスのこの問いに、ロザリーは首を傾げた。
この二人とはこれが初対面。
彼らのことを何も知らないのに、どこに配属するかなど問われても困るだけだ。
しかしドゥカスはロザリーの反応を見ても、質問を言い直したり取り消したりする様子はない。
そもそもロザリーは王都守護騎士団の組織構造自体、まだ把握しきれていないのに――とそこまで考えて、やっとロザリーは彼の意図を察した。
「近いうちに組織を改めるわ。彼らの配属はそれからよ」
「ハッ! では早急に組織全体の情報をまとめておきまする!」
「助かる。……館の中はロロと見ておくから、ドゥカスはさっそく取りかかってくれる?」
「承知しました! では!」
ドゥカスはくるりと振り返り、館の外へ出ていった。
「あなたたちは私とドゥカスの引っ越しが終わるまでは、引き続きお願いね?」
「「了解であります、団長殿!」」
護衛騎士はそう返事し、再び門の外に向かって気をつけの姿勢を取った。
「わ~、ドゥカス団長のご自宅って感じですね~」
館の中は飾り気なく、物が少なく整っている。
ロロの言う通り、ドゥカスの性格をよく示していた。
ロロが二階への階段を上るついでに、その手すりを指でついっ、と撫でる。
「おやまあ。掃除は行き届いていませんねぇ?」
「ロロ。姑みたいなこと言わないの」
「そういえば、ドゥカス様って奥方おられないのですか?」
「独身と聞いているわ」
「何でですかね? 王都守護騎士団団長で、別にお顔立ちが悪いわけでもないし。何か特別な理由でもあるんですかねぇ?」
好奇心丸出しのロロに、ロザリーが言った。
「噂好きも相変わらずね。知られたくない理由があるかもしれないでしょ? 詮索しないの」
「はぁい」
「寝室は二階よね? 行ってみる?」
「もちろんですとも! 核心ですからね!」
「核心?」
「愛の巣の核心ですっ!」
「まだ言ってる……」
二階に上がった二人は寝室探しに手間取った。
部屋の扉を開けるたびに、物置になっていたり、がらんどうだったりしたからだ。
五つ目の扉で、やっと寝室に辿り着いた。
「……ふむ。問題なし、ね」
ドゥカスの寝室はやはり彼らしく、ベッドと毛布、それにクローゼットが一つあるだけだった。
「あとはお風呂と台所が問題なければいいよね?」
「ですね。ただ、寝室は別にここでなくともよいのかと」
「それもそうね、空き部屋はたくさんあるみたいだし」
「お掃除の必要はありますが……さっき、執事さんを雇うと仰っていましたが、部屋のことはその後にしますか?」
「ああ、執事ね。……ヒューゴ、いる?」
すると窓から射した陽光でできたロザリーの影が、怪しく蠢いた。
そして影からズズッ……と気味悪いほど肌の白い男が迫り出してきた。
「……あのねェ、御主人様。キミはよく『いるか』と聞くが、ボクがいなかったことがあるかイ?」
ロザリーって家がないなと気がついて、このエピを書きました。
でも本拠は別になります。
本拠がどこかは次話でだいたいわかるかと。





