291 ロザリー✕先王弟
王都守護騎士団本部。
先王弟の到来を聞き、ロザリーが出迎えに向かう。
ロザリーは廊下を早足で歩き、その後ろを行くロロとドゥカスが小声で話している。
「ドゥカス様。先王弟殿下とアーサー卿のご関係は――」
「――殿下はアーサー卿に対し後見人のような役割を果たしておられる。公言されておらぬので実際に後見ではないのだろうが――」
「――でも、父君のランスロー公はご健在ですよね? なぜそのような――」
「――わからぬ。だが団長殿は予期しておられたようだな」
「――考えても意味がない。確かにそうです、殿下のご意向を突っぱねでもしたら、今の王都守護騎士団の立場では――」
「――解散論者が勢いづくのは間違いないな」
「……アーサー卿の逮捕に抗議しに来られたのですよね?」
「……おそらくは」
一階エントランスに向かって大階段を下りていくと、本部入り口付近に十人弱の来客があるのが見えた。
持ち場に立つ団員たちは直接はそちらを見ないが、たまに横目で来客の顔を確認しつつ、誰もが緊張した面持ちだ。
(こんなところに王族が来ることなんてないものね。……あ、王族とも呼べないんだっけ?)
ロザリーはそんなことを考えながら、ついに一階に降り立った。
頭頂部が禿げ上がった、がっしりとした体格の王族――先王弟ドロスが見える。
他の来客は彼の護衛の騎士のようだ。
さすがはキングメーカーというべきか、一見しただけでも護衛は実力者揃いだとわかった。
「まあ! 先王弟殿下!」
ロザリーが満面の笑みを浮かべ、ロロにそうしたように大きく腕を開いて先王弟に歩み寄っていく。
「おお、ロザリー卿……」
対する先王弟は幅のある大きな身体を小さくして、ロザリーにすがるように両手を差し出した。
ロザリーがその手を握り、先王弟の顔を下から覗き込む。
「どうされたのです? 抱きしめてはくださらぬのですか?」
「できぬ。申し訳なくて、そんなことができようか」
「……アーサー卿のことですね?」
「まさに。一昨日に続き、まさかこれほどの愚行を犯すとは……」
「殿下、頭を上げてくださいまし。これでは私が悪者のように見えますわ」
「なんと! そのようなつもりは……そうだ、こちらが先であった。祝いの品をこれへ!」
先王弟が外に向かってそう叫ぶと、彼の家人たちが四人がかりでやっと抱えられるような宝箱を、次から次へと運び込んできた。
最終的に宝箱は十七にもなった。
「栄転祝いには年齢になぞらえた贈り物をする。ロザリー卿は今年十七のはずだが誕生日を迎えたかわからず……多いほうがよかろうと十七にした」
「まだですわ。でも、たしかに多いほうがよろしいですね」
ロザリーはそのうちの一つに手をかけ、宝箱を開ける。
「まあ!」
つい、そう声を上げたのはロザリーではなく後ろで見ていたロロだった。
ロロは慌てて自分の手で口を塞いだ。
宝箱の中には金銀財宝が唸るほど詰まっていて、純度が高く美しい魔導鉱結晶を使った豪華な首飾りまであった。
ロザリーがその首飾りを手に取ると、自分のデコルテ部分に当てた。
先王弟が言う。
「ロザリー卿。王都守護騎士団団長就任、お祝い申し上げる」
「ありがとうございます、殿下。でも――」
首飾りをジャラッと外し、固く握り締めて言った。
「――袖の下は受取りませんよ?」
すると先王弟は大袈裟に目を見開き、勢いよく首を横に振った。
「滅相もない! 滅相もないことぞ、ロザリー卿! これはあくまで祝いの品、他意など欠片もない!」
「フフ、わかっております、殿下。これは拙い冗談――どうぞ、アーサー卿はこちらです」
「ああ、うむ」
ロザリーが地下牢へ至る通路へ腕を向ける。
それを受けて今度は先王弟がロザリーに先を譲る仕草をし、何度か譲り合ってからロザリーが案内役のように先を歩き出した。
後方をついていくロロは内心で驚嘆していた。
(先王弟殿下と――王族と堂々と渡り合うなんて! 素敵です、ロザリーさん!)
地下牢への通路は逃亡防止のため、入り組んだルートを通らなければならない構造になっている。
緊張した面持ちの立哨たちの間を通り抜けつつ、狭い通路を過ぎて部屋をいくつも抜けていく。
そしてやっと地下牢への階段がある部屋に辿り着いた。
この部屋には常時五名以上の団員が詰めていて、脱獄などの緊急事態に備えている。
「刃物類はここでお預けいただきます。あ、それと護衛の方々はここまででご遠慮願います」
ロザリーがそう言って護衛たちに視線を向けた。
護衛は八名。
皆、無表情にその場に立っているだけだ。
「あの……聞こえましたか?」
再度、ロザリーが尋ねると、先頭の三十代後半の騎士が言った。
「聞けぬ」
「聞けぬ? どういうことでしょう?」
「我らはドロス殿下から一時たりとも離れぬ。剣も放さぬ」
「私がおります。ご心配なさらず」
ロザリーが胸を張ってそう言うと、護衛は首を傾げた。
「はて? 卿が一番の脅威であるように思うが」
「まあ!」
「これ、コォズ! 無礼であるぞ!」
先王弟が叱るが、コォズと呼ばれた護衛騎士は眉ひとつ動かさない。
「いかに殿下のご命令でも、これだけは聞けませぬ」
ロザリーは笑顔を湛えてコォズに身を寄せた。
「ご立派な忠誠心ですわ。我が団員たちにも見習わせたいものです。――ですが」
ロザリーがコォズの着ていた服の首元を持ち、グッ! と手前に引いた。
コォズは揺るがぬ自分を見せるため踏ん張り、結果として服の襟回りが伸びて隙間ができた。
コォズがロザリーを上から鋭く睨みつける。
そんな彼にロザリーが囁く。
「どこを見ている? 服の中だ」
「……? ~~ッッ!?!?」
コォズは瞳だけで服の中を見下ろし、絶句した。
ロザリーが引っ張ったことによってできた、服と服の間の空間。
伸びた襟回りから見下ろす服の中の暗がりに、今にも飛び出してきそうな死者の眼光がいくつも浮かんでいたのだ。
さすがの護衛騎士も無表情ではいられず、口が曲がり、目尻がピクピクと動く。
ロザリーは手を放し、コォズの襟元を丁寧に正してから、また囁いた。
「私が脅威であったとして。お前に何ができる?」
コォズの顔にありありと怯えが浮かび、彼はそこから歩を進めることはできなかった。
「――誠にすまなんだ」
階段を下りて地下通路を歩いていくとき、小声で先王弟が言った。
「彼の言い分にも一理あります。殿下がそのように謝られなくとも」
「違うのだ、晩餐会のことだよ」
「晩餐会?」
「あのとき、儂もおっただろう? 本来ならアーサーを真っ先に止めねばならぬのに、それをしなかった。儂を恨んでおろう?」
「まさか恨むだなんて。でも、どうしてお止めにならなかったのです?」
すると渋い顔で先王弟は言った。
「……儂もアーサーにはほとほと手を焼いておってな。ここで一度痛い目をみるのも彼にとって悪くないのでは――そう考えたのだ。それが次の凶行の呼び水となろうとは露とも思わず……まこと愚かしいことよ」
「いいえ、殿下は聡明であられますわ。しかし、賢者であってもアーサー卿の行動を予測するのはかなり難しいことです」
「このようなことが二度とないよう、此度はきつく言い聞かせるつもりだ。それで許してもらえぬか」
「私からもすでに本人に申し上げました。もし、万が一、今回と同じようなことがあって、私の知人が傷つくようなことがあったら。――ランスローを滅ぼす、と」
これには先王弟も目を見開き、言葉を失った。
しばらくしてから小刻みに何度も頷き、言った。
「さもあらん」
そこからしばらく歩き、アーサーの牢に着いた。
彼はだらしなく両脚を投げ出して床に座っていた。
両手首は魔導鉱製の手枷と鎖で壁に繋がれている。
アーサーはぼんやりと牢の外の来客を見上げていたが、ロザリーの姿を見るなり、鉄格子に飛びついた。
「ロザリィィ……お前をどこから焼くかずっと考えていたぞ? 安心しろ、顔は最後だ。腿も尻も……やはり初めは――」
愉悦の笑みを浮かべつつサディスティックな言葉を並べていたアーサーが、ふと視線を移した。
そしてそこにいた先王弟を認めた瞬間、顔面蒼白となり、床にひれ伏した。
「ああ、あああ! お許しを、お許しを殿下……」
ひれ伏す彼を見下ろし、ロザリーが言う。
「……これより殿下に無礼を承知で申し上げます。アーサー卿の身柄はお引き渡しします。お渡ししますが――」
「――言わずともよい。儂が責任を持てということだな? 相分かった、儂の目の黒いうちは好きにはさせぬ」
「よかった! 安心しましたわ、殿下!」
そう言ってロザリーが両手を合わせて微笑むと、先王弟も笑顔で「うむ、うむ」と頷いてしまうのだった。





