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274 閑話―籠の鳥は親鳥を恋しむか

活報にコミカライズ版を数ページ上げました。

「ちょっと気になるな」なんていう奇特な方はぜひご参考までに。

 ――ハンギングツリー近郊、王都救援部隊の野営陣地。


 蛮族ガーガリアンの襲来に対してミストラルより送られた彼らは、誰とも一戦も交えずに帰還の途に就こうとしていた。

 陣の撤去をする若い騎士たちがぼやく。


「はあ……何しに西方くんだりまで来たんだか」

「まったくだ。指揮官が悪かったな」

「報奨金、出るかねえ……」

「出るには出るさ。で、そこからなんやかんや理由をつけて引かれる、と」

「ああ、思い浮かぶな……」

「額面通りは期待しないこったな」


 王都救援部隊は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)近衛騎士団(キングズガード)などの名門を含む、王都に本拠地を置く騎士団から志願者を募って編成された騎士団であった。

 総勢八百名。

 司令官は高位貴族ミスタ卿。

 手柄を求める若い騎士、それも中級・下級貴族が主だった。

 だが一度も戦わずでは手柄の上げようもない。


「おい、広場に集まれ」


 年嵩の騎士が若い騎士たちに呼びかけた。

 若い騎士の一人が尋ねる。


「何かあるんですか?」

「ミスタ卿が演説を行う」

「ええ? もう帰ろうっていうのに、またやるんですか?」

「言うな。ミスタ卿もお辛いのだ」

「……了解です」


 ミスタ卿は事あるごとに騎士たちを集め、演説を行った。

 王都を出るときも華々しくやったし、到着したのにハンギングツリーへ入れてもらえなかったときは涙を流しながら悔しさを訴えた。

 皇国騎士の一団が侵入しているらしいと聞いたときには「我々はこの時のために来たのだ!」と自分たちの必要性を説き、ハンギングツリー・王都間のルートに陣を敷き、罠まで設置した。

 結局、皇国騎士は来なかったが。


 そんなミスタ卿の演説とあって、広場に集まった騎士たちは皆、うんざりとした表情で彼を待っていた。


「諸君!」


 勢いよく壇上に上がったミスタ卿は、なぜかとても元気だった。

 瞳は少年のようにキラキラしていたし、トレードマークの皇帝髭はいつも以上に仕上がっている。


「これより我らは王都へ帰還する! 栄誉ある帰還だ!」


 どこに栄誉があるのかと騎士たちは揃って首を傾げたが、ミスタ卿の続く言葉でその意味を理解した。


「我らが到着次第、戦勝パレードが催される! この戦、第一功である〝骨姫〟ロザリー卿のあとに、我ら王都救援部隊が続く! 諸君、これは凱旋だ!」


 騎士たちにざわめきが起きる。


「いいじゃないか、凱旋!」

「やめてくれよ、俺たち何もやってないんだぞ?」

「つっても、ハンギングツリーの騎士が王都に出向くわけにもいかんだろ」

「まあ、それは……」

「俺たちが代わりをやってやるんだよ! 王宮だってパレードに出た騎士を無下にはすまい?」

「確かに。……確かにな!」


 騎士たちが少しずつ喜びに包まれていくのを確かめ、ミスタ卿は言った。


「だからこそ、我らは栄誉に恥じぬ帰還をせねばならぬ! 立ち寄る村での狼藉など論外! 街道を通るときには常に人目を気にし、騎士らしく堂々と進軍せよ! よいな?」

「「応!!」」


 騎士たちからこの遠征初めての威勢のいい返事が返り、ミスタ卿は満足げに壇から降りていった。

 散会し、騎士たちが持ち場に戻っていく中。

 演説を聞いていたときの姿勢のまま、ぼうっと考え込む若い騎士がいた。


「ロザリーの後を俺がパレード……何もしていない俺が?」


 グレンである。

 彼はこの救援部隊に志願していた。

 目的はもちろん、手柄を立てる機会を求めてである。

 そして、その機会は訪れなかった。

 皆がミスタ卿が無能だから機会を得られなかったと言うが、グレンはそうは思っていない。

 今回の遠征を通じて、むしろミスタ卿に尊敬の念すら抱いていた。

 夜間行軍までしてハンギングツリー到着を間に合わせたし、にも拘らず都市へ入ることを拒まれたときも無理に入ろうとはしなかった。

 そのときに行われた号泣演説は、騎士たちの不満を代弁することでいくらか解消するためのものだったとグレンは考えている。

 皇国騎士侵入の一報が届いたときも、要請が来る前に封鎖すべく動いていた。

 それらを踏まえて考えていくと、そもそも無能の(そし)りを受けている現状も、彼がわざと道化を演じているからに思える。

 グレンは確信していた。

 ミスタ卿は名門貴族だからではなく、有能だから司令官に任命されたのだと。

 だから納得はしている。


「してはいるさ。……でも、パレードなあ……」



 その夜。

 王都への出発を明日に控え、仲間の騎士たちは早々に眠りにつくか、静かに飲んでいる。

 グレンは野営陣地の端まで来て、遠くに見えるハンギングツリーの灯りを眺めていた。

 あそこにロザリーがいる。

 そう思うと無性に会いたくなる。

 だったら会いに行けばいいのだが。


「随分と差がついてしまったからな」


 ロザリーを超える。

 そう彼女に宣言したのはいつの日だったか。

 ロザリーは皇国の大魔導と相対し、あの遥かなる巨人も倒したと聞く。

 超えるどころか、並ぶことすら不可能に思える。

 グレンの目にはハンギングツリーがとても遠くに見えた。


「フェザンテール」


 突然、背後から名を呼ばれた。

 背後に立っていたのは年季の入った魔導騎士外套(ソーサリアンコート)を着た、四十代くらいの騎士。

 現実に引き戻されたグレンは、振り返りもせずにその者の名を口にした。


「……ドルク=ラニュードか。雷鳴と共に来るんじゃなかったのか?」

「覚えていてくれたか」

「忘れるものか。俺を皇国の名(フェザンテール)と呼ぶのはお前しかいない」


 この者、皇国のスパイである。

 証拠はないが本人がそうだといい、グレンもそれは真実だと確信している。

 ドルクが言う。


「あれから約束の一年が経つ」

「約束……ああ、贈り物をくれるとかどうとか言ってたな? 一体、何をくれるんだ?」


 グレンは嫌みったらしく言ったのだが、ドルクの答えは一言だった。


「君の騎士団だ」


 グレンは目を見開き、バッ! とドルクを振り返った。

 ドルクはその反応を楽しむように笑い、それから言った。


「騎士団長は君だ。君の騎士団。タイニィウィングの騎士団だ」


 タイニィウィングとはグレンの家名である。

 同時に、グレンが幼少期を過ごした施設――皇国騎士の子専門の児童保護施設〝鳥籠〟出身の魔導者に付けられる家名でもある。


「雛鳥の騎士団、ということか?」

「察しがいいな」

「そんなもの、作れるわけがない」

「心配はいらん。できることはほぼ(・・)決定している」

「っ、バカな……! そんなもの、貴族の誰が許すと!」

「私のような存在は、私だけではないのだよ。支援者もいるしな?」


 グレンは黙って首を傾げた。

 それを見たドルクが言う。


「嘘だと思うか?」

「支援者の話か? それは本当なんだろう」

「では何が気にかかる?」

「雛鳥の騎士団。それって俺に皇国のために働けということか?」

「そうだ」


 誤魔化しもしない、実に清々しい回答だった。


「とはいえ、獅子の王宮からも通常任務は下りてくる。君は物分かりのいい飼い鳥を演じながら、いざというときに働いてくれればいい」

「……やはり信用できないな」

「というと?」

「贈り物が騎士団とは呼べないシロモノだからだ」

「ほう。なぜだ?」

「単純に人員が足りない。雛鳥は十六年前の獅子侵攻で捕虜となった皇国騎士の子だ。俺より年長の子は数人しかいなかった。俺の代は俺だけ。一つ下はやや多いが、それでも八人だったはずだ。十人かそこらで騎士団と言えるのか?」


 ドルクはニヤリと笑った。


「いいぞ、フェザンテール。常に疑ってかかることは、我々に必要な能力だ」

「誤魔化すな」

「誤魔化してはいないさ。……まず、お前が言った以外に養子として鳥籠から出た子も参加する。それが十名ほど。加えて、隔離されていた親世代の生き残りも参加する。計三十名ほどになるはずだ」

「養子……親世代!?」


 グレンはただただ驚いた。

 常日頃から自分の下の世代の雛鳥のことは気にかけている。

 彼はこれでも面倒見のいいお兄さん(・・・・)だったので、何かあれば彼らのほうから相談に来るというのもある。

 だが養子に貰われていった子がいたことなど、考えもしなかった。

 親世代のこともだ。

 鳥籠には大人はほとんどいなかった。

 乳幼児の母親が何人かと、まとめ役の高齢男性が一人。

 例外的にロザリーの母親だけは、監視付きでロザリーが消えるまでいたことを覚えている。

 それ以外に大人はいなかった。

 グレンの両親は戦で死んだと聞かされていたので、他の子の親もそうだと思い込んでいた。

 生き残りは隔離されていたのだ。

 子を人質同然に鳥籠に取られ、強制労働でもさせられていたのだろうか。


「もう言い訳はやめて現実を見ろ、フェザンテール」


 ドルクが言う。


「お前がこの救援部隊に志願した理由はなんだ。王都にいては上に行けないからだ。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)内の最初の昇格試験。一年目に必ず受けて全員が通るものなのに、君だけが落ちた。これで君は来年も一年目として扱われる。そうだな?」


 グレンは苦笑した。


「よくそんなことまで調べたな?」

「仕事柄な。だがこれについてはそれほど調べるまでもなく、同僚たちが囀ってくれたよ。落ちるはずのない試験に落ちた奴がいるって、面白おかしくな?」


 ムッとしてドルクを睨む。


「俺が落ちたのはレディの一件でオズを逃がしたからだ」


 しかし間髪入れずにドルクが反論する。


「そう上官に説明されたのか? 違うな、あのとき君といたもう一人の一年目は、昇格試験をパスしている」


 ピートのことだ。

 同級生同クラスでベルムでも同じ派閥に属し、共に王都守護騎士団(ミストラルオーダー)に入団した。

 たしかにあのときピートもいて、彼は合格していた。


「本当によく調べる……!」

「怒るな、フェザンテール。オズモンドを逃がしたのはたしかに落ち度だが、君らは一年目だ。その責任は上官にある。どこの騎士団でもそうだ、職務上のミスを新入りの責任にしたりしない。ではなぜ、君だけが責任を取らされるのか……本当はわかっているだろう?」

「わかっているさ!」


 グレンは胸を叩いて叫んだ。


「俺が雛鳥だからだ! さっさと辞めてくれと皆が思ってる! だから機会を与えず、罰だけを与える!」

「そうだ。雛鳥は上には行けない。ここは獅子の国だ、鳥が頭上を自由に飛ぶことを許したりはしない。それを甘んじて受け入れるなら、今のままでいるがいい。だが……この扱いが今回だけだと思うなよ?」


 ドルクがズイッとグレンに身を寄せて断言する。


「一生だ。この扱いは一生続く。ずっとお前は飛べない雛鳥だ」


 グレンは歯を喰いしばってドルクを睨み返した。

 ドルクはそんなグレンの瞳を瞬きもせず直視していたが、やがてふっと背を向けた。


「……王都に戻るまでに決断しろ。いい答えを待っている」


 そう言ってドルクは夜闇に向かって歩き出した。


「待て!」


 グレンが彼をすぐに呼び止めた。


「何だ?」

「もう決めた」

「ほう。聞かせてくれ」


 グレンはドルクを追っていって、彼に言った。


「贈り物を受け取る」

「! そうか、嬉しいぞ、フェザンテール!」

「だが、ひとつ条件がある」

「条件? むしろ君に得のある話だったはずだが……」

「警戒するな。お前の仕事柄(・・・)なら苦労はないはずだ」

「ふむ……何を調べてほしい?」

「俺の学年には本当はもう一人、雛鳥がいる。その母親がどうなったのか調べてほしい」

「もう一人……」


 ドルクは一瞬考え、すぐに思い当ってハッとグレンを見た。

 グレンは黙って頷いたのだった。

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