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290 ロザリー▶▶ミストラルオーダー

 ロザリーが王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の団長に就任した、その夜。

 王都中層にある古アパートの一室に、深夜にもかかわらず明々と明かりが灯っている。


「あぁ。素敵だったなぁ、ロザリーさん。……忘れないうちにしたためておかねば!」


 ロロである。

 ここはロロが暮らす部屋。

 実は彼女、ユールモン邸で起きた騒ぎの一部始終をその目に収めていた。

 ロザリーが現れたときは、自分も飛び出して彼女に助勢したい衝動に駆られた。

 だが、ロロはお世辞にも武闘派とは呼べない。

 飛び出したところで王都守護騎士団(ミストラルオーダー)に止められるのが関の山。

 そうなれば逆にロザリーに迷惑をかけることになりかねない。

 そう考えて自重したロロだったが、今、彼女の興奮は最高潮に達していた。


「知ったことか、私が許す、っと。……かーっ! 痺れますねぇ!」


 羽根ペンを走らせるたびに顔が上気し、羽根ペンを持つ手に汗が滲む。


「いつだってロザリーさんは正しい。その上、可憐で、強くて、美しくって、正しくて……ええ! ずっと前から知っていましたとも! 私はね!」


 ロロはきりのいいところで羽根ペンをインク壺に突っ込み、立ち上がった。

 そのまま窓まで歩いて、少しだけ開ける。

 冷たい夜風が入ってきて気持ちがいい。

 ロロは体温と気持ちを落ち着かせるため、そのまま目を瞑った。

 しばらくそうしていて、やっと温度が下がってきたとき。

 胸の辺りに軽くぶつかる感触があった。


「うにゅ? あっ」


 慌ててぶつかったものを受け止める。

【手紙鳥】だ。


「誰でしょう。こんな夜更けに……」


 ロロは手紙を開いた。


「!!」


 目を見開き、驚愕の表情で文面を読み進める。

 それが終わるとロロは読み終えた手紙を胸に抱き、わなわなと震えた。

 そして雄叫びを上げる。


「ホアチャァァァァァァァ!!!」


 瞬間、部屋の壁がどつかれ、続いて怒鳴り声がした。


「バカヤロウ! 何時だと思ってやがる!」


 しかしそれはロロの耳には届かず、彼女は再び手紙を開いていた。

 そして今度は自分の頬をつねる。


「……(いた)っ。夢じゃ、ない!」



 そして夜が明けた。

 街角で若い女性二人が話している。


「聞いた? ミストが……」

「昨日のでしょ? 私、見てきたよ」

「夜に上層まで行ったの!? 怖いもの知らずね!」

「だって王都じゅうのミストがそこに集まってるのよ? 警らのミストいないんだもん、捕まるわけないよ」

「そうかもだけど……で、本当なの?」

「ほんと、ほんと。ミストが大貴族のお屋敷に突入するのも、ロザリースノウが団長になったのも、この目で見たもん」

「え~? 本当かなあ」

「疑り深いわね、ほんとだってば。ロザリースノウが団長になって、集まったミストに向かって演説したの。『悪い奴に大貴族もクソもあるかぁー!』って!」

「大貴族のお屋敷の前で? 何それすっご!」

「でしょ? うちら野次馬まで熱くなって『うおー!』ってなって。そしたら同じように熱くなってたミストがお屋敷に突入していったってわけ」

「やば……本当なんだ……」


 昨夜の王都守護騎士団(ミストラルオーダー)とランスロー公子に関わる衝撃的な出来事は、瞬く間に王都じゅうを駆け巡った。

 法の外にいると誰もが考えていた大貴族が捕縛されたこと。

 二十五年勤めた王都守護騎士団(ミストラルオーダー)団長が代わったこと。

 そして新たな団長(グランドマスター)が、数日前に凱旋パレードした、あの〝骨姫〟であること。

 何かが変わる。

 そんな予感に市民の誰もが胸を躍らせていた。


 そして――王都守護騎士団(ミストラルオーダー)本部、団長室。

 書類の束が山を成すデスクの前で、ロザリーが唸っている。


「……これ、ほんとに全部読まなきゃダメ?」


 するとデスクの脇に立つドゥカスが言う。


王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は現状、深刻な人員不足に陥っております。その書類はすべて、昨日の団長のご活躍を聞きつけて入団を申し込んできた者の履歴書。今読まずにいつ読みますか」

「そうは言ってもね、ドゥカス。これってほとんどが出戻りでしょう? 退団したけど団長代わったからまた入りたいっていう……」

「他に、入団を辞退した新騎士も多くおります。新騎士とは今年卒業した者たちですな」

「それは説明されなくてもわかるけど……。これって不義理だとは思わないの?」

「思わなくもないですが。昨日の今日で入団希望を出してくるということは、こやつらは退団したはいいが所属がないのです」

「ああ。退団者からはぐれ(・・・)騎士を出したくないっていうドゥカスの親心?」

「本当に出したくないのは外道騎士です。アーサー卿の手勢のような落ちぶれ者を出したくはありません」

「治安を守る王都守護騎士団(ミストラルオーダー)から犯罪者を出すことは避けるべき、か……」

「団長のお気持ちもわかります。ですが新騎士だけでも受け入れませぬか? 彼らは不義理だとかいう以前に不安だったのです。人生を捧げる騎士団が本当に王都守護騎士団(ミストラルオーダー)でいいのかと。そして所属がなく無職である今も、大きな不安に苛まれておることでしょう」

「……わかった。新騎士は受け入れるわ。その代わり他の退団者については考えさせて? 一人一人、じっくり判断したいの」

「もちろんです」

「それから、昨日ユールモン邸に来なかった団員がいるわよね? あなたの団長命令に従わなかった者たちが」

「……ハッ」

「何人くらい?」


 少し間があり、それからドゥカスが言った。


「二百名弱、かと」

「そんなもの? 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)には二千名の騎士がいると聞いたわ。なのに昨晩ユールモン邸にいたのは五百名足らず。数が合わなくない?」

「まず、任地が王都の者が千名おりません。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は王都及び近郊の治安維持が任務となりますので、王都外を任地とする三つの連隊がございます。これら連隊所属が千名以上おります」

「そうか、そうだったわね。……それでもまだ数が合わないけれど?」

「命令には〝すぐに動ける者〟と条件を付けましたので。城壁警備や各詰所の最低限の人員などは除外されます。そこからユールモン邸に来た団員を引くと二百名弱になるかと……」

「そう」


 ロザリーは一度デスクの書類に目を落とし、それからジトッとドゥカスを見上げた。


「……処分されそうな団員をかばっているわけではない?」

「もちろんです! そのようなことは決して!」

「本当に?」

「……は」

「正直に言って? ドゥカスの考えを聞きたいの」

「……厳しい処分には反対です。これは温情などではなく、人員不足の現状からさらに数が減ると、機能不全を起こしかねませぬ」

「では降格処分は小隊長以上に留めるわ。それ以下は減給のみ。ただし、訓告にて次はない旨をはっきりと告げる。百人単位で団長命令に従わないなんて、もはや騎士団の体をなしてないもの」

「ごもっともです。寛大なご処分、痛み入ります」

「それと。七番(ピートの)詰所の所長は退団処分よ。これだけは譲れないわ」

「部下が攫われるのを何もせずに見送ったわけですからな。妥当なご判断かと。しかしそうなると、次の所長を急ぎ選定せねばなりませぬな」

「ウォルターじゃダメ? 若すぎる?」

「……いや、悪くないかもしれません。経験は足りませんが、今回の騒動で七番詰所の団員から信頼されておりますし」

「ではそうしましょう。……いっそ、ウォルターにもあなたみたいな相談役つけちゃう?」

「詰所に相談役、ですか?」

「引退した団員から補佐に向いてる人を再雇用するのよ。それなら若い団員を抜擢しやすくなるし――」

「――人員不足の解消にも一役買いますな! 補佐ならば肉体的衰えを理由に辞めた者も戻りやすいでしょう!」

「じゃ、これは決まりね?」

「ええ! すぐに取りかかります!」

「それと、私の判断で知人を何名か入団させるわ」


 ドゥカスが片眉を上げる。


「ほほう。団長御自らスカウトですか?」

「そう、あなたが私にやったようにね。もっとも、誘いの【手紙鳥】を送っただけだから、まだみんなが受けてくれるかはわからないけれど」

「遠方の方なのですか?」

「一人は王都住みよ。そのうちやってくると思うんだけど――」


 ――ロザリーが言った、そのとき。

 団長室に続く廊下が騒がしくなり、何か言い争いしながらこちらにやってくる気配がする。


「来たわね……!」


 ロザリーが椅子から立ち上がると、ちょうど団長室の扉がバァン! と開け放たれた。


「ロザリーさぁん!!」


 なぜだかやまのように大きなリュックを背負った、眼鏡で猫背の女性。

 ロロだ。

 言い争い相手らしき立哨騎士がこちらの様子を窺っていたので、ロザリーは手で「問題ない」と示し、それから大きく腕を開く。


「来たね、ロロ!」

「来ちゃいましたぁ!」


 二人は歩み寄り、しっかと抱き合った。


「来てくれて嬉しい。ありがとう!」

「私も嬉しいです! まさかロザリーさんの下で働けるなんて……うぅ、感無量ですぅ!」

「ごめんね? 念願の安定した職場だったのに。悪いなって思ったけど、やっぱりいてほしいから誘うことにしたの」

「そんなこと! 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)だって安定した職場ですから問題ありません!」

「魔導院は問題なく辞めることができた?」

「はい! 早朝に行って上司に相談したら快く送り出してくれました。……なんか、これで暴走部下から解放されるとか言われて意味不明でしたけど」

「……気持ちはわかるなぁ」

「はい?」

「ううん、何でもない」

「ところで……私でよかったんですか? 喜び勇んで来ちゃいましたけど、私って全然武闘派じゃありませんが」

「そこは心配しないで。ロロには団長付きの秘書官をやってほしいの。ロロは私のことをよく知ってるし、事務作業も得意だから。ドゥカスは全部自分でやっていたみたいだけど――」


 そこまで言って、ロザリーはドゥカスを紹介していないことに気づいた。


「――ロロ、紹介するわ。こちら前団長、現相談役のドゥカス卿よ。ドゥカス、彼女は私の同期で魔導院に勤めていたロクサーヌ=ロタン」


 ロロがハッとドゥカスを見上げ、両手を差し出す。


「御高名は常々! ロクサーヌです、ロロとお呼びください!」

「ロロ嬢ですな。団長を辞めたのに図々しく居残りしておるドゥカスです。よろしく頼む」


 二人が握手を交わし、ロザリーが言う。


「ドゥカスは現状、数少ない〝実力も人格も信用できる団員〟なのだけど、ずっと私に付きっきりというわけにもいかないの。私が慣れるまでは彼に仕切ってもらいたい仕事も多くてね。だからロロには私を一番近くで支えてほしいの」


 言われ方が嬉しかったのか、ロロはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「もっちろんです! ロロにお任せください!」

「フフ。ありがと、ロロ。じゃこれ、青マントと制服ね」


 ロザリーがデスクの横に置いていた新品の

制服とマントのセットを一揃い手に取り、ロロに渡す。


「おぉ……突然、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)になる自覚が出てきました……」

「職務で外に出るときは基本、制服と青マントね。特別な場合は除くけど……罰則もあるから気をつけて?」

「わかりました。……特別な場合とは?」


 するとその問いにドゥカスが答えた。


「捜査中、疑義のある人物を尾行したりするときなど、隠密行動が求められる場合ですな」

「ああ……! さすがに青マント靡かせて尾行というわけにもいきませんしね」


 ロザリーが今度はデスクから幾重にも折りたたまれた紙を取り、それを眺めてからロロに手渡す。


「これも目を通しておいて?」

王都守護騎士団(ミストラルオーダー)規則、ですか。うわあ、結構ありますねぇ」

「私もまだ全部は目を通してないんだけど。頭に入れておきましょう。気に入らないものは変えちゃうつもりだけど」

「わかりました。変えるにしても把握する必要がありますしね」


 二人の何気ない会話を聞いて、ドゥカスが目を見開く。


「伝統の鉄の規則をそのように軽く……いや、これが時代が移るということ。老人は何も言いますまい」


 ロロは規則の紙を折りたたみ、ロザリーに真剣な目を向けた。


(わたくし)ロロ、秘書官として、まずロザリーさんにお尋ねしたいことがあります」

「え? 急に何?」


 ロロは真面目な顔で一呼吸入れて、それから尋ねた。


「ランスロー公子、アーサー卿の身柄はどうなさるおつもりですか? 今、ここの地下牢にいるのですよね?」


 それを聞いたロザリーはくるりと背を向けて、デスクへと向かった。

 それを目で追いながらドゥカスが言う。


「アーサー卿を捕らえて地下牢にいること。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)としてはまだ公表していないのだが、部外者であったロロ嬢でも知っておるのだな……」

「いえ、私は昨晩のユールモン邸の出来事を一部始終見ていましたから」

「ああ、あの野次馬の中に?」


 するといつの間にかデスクの上に腰かけて、足をぶらぶらさせていたロザリーが言う。


「アーサー卿がピートを拉致したこと、私に報せたのがロロなの。じゃなきゃ、私が来るのはもっと遅くなっていた。そうしたら私は今ここにいないかもしれないし……ピートの身に最悪の事態が起きていたかも」

「なんと! そうでしたか。感謝するぞ、ロロ嬢!」

「そんな、滅相もない! ……でも、知ってしまえば気になります。どんなに証拠を固めても、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の一存で大貴族を飛竜監獄送りとか不可能ですよね?」


 ドゥカスが小さく頷く。


「大貴族どころか、そこそこの高位貴族であっても難しい。処分は十中八九、王宮預かりになる。余程の犯罪ならそこから王宮審問官(リブラ)が出てきてきちんと裁かれるが……大貴族が裁かれた事例はないはずだ」

「ですよね……」


 ロロとドゥカスの視線がロザリーに向く。

 ロザリーはまだ足をぶらぶらさせながら、窓の外を見ていた。


「たぶん、考えても意味ないのよね……」

「え?」「は?」


 二人同時に疑問の声を上げたので、ロザリーは笑った。


「心配しないで。もうすぐ見えられると思うから」

「見えられる……どなたがですか?」


 そのとき、タイミングよく扉がノックされた。

 ロザリーが軽やかな声で「どうぞ」と促すと、扉からロロと言い争いをした立哨の騎士が顔を覗かせた。

 その表情は緊張し、声はわずかに震えていた。


「団長殿。先王弟殿下がお見えになっております……!」

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ロロらしい1幕でした。先王弟殿下としてはアーサーも大事な配下?思い入れ?でしょうし、複雑な胸の内があることでしょう。ロザリーに対する思いとの葛藤が期待します。 学生時代の仲間を招集するのでしょうか?読…
ロロがロザリーの秘書か これは随分と動きやすくなりますね 他に誰が来るのか楽しみ 先王弟、ロザリー母の事を愛していたからロザリーの事も愛してるものね そんなロザリーに手を出そうとしたアーサーの事を許…
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