272 争乱の終わり―2
長いです。
切りどころが難しく、2話分を1話にしております。
――ハンギングツリー城、軍議の間。
「五日!?」
目覚めたロザリーは簡単に身支度してから首吊り公の元を訪れていた。
そこで寝込んでいた日数を聞いて、彼女は愕然とした。
「そんなに寝ていたなんて……」
首吊り公はそんなことは何でもない、というふうに手を振って言った。
「それだけのことをしたということだ。あまり深く考えるな」
「ヴラド様は私が何をしたのか、おわかりになるのですか?」
ロザリーがそう問うのは、すべては葬魔灯とその先で起きたことで、首吊り公からは見えていないはずだからだ。
「それはわからぬが」
首吊り公はそう前置きしてから語り出した。
「卿が唐突に意識を失って、それからしばらくして大巨人が消えた。そして一瞬目覚めた卿が言うのだ、『術者は消えた』と。卿は死霊騎士だからな、自らが怨霊なり、西域へ飛んで術師を仕留めた……そんなところでは?」
「ん~、まあそんなところでは、ありますが……」
「ならば大仕事だ。なにせ、あのとき私は死を覚悟していたからな? この街を救ったのは紛れもなく〝骨姫〟だ」
すると部屋にいる者たちから、ロザリーを称える拍手が起こった。
今、首吊り公は吊るし人筆頭たちと会議の最中であり、ロザリーが目覚めたと聞いた彼は会議を中断してロザリーを呼び入れたのだった。
「……具体的に何をしたかは、お聞きにならないので?」
「術理については聞かん。知られたくないこともあろうし、知ったところで死霊術は私には使えぬし――だが、聞いておきたいこともある。蛮族共がどうなっておるのかだ」
「あっ、ですよね。ご報告させていただきます」
ロザリーは【葬魔灯】の微睡みで見た光景の記憶を思い出し、整理しながら話し始めた。
「あの大巨人の幻術は、かつて蛮族を率いたバロールという王の力によるものでした」
「かつて? 今の王ではないのか」
「はっきりとはしませんが、おそらく十年以上前に死んでいます。しかし、蛮族の巫者たちによって死にながら生かされていた。半死人となったバロールは、いわば大巨人を呼ぶための魔導具と化していました」
「そのバロールを卿が消したのだな?」
「はい」
「では、その巫者の――巫術とでもいうのか? それに再現性はあるのか?」
「半死人を作るという意味では再現性はあるでしょう。しかし、バロールと同等の半死人を作り出すことはできないかと。あの力はバロール自身の力ですから、まず第二のバロールを見つけなければできない」
「……偉大な王であったようだな」
「大魔導クラスであるのは間違いないかと」
「ふむ。その後の蛮族は?」
「王国侵攻を主導した女王ロキッサに力はなく、私が討伐いたしました。また、ランガルダン要塞で天馬騎士クリスタ卿によって確認されていた大型巨人のうちの最後の一体――黥面アズモデも合わせて討伐いたしました」
報告を聞いた首吊り公は、何度か頷いてから感想を漏らした。
「ふぅむ、考え得る最大の戦果だ」
「ありがとうございます」
「それらを踏まえて……〝骨姫〟。卿は蛮族の侵攻は再び起こると思うか?」
ロザリーは少し考え、己の読みを伝えた。
「遠い未来のことはわかりませんが、十年は起きぬかと。蛮族は氏族ごと集落ごとに争い合うのが常であり、争いを越えて一つにまとめるには強力なリーダーの出現が必要です。バロール級の蛮族が生まれ、成長するまでは起きないと考えます」
「……よくわかった。ご苦労だったな」
「いえ」
「病み上がりだ、疲れてはいないか?」
「? はい、問題ありません。なぜですか?」
「次はこちらが報告せねばならんからな。――ラズレン!」
「ハッ!」
吊るし人親指筆頭のラズレンが立ちあがった。
「剣王ロデリックとその一行について、〝骨姫〟様にご報告申し上げます」
「っ! そういえば、彼らは皇国の騎士――どうなったのですか?」
「〝骨姫〟様によって大巨人が撃退された後、剣王ロデリックはこの城に滞在しておりました。最後に使用人が目撃したのが二日前。それ以降、ハンギングツリーで見た者はおらず、消息不明です」
首吊り公が笑う。
「フフッ。つまり、まんまと逃げられたということよ」
「でも、ヴラド様。もしかして戦場での協力に恩義を感じて、あえてお見逃しになったのでは?」
「ないよ、〝骨姫〟。卿が目覚めるまではこの城に留まるのだろうと、そう思い込んでおったのよ。それを見透かされておったのやもしれぬが」
「まあ、あのお方が逃げると決めたら捕まえられるものではないでしょう」
「違いない。――手下どもは?」
問われたラズレンが答える。
「手配しましたが情報はありません。五日経っておりますので、おそらくはハイランドの終わりを越えて皇国へ戻っているかと」
「ふむ……お前たち三人は、奴らを追い詰めたのだよな?」
首吊り公がそう言うと、ラズレン、ヴァイル、フィンの三人が揃って下を向いた。
「そうだな、ラズレン?」
「は……」
「なぜ捕らえて戻らなかった」
「……あのとき、フィンの術で五人を昏倒させたのですが、ちょうどそのとき大巨人が現れてハンギングツリーへ向かうのが見えまして」
「うむ。それで?」
「ヴァイルも昏倒中でありまして。事態が切迫している中、フィンと二人で全員を運ぶよりは、ヴァイルだけを担いで一刻も早く戻るべきだと判断した次第で――」
「――わからぬではないが。それで敵国の騎士をむざむざ逃がすのはどうかと思うが?」
「は、おっしゃる通りで――」
「――全員運ぶのは難しいにせよ、動けなくする方法はなかったのか? あるいは一人だけを拘束して連れてくるのも一つの手だろう。全員を逃がすというのはどうにも……」
「まあまあ、ヴラド様」
ロザリーが割って入った。
「ここは大目に見られては? 敵を逃がしたのは主従揃ってのことですし」
「しゅじゅ!? ……〝骨姫〟よ。私はわざと見逃がしたのだぞ?」
「あら! 今度はお認めになるのですね!」
「名誉を守るためだ、致し方あるまい」
「フフ。左様ですか」
「もういい、座れラズレン。――次、リセ!」
「ハッ!」
人差し指筆頭リセが立ち上がる。
「対西域方面の現状についてご報告いたします。騎士団連合総帥の席はバファル卿が正式に引き継ぐこととなりました。ランガルダン要塞は放棄後に蛮族が入り、かなり荒れた状態です。しばらくは要塞の再建が最優先任務となります」
首吊り公が頷く。
「しばらくはハンギングツリーから物資を入れることになるな。ダレンはどうなった?」
「ダレン物見城につきましては当面の間、放置することになっております。かの城は王国領の中でも西に飛び出した位置にありますので、後方のランガルダンが再建できていない現状では危険すぎるとハンス卿が判断なさいました」
ロザリーがリセに尋ねる。
「ハンス卿は? レーン卿やクリスタたちはどうなりましたか?」
「皆様、ご無事です。ハンス卿とご家族はランガルダンに入り、再建に協力されるようです。レーン卿は騎士団を率いて争乱で被害のあった地域を回っておられます」
「そうですか。ご無事でよかった……」
「む。そうだ、〝骨姫〟」
「なんでしょう、ヴラド様」
「無事ではない者がいる。ここに連れて来ても?」
「無事ではない!? え、でも、ここに連れて来るというのは一体どういう……」
「まあ、連れてこようか。――ロンド! 例の者らをここへ!」
「ハッ!」
薬指筆頭のロンドがひょろっとした身体で立ち上がり、軍議の間を出ていった。
それから、しばらくして。
部屋の外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
それは次第に近づいてきて、やがて軍議の間の扉が開く。
「やめろっつってんだろ! この痩せひょろガイコツ野郎!」
「親分! もう逆らうのはやめやしょう!」
「セーロ、お前は馬鹿か!? 受け入れたら処刑されるだろ!」
ロザリーは頭を抱えた。
オズとセーロである。
揃って手枷足枷の虜囚スタイルで、オズに至っては魔導封じの魔導鉱製の首輪まではめられている。
セーロが部屋の面々を見回し、ハッとロザリーに気づいた。
「親分、親分! ロザリーの姉さんだ!」
「何ッ!? あああ、ロザリィィ!! 助けてくれよぅ、俺、死んじゃうよぅ、殺されちゃうよぅぅ!!」
「お黙りなさい」
そう言ってロンドが首輪に繋がった鎖を引くと、オズは「グエッ」と言って黙った。
ロンドが報告する。
「ごろつきセーロは剣王一行に置き去りにされたようで、戦後にハンギングツリー周辺をうろついていたところを捕らえました。オズモンドについては剣王とともに城に滞在していましたが、剣王がいなくなっておろおろしているところを捕らえました」
「ご苦労、ロンド。――〝骨姫〟。実は明日、公開裁判を行うのだが」
「裁判、ですか」
不穏な単語にロザリーの顔が曇る。
「今回は蛮族との戦争中に起きた違法行為について裁きを下す場だ。まあ実際は裁判などではなく、民の前で罪人に対しどういう対処をしたか、あるいはするかをを報告する場なのだが。……この二人については決めかねていてな。卿の意見を聞かせてくれ」
ロザリーは眉間をぐりぐり押さえながら、首吊り公に尋ねた。
「一応、お尋ねしますが……二人の罪状は?」
「反逆罪。オズモンドについては重要魔導具窃盗罪もだ」
「刑は重い、ですよね」
「うむ。死刑だな」
軽やかに答える首吊り公。
それを聞いた瞬間、オズとセーロが抱き合って叫ぶ。
「「いやぁーーー!!!」」
するとロンドが「お黙り!」と鎖を引き、「グエッ」とオズは黙った。
ロザリーは静かに席を立った。
そして首吊り公とオズらの間に進み、そこの床に膝をつき、首吊り公に懇願した。
「ヴラド様……オズは大切な友人なのです、どうか命だけは……」
「ふむ……」
「彼は確かに反逆に値する行いをしましたが、そもそもお尋ね者の身であり……おそらく経済的にも追い詰められていて、選択の余地がなかったのです」
「そうそう! そうなんだよ、ロザリー! おっさんが皇国の人間なんてまるっきり気づかなくてさ――」
「――オズは黙ってて」
ロザリーが冷たくそう言うと、オズは「はいっ!」と答えて口を押さえた。
首吊り公が天井を見上げる。
「無罪放免とはいかん」
「はい、それはもちろん」
「だが大魔導の恨みを買うのも後が怖い」
「っ、それでは!」
ロザリーが喜びを表す前に、後ろのオズが跳び上がって喜んだ。
「やったっ! やっぱ持つべきものは大魔導のダチだな!」
ロザリーが振り返りもせずに冷たく言う。
「オズ。黙っててと言ったわ」
「しゅん……」
ロザリーはしばらく固まり、やがて目を剥いて振り返った。
「……しゅん!? この状況であなた、口で『しゅん』とか言うの!? 私が今、どんな思いで――ヴラド様、やっぱりこいつを吊るしてください!」
「ちょーっ! ロザリー、滅多なこと言わないで!」
「すいやせん、ロザリーの姉さん! ほら、親分も! すぐに謝って!」
「ごめんよぉ、許してくれよぉぉ」
「ほんとすいやせん! 出来損ないの親分ですいやせん!」
ロザリーは大きな疲労感に包まれながら、首吊り公を見上げた。
意外にも、彼の表情に険はなかった。
「〝骨姫〟」
首吊り公が立ち上がり、ロザリーのすぐ近くで膝を折った。
そしてオズたちには聞こえない音量で、ロザリーに耳打ちした。
「しばし、オズモンドを私に預けろ」
「預けろとは、どういう……」
「吊るし人として使う。その期間を強制労働の刑期としてやろう」
「……他の刑は?」
「ない。お尋ね者の手配も私が揉み消してやろう。悪くはあるまい?」
「はい、それはもう」
実際、ロザリーが思い描いていた終着点よりもずっと良い結果だ。
だが良すぎるあまり、ロザリーの頭に疑いが浮かぶ。
「……これは貸し、ということですか?」
すると首吊り公は驚いた顔をして、それからロザリーに手を差し出した。
「?」
「手を取れ。立ってバルコニーに出よう」
「は、い」
戸惑いながらもロザリーは彼の手を取り、エスコートされるがままに軍議の間から続き間の部屋に移動し、そこからバルコニーへと出た。
陽光に包まれるハンギングツリーは、輝いて見えた。
「もう市民の方々も戻っているのですね」
「昨日、一昨日のことだよ。皆、あの大巨人の恐怖を目の当たりにしたからな、避難先からなかなか戻らなかった」
「そうでしたか」
首吊り公がバルコニーにいることに気づいた市民が、彼に向かって手を振った。
首吊り公がにこやかに手を振り返す。
「相変わらず人気者ですね」
「よくここにいるからな、すぐに見つかる。ほれ、〝骨姫〟も手を振れ」
「私もですか?」
自分の反応など市民は求めていないだろうに。
ロザリーは場違いさを感じながらも、言われるがままに地上へ向けて手を振った。
すると。
「フフ。気づいたようだぞ?」
首吊り公がニヤつきながら言う。
「えっ?」
その市民はバルコニーからでもわかるほどギョッとして、それから何かを叫びながらどこかへ走り去った。
「……行っちゃった」
「すぐに次が来るぞ」
「次、ですか?」
首吊り公の予言は的中した。
しばらくして先ほどの市民が駆け戻ってきて、その後ろには市民たちが大挙して押し寄せてきていた。
その勢いと数は、ロザリーがバルコニーで後ずさりしてしまうほどだった。
「なっ!? 何の騒ぎですか、これ!?」
「〝骨姫〟を見に来たに決まっておろう」
「ええっ!?」
バルコニーの下に集まった市民たちが口々に彼女の名を呼ぶ。
「〝骨姫〟ロザリー!」
「ロザリー様ぁ!」
「我らが救世主!」
見れば、市街地のほうからさらに人が集まってくる。
増え続ける市民を眺め、首吊り公が言う。
「この戦――卿が第一功だ」
「そんなことは……」
「謙遜はいらん。先ほど私が大戦果だと言い、卿も受け入れたはず。すでに黄金城にもそう伝えている」
「は、それは……」
「もちろん、ハンギングツリーの民もそれを知っている。街を守ったのは〝骨姫〟ロザリーだとな。その表れが目下の光景なのだよ」
「でもそれは、多くの騎士の尽力があったからです。ヴラド様もご存じのはず。そう、ヴラド様ご自身こそ、身を挺して街を守ったのですから――」
「――〝骨姫〟。私が人の功をかすめ取るような卑怯な騎士に見えるか?」
「い、いえ、そんなつもりは」
「謙虚さは大事だ。だがそれも過ぎれば嫌みに聞こえるし、何より物事の本質を見失うことになる」
「本質、ですか?」
「オズモンドを助けるのは貸しなどではない、ということだ。この西方戦争の立役者は、誰が見ても〝骨姫〟ロザリーなのだよ。私自身、卿がいなかったらもっと悪い結果になっていただろうと確信している。だからオズモンド程度のことで恩を返せるなら安いものなのだ」
「は……」
「まだ納得いかぬか?」
「いえ……なんだかふわふわしてます」
「フ、じきに慣れる。慣れておかねばひと月後に困ることになる」
ロザリーが眉をひそめる。
「ひと月後? 何ですか、それ」
「この戦、我々が思っていたより王都方面でも大騒ぎだったようでな?」
「はあ」
「まあ、かいつまんで言うと――ひと月後に王都ミストラルで凱旋パレードが行われる。卿には主役として出てもらう」
「は……えええ!?!?」
「私も出たいが、卿が第一功だからな? 今回は譲ろう」
「結構ですっ! ヴラド様にお譲りします!」
「無理無理。もう黄金城にも、そのように伝えてあるからな」
「私こそパレードとか無理です! 死霊騎士なんですよ? 石、投げられますよぅ!」
「フッ。投石など大魔導に効くわけなかろうが」
「痛いのは心のほうです!」
「なあ、〝骨姫〟よ。それも過剰な謙虚さなのではないか? 死霊騎士だからどうしたというのだ。下の者らを見よ。死霊騎士だということを気にしておるか? 我らのような力ある騎士は、何をしたのか。何をするのか。それこそが重要なのだ。違うかね?」
ロザリーは反論できなくなって、しゅんと項垂れた。
しかし一つの疑念が浮かび、首吊り公の顔を上目で見つめた。
「あの、ヴラド様」
「なんだ」
「ひょっとして……凱旋パレードに出たくないから、私を第一功にしたんじゃ」
「は? まさかまさか! そんなわけあるまい! ハハハハハ!」
(大笑いでごまかしてる……)
ロザリーは長かった戦争の終わりを喜びながらも、ひと月後のことを思うと憂鬱な気持ちになるのだった。
西方争乱〝猛禽の宴〟これにて閉幕です。
長くなりましたが、お付き合いありがとうございました。
さて、次の章は〝我が騎士団〟というタイトルを予定しています。
文字通り、ロザリーら主要人物が自分の騎士団(あるいは部隊)を持ち、勢力として自立していくパートになるのかなと思います。
ただ、少々困った状況にありまして……
いつだったか、「プロットとかなり違う」というお話をどこかでしたかと思うのですが、そのせいで西方争乱パートはかなり苦しみまして。
もう多少の辻褄合わせでは進行不可能な地点が近づいてきております。
なので練り直す時間を作るため、来週から3、4週は週1話の閑話を上げる形にしたいと思います。
それでも無理ならお休みをいただくことになりますが……まあ大丈夫ではないかと。
閑話のほうはまるっきり関係ないネタとかではなく、次章との繋ぎ的な話になります。





