271 争乱の終わり―1
(あ……)
(バロールの魂が剥がれていく……)
(やっと眠れるのね、バロール……)
(あ、真っ暗になって……)
バロールの復讐を遂げたロザリーは、【葬魔灯】終わりの闇に囚われた。
浮かびも沈みもせず、手足でかいて進むこともなく。
ただ、無限の闇を漂流している。
(どうすればいいのかわからない……)
(帰り方、考えてなかったな……)
(……私、どうなるんだろう)
すると心の内から声がした。
『心配しないで』
(……ヒューゴ?)
『生と死の狭間ではぐれてしまっただけだ。僕が連れて帰るから』
(そっか……ありがと、ヒューゴ)
『どういたしまして。君はお眠り。生者がこの闇を見つめて、良いことなど一つもないから』
(ん……ちょうど眠かったんだ……)
『疲れたんだね。ゆっくりおやすみ』
(おやす、み……)
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――ロザリーの意識がエリュシオンへ飛んで、数時間後。
ハンギングツリーでは今もなお、首吊り公ヴラドと剣王ロデリックによる遥かなる巨人との防衛戦が続いていた。
剣王がもう何度目かわからない、超高度跳躍からの巨人切断を成し遂げて、市街地に帰ってくる。
「オズ! ロザリーの意識は!」
城の城門の上でロザリーを抱きかかえるオズが首を横に振る。
「ダメだ! ピクリともしねえ!」
「むう……」
市街地の外から轟音が鳴り響き、再び遥かなる巨人が現れた。
剣王と入れ代わりに首吊り公が討伐へ向かう。
その背中を見つめる剣王は、しきりに髭を触っている。
オズは思う。
(さすがのおっさんにも焦りが見える……)
(大魔導の二人は確かにクソ強え)
(だが魔導が無尽蔵なわけじゃねえ。必ず限界が来る)
(首吊り公の魔導充填薬も打ち止めのようだし……)
(クソデカ巨人はあと何回――まさか永遠に続くのか?)
「オズよ」
名を呼ばれてオズが現実に引き戻される。
オズは剣王を見て、短く言った。
「言うな。わかってる」
「……ならばよい」
剣王はオズから目を逸らした。
彼の背中を見つめ、再びオズが思う。
(おっさんはロザリーの意識を何度も確かめてくる)
(それはロザリーを戦線に復帰させたいからじゃあ、ない)
(ロザリーと共に退きたいからだ)
(おっさんが戦う理由はただ一つ。ロザリーの存在だ)
(ロザリーが逃げると言えば、すぐにでも退くだろう)
(……だが首吊り公は退かねえ)
(そうなりゃロザリーだって退かねえはずだ)
(だったら、意識の戻らない今のうちにロザリー連れて退くのも一つの手だ)
(おっさんはそれを俺にやれと言いたいんだ)
(ロザリーの意志を裏切る役を俺にやれと)
そこまで考えて、オズは大きなため息をついた。
(言い訳はできるさ。これはロザリーを守るためにやったんだ、そもそも戦場で眠り続けるほうが悪い、ってな)
(でもなあ、今退いたら下手すりゃ首吊り公は死ぬんだよ)
(そうなりゃロザリーは許してくれないだろ……)
「オズ!」
剣王は凄みを利かせてオズの名を呼んだ。
オズはまるで動じずに答える。
「……睨むなよ、おっさん」
「機を逃すぞ?」
「俺だってあんたと同じ。女神様に嫌われたくないんだよ」
「……」
首吊り公が【運命の赤い糸】を使った。
何十回と繰り返された呪殺が遥かなる巨人を捉える。
巨人を包む雲に苦悶の顔が現れ、巨人の身体が消えていく。
市街地へ戻ってきた首吊り公は、疲れた顔で言った。
「オズモンド。〝骨姫〟を連れて離脱しろ」
「! ……いいのか?」
「どうせそのざまでは役に立たん。……ここで死なせるわけにもいかんしな」
剣王が言う。
「感謝する、首吊り公」
「お前に礼を言われる筋合いなどないわ」
そのとき、再びの轟音。
遥かなる巨人が再臨する。
首吊り公は二人を見て言った。
「あとは私一人でやる。行け」
「武運を祈る。……行くぞ、オズ」
「ああ。――おいっ! あれ、あれッ!」
「ん? むうっ!?」「な――ッ!?」
遥かなる巨人のそびえ立つ巨体が、突如として金色の炎に包まれていた。
巨人は呪殺に冒されたときのように苦しむわけではなく、ただ立ってその状態を受け入れている。
幻でできた巨体は少しずつ灰となり、風に舞って消えていく。
「どうせまた出てくる……よな?」
オズがそう言うと、大魔導の二人は揃って首を横に振った。
剣王が言う。
「わからぬか、オズ。今までは何度屠ろうと、再来する予兆が常にあった」
「そうなの? そういや首吊りのおっさんも来る前からわかってたな」
首吊り公は小さく頷いた。
「だが、今回はその気配ごと……まるで術者の存在が消えたかのように」
「それって、術者が死に絶えたってことか?」
オズがそう言った瞬間、オズの腕の中から声がした。
「術師は死者だったわ」
「ロザリー!? 目が覚めたのか!」
「そして彼は消え、た――」
「おい、ロザリー? ロザリィィ!!」
オズがどんなに叫んでも、ロザリーがそこで目を覚ますことはなかった。
そして――。
「――ハッ!?」
ロザリーは跳ね起きた。
明るい部屋。
ふかふかのベッド。
窓の外は快晴で、朝の光が射しこんでいる。
ふと見ると、椅子に座りロザリーのいるベッドにうつ伏せて寝ている少女がいた。
ベッド脇のサイドテーブルに、その少女のものであろう眼鏡が置かれている。
ロザリーは首吊り公の娘のことを思い出した。
「……リタ?」
すると少女の肩がピクンと跳ね、クセのついた髪を触りながらゆっくりと身体が起きる。
そしてロザリーを見てハッとし、手探りで眼鏡を取って掛けた。
「ロザリーさん! 目が覚めたんですね!」
「うん。ねえ、私ってどのくらい寝てたのかな――」
リタはロザリーの問いかけなど耳に入らず、トトト、っと部屋の扉まで走り、扉を開けて出ていった。
「ロザリーさんが目を覚ましました!」





