277 王都凱旋―上
書籍をご購入いただいた読者様、誠にありがとうございます!
今週も1話です。長め。
週1話としてお時間いただいたにもかかわらず、まーったく今後が決まらず小ネタばかり思いつく体たらく……
まあ小ネタも大事だしいいか……
とりあえず新章には突入しちゃうことにしました。
しばらくは行き当たりばったりでGO!
――獅子王国、王都ミストラル。
今日は西方争乱の勝利を祝う、凱旋パレード当日。
王都外からも見物客が詰めかけ、人だかりが城門の外まで溢れている。
人の波は大街道まで続いていて、城門と大街道を繋ぐ橋では、重さで橋が落ちることを危惧した騎士たちによって立ち入り制限が行われている。
そんな王都正面から南側に回ると、見物客たちからは見えないように陣幕が張られていた。
パレード参加者が身支度するための目隠しである。
彼らは遠くハンギングツリーから帰還したばかりで、旅の汚れに塗れている。
彼らには新しい軍装が配られ、顔を洗い髪を整え、晴れ舞台に備えるのである。
「おお! 参られましたな、〝骨姫〟様!」
ロザリーはおそるおそるといった様子で陣中に入ったのだが、すぐに皇帝髭のミスタ卿に捕まった。
そのまま半ば強引にロザリー専用の衣装部屋へと連行されていく。
衣装部屋は様々なもので溢れていた。
「ミスタ卿、これは?」
「ご存じない? それは馬でございますな!」
「それはわかりますが」
まず目の前に引き出されてきたのは三頭の駿馬。
どれも見事な毛並みで、豪奢な馬装を着けている。
「ニド殿下より贈られた駿馬ですぞ。〝骨姫〟様にはうち一頭をお選びいただき、その馬に乗ってパレードにご参加いただきます」
「私、グリムがいるのですが……」
ミスタ卿は素敵な髭を揺らしてチッ、チッと舌を鳴らした。
「贈り物を身に着けないのは大変な無礼に当たります。おわかりでしょう?」
「そう、ですね……では青毛のを」
「承知しました! では次はマントですな」
「マント?」
「ええ、そうです。これへ!」
ミスタ卿の声に、一着ずつマントを広げて持った使用人が、合計六人入ってきた。
「これも贈り物ですか?」
「左様です。贈り主は先王弟ドロス殿下、魔導院シャハルミド院長、コクトー宮中伯、オリアナ聖堂会、王都商工会議所、あとどこだったか……えー、ロザリー教信者連、ですな!」
「……え? 最後のはなんですか?」
「さて? ただ身分卑しき者ではないでしょう。式典用のマントなんて一度きりしか使わぬのに大変値が張るものですからな!」
「はあ。これも一つを選ぶのですね?」
「ええ。ただ……鎧をこれへ!」
次に出てきたのは、これまた豪華な鎧具足一式。
そのすべての面が黄金色に輝いている。
「わー。黄金城みたいに金ピカだー」
「これこれ、そのように皮肉を言うものではありませんぞ。これは陛下より下賜されたものであり、凱旋でのお決まりの装束です」
「そうなのですか。……う~ん、ヘルメットは嫌だなあ」
「ああ、ヘルムは脇に抱えてよいですぞ。でないと民草からお顔が見えませんからな」
「ああ、よかった」
「で、ですな。この鎧を着ることを考慮に入れてマントを選びましょう」
「ああ、そうですね。じゃあ柄がうるさくないのを……これかな?」
「シャハルミド院長のマントですな」
「あ、やっぱりこっち!」
「わかりました、では宮中伯のマントで」
「はい」
「では一式、着てみましょうか。パレードまでまだ時間はありますが、着用に時間がかかりますし」
「あの、パレードまでどのくらい……?」
「一時間と少しですな」
「いっ! ……ちょっと散策してきます! 鎧はそのあとで!」
「散策ですか? 時間までには――」
「――戻ります! それでは!」
ロザリーは逃げるようにミスタ卿の元を後にした。
参加者たちが楽しそうにしている中をすり抜けて、陣を抜ける。
「ふぅ、危なかった。あんな鎧を着て一時間も待機してらんないよ」
陣を出たはいいものの、ここは城外の何もない場所。
さてどこに行こうかと辺りを見回していると、意外な人物がこちらへ歩いてくるのを見つけた。
「え……? わ、グレン!」
「よう、ロザリー」
グレンは軽く手を挙げ、ロザリーの元へやってきた。
「もしかして、パレードを見に来てくれたの?」
ロザリーがそう尋ねると、グレンは笑った。
「違うよ。俺も参加するんだ」
「参加するって……えっ!? まさか救援部隊にいたの?」
「そのまさかだよ」
「えーっ! 私、ハンギングツリーにいたんだよ?」
「知ってる」
「何で教えてくれなかったの?」
「何でって……ほら。俺、一戦もしてねーもん。なんか後ろめたくってさ」
「ああ。ミスタ卿だっけ? 彼の指揮がアレだったとは聞いたけど」
「いや、あの人はたぶん指揮官としては優秀なんだよ」
「そう? さっき話したけどいかにも貴族! って感じだったけど?」
「外っ面は、な。わざとやってんじゃないかと俺は思ってる」
「へー。どんなふうに優秀なの?」
「大手柄は上げないけど、失敗しないタイプの指揮官だと思う。寄せ集めの急造部隊を西方まで連れてって、一人の脱落も出さずに帰還してるしな」
「そっか。そう考えればそうなのかも」
「まあ、ミスタ卿のことはいいんだよ。今日は大事な話があってな」
「大事な話? なになに?」
「お前の母親――ルイーズ=スノウオウルについてだ」
軽い調子で聞いていたロザリーの顔から表情が消える。
ザアッと風が吹き、陣幕を揺らして吹き抜けていく。
「なんでそんなこと、グレンが話すの?」
当然の疑問に、グレンは頭を掻いた。
これから話すのは雷鳴の騎士ドルクから交換条件として聞き出した情報だが、ドルクから聞いたとロザリーに話せるわけもなく。
なのに言い訳も考えず、早く伝えたい欲求のままに来てしまった。
「……昔、鳥籠の警備をしていた騎士と知り合ってな」
嘘だ。
ロザリーに対してこんなにはっきり嘘をついたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
そうグレンは思った。
「なんて人?」
「聞くな。素性を明かさない条件で教えてくれた」
「……わかった」
「ルイーズは皇国騎士であり、〝白薔薇〟と呼ばれる大魔導だった。十六年前の獅子侵攻で捕らえられ、王都に連れてこられた。捕らえられたときにはお前を身籠っていて、ロザリーはミストラルで生まれた。……ここまでは知ってるな?」
ロザリーは神妙な顔で頷いた。
「その人が教えてくれたのは、捕らえられたときにルイーズが重傷を負っていたこと。そしておそらくその後遺症で、ルイーズが変わってしまったことだ」
「変わっ、た……?」
ロザリーが眉を小山のようにする。
「その人には納得できないことが二つあったそうだ。一つはルイーズが脱走しなかったこと。彼女は大魔導で、それも元・魔導八翼第一席なのだという。赤ん坊のお前を連れて逃げることだってできたはずなのに、それをしなかった」
「それが怪我のせいだっていうの? でも私の記憶にあるお母さんは普通に歩いたり、家事をしたりしてたよ?」
「俺も怪我をしてた記憶はない。その人が後遺症と表現したのは魔導能力に関することだ。例えば、もう前の力が発揮できないような呪いをかけられたとか」
「……そんな呪い、あるかな」
「わからん。で、もう一つの納得できないこと。それが、ルイーズが俺や他の雛鳥と同じように鳥籠に囚われていたことだ」
「それが変なの?」
「言われてみれば変だと俺は思ったよ。苦労して大魔導を捕らえたのに、他の騎士と同じ警備レベルに置くなんておかしくないか?」
「っ! それは……そうかも」
「逃げられるはずなのに逃げない大魔導。大事な大魔導を警備の緩い牢獄に置く王宮。ルイーズが元の力を失っていたと考えれば、この二つを合理的に説明できるとその人は考えたわけだ」
「それが後遺症って話になるのね?」
「そう。加えて人柄も変わっていったように見えたそうだ。人目を避けて閉じこもることが多くなり、そのくせ化粧を欠かさなくなった。夜になると何かを割る音が部屋から聞こえてきたりもしたそうだ」
「……」
ロザリーの瞳が、記憶を探してキョロキョロと宙を泳ぐ。
グレンは彼女が落ち着くのを待った。
しばらくして、ロザリーはぽつり、ぽつりと話し始めた。
「割る音っていうのはよくわからないけど……たしかに部屋にいることは多かったわ。お化粧もしてたと思う。でも……それが変わった結果なのかどうかはわかんない」
「うん……まあでも、魔導能力を失っていたとすれば、変わっちまうのはおかしいことじゃないよな? 俺ですら魔導能力を取り上げられたら病んじまうと思う。お前はどうだ? そのままの自分でいられるか?」
「わかんないよ、そんなの。なってみなきゃわかんない」
ロザリーの苛立った様子に、グレンは頭を掻きつつ言った。
「怒るなよ。まあ、わからないんだけどさ。きっと普通じゃなかったんだよ、そのときのルイーズはさ」
ロザリーがキッとグレンを睨む。
「なんでそんなにお母さんがおかしかったことにしたいの?」
「っ。悪い、そんなつもりじゃ……」
「グレンにまで知ったようなこと言われるなんて思わなかった!」
「俺にまで?」
グレンが聞き返すと、ロザリーは答えを拒否するように首を乱暴に横に振った。
「何でもないっ!」
「俺が言いたいのはさ――」
グレンは自分と距離を取ろうとするロザリーの両肩を、グイッと強く掴んで引き寄せた。
「――お前はルイーズに捨てられたんじゃないのかも、ってこと」
「……えっ?」
「ロザリーはさ、母親に捨てられたってずっと思ってるよな? でも実際はそうじゃないかもしれない。だって、ルイーズは普通の精神状態じゃなかったんだから。もしかしたら自分から身を引いたのかもしれない。お前を守るために。自分が娘を傷つけないために」
「そんなの、全部グレンの推測じゃない」
「そうさ。だが決して根拠のない話じゃない。魔導能力の話だけじゃないぞ? ルイーズは異国の地に囚われ、そこで赤子を生んだんだ。この年齢になるとわかる、とんでもない状況だ。そんな苦境にありながら、ルイーズには夫どころか相談できる相手すらいなかった」
「だから捨てたのかもしれないじゃない! ぜんぶ嫌になって、私ごと捨てたのよ!」
「そうかもな。でもそうじゃないのかも。結局わからないんだから、捨てられたなんて思い込むなよ」
「無理だよ、そんな楽観的に考えられない……」
「いいじゃないか、楽観的で。楽観的に母親探して、見つけたルイーズが『捨てた』って言うならぶん殴ってやれよ。それでいいだろう?」
「……あのね、グレン」
ロザリーは涙をためた瞳でグレンを見上げた。
「グレンが私のために調べて、話してくれてるのはわかってる。でも、私ね」
ついに流れてしまった涙を指で拭いて、ロザリーが続ける。
「お母さんに捨てられた日のこと、覚えてるの。今でも夢に見る。あれは幻なんかじゃないの」
「そう、か……」
グレンはしばし言葉に詰まり、しかしすぐに続けた。
「それって本当に捨てられた記憶なのか?」
「……どういう、意味?」
「別れの瞬間の記憶ってだけじゃないか?」
「そんなことない! 〝金の小枝通り〟で、私は泣いて、泣きじゃくって。でもお母さんは引き返してくれなくて。私に気づいていたのに、そのまま王都を出ていった……」
「……それって昼間の話か?」
「え? うん、そうだけど」
「じゃあ、やっぱり別れのシーンに聞こえるな」
「はあ?」
「娘を捨てるなら気づかれないよう、夜のうちに消えるだろ? だって後ろめたいじゃないか」
「あのねぇ、グレ――」
なおも反論しようとするロザリーを、グレンは引き寄せて、強引に胸に抱いた。
ロザリーは戸惑い、抵抗しなかった。
胸の中でロザリーが言う。
「――グレン。なにこれ?」
「……決めた。ルイーズはお前を捨ててない」
「何でグレンが決めるの」
「だって、ロザリーには決められないだろう?」
「それは……」
「だから俺が決めてやる」
「余計なお世話よ!」
「ロザリー!」
グレンはロザリーを引き離し、その紫水晶の瞳を覗き込んだ。
「お前は捨てられてなんかいないんだよ」
ロザリーは何か言おうとして、堪えきれずに泣き出してしまった。
グレンの胸に顔を伏せて、さめざめと泣いた。
一陣の風が二人の周りを吹き抜けていく。
次第に冷静になったグレンは、急にどうしていいかわからなくなって、ロザリーの頭をポンポンと叩いた。
しかしその手はすぐにピシャリと叩かれた。
「それ、いらない」
「……わかった」
しばらくして、ロザリーはグレンの胸から離れた。
「グレン。ありがと」
「いや」
ロザリーは泣き腫らした目の縁をなぞって言った。
「もう。これから何千人の前に顔を晒すんだよ? どうしてくれるの」
「そりゃ違う。何万人だ」
「そっか。何万人か」
「遠目じゃわからないさ。着替えあるんだろ? さ、行ってこい」
「ん。グレンも出るのよね?」
「お前の背中を見ながら行進するさ」
「わかった」
ロザリーはグレンの顔を見つめ、それから陣のほうへ歩いていった。
グレンはその背を見つめ続け、彼女が振り返ると手を振った。
そして、ロザリーの姿が陣幕の中に消えると。
「泣けたぞ。感動的なシーンだった」
皮肉っぽい台詞に、グレンは振り向きもせずに言葉を返した。
「雷鳴の騎士ドルク。やはり見ていたか」
するとドルクはグレンの横に並び立ち、意外そうに言った。
「覗かれていたのに怒らないのか? もしや俺が見ていることに気づいていた?」
「まさか。見ているだろうと想像してただけだ」
「そうか。……悪かったな」
いつも余裕ある態度を崩さないドルクが謝罪したので、これにはグレンも驚いた。
「何を謝る?」
「取引のことだ。もう少しはっきりとした情報を渡してやれると思っていたのだが」
「そのことか。十年も前のことだ、気にするな」
ドルクはフ、と笑った。
「励ましどうも。だが大いに気にするさ。昔とはいえ、超がつく有名騎士のこと。なのに足取りすら追えんとはな」
「含みのある言い方だな。追えない理由があったのか?」
「情報が完璧に管理されていたのだよ。重臣すらも除いた、ごく一部のみでな。こうなると情報を破棄された今では追うのが厳しい」
「何だ、それ。魔導院か?」
「獅子王自身だ」
前話コクトーについて。
本文外で触れるのは御法度かなと思うので少しだけ。
今後どこかでやる閑話の中で、皇国の重臣がコクトーを評して
「奴は首輪よ。猫につけた鈴付きの首輪」
と話す予定です。
命令元と役割がドルクとは違う。
なので互いの存在は知ってたけど、ちゃんと会ったことはほとんどなかった。





