275 閑話―赤クラス女子会inミストラル
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――王都ミストラル。
貴族の住宅が立ち並ぶ上層にある、カフェ〝ブルームーン〟。
晴れた昼下がりのテラス席で、騎士二年目を迎える二人の女騎士が話している。
「――でさ、そしたら上官が言うの。『小娘がでしゃばるな』って! そんなこと言われたらもう何も意見とか言えなくない?」
「それはそうね。でも、アイシャもしつこく食い下がったんじゃないの?」
赤髪の女騎士――アイシャ=リンクスは、口をへの字にして宙を見上げた。
「まあ、多少は。え~、でも、意見を通したいときはみんなそうじゃない? ベルは違うの?」
「一度引いて、期間を置いてから再度提案するわ。もちろん、その間に味方を増やしておく」
「わあ、ベルっぽい」
栗色の髪に眼鏡の女騎士――イザベル=ファートンはちょうどティーカップを持ち上げたところだったのだが、その姿勢のまま眉を顰めて固まった。
「何それ。どういう意味?」
アイシャが慌てて両手で否定を示す。
「違う、違う!」
「だから何が違うの」
「いや、だから……あっ、来た来た!」
アイシャが立ち上がって、カフェの入口へ手を振る。
すると前髪から後ろ髪まで同じ長さに切り揃えた眼鏡の女騎士――ロクサーヌ=ロタンはそれに気づき、こちらに向かって手を振ってから小走りにやってきた。
何やら大きな袋を持っていて、それが激しく揺れている。
「遅れてすいません~! 急に仕事が立て込んじゃって……」
「いいの、いいの! 私ら下っ端は雑用係だから仕方ないって!」
「それにしてもロロ。ちょっと見ない間に大人っぽくなったわね? どこから見てもやり手の女騎士って感じだわ」
ベルにそう言われ、ロロは嬉しそうにその場でクルッと回ってみせた。
「フッフー! 実はこのコート、今日のために下ろしたんです!」
「そっか、魔導院の魔導騎士外套とは違うね! いいじゃん、似合ってる!」
「ありがとうございます、アイシャさん!」
「それに眼鏡も変えたわね?」
「さすがはベルさん、よくお気づきで!」
「細いフレームもいいわよね、私も変えようかな……って、わかったから眼鏡をスチャスチャしないで」
「フフ、すいません」
ようやくロロが席に座って紅茶を頼み、残った二人もここからが雑談本番とばかりに飲み物を頼み直す。
「アイシャさんは、お仕事のほうはどんな感じですか? 街道守備隊でしたよね?」
ロロがそう問うと、アイシャはティースプーンをカチャカチャ回しながら答えた。
「任務自体は楽よ? 賊や犯罪者を警戒しながら大街道を巡回するだけだから。でもさあ、移動がね? ずーっと長距離移動だから家にもあんまり戻れなくて。今日だってさ、ポートオルカからやっと帰ったとこなんだよ?」
「うわわ、それは大変ですねぇ」
「……の割には、アイシャって女子会に毎回来てるわよね」
「そういうあんたもね、ベル」
「私が来なきゃ、あなたが一人でお茶することになるじゃない。わざわざ王都まで帰ってきてぼっち女子会なんて、さすがの私も心が痛むわ?」
「う、まあ確かに最近は私ら二人きりだけどさ」
そこでロロがおかしそうに笑った。
「面白いですねぇ、在学中は犬猿の仲だったお二人が今は親友だなんて」
するとアイシャとベルが同時に言った。
「親友じゃない!」「親友ではないわ」
「ああ、これは失礼しました。それにしてもクラスの他の皆さん、お忙しいんですねぇ」
「それはそうよ、一年目だし。ああ、や~っと最底辺から解放されるっ!」
「どこも一年目は同じなんですねぇ。あ、そうだ。ベルさんはその後、何事もなく?」
「ええ。というか何事も、って何よ?」
「え、だってほら、魔導院を辞めたじゃないですか。で、近衛騎士団に……」
「あ、そうか。ロロとベルって同じ職場だったんだよね?」
「そうです、そうです。まあ、魔導院は大きな組織ですから、顔を合わせることはほとんどなかったですけども」
「うんうん。……で、ベル。何で辞めたの? 引き抜き? それともロロと一緒の職場が嫌になった?」
「えええ!? そうなんですか、ベルさんっ!」
大声を出して驚くロロを、たしなめるようにペルが言う。
「そんなわけないでしょ、会うことないのに。……でも職場が嫌になったのはそうかな。そんなとき、ちょうど近衛騎士団行きのお話をいただいたから」
「へえ。何が嫌になったの?」
「う~ん……雰囲気? 私が配属されたのって呪〆特部っていう呪術開発や対策する部署だったんだけど」
「でしたよね! 配属先としてはエリートコースなんですよ!」
「ほほう。なのに――フフッ、雰囲気が嫌で辞めたんだ?」
「笑わないで、アイシャ。とにかくあの部署、暗いのよ。部屋の明るさから先輩方の性格に至るまで、一から十まで暗すぎるの!」
そう言って、こぶしを握りしめるベル。
「ほええ……まあ、年中、呪術のことを考えていたらそうもなりますか」
「そうね。そしてそこで気づいたの。このままじゃ私もこうなるって」
「ベルって根暗の素養、あるもんね」
「うるさいわよ、アイシャ。そんなとき、ちょうど近衛騎士団に魔女部隊を作ることになって、私に話が来たってわけ」
ロロが宙を見上げる。
「ああ……近衛騎士団って聖騎士と刻印騎士が主で、それ以外はほとんどいませんもんね?」
「そうそう。で、黄金城内の呪術対策は呪〆特部が一手に引き受けていたんだけど、近衛騎士団は王族を守る以上、呪詛対策チームが必要なんじゃないかって話になったみたい」
それを聞いたアイシャが呆れたように言う。
「ええ、今更? そんなの始祖レオニードの時代からやっててほしいんだけど」
「黄金城のまじない除けってかなり強固にできているのよ。だから黄金城内での暗殺対策は直接侵入してくる暗殺者か毒物に限定されていた。でもここ最近……といっても数年前らしいけど、黄金城の中核まで【手紙鳥】を到達させた魔女騎士がいたらしくてね。そのことを呪〆特部や近衛騎士団内で繰り返し議論されてたみたい」
ロロが声を潜めて尋ねる。
「……初耳です。中核ってどの辺りまで?」
「玉座の間のすぐ近くらしいわ」
「えええっ!? 大変なことじゃないですか! ……まじない除けに穴でもあったんですかね?」
「詳しいことは言えないけど、その可能性は低いと思うわ」
「じゃあ、どうやって突破したのですか?」
「強引に? ものすごい量の魔導が【手紙鳥】に込められていたらしいわ」
「そんなの! 絶対不可能でしょう!?」
「そうかしら? 例えば、ロザリーがありったけの魔導を込めて【手紙鳥】を放てば、もしかすれば突破できるかもしれないと私は思うけれど」
それを聞いたロロは、ぽかんとした表情で宙を見上げた。
そして次の瞬間、サッと下を向いた。
「どうしたの、ロロ?」
心配するベルに、ロロは俯いたまま尋ねる。
「……ベルさん。数年前って、具体的にいつごろかわかりますか?」
「はっきりとはしないけど私たちが学生の頃ね。実習の前後だと思うわ。それがどうかしたの?」
「……いや。何でもありますん」
「すん? どっち?」
「すん……」
下を向いて黙り込んだロロを見て、アイシャが助け船を出した。
「まあいいじゃない、ベル。そんなに詰めないであげて?」
「別に詰めてなんか! ただ、どうしたのかなって」
「わかってる。で、ロロは仕事の方、どうなの?」
「私ですか? いろいろ部署を回されたんですが、新設された商品開発部という部署に落ち着いて――そうだそうだ、皆の衆!」
「皆の衆?」
「フフッ。ベル、ロロの口調に突っ込んでたらキリがないって」
ロロはテーブル下に置いていた大きな袋を取り出し、その中身をテーブルにぶちまけた。
色々な大きさの小箱がテーブルを埋め尽くす。
「なにこれ、すごい数ね?」
「これ、今度魔導院から売り出す商品なんですけど」
「うへ、魔導院って商売まで始めるの?」
ベルが箱の一つを手に取る。
「口紅? ……これ、全部化粧品?」
「はい!」
ロロは箱の一つを手に取って、力説し始めた。
「魔導院には門外不出の薬学知識があります。魔導充填薬などの回復薬や毒に関するものばかりだと思われていますが、実際は生活の知恵的なものや美容関係まで、多種多様な薬学知識が長年の研究で積み上げられているんです」
「ほうほう。その知識を活かして化粧品を作ってみようと?」
「その通りです、アイシャさん! 以前から魔導院の知識を世間様のために有効利用する方法を考えていたのですが……あるとき、先輩の女性職員がすごく発色のいい口紅をつけてらっしゃったんです。どこで買ったのか聞いてみたんですが、なぜかはぐらかされて。それでもしつこく食い下がっていたら、その口紅は自作だと教えてくださったんです!」
ベルが箱から口紅を取り出して、掲げたり、回したりして商品を眺める。
「でも門外不出の薬学知識と聞くと、つけるのが恐いわ?」
「そこはご心配なく。レシピには危険な薬物などは一切使用されていません」
アイシャが頷く。
「そりゃそうよね。自分が日常使いするために作ったんだから」
「ええ、その通りです。ただ、薬草の扱いや調合方法がかなり特殊で……でも私は特殊だからこそイケると思ったんです!」
「なるほどね? 他には真似できないってことだものね」
ベルはそう言うと箱を開けて、口紅を自分の唇についっ、と塗ってみせた。
「わあ! たしかに良い色!」
「ほんと? 鏡、鏡……」
ベルは手鏡を探して鞄を漁っている。
ベルに触発されて、アイシャも別の口紅を手に取り、唇に塗った。
「ベル、鏡」
「嫌よ、私が使ってる」
「早く、早く!」
「んもう」
ベルはアイシャに手鏡を渡し、ロロに言った。
「これは売れるわ。間違いない」
ロロは嬉しそうに手を叩いた。
「ありがとうございます、ベルさん!」
「これ、もらっていいのよね?」
「もちろんです! 口紅だけと言わず、全部もらってください!」
手鏡を見ていたアイシャが、テーブルを埋め尽くす数の箱を見て、驚いた様子で言った。
「嘘、これ全部もらっていいの?」
「ぜひぜひ!」
「わわ、使い切れるかなあ」
「バカね、アイシャ。ロロは知り合いに配って宣伝してくれって言ってるの」
「ああ! そういう……」
「へへ、ベルさんはお見通しですね。お二人が普段使いしてくだされば、私としては大満足です。それでもし、欲しがる同僚の方とかいたら……ということで」
アイシャが言う。
「いるよ、絶対! でもそう考えると逆に足りるのかなって思っちゃった」
「それはもう。ご要望いただければお二人にはいくらでも都合します! その他、この化粧品に関することで何かあったら全部、私に振ってくだされば対応しますので!」
ベルが頬杖をついて言う。
「ロロ、すごい一生懸命なのね。この企画に賭けてるみたい」
ロロは頭を掻いた。
「これ私の案で進めていて、口紅の先輩も巻き込んじゃってて。上司に『売れなかったらお前の案は一生通らないと思え』と言われていまして」
「……ちゃっかりしてると思ってたら、案外切羽詰まっていたのね」
「大丈夫よ、ロロ!」
アイシャが言う。
「同僚の女騎士みんなに渡すから! 私ら大街道を練り歩くのが仕事だから、歩く広告塔みたいなものよ! 絶対、話題にしてみせる!」
するとベルも続く。
「私は団長から始めるわ」
「そっか、近衛騎士団の団長って、テレサさんのお母様……!」
「最高の広告塔でしょう? それに私の職場は黄金城。流行って黄金城から始まることも多いのよ? 絶対に話題にしてみせるわ」
「……なによ、ベル。対抗する気?」
「あら、アイシャ。始まる前から負けそうな顔してるわね?」
「私が話題にするの」
「いいえ。私が話題にしてみせる」
アイシャとベルが鼻を突き合わせる格好になって、ロロが慌てて割って入る。
「おおお、お二人とも! 私なんかのためにケンカはやめてください!」
「今、話題といえばアレよね?」
「そうね、話題といえばアレだわ」
二人が何事もなかったように話を変えたので、ロロは肩透かしを食らってテーブルにつんのめった。
「……ケンカ、しないのですか?」
「あのねえ、ロロ。私ら学生時代から衝突し続けてるの」
「ええ。だから衝突回避はお手のものよ。毎回はぶつかってられないもの」
「そうでしたか。だったらまぎらわしい真似をしないでほしいものですが……」
「文句ある~?」「あるの?」
「いいえ、ないです。で、話題のアレって何のことですか?」
「ええ!? ロロはわかるでしょう?」
「そうよ、ロロこそわからないといけないわ」
「私こそ? 話題、話題……ああ、あのことですか?」
そして三人は互いに目で合図して、声を合わせて言った。
「「「〝骨姫〟ロザリー!!」」」
ぴったり合って、それぞれに笑い合う。
「同級生が〝救国の英雄〟だって! びっくりよねー」
「〝ミストラルの守護女神〟なんていう人もいるわ」
「そんなぁ。えへへ……」
「なんでロロがテレテレしてんのよ」
「近衛騎士団の団長がボソッと言ってたんだけど、今回第一功になったのって〝首吊り公〟が押したことが大きいんだって」
「そうなんだ? 王宮が決めたら、それこそ〝首吊り公〟が第一功になりそうだもんね?」
「そう。だから団長は『よほど目覚ましい働きがあったに違いない』って」
「へえ~、すっご」
「いやあ、ウフフ……」
「だからロロを褒めてんじゃないから」
「ロザリーって騎士になってしばらく賞金稼ぎやってたのよね。そのとき王都の治安がすごくよくなって、そのこともミストラル市民の支持に繋がってるみたい」
「ああ、だから〝獅子王国の〟じゃなくて〝ミストラルの守護女神〟なんだ?」
「だと思うわ。そういえば、凱旋パレードをやるかもって聞いたけど?」
「ああ、それは確かよ。うちの全部隊が集まって王都付近の街道警備をガッチガチにやるから」
それを聞いたロロがバーン! とテーブルを叩いて立ち上がった。
「ちょっと……」「どうしたの、ロロ?」
あまりの剣幕に怯えるアイシャとベル。
ロロはぷるぷる震えながら、絞り出すように言った。
「……ということは、ロザリーさんが帰ってこられる?」
アイシャとベルは顔を見合わせ、吹き出した。
「敬語(笑)」
「来るんじゃないかしら? パレードをやるなら主役よね?」
ロロはストンと椅子に座り、しみじみと言った。
「ロザリーさん。いつ帰ってくるのかなあ、会いたいなあ」
こういったコミカルわちゃわちゃ話はあまり得意とするところではないのですが……
2巻特典SSで書く機会があり、わりと楽しく書けたので、余勢を駆って閑話でも書いてみました。
骨姫の作風がシリアス寄りということもあり、これどうなのかなあと今も迷っていたりもしてまして……この手の毛色の話、今後もたまに挟むべきでしょうか?





