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283 白昼堂々

 ドルクが向かったのは王都守護騎士団(ミストラルオーダー)本部。


「――今日、辞めると言っていた。律儀なあいつのことだ、退団届けをもって直接本部に……いたッ! やはりな!」


 グレンはちょうど団長への挨拶を終えて本部から出てきたところで、彼もドルクに気がついたようだ。


「おお。どうしたんだ、ドルク? 今日は気配を消して来ないんだな?」

「お喋りは後だ。ついてこい!」


 ドルクはグレンの手首を握り、強引に引っ張りながら歩き出した。

 あまりに早歩きなので、グレンがたたらを踏みそうになる。


「だからどうしたっていうんだ。慌てすぎだろう、お前らしくない」

「黙れ」


 グレンが抵抗して立ち止まる。


「待てよ、俺はこれから同期と会う約束があるんだ。別れの挨拶に――」

「――いいから来いッ!」


 ドルクの様子に、グレンは目を丸くした。


「ドルク……一体どうした?」

「……頼む。お前のためなんだ。何も言わずについてきてくれ」

「……わかった」


 グレンは納得できないながらも、ここはドルクに従うことにした。

 ドルクは裏道をすり抜けて城門へ向かった。

 城門付近は内も外も人でごった返している。

 昨日のパレードを見に来た人々が、帰るために駅馬車を待っているのだ。

 ドルクは人混みを割って城門の外へ出て、ある馬車に目を付けた。

 グレンが言う。


「……ロトス方面?」

「行き先はどこでもいいんだ、すぐに出発する馬車に乗る」


 ロトス方面の馬車にも乗車待ちが列をなしているが、ドルクはそれを追い越して馬車に向かった。


「おい、ドルク!」

「黙ってついてこい」


 ドルクは今にも発車しそうな馬車に飛びつき、強引に扉を開けた。

 乗客は三十代くらいの男女二人組だった。

 男のほうが驚いて声を上げる。


「おっ、おい! 何なんだあんた!」

「すまんが譲ってくれ」

「ふざけるな! 私たちだってどれだけ待って――」

「――これで頼む」


 ドルクは男の手を取り、無理やり金を握らせた。

 男はなおも文句を言おうとしたが、手の中の金額を見て唾を飲み込んだ。

 男が女に金を見せる。

 二人はコソコソと相談を始めたが、ドルクが言った。


「それだけあればミストラルの高級宿で十泊はできる。急いで帰ることはない。この際、のんびり王都観光と洒落込んではどうだ?」


 二人はまんざらでもない様子。

 そこへドルクが続ける。


「すまんが君たちの相談をゆっくり待つ時間はないんだ。その金は君たちの時間を買う対価。正当な取り引きだろう? さあ、今すぐに決めてくれ」


 二人は互いの目を見つめ、それからすぐに降りる準備を始めた。

 ドルクはそれを手伝いつつ、グレンを呼び込む。

 そして二人が降りるや否や自分たちが乗り込み、御者台を蹴り上げた。


「何してる! 早く行けっ!」

「ヒッ!?」


 厄介な客を乗せてしまった駅馬車は、急発進して王都を後にした。



 その頃、アーサーとその手勢たちがついに館を出発した。

 出てすぐにアーサーが振り返る。


「なんだ。結局、ついてくるのか」


 振り返った先にはイングリッドがいた。


「あなた様をお守りするためです。拉致には関与しません」

「ふん。好きにしろ」


 アーサーたちが王都の坂を下りていく。

 貴族が住む上層を抜けて市民が多くなってくると、手勢たちの目の色が変わってきた。

 盗み、強盗、かどわかし。

 その標的を無意識に探してしまうのだ。

 実際に手を出さないのはアーサーがいるからか、あるいは坊主頭が目を光らせているからか。

 いずれにせよ、ただ移動するだけで暴力性が滲み出てしまう集団であった。


「どうやってグレンを捜す気なのだ?」


 手勢がこの様子では、ついイングリッドがそう尋ねてしまうのもやむからぬことであった。

 尋ねられた坊主頭が笑う。


「姉さんは関与しないんじゃなかったんで?」

「姉さんと呼ぶな。……こんなふうに練り歩いていたら、こちらがグレンを見つける前にグレンのほうが察知して逃げるのではと思ってな」

「ご心配どうも。でも居場所はわかってるんで」

「ほう?」

「グレンは王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の七番詰所に所属してます。今日は出勤日のはずです」

「……そうか」


 イングリッドは頷き、それ以上尋ねるのをやめた。


(やはりこのタトゥー頭だけは他のごろつきとは違うな……)


 やがて一行は脇道にそれて幾度か道を変え、ついに七番詰所へやってきた。

 詰所は本部と違い、小さな建物だ。

 それでも常時十名程度の王都守護騎士団(ミストラルオーダー)が詰めていて、今も建物の前に二人の見張りがいる。


 犯罪者の天敵ともいえる王都守護騎士団(ミストラルオーダー)を見て、手勢たちの歩く勢いもさすがに鈍った。

 するとアーサーが彼らを追い抜いて、ズンズンと詰所へ向かっていった。

 手勢たちもそれに続く。イングリッドは最後尾で続いた。


「失礼する」


 アーサーは躊躇なく詰め所に入った。

 見張りの二人は貴族然としたアーサーは通したものの、続く手勢たちには立ち塞がった。

 するとアーサーが言う。


「問題ない。私の部下だ。君たちに迷惑はかけんよ」


 見張り二人は顔を見合わせ、道を譲った。

 アーサーの身なり振る舞いを見て、高位貴族に違いないと判断したからだ。

 詰所に入ってきたアーサーと手勢たちを見て、受付に座っていた女性事務員は上司を呼ぶべく奥へ飛んでいった。

 しばらくして、慌てた様子で詰所の所長が出てきた。


「お待たせしました。何の御用でしょうか、騎士殿」

「アーサー=ユールモンだ」

「……ッ!! ランスロー公子でしたか」

「ここに所属しているグレンという者を呼んでほしい」

「グレン、ですか。あー、どのような御用向きで……」

「聞かなくていい」

「は……。しかしですね、グレンは王都守護騎士団(ミストラルオーダー)を辞めておりまして」

「辞めた!?」


 アーサーが責めるような目で坊主頭を見ると、彼は肩を竦めた。

 そして坊主頭がアーサーに代わって所長に尋ね始めた。


「辞めたとはいつのことで?」

「今日です。本日付けで退団しております」

「ずいぶん急なことですな。何かあったので?」

「いや、特には。ハンギングツリー遠征から帰ったときには、辞めると決めていたようで」

「フム。今日辞めたというのは、グレンは今日、退団を申し出たので? それとも以前から今日付で辞めると申し出が――」

「――今日です。先ほどグレン本人が本部に退団届を提出し、団長が受け取ったと連絡が来ました」

「ということは、グレンはまだ王都におりますな?」

「ええ、まあ。おそらくは」


 ここで坊主頭はアーサーに囁いた。


「十中八九、王都におります。宿を中心に探しましょう」

「……勘付かれた気もするが」

「勘付いても駅馬車に乗れません。昨日のパレード客が列をなしていますので」

「パレード……っ!」


 ロザリーの顔が頭に浮かび、アーサーの激情が突如として燃え上がる。

 坊主頭を押し退け、所長に命令した。


「グレンの知り合いを連れてこいッ!」

「知り合い、ですか?」

「一年勤めていたなら友人の一人や二人、いるだろうが! 一番仲のよかった者だ!」

「は、はっ!」


 所長が女性事務員に何事か囁くと、彼女は奥へ走っていった。

 そしてしばらくして。

 二人の騎士がアーサーの前にやってきた。


「お呼びでしょうか、所長」

「ああ、うむ。こちらのランスロー公子が用があるとのことでな」

「ランスロー公子……!」


 二人のうち、年嵩の騎士が敬礼し、もう一人の若騎士も続いて敬礼する。

 アーサーが尋ねる。


「お前たちは?」

「グレンが所属しておりました第三十六分隊の分隊長ウォルター=メランでございます」

「ウォルター卿。グレンはどこにいる?」

「さて……私も辞めると聞いたのは今日のことで」

「そっちの若いのは?」

「ピーター=ロスコーです。グレンの同期になります」

「ほう! ピーター卿。もっと近くへ来られよ」


 ピートは緊張した面持ちで一歩前に出た。


「ロスコー男爵のご子息だな。ピート、でいいか?」

「勿体のうございます、ランスロー公子」

「そう固くなるな、ピート。何も心配いらない、大丈夫だ」


 この言葉を聞いて、ピートはさらに怯えた。

 台詞とは裏腹にアーサーの目の色は、今にも危害を加えようとしている猛獣の目に違いなかったからだ。

 アーサーはピートの肩に腕を回し、親しげに話しかけた。


「グレンはどこだ?」

「わっ、わかりません。自分も、グレンが辞めるなんて知らなくて」

「……本当か?」


 アーサーがピートの顔を覗き込み、ピートは顔を伏せる。


「何を隠してる?」

「何も、隠してなんか!」

「知ってることを話せ。それが身のため、お家のためだ。父上が爵位を失い絶望するような様は見たくあるまい?」

「……っ」


 ピートは顔面蒼白となりながらも、乱暴にアーサーの腕を振り払った。

 そして叫ぶ。


「分隊長殿! 自分はグレンについて証言しなければならない義務があるのでしょうか!」


 するとアーサーの言動に苛立っていた分隊長ウォルターは、即座にこう返した。


「言いたくないことは言わなくていい。相手が誰であってもだ」


 それに安心したピートは、アーサーをキッと見て言った。


「ランスロー公子! 残念ですがお力にはなれません!」


 一瞬驚いた顔をしたアーサーだったが、次第にその顔に不快感が浮かぶ。

 アーサーはぼそりと呟いた。


「お前。ムカつくなァ?」


 その言葉と同時にアーサーの腕が伸び、ピートの喉を掴んだ。


「は!? あ、あぐ!?」


 ピートは一瞬で意識を失い、掴まれた喉を支えにして身体がだらんと弛緩した。


「ピートッ!」


 分隊長ウォルターが飛びかかろうとした矢先、イングリッドが割って入った。

 剣に手をかけるウォルターと、抜かせまいと柄を押し込むイングリッド。

 押し合いをしながら額を擦りつけるようにして睨み合う。


「……ウォルター卿。アーサー様は大貴族ユールモンだ。抜けば――終わるぞ?」

「くだらん脅しだな、ッ。大貴族だからといって、こんな狼藉が許されると思っているのかッ!」

「許されるだろう。ユールモンが麦を止めたら王都は干上がるからな」


 坊主頭の言を借りるのは癪だったが、効果は覿面だった。

 ウォルターの顔色が変わり、悔しそうに歯軋りしている。

 イングリッドが叫ぶ。


「アーサー様! お早く!」

「……ふん」


 アーサーはウォルターのこともやる気満々だったが、イングリッドの背中を見て仕方なく矛を収めた。

 ピートを手勢に渡し、詰所を出ていく。

 ウォルターが叫ぶ。


「所長! 団員が攫われますッ! 止めてくださいッ!」


 しかし、所長は俯いて机を見るばかり。

 アーサーが立ち止まり、振り向いて所長を見ると、所長は「どうぞ」と言うように手を差し出してみせた。


「所長ッ!! あんた……ッ」

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― 新着の感想 ―
王都守護騎士団腐敗の根が深すぎて 人気のある若き英雄をトップに据えても民衆のガス抜きにしかならなそうだな というかドゥカス自身がそういう理由で抜擢されてうまくいかなかったきがする
やっと追いついた、最新話…!! しかし、ここに来てグレンが謎にピンチかぁ。 君も苦労するねぇ。 王国の食糧庫だからこそ優秀な人材を頭に据えねばならぬと言うのに、この低能チンピラ公子が実質のトップ…
二話前にドゥカスは自ら陣頭に立ち、大鉈を振るったって書いてあるのに全然綱紀粛正できてない件。 団長の目が節穴すぎる。
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