278 王都凱旋―下
誤字報告ありがとうございます。
話数2桁の話からくるとドキッ!とします(汗
その日、王都ミストラルは大歓声に包まれた。
王都を挙げての戦勝パレードである。
西方に襲来した蛮族の脅威は遠く離れた王都の隅々まで知れ渡っており、その勝利の一報は瞬く間に王国全土を駆け巡った。
立役者である二人の大魔導は王都の新聞〝ミストラルトリビューン〟の紙面を連日飾り、多くの市民がその姿絵を目的に買い求めたので刊行以来最大の売り上げとなった。
凱旋パレードの開催が予告されたのはたった二日前である。
にも拘らず、王都とその周辺は見物客で溢れ返った。
パレードコースとなる〝金の小枝通り〟の両脇には群衆が詰めかけ、面する建造物の上階のいたるところから紙吹雪が舞う。
屋根に登って見物する者も大勢いて、中には魔導ランプの街灯によじ登る強者までいる。
「来たっ!」
「〝骨姫〟様ぁ~!」
先導の騎兵に続いて青毛の馬に乗ったロザリーが城門を潜ると、歓声が輪をかけて大きくなる。
これほど多くの人に一斉に名を呼ばれるなど、人生で初めての経験だ。
斜め後ろを行くミスタ卿はご満悦のようで、いつも以上に皇帝髭がピンと立っている。
彼はロザリーの視線に気づくと、馬を寄せて叫んだ。
「何という歓声! 騎士冥利に尽きますな!」
彼は大声で叫んでいるのに、それでもやっと聞こえるかどうか。
ロザリーは同じ声量で叫ぶのは面倒で、ただ頷いて見せた。
するとミスタ卿はさらに馬を寄せ、口元を隠して言った。
「――馬はじゅうぶんに訓練されておりますが、それでもこのような大音響の経験などありません。興奮させぬよう、我らはゆったりと構えておくことが肝要ですぞ」
「! ……ご忠告、ありがとうございます」
「それと。ここから黄金城までは後ろを振り向かず、もっとお顔を上げて行進なさりませ。このパレードは、あなたの美しいお姿を民衆に見せるための演目なのです」
「……わかりました」
ロザリーが顔を上げて前を向くと、歓声がより大きくなった気がした。
ミスタ卿の馬が離れていって、そのときロザリーは思った。
(グレンのミスタ卿有能説。本当に当たっているのかも?)
ロザリーは正面だけを見据えて、ゆっくりと進む。
にこやかに手くらい振った方がいい気もするが、こんな大勢を前にしてはなかなか難しい。
ゆっくりゆっくり進んで、八百名の王都救援隊の殿が城門を潜った頃。
ロザリーはやっと魔導騎士養成学校の前に差しかかった。
生徒たちは校門の上や、敷地内に足場のように組んだ椅子や机の上から見物している。
(あっ! 校長先生!)
白髭のシモンヴラン校長の姿を見つけて、ロザリーは小さく手を振った。
すると自分たちに向けたものだと勘違いした生徒たちから黄色い歓声が巻き起こった。
シモンヴラン校長はいつものように白髭を撫でつけ、それから小さく手を振り返してくれた。
魔導騎士養成学校を過ぎてしばらくすると、貴族邸が並ぶ上層へ差しかかる。
この辺りになると群衆の姿はほとんどないが、代わりに多くの貴族たちが道の両脇に詰めかけている。
「ろざりぃぃすわぁぁん!! ろざりぃぃすわぁぁん!!」
「ハッ!?」
こちらが恥ずかしくなるほどの大絶叫が聞こえる。
それもロザリーには馴染みある声だ。
(ロロだ……!)
ロロは軍旗のような大きな旗を拵えてきていて、それを振り回しながら声援を送っている。
「こっち向いてぇぇ! ろざりぃぃすわぁぁん!」
(見ちゃダメ、見ちゃダメ……!)
「ろざ……ゲヘッ! ゴホッ! ……なんでぇぇ! 気づかないのぉぉ!!」
(気づいてるわよっ!)
無事にロロの声援ゾーンを抜けると、ついに終着点である黄金城が見えてきた。
黄金城城門前広場では近衛騎士団が総出で並び立ち、ロザリーたちを迎えている。
(はっ! 陛下がいる!?)
近衛騎士団の奥にはひな壇が設けられており、その上にエイリス王とコクトー宮中伯の姿がある。
さすがに困ってミスタ卿を振り返ると、彼はすでにすぐ近くまで馬を寄せていた。
ロザリーがミスタ卿に囁く。
「ここで馬から降りて玉座の間まで上がると聞いておりましたが……」
「急遽、変更したようですな」
「ええ? 困りますよぅ」
「王が気紛れなのは古今東西どこでも同じ。お諦めくだされ」
「着いたら下馬して膝をつけばいいのですか?」
「ん~……いや、その必要はないでしょう。あなたが下馬するとなると後続すべてがそうすることになりますし、陛下のおられるひな壇が馬上の我々より高い。着いたら姿勢をよくして後続を待てばよいでしょう」
「わかりました」
馬を進めていくと、近衛騎士団の中から一人が歩み出てきて、ロザリーの進む先で立ち止まった。
(あ、テレサママだ!)
同級生テレサの母親――近衛騎士団団長エスメラルダ=エリソンは腰から剣を鞘ごと抜いて、その真ん中を持ち横向きにしてロザリーへ向けた。
(ここで止まれ、ね)
エスメラルダの直前まで進み、馬を止める。
すると彼女はロザリーにだけ見えるように、にっこりと微笑んで元の場所に戻っていった。
後続の騎士たちも到着し次第、整列していく。
八百名の一団は縦長のままでは城門前広場には入らないので、最終的には五列に分けて整列することとなった。
どこからか台が運ばれてきてひな壇の上に置かれ、その上にエイリス王が登る。
同時に近衛騎士団が一斉に姿勢を正し、それを見た八百名の騎士たちもそれに倣う。
エイリス王は前置きもなく、演説を始めた。
「およそ三百年前!」
その威風堂々たる大きな声に、すべての騎士の意識が獅子王へ向かう。
「蛮族ガーガリアンは我が王国を攻めた! 奴らの王は強大なる巨人の王であり、当時の金獅子〝銀の腕〟がこれを迎え撃ち、共に果てた!」
エイリス王が低く、唸るように続ける。
「三百年が経ち、巨人の王は再びやってきた! 余は確信した。すぐに止めねば、奴らはこの王都にまで届き得ると! なぜなら! 奴らが攻め、奪うのは、それ自体が目的だからだ! 蝗の群れと同じ! 止まればそこで死ぬ、死の行軍なのだ! だから余は援軍を送った。……そう、諸君らのことだ!」
騎士たちの顔が紅潮する。
「何人が生きて戻れるか知れぬ危険な任務だ。奴らは情け容赦なく、巨人の王は金獅子すらも凌駕する。だが勇敢なる諸君らは危険を顧みず、戦場行きを志願した。その理由も余にはわかる!」
エイリス王は一瞬黙り、騎士たちを見回してから続けた。
「諸君らの故郷はここだ! 諸君らの子はここにおり、諸君らの老いた両親もここにおろう! 先祖が眠る墓もあるやもしれぬ。だから諸君らは戦場に向かったのだ! そして野蛮な侵略者共に打ち勝った! 諸君らの中には敵の首級を上げられず忸怩たる思いの者もおろう! だが勝利こそが重要だ! 諸君らは行動し、結果を残したのだ!」
ここでエイリス王が息を入れると、エスメラルダが勲章の載ったトレーを恭しく運んできた。
彼女はそれをエイリス王に渡すのではなく、騎士たちに向けて傾けて見せた。
エイリス王が言う。
「救援部隊を率いたミスタ卿に黄金剣勲章を! そして従軍した勇敢なる八百名の騎士たちすべてに、白銀剣勲章を与える!」
それを聞いた騎士たちは一斉にワッ! と沸いた。
騎士にとって勲章の持つ意味は名誉だけではないからだ。
勲章には必ず報奨金がついてくるし、勲章持ちの騎士は所属騎士団で扱いが格段によくなる。
「そして! この戦の第一功!」
エイリス王がロザリーを指し示す。
「巨人の王を討ち取った〝骨姫〟ロザリーに、名誉騎士の称号を与える!」
「「おおお!!」」
勲章授与の話のときよりも騎士たちが沸いたので、ロザリーはミスタ卿を振り返った。
彼は今彼自身が胸につけている数々の勲章を指差し、それからそれらよりずっと上だというふうに空を指差してみせた。
「「名誉騎士ロザリー! 名誉騎士ロザリー!」」
八百名の騎士たちが繰り返し、そう叫ぶ。
いつまでも続く名を呼ぶ声に、ロザリーは腰の剣を抜いた。
それを高々と掲げると、より一層の歓喜の声が王都じゅうにこだましたのだった。





