276 雷鳥、止まり木にて囀る
閑話についてのご意見ご感想、ありがとうございました!
好意的なご意見ばかりでしたので、今後も閑話として入れたり、本筋内でもあまり遠慮せずにコミカル入れたりしようかなと思います。
――黄金城、玉座の間。
「以上が西方争乱についてのご報告となります」
コクトー宮中伯が報告書の束を抱え、王に一礼する。
「うむ……」
大鷲の玉座に座るエイリス王は、いつものように押し黙った。
コクトーは黙して次の言葉を待つ。
「……〝骨姫〟は?」
「明日、ミストラルに入ります。その二日後にミスタ卿率いる救援部隊が到着する予定となっております」
「市中は彼女の話で持ち切りだとか?」
「それはもう。あまり騒がぬよう、冷や水をかけることもできますが」
「このままでよい。皇都は?」
「早期に、休戦協定が現在も有効である確認をしたいと求めてきております」
「応じてもよいが……旨味が、な?」
「ええ。剣王ロデリックが王国領土に侵入したことは事実なのですが、同時に対蛮族戦において共闘したことを多くの者が――特に二人の金獅子が証言しております」
「八翼による領土侵犯に対する賠償金を求めたら、逆に戦費を要求されそうだ」
「してくるでしょうな。あちらの国では大魔導派遣に対し金銭を要求することは珍しくありません。おおよその相場まで存在しますので」
「……剣王だと、いかほどだ?」
コクトーはエイリス王にだけ見えるよう、指を折って見せた。
それを見たエイリス王が顔を顰める。
「会談はいつかはやる。が、今ではない。……そのように答えておけ」
「御意。しかし、金銭でなければ何を求めるおつもりで?」
「謝罪だ」
「謝罪、ですか」
意外な答えにコクトーは困惑顔を浮かべた。
「交渉官の謝罪などいらんぞ? 最高位にある者の謝罪だ」
「それは些か無理があるのでは……? 魔導皇帝が皇都を出たことなど記録にもありません」
「皇帝でなくともよい」
「皇帝でなく、最高の位にある者……? っ、まさか! ミルザですか!?」
エイリス王は悪い笑みを浮かべて頷いた。
「〝騎士の中の騎士〟による謝罪ならば喜んで受け入れようとも」
しかし、それにもコクトーは困り顔。
「それも些か……ミルザは二つ名通り、風のような男だと聞きます。おそらく皇都ですら、今現在どこにいるのか把握できていないかと」
「それならそれでよい。皇帝もミルザもどうしても無理だとあちらが言うのなら、何かで埋め合わせしてもらわねばな?」
「――なるほど。そのとき初めて、賠償金を求めるようにいたします」
「うむ」
「ではそのように」
「ときにコクトー」
エイリス王は足元の大鷲の頭をコン、コンと二度ほど蹴った。
「そちの提案で進めておった〝鳥籠の騎士団〟。横槍が入ったぞ?」
「ほう。どこの御仁ですかな?」
「大勢だよ、わかっておろう。シャハルミドなどは腕輪首輪をガチャガチャ鳴らして怒鳴り散らしおって、うるさくて耳を塞ぎそうになったわ」
「それは災難でしたな」
「他人事のように申すでない。やはり反発は大きいぞ? 余は面白いと思うのだがな」
「左様ですか。ま、私としても思いつきの愚案ですので、捨て置かれても一向に構わないのですが」
その言い様にエイリス王が笑う。
「……フ。構わない〝が〟、なんだ。申してみよ」
「では僭越ながら。……これからの数年で、雛鳥たちは続々と騎士になります」
「あれから十五年が経つ」
「ええ。獅子侵攻直後に生まれた雛鳥たちが巣立つ時期にきております。すでに騎士となっている雛鳥が数人いますので、その現況を調べました。例外である〝骨姫〟を除き、すべての者が所属する騎士団で最底辺の扱いを受けております」
「さもあらん。……まさかコクトー、雛鳥たちの権利を守るために――などとは申すまいな?」
「まさか。これでは無駄遣いが過ぎると申し上げておるのです」
意外な言葉にエイリス王は目を丸くした。
「……無駄遣い?」
「ええ。彼ら雛鳥を騎士にするために、いかほどかかるとお思いですか?」
「それは……一般的な騎士と変わらぬだろう。ソーサリエでは同じ教育を受けさせている」
「おっしゃる通り。更に雛鳥たちにはソーサリエ入学以前のコストも上乗せされます。施設の運営費からソーサリエ前の学費、日々の生活費までそれなりの経費がかかっております」
「普通の騎士よりも金がかかっていると?」
「その通り。なのに騎士になってやっと稼いでもらう番が回ってきたと思ったら、職場では小間使いのごとき使われ方をする。これでは稼ぐどころかコストの回収すらままならない。これなら次の休戦協定会談で雛鳥をまとめて突き返したほうが、はるかに有益です」
「だから雛鳥だけの騎士団を組織して利用価値を高める、か」
「敵国の血を引く彼らは常に証明し続ける宿命にあります。そこらのぬるま湯に浸かったボンボン騎士とは違うのです。命を投げ打ってでも結果を出し続けることでしょう」
「裏切り者」
エイリス王が突然そう言ったので、コクトーは固まって唾を飲み込んだ。
そんなコクトーを見上げ、エイリス王が言う。
「……シャハルミドが申しておった。裏切り者への対処はどうする?」
「ご懸念はもっともです。しかし、であればなおのこと騎士団という形にしておくほうが勝手がよいかと」
それを聞いたエイリス王は小刻みに頷いた。
「……なるほど。まとめて置いたほうが管理しやすいか」
「鳥籠出身の一人一人に監視など付けたら、それこそバカバカしいほどコストがかかります。その上、そこまでやっても目の及ばぬ雛鳥が出てくるでしょう。しかし騎士団にしてまとめておけば、そこに飼い鳥を紛れ込ませておくだけでよいのです」
「裏切りがあるやもしれぬことは否定しないのだな?」
コクトーはエイリス王の瞳を見据え、はっきりと言った。
「裏切りは世の常。雛鳥かどうかなど関係なく、あるものとして対策を講じるのが統治者の正しき姿にございます。シャハルミド院長には私など及びもつかない深謀遠慮がおありかと存じますが、彼にも裏切りを無くすことなど決してできないでしょう。このまま雛鳥を放し飼いにすることに利点はありませぬ。騎士団という新たな鳥籠に入れて管理してこそ、利用価値を生むと確信しております」
「お前の考えはわかった」
エイリス王は短くそう言って、すぐに視線を落とした。
その顔を覗き込むようにして、コクトーが尋ねる。
「……まだ、ご懸念が?」
「いや……またシャハルミドのうるさい演説を聞くのだな、と思ってな……」
「それは――心中お察しいたします」
「だから他人事のように言うでないわ」
――〝止まり木の間〟。
王への説明を終えて自室に戻ったコクトーは、デスクに積まれた書類に目を通し始めた。
王宮勤めの多くの者が帰宅している時間だが、彼の職務は終わらない。
椅子に腰かけデスクに向かい――それからしばらくして。
「……ネモか?」
コクトーは振り返りもせずにそう言った。
しかし、返事はない。
羽根ペンが止まり、背後を振り返る。
そしてそこにいた人物を見て、ぎょっとした。
「お前は……ドルク=ターミガン!」
そこにいたのは雷鳴の騎士、ドルクであった。
「何の用だ!」
コクトーは苛立ちを隠さず声を荒らげる。
ドルクは不敵な笑みを浮かべて言った。
「ご挨拶だな、宮中伯。ご懸念の案件について報告に来てやったのだよ」
するとコクトーはデスクに向き直り、冷たく言った。
「間に合っている」
「フ、会いに来たのがそんなに不服か」
「当然だ。我らが顔を合わせて何の得がある」
「得はないな。だが『間に合っている』は嘘だ。今もネモの帰還を心待ちにしていたではないか」
コクトーは大きくため息をつき、それからもう一度振り返った。
「報告を」
「鷹は去った」
コクトーは小さく頷き、「そうか」とだけ呟いた。
「どこへ、とは聞かぬのか?」
「巣のほうだろうよ。鷹匠をあまり信じておられぬゆえ。聖塔には帰るまい」
「まさに」
「ドルク卿は……鷹に協力したそうだな?」
コクトーが責めるような目でそう言ったので、ドルクは腕を広げて苦笑して見せた。
「仕方あるまい。鷹に乞われて断れるものか」
それを聞いてコクトーは黙って目を逸らした。
その様子を見てドルクが笑う。
「……ククッ。そうか、貴殿は断ったのだな?」
コクトーはフン! と鼻を鳴らした。
「当然だ! 鷹匠の許しを得ての隠密行動だのと仰っておられたが、案の定の独断専行であげくに大立ち回り……! 断ったのは我ながら英断であったわ!」
「ククク! そう目くじらを立てるな。……そうか、卿はずっと前からルイーズの娘だと知っていたのだな。なのに、鷹には報せなかった」
「聖塔には伝えていた。あとのことは知らん」
「心配性だな。〝鷹に間違いはない〟。そうだろう?」
コクトーはしばし想いを巡らせ、それから言った。
「そう願う」
「そうだ、もうひとつ」
「何だ?」
「鳥籠の件だ」
「それか。ちょうど今日、反応があった」
「どうだった?」
「結成される」
ドルクは嬉しそうに手を叩いた。
「さすがだ。貴殿に頼んでよかったよ。……しかし、どのように獅子を操ったのだ?」
「操ってなど。獅子は誇り高き支配者なのだよ。裏切りを恐れる臆病者でいられるわけがない」
「なるほど。院長あたりがうるさそうだが?」
「問題ない。鳥の子、忌まわしき死霊騎士と敵視していた〝骨姫〟が、今や救国の英雄だからな。シャハルミドも強気には出れんよ」
「英雄、か。私は白薔薇の再来を願わずにはおれぬ」
「……」
「貴殿は違うのか?」
「……違うものか。だからこそ、しくじりたくない」
「それゆえの慎重さか。後手を踏んでしくじるなよ?」
「言われるまでもない」
「ならばいい」
そう言って、ドルクは部屋の暗がりに身を寄せた。
次の瞬間には彼の姿も気配すらも〝止まり木の間〟から消えた。
しばらくして、黄金城上空に雷鳴が轟いたのだった。





