288 雪梟からは逃げられない
タイトル思いつかず仮題のまま。
そのうち変わるかも変わらないかも。
7/4追記
読者様から案をいただき、タイトル変えました。
大貴族であるユールモン邸の敷地に、王都守護騎士団が雪崩を打って突入する。
館の主たるアーサーにとって看過できない事態だが、こうなってはもはや彼に打つ手などない。
「おのれ……おのれ、おのれ、おのれェッ!!」
「アーサー様ッ!」
イングリッドがアーサーの元へ駆け寄り、手を取る。
「何をする、イングリッド!」
「舘の中へ! 逃げるのです!」
「逃げる……ユールモン公子である私が、ユールモンの舘で、逃げるだとッ!?」
「獅子王でも撤退することはございましょう! さ、お早く!」
「ぬぐッ……手勢たちは留まって時間を稼げッ!」
「はあっ!?」「マジかよ……!」
命令された手勢たちは一応は剣を構えてみるが、迫ってくる王都守護騎士団の気迫と数が尋常ではない。
早々に武器を放り投げ降参する者が何人も出るが、彼らは王都守護騎士団に突入してきた勢いそのままに引き倒され、言い逃れも許されずに拘束されていく。
ただでは済まないと直感した何名かは門とは逆方向に走り、壁を上って逃げようと試みたが、そこにいた無数の〝野郎共〟によってことごとく拘束された。
手勢のリーダー格である坊主頭だけは、降参も逃亡もしなかった。
アーサーが捨てていったピートの身柄を確保し、自分のダガーを彼の首に押し当てた。
すぐさま王都守護騎士団がそれを囲み、その中から出てきたオパールが言う。
「無駄な抵抗はやめろ!」
坊主頭は汗をかきながらも不敵に笑う。
「いいや? 無駄かどうかは俺に決めさせてもらうぜ」
そしてピートを引きずりながら、舘のほうへじりじりと移動する。
「武器を捨てろ!」「人質を放せ!」
囲む王都守護騎士団がそれぞれに怒号のように繰り返し告げるが、坊主頭は首を横に振るだけ。
オパールが部下のシリルに囁く。
「……弓か投げナイフで狙えるか?」
「いいえ。奴は私が飛び道具を使うことに勘づいています」
「こちらから目を切らないのはそのためか」
「はい」
「たかがごろつきと思っていたが、戦歴のある元騎士だな。厄介な……」
オパールが躊躇していると、その肩に手が置かれた。
振り返ると、そこにいたのはロザリーであった。
「っ! 団長殿!」
「私がやるわ」
「ハッ!」
オパールが下がり、ロザリーが進み出る。
坊主頭はそれをギッと睨み、最大限の警戒を見せた。
「英雄様のお出ましか……俺ごときにもったいなくて涙が出るねぇ」
「ピートを放しなさい」
「あんた次第だな。解放してほしくば――」
そこでロザリーは唇に人差し指を立て、「しーっ」と囁いた。
「あなたに要求する権利はない。生きるか、死ぬか。その選択だけよ」
「はんっ! だったら死ぬ前にこの小僧を道連れにしてやる!」
坊主頭がピートの髪を掴んで頭を起こし、首にダガーを突きつける。
しかしロザリーは表情を変えずに言う。
「不可能よ。私はそのダガーがピートの首を切り裂く前に、あなたの首を落とせるわ」
「はっ! ぬかせ!」
「試してみる……?」
ロザリーの紫眸と坊主頭の血走った目が睨み合う。
「……チッ」
それから十数秒の後。
坊主頭は数多の経験からロザリーの言葉が虚言ではないと悟った。
ダガーを投げ捨て、両手のひらを地面に投げ出し、降参の意志を表した。
「確保ッ!」
オパールの命令で坊主頭に団員が殺到する。
ロザリーはそれらをするりと抜けて、ピートの前に跪いた。
「ロ、ロザリィ……!」
「待って。手枷を外すから」
ピートの手首を縛っていた枷を外すと、彼はロザリーに抱きついてきた。
「ちょっと! ピート!?」
「ううぅ!」
よほど怖かったのであろう、ピートの身体は小刻みに震えていた。
ロザリーが子供をあやすようにピートの頭を撫でる。
「……もう大丈夫。大丈夫だから」
「ぐすっ。今日ほどグレンの友達なのを恨んだことないよ……」
「! やっぱりアーサーはグレンを狙って?」
「うん。僕はグレンの代わりさ」
「わかった。さ、聖騎士の治療を受けて? 頬の火傷も今なら消えるわ」
「うん……」
ピートを団員に預け、ロザリーは舘の玄関に向かった。
するとオパールが後ろから追いかけてきた。
「団長殿! 中の様子がわからぬまま突入するのは危険です!」
「心配ありがとう、オパール。でも大丈夫。すでに私の下僕共を潜ませているわ」
「! そうでしたか」
「それに。さっきはあんなこと言ったけど、相手は大貴族だから。捕らえるのは私がやるわ」
「……わかりました。我々はどうすれば」
「捕らえた手勢どもを王都守護騎士団本部の牢へ。残りの団員は舘の包囲を続けてくれる?」
「ハッ!」
命令を受けたオパールは敬礼し、ただちに動いた。
ロザリーはそれを見送ってから、舘の両開きの扉をそれぞれ両手で押し開けた。
「……さすがは大貴族邸。仮の住まいとは思えない贅の凝らしようね」
入った瞬間にわかる、舘の広さ。
統一された毛織物の絨毯に豪勢なシャンデリア。
左右と奥への廊下、二階へ続く吹き抜け階段と四つの別れ道になっている。
この広さならさらに進めばまた別れ道があるはずで、もしかしたら隠し部屋なんかもあるかもしれない。
しかし、ロザリーには下僕の位置と彼らが得た情報が頭に入ってくる。
「……上ね」
ロザリーは吹き抜け階段に歩を向けた――。
――二階の廊下をイングリッドとアーサーが急ぎ足で歩く。
「こっちでしたよね、秘密通路?」
イングリッドが振り向き尋ね、アーサーが渋い顔で頷く。
「ああ。隠し部屋から梯子で一気に地下まで下りて、そこから地下通路でユールモンの縁者の屋敷に出るって寸法だ。……そうだ!」
「何です?」
「王都守護騎士団にもユールモンの縁者がいるはずだ!」
「王都守護騎士団に? 聞いたことありませんが」
「前にドルクの奴が言っていたのを思い出したのだ! 今すぐそいつに王都守護騎士団内でクーデターを起こさせれば!」
「はあ!? 何を仰っているのです!」
「ダメか?」
「ダメです! それは準備に準備を重ねて実行するような策です! なのに我々はその縁者の名前すら知らないのですよ?」
「む。名を聞いておくべきだったか」
「……そうではなく」
イングリッドはため息をつき、それから気持ちを落ち着けて話し出した。
「その縁者を特定できたところで、向こうから縁切りしてきておかしくない状況が今です。思い付きで実行できる策ではないので――」
アーサーに言い聞かせていたイングリッドの言葉が途中で止まる。
アーサーは不審に思い、彼女に尋ねた。
「どうした、イングリッド?」
「あの、アーサー様」
「だから、なんだ」
「私、この廊下をあまり通ったことがなく」
「俺もだ。それこそ地下通路を使うでもないと用がないからな」
「この廊下、こんなでしたっけ?」
彼女に言われ、アーサーが改めて廊下を眺める。
「いや……わからん」
「特に、あの鎧」
廊下には鎧飾りが五つほど並んでいる。
黄金色の悪趣味な全身鎧だ。
サイズに差があり、大きいのは小さいのの倍ほどもある。
「私はこれの記憶がなくて」
「ううむ……王都におらぬときは家宰に任せきりだからな」
「黄金製で大きさもまちまち……家宰殿が買い揃えたにしては少々趣味が悪いです」
「買った、という報告も聞いておらぬが……」
アーサーはそう言い、一番手前の黄金鎧に近づいていった。
「! 危険です、アーサー様!」
「なんだ、イングリッド。怖いのか?」
半笑いでそう言い、アーサーは鎧に相対した。
胴の辺りを拳で二回ほど小突くと、その音が鎧の中で反響した。
中身のほとんどが空洞である証明だ。
「な? 誰も入っていない」
イングリッドに向けて得意げに笑い、それから無造作にフルフェイスの兜のバイザー部分を上げた。
「ッ!? ッ!?!?」
中にガイコツが入っていた。
ガイコツの暗い眼窩とアーサーの見開いた目が見つめ合う。
しばらくすると、ガイコツは小声で「入ッテマース」と言った。
その途端、バイザーは勝手に閉まった。
「アーサー様?」
イングリッドからはその様子が見えず、固まるアーサーを彼女が不審がる。
アーサーは目を剥いて彼女を見、震える声で言う。
「イング、今の……これ、こいつ!」
異常を察したイングリッドは小走りに駆け寄り、アーサーの前に身体を入れた。
そしてバイザーに手をかけ、ゆっくりと開く。
ガイコツの顔が次第に見えてきて、バイザーがすべて上がったところで骸骨は言った。
「入ッテルッテ……言ッタヨネェェ!?!?」
「「ひっ!」」
腰が引けた二人に骸骨が迫る。
「入ッテイルノニ何デ開ケルノ? ウォ前、サテハ変態カ? 変態サンナノカァッ!!」
「なんだこいつ! 何を言ってる!?」
「死霊……! きっと〝骨姫〟の使い魔です!」
二人がそれぞれに剣を抜くと、同時に残り四体の黄金鎧も動き出し、二人を包囲した。
バイザーの上がった骸骨が言う。
「今日、晴レルカナァ……?」
「「?」」
すると他の黄金鎧たちが口々に言う。
「雨」「アメ」「雨雨雨……」「ヴォ」
そして最後に、骸骨がとても悲しそうに言った。
「血ノ雨ダァ……!」
「クッ!」
イングリッドが一体の黄金鎧に体当たりし、その先へ無理やりにアーサーを押しやる。
「アーサー様、お逃げくださいッ!」
「イングリッド!」
黄金鎧たちはアーサーには目もくれず、残ったイングリッドへ一斉に襲いかかった。
強い騎士であるはずの彼女が、あっという間に床に組み伏せられる。
「お逃げ、ください……っ!」
「ぐっ!」
アーサーは隠し部屋へ走った。
振り向きもせず、一気に。
やっと隠し部屋の入り口に辿り着き、秘密の鍵穴を手探りで探す。
「確かこの辺に……あったっ!」
鍵穴を突き止め、腰から鍵束を取り出し、その中から一見して鍵とは思えぬ、紙のように薄く細長い鉄のプレートを手に取って鍵穴に差しこむ。
ズズ……ンと重い音と共に壁が動き、隠し部屋の入り口が露になる。
アーサーが鍵を引き抜くと、再び壁が戻り始めた。
アーサーは動く壁の間に身体を滑り込ませ、隠し部屋へと入った。





