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281 ドゥカス=アロンダイム

 晩餐会の夜が明けて。

 王都、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)総本部、団長室。

 ドゥカス=アロンダイムは椅子に深く腰かけ、悩み、苦しんでいた。


「始祖レオニードが古都ロトスよりミストラルに遷都したときに王命を発して作りし最古の騎士団……それがこのような終わり方をするのか……?」


 武人然とした見た目とは裏腹に、この一年は特にこうして思い悩んでいることが多い。

 背後の壁に掛けられた王都守護騎士団(ミストラルオーダー)団長の証である青白半々のマントも、最後に身に着けたのはいつであったか。

 誇りであった筋骨隆々の肉体も些か細くなったような気がする。


 ドゥカスの異名は〝ナイトマスター〟。

 かつてはミストラルにこの人ありと謳われた剛の者である。

 ちなみに昨日、名誉騎士の称号を授与されたロザリーは史上七人目の名誉騎士で、六人目はこのドゥカスであった。

 齢三十のときに前団長から「お前ならば」とその座を受け継ぎ、史上最年少での王都守護騎士団(ミストラルオーダー)団長就任となった。

 ドゥカスにとって甘く輝かしい記憶である。


 だがそこからは順風満帆とはいかなかった。

 王国最大のエリート騎士団として名を馳せている王都守護騎士団(ミストラルオーダー)には、高位貴族出身者も多く在籍する。

 対して彼は新興貴族出身だったのだ。

 いかに有能であろうとも、血筋を理由に認めない者たちは少なくない。

 特に高位貴族とはそういうもので、なぜなら彼らを高位たらしめるものこそが血筋であるからだ。

 若い頃は高位貴族の圧力に毅然と立ち向かい、時には彼らに騎士道を説いてやったりもした。

 しかし、そういった方法では何も解決しなかった。

 貴族社会を渡る(すべ)を身につけざるを得ず、やがて鼻持ちならない高位貴族と変わらない自分になっていた。

 それからはや、二十五年。

 かつての彼の名声など誰も覚えておらず、彼が団長を務める王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は解散の危機に瀕している。

 かねてより縁故採用による団員の質の低下――特に治安を守る騎士に相応しくない乱暴狼藉が問題視されてきたが、とどめとなったのがレディの一件である。


 盗まれた禁書名と彼女の通称から、のちに〝堕ちた天使事件〟と称されるこの一件は、調べるにつれ事の重大さが判明していく。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の若き女性小隊長、ゴモリー卿。

 その身目麗しさと仕事の堅実さが相まって〝王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の天使〟とさえ呼ばれていた彼女の裏の顔が明らかになっていくのである。


 通称レディ。

 裏の情報屋にして犯罪斡旋業者。

 彼女自身の罪状も恐喝、誘拐、殺人等々重犯罪を総なめにする勢いである。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)にとって痛手だったのは、彼女が騎士団の中で洗脳、拷問を駆使して彼女の忠実な下僕を作り出していたことだった。

 もちろん、その者たちもまた王都守護騎士団(ミストラルオーダー)である。


「――まだレディの一味が騎士団内にいるのでは?」


 この疑惑を覆すのが極めて難しく、一度解散して新たに治安維持を担う騎士団を創設しよう、という意見が出るのももっともであった。

 彼女の堅実な仕事ぶりの多くはマッチポンプであったこともわかってきた。

 レディが関わる犯罪の中で、見通しがよくないものは自身で摘発し、処理していたのである。


 こうしてレディについて多くのことが明らかとなり、ここで最大の問題が発覚する。

 レディことゴモリー卿は多くの大規模犯罪に関わっていたにも拘らず、彼女と部下たちが持つ財産があまりに少なかったのである。

 その事実を報じた王都新聞ミストラルトリビューンが、見出しに〝レディの遺産〟と付けたことから、王都近辺では宝探しブームが起こったほどだ。

 現在ではレディに隠し財産などなく、どこか大きな犯罪組織に属していて、そこへ上納していたのだろうと考えられている。

 そしてそれは「レディの他にもいるかもしれない」という疑惑をより強めるものだった。


 ドゥカスは自ら陣頭に立ち、大鉈を振るった。

 綱紀粛正である。

 レディの一件に限定せず、過去十年まで遡り、団員の不法行為を洗い出した。

 わずかな汚職も追求したので相当数の団員に処分が下り、重大な事件に関与した団員は高位貴族であっても除籍処分とした。

 すると除籍とした団員数に倍する人数の退団希望者が出た。

 理由は様々だった。

 処分の厳しさ、クビになった仲間の数に辟易した者。

 汚職について証言したので復讐を恐れた者。

 最も多かったのは王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の未来に失望した者だった。


 綱紀粛正によって、直ちに解散だけは免れた。

 残ったのは王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の大幅な弱体化だった。


「あの様子では期待はできぬな……」


 ロザリーのことである。

 ロザリーを団長の椅子に座らせるということは、彼自身は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)から離れるということだ。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)が落ちぶれたから、誰かに責任をなすりつけたかったわけではない。

 彼にとって半生を捧げた騎士団であるし、本当に終わるのであればその最期を看取りたいとすら思っている。


「――今、ここでの返事はできかねます」

「ああ、うむ。唐突過ぎたな」

「では、これで」

「ああ――」


 ロザリーの返答は実に素っ気ないものだった。

 ドゥカスだって二つ返事で了承を得られるとは考えていなかったが、あまりに素っ気なくて「いい返事を待っている」なんて当たり前の文句すら挟めなかった。


「唐突過ぎたのだ。……ああ! もっとうまくやれんのか、儂は!!」


 ダンッ! とデスクに拳を落とすと、一輪挿しの花瓶がグラグラと揺れた。

 慌ててそれを両手で支え、ふうっとため息をつく。

 解散という最悪の事態を避けるため、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)を生まれ変わらせる。

 それには団長交代が必要だ。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)弱体の原因は二十五年も君臨し続けた無能な団長――自分(ドゥカス)のせい。

 その自分が団長の席を追われ、新たに有望な騎士が団長となれば新生王都守護騎士団(ミストラルオーダー)を強く印象付けられる。

 無論、誰でもいいわけではない。

 新生を印象付けるなら若いほうがいい。

 もちろん、実力と人望を兼ね備えた騎士でなくてはならない。

 団長とは騎士団にとって看板なのだから、見た目もある程度は整っていてほしい。


 こうしてドゥカスは新団長候補のリストアップを始めた。

 だがこんな贅沢な条件を備えた人物などそうそう見つかるはずもなく、見つかってもすでにどこかの重要ポストに座っていて、火中の栗など拾うはずがない。

 一人の候補も定めることができず、ドゥカスの中でも新団長案はホコリを被っていった。


 思い出したのは、昨日の凱旋パレードである。

 ドゥカスはパレードなど見る気はなかった。

 警備に当たる部下たちが雑な仕事をしないよう、睨みを利かせにいった次第である。

 そこでロザリーを目の当たりにしたのだ。


 若く、美しい騎士が民の大歓声を一身に受け、凛々しく前を向く。

 まさに英雄、〝ミストラルの守護女神〟であった。

 この人物が団長となってくれたら――ドゥカスはそう思わずにはいられなかった。

 実力は折り紙付きだ。

 なにせ大魔導(アーチ・ソーサリア)である。

 そもそもロザリーを候補としてリストアップしていなかったのも、大魔導(アーチ・ソーサリア)を勧誘するなどおこがましくて頭に浮かばなかったからなのだが。

 しかし、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は王国最大の騎士団である。

 大魔導(アーチ・ソーサリア)が団長となって何の不都合があろうか?

 ロザリー=スノウオウルは一年前、賞金稼ぎとして王都の治安改善に一役買ったことがある。

 レディの絡んだ誘拐事件を解決に導いてもいる。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)に君臨するに相応しいではないか。

 ドゥカスは考えれば考えるほど、ロザリーが団長に相応しく思えた。


「彼女こそが次の団長(グランドマスター)だ!」


 そう確信した――してしまった。

 してしまったことが唐突な勧誘に繋がり、今に至るのである。


「ロザリー卿しかいない。いないのだ! なのに……クッ、如才ない近衛騎士団(キングズガード)団長ならうまくやるだろうに!」


 そして再びデスクに拳を振り上げた、そのとき。

 団長室の扉がコン、コンとノックされた。

 ドゥカスは腕を静かに下ろし、できるだけ穏やかな声で言った。


「入りたまえ」

「ハッ」


 扉を開けて入ってきたのは、まだ若い騎士だった。


「グレン=タイニィウィング、入ります!」


 それから姿勢よく立って待つグレンを見て、ドゥカスはひとつ頷いた。


「何用かね、グレン卿」


 するとグレンは懐から封筒を取り出し、それを差し出す姿勢のままデスクに近づいてきた。


「……またか」

「は?」


 グレンがデスクに着く前に動きを止める。

 そんな彼にドゥカスが言う。


「当てようか。それは退団願だ」

「……は。さすがは団長殿、ご明察でございます」


 ドゥカスは鼻を鳴らしてグレンから目を逸らし、指先で手招きした。


「世辞はいい、早く持ってきたまえ」

「ハッ」


 封筒を受け取ったドゥカスは、表面の字を見て自分が間違っていないことを確認した。


「今月、君で四人目だ」

「は……」

「こうして退団を申し出る者が、だよ」

「ああ、そうでしたか」

「レディの一件で厳しい処分を下して以来、ずっとこの調子だ。退団願を見るたびに自責の念に駆られるよ」

「団長殿は何も間違ったことはなされてないかと」


 ドゥカスはフ、と笑った。


「間違ったのだよ。レディがごとき悪辣を見過ごしてきたのだから」

「それは……そうかもしれません」


 ドゥカスは退団願をしばらく見つめ、それから思い出したように言った。


「そうか、君が辞めるのはレディの件ではなく、雛鳥だからか?」

「自分のような下っ端のことまでご存じで?」

「〝タイニィウィング〟だからな、忘れようもない。初回の昇格試験のことだな?」


 グレンは否定も肯定もせず、ただ黙り込んだ。

 ドゥカスが続ける。


「今ここで団長権限で昇格させよう。雛鳥いじめをなくすことはできんが、昇格試験と任務の結果については今後必ず公正に扱う。それでどうだ?」


 グレンは意外だったのか、目を丸くした。

 だがすぐに元の顔に戻り、首を横に振った。


「ありがたいお言葉です。でも、それだけじゃないので」

「それだけじゃない、か。ではそれだけじゃない理由が聞きたいな」

「いや、しかし」

「聞かせてくれ。これが君に出す最初で最後の団長命令だ」

「……わかりました」


 グレンは改めて姿勢を正し、それから口を開いた。


王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は力を失いました」


 かすかにドゥカスの肩が揺れた。


「……続けろ」

「ハッ。先日の西方争乱に際して組織された王都救援部隊。司令官はミスタ卿でした」

「そうだな」


「救援部隊に最も人員を割いたのは王都守護騎士団(ミストラルオーダー)です。司令官も王都守護騎士団(ミストラルオーダー)から出すべきところ。皆はレディの一件があったから出さなかったと言っていましたが、自分は違います。複数騎士団の混成部隊を指揮できる、実力と階級を兼ね備えた騎士が王都守護騎士団(ミストラルオーダー)内から見つけられなかったからだと考えております」


「はっきり言うな。ミスタ卿はお飾りの道化という評価もあるが?」

「間違っております。ミスタ卿は優秀な司令官です。団長殿も、陛下のご指名がミスタ卿とわかっても異議を唱えられなかった」

「それこそレディの一件があって、異議など言えなかったからだとは考えないのか?」

「いいえ。武人として名高い団長殿が、無能な司令官に多くの部下の命を任せるはずがありません」

「ふむ……」

「誤解無きように付け加えますが、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)に人材がいないわけではありません。ただ、実力と階級が見合っていないのです。実力不足の高位貴族の次男坊、三男坊が幅を利かせ、そういった人物は高位貴族の割には外部に対し影響力がない。内側に対してのみです」


 容赦のない言い様にドゥカスが笑う。


「フフ……次男坊、三男坊だからな。当主のようにはいかない」

「ええ。彼らは実家から見放されないよう、実家に便宜を図ります。自分に難しいようなら他の高位貴族を頼ります。そういった行為が高位貴族同士で貸し借りとなり、コネとなって人事やポストに影響しております」

「君は……よくわかっているな」


 ドゥカスはこれまでグレンのことを武骨な若者だと評していた。

 しかし目の前の若者は賢く、大局的に物事を捉えている。

 野に放つにはあまりに惜しいと思った。


「理由はわかった。その上で頼む。あと一年、頑張ってみないか?」


 ドゥカス精一杯の口説き文句であったが、グレンの立ち姿を見て、彼が口を開く前に答えがわかった。

 グレンは後ろに手を組み、顎を引き、胸を張って言った。


「お誘いありがとうございます! 王都の治安を守る正義の騎士団、子供たちの憧れである王都守護騎士団(ミストラルオーダー)に入ることができて光栄でした! しかし、自分の腕を振るう場がないとわかった以上、ここに留まるつもりはありません! これからは待つのではなく、自らの手で機会を掴む所存です!」


「……そうか、よくわかった。君の活躍を心から願う」

「ハッ! 失礼しました!」


 グレンが退室していく。

 扉が閉まり姿が見えなくなるその一瞬まで、文句のつけようのない態度であった。

 それがなおさら、ドゥカスの心に重くのしかかる。


王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の未来ともいえよう騎士が、未来を求めて去っていく、か……」


 ドゥカスはデスクに俯き、深くため息をついた。

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団長…強く生きて…
団長のせいではないのだけれど、高位貴族による腐敗を止められなかった責任はある とはいえ、それは国王をはじめ王国の権力者全てにも言えること なのに現場だけが割を食うようでは、それは誰も残ろうとは思わない…
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