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270 葬魔灯―微睡み

「――ヒュッ、く、はあっ!!」


 ロザリーは偽りの死から甦った。

 いつものように死に冷えた身体を抱え、荒く息をつく。

 しかしある瞬間、ハッと気づく。


「違う。苦しく、ない? ……待って! ここは!?」


 白い花の芳香が鼻をくすぐる。

 見上げれば、険しい峰々に四方を囲まれている。


「エリュシオン!? なぜなの、【葬魔灯】は終わったのに!」


 混乱するロザリーに、すぐ近くから彼の声が聞こえた。


「お帰り、ロザリー」

「ヒューゴ! 私……!」


 言葉を続けようとして、そこにもう一人いることに気づく。

 少年の姿のバロールだ。

 土気色の肌をして、膝を抱えている。

 ロザリーはようやく自分が小さな峰の上にいることを思い出した。

 ヒューゴが高原の外に創り出した、三メートル四方くらいの小さな峰だ。


「……ヒューゴ。いったい何が起きているの?」


 ヒューゴは目を細め、首をわずかに傾げた。


「さて、ね。【葬魔灯】にエラーが起きていることは確かだが……」

「エラー!?」

「最後の暗がりの映像を見ただろう? あれはどう考えてもおかしい。バロールはすでに死んだのに、いったいあれは、誰が何を見た映像なんだ?」


 するとバロールのひび割れた唇が動いた。


『……死ねなかった。殺されたのに、死ねなかったんだ』


 ロザリーはヒューゴと顔を見合わせ、それからバロールの元に膝をつく。


「どういう、こと?」

『……わからない。でもたぶん、巫者(シャーマン)に忌まわしい儀式をやらせたんだろう』


 するとヒューゴが指を鳴らした。


巫者(シャーマン)? ……そうか、半死人!」

「半、死人? 何それ?」

「死にたての人間に寄りつく邪霊を払い、死なせずに保存する術があるんだ。一般的ではないが、霊魂信仰(アニミズム)と親しむ部族などによく見られる。実際には死なないわけではなく、死人を動かす術だとされるが……」


 ロザリーは目を大きく見開いた。


「それって、ネクロマンシー……!」


 ヒューゴは「チッ、チッ」と指を横に振った。


「半可通さ。確かに不死者のように醜い見た目で動くのだが、魂はなく反応しかしない。見世物小屋の作り物の化け物と大差ない、役立たずの肉塊さ」

「そう、なんだ」


 納得して頷こうとしたロザリーは、ふとあることに気づく。


「でも。バロールの残した三日という期限はとっくに切れてるはずだわ。バロールがいつ死んだかはわからないけど、蛮族の侵攻開始からですら、ずいぶん時が経ってるし――」


 ヒューゴも気がついていたようで、みなまで言うなというふうにロザリーの言葉を遮った。


「――ああ。どうやらバロールが戯れに与えた幻術が、今も残ってしまっているようだね。

死んで(・・・)三日という制限が、半死人とされたために今も死んでいない(・・・・・・)と判定されている……フン、不良品の術にも使い道はあったわけだ」

「もしかして……最後の暗がりの映像は、半死人のバロールが見ている光景?」

「だと思う。ロキッサはバロールを半死人として生かし(・・・)続け、霧の巨人の力を期限を越えて無制限に使っているのだろう」


『納得できない』


 少年の姿のバロールから発せられる抑揚のない声。


『許せない』

『受け入れがたい』

『我慢がならない』


 繰り返し発せられる言葉に、ロザリーはバロールの本質を見た。


「どうしてほしいの?」


 バロールの瞳がギョロッ! とロザリーを見る。


『復讐だ』

「復讐?」

『俺を殺した』

「ええ、あなたを殺した」

『なのに死なせなかった』

「だからあなたは今も眠れずにいる」

『復讐だ』

「そう、復讐だ」

『俺の妻を寝取りやがって』

「俺の親友と寝やがって」

『俺を殺した!』

「俺を死なせなかった!」

『俺は死んでも――』

「――辱められている」

『許せるか?』

「許せるものか!」


『「復讐だッ!!』」


 ヒューゴは二人の会話の応酬をゾッとする心地で見ていた。

 もし彼の心臓がまだ動いていたなら激しく飛び跳ねていただろう。


(【葬魔灯】を見たばかりだからか……)

(ロザリーとバロールの魂が再び重なろうとしている)

(すでに【葬魔灯】は見た)

(もう一度ピタリと重なったら何が起こる?)

(まるで見当もつかない)

(避けるべきだ、危険すぎる)

(ロザリーにそんなことはさせられない……)

(だが……だからといって二人の魂を無理やり引き離したらどうなる?)

(おそらく【葬魔灯】が終わらない。バロールの死が完結していないからだ)

(そうなれば永久にエリュシオンから出られないだろう)

(二人の魂は重なろうとしている……ならば、僕は寸分違わぬほど重なるよう、手助けしよう)

(二人が行くべき彼方へ、僕が導くのだ)


 ヒューゴは見つめ合う二人の横に立ち、二人まとめて包み込むように腕を回した。

 それでも二人は見つめ合ったままだ。

 ヒューゴは右腕でロザリー、左腕で少年バロールを抱きかかえ、歩き出した。

 ここは三メートル四方の小さな峰の上である。

 すぐそこに深い谷が口を開けている。

 ヒューゴは二人を抱いたまま峰の際に立ち、底の見えない漆黒の闇に語りかけた。


「二人の魂を、あるべき場所へ――」


 ヒューゴは跳んだ。




 ――西域。大巨人の祭壇。

 かつてバロールが赤目の啓示を受けた山の頂上にできた、ピラミッド状の石造りの祭壇である。

 祭壇の上まで階段が伸びていて、燭台が無数に置かれている。

 階段の両脇には巫者(シャーマン)が連なり、邪教の言葉を唱えている。

 祭壇頂上にはバロールの亡骸が高々と飾られ、祭壇下にいる蛮族ガーガリアンたちからも見えるようにされている。

 亡骸は新しい服で着飾ってはいるが、酷く傷んでいる。

 そんな状態なのに眼球はギョロギョロと、手足はもがくように不気味に動いている。

 その亡骸の下には、黒いベールを被った女が一人。

 巫者(シャーマン)たちと同じように邪教の言葉を唱えている。

 女が目の前の燭台に何か粉のようなものを撒くと、ボシュッ! と音を立てて火が沸き立つ。

 それを見た女は怪しげに指を動かし、また邪教の言葉を唱え始める。


『ゥ、ゥ、ウウウウウゥぅ!!』


 突如、バロールの亡骸が奇声を発した。

 巫者(シャーマン)たちは驚いて頂上を見、祭壇下の蛮族たちがざわめき始める。


「静まれぇぇい!」


 階下を振り返り、黒いベールの女が叫んだ。


「霧の巨人は供物を求めておる! 生贄を捧げよォ!」


 すると祭壇下の蛮族の中から、何人かの若者が押し出されてきた。

 比較的、小柄な者が選ばれているようである。


「さあ! 心臓を!」


 押し出された若者たちは数人がかりで地面に押さえつけられる。

 押さえつけられた若者は必死に抵抗するが逃げられない。

 そこへナイフを持った戦士が近づいていく。


「まだ動いているうちに、心臓をここへ持ってくるのだぞ?」


 黒いベールの女は心踊る様子でそう言うと、その光景がよく見える位置に移動した。

 するとそのとき。

 頭上から声がした。


『心臓? いらないわ、そんなもの』


 女が驚き亡骸を仰ぎ見ると、異常が起きていた。

 バロールの亡骸が激しく震え、頭髪が伸び、紫の光が亡骸から滲み出ている。

 その場のすべての者が呆気に取られて見入る中、亡骸は変貌を遂げて飾り台から飛び出した。


「おま、えは……?」


 黒いベールの女が問う相手は、若く美しい女だった。

 長い黒髪で肌がいやに白く、紫の瞳を持つ少女。


『俺だよ、ロキッサ』


 声色はロザリーだが、バロールの喋り方。

 黒いベールの女――ロキッサは狼狽して後ずさった。


「そんなはずはない! そんなはずは……」

『なぜだ? お前が確かに殺したからか?』

「~~ッ!?」


 ロザリーが祭壇からの光景を見渡す。


『あれから何年経った? かなりの時間ということはわかるが――』

「バロールではないッ! わかったぞ、〝低き者〟の魔女だな? 我らが神の肉体を侵すとは、ただではすまさぬぅっ! アズモデ! アズモデよ!」


 ロキッサが呼び込むと、ズシン、ズシンと地響きが聞こえてきた。

 山肌の傾斜の陰から姿を現したのは、八メートルを越えようかという大型の巨人。

 坊主頭で、足首から頭まで全身入れ墨に覆われている。


『……黥面アズモデ。ランガルダンで討ち漏らした奴ね』


 そう言うなり、ロザリーは祭壇から跳んだ。

 飛来するロザリーへ向けて、アズモデがその強大な拳を振りかぶる。

 が、その拳を振るう前に、宙からロザリーの姿が消えた。

 アズモデが見失ったロザリーを探して見回していると、彼の両足に激痛が走った。


「!?!?」


 見れば両方の膝が爆ぜて(・・・)いる。

 わけもわからず尻餅をつくと、頭の上にロザリーが着地した。

 手にしている得物は祭壇にあった燭台であった。

 元々のロザリーの魔導に加えてバロールの激情と魔導が流れ込み、その身に収まりきらないほどの力が溢れている。

 燭台のような頼りない得物でも巨人を屠るのに十分だった。


『さよならだ、アズモデ』


 アズモデの頭が爆ぜて、その内容物が爆散する。

 絶対的強者と認識するアズモデの死に、蛮族たちは悲鳴を上げ、恐怖に戦いた。

 ロザリーが再び祭壇へ向かうと、蛮族たちは二つに割れて道ができた。

 だが一人だけ、階段の前に立つ男がいる。

 酷く痩せて頭髪はまだらで疲れた顔をしているが、おそらく歳はそこまでいっていない。

 三十代くらいだろうか。

 そんな身体つきでありながらロザリーの前に立ち塞がり、そのくせガタガタと恐怖に震えている。

 ロザリーは無造作に男に近づいていき、それから言った。


『お前……アトラか?』

「ヒッ!」


 アトラが怯えたのはロザリーの膨大な魔導に触れたからではない。

 ロザリーの話し方がバロールそのものだったからだ。


「ほほ、ほんとうに、バロール、なのか?」

『そうだぜ、アトラ。お前ならわかるだろ。親友だもんな』

「う、うううう!」


 アトラは頭を掻き毟り、顔を歪めた。

 ロザリーはそんなアトラを見て、目を細めた。


『こんなに痩せちまって。かわいそうになあ。お前優しいから、上に立つとか無理だよなあ。なのに巨人まで従えることになっちまって。そんなの参っちまうよなあ、不憫だなあ』

「あうう、バロールうぅ!」

『アトラよう』


 ロザリーは痩せこけたアトラを左手で抱きしめ、それから静かに右手の燭台を彼の腹に刺し込んだ。


「あ、あ、あぁ……」

『小心者が大それたことをしやがって。馬鹿だよ、お前。大馬鹿だ』

「バロー……ル。ごめ、ん……」


 アトラは涙を流し、どこか安心した顔で絶命した。

 ロザリーはそっとその場にアトラを寝かせた。

 アトラの遺体が彼女の影に沈んでいく。

 祭壇頂上からロキッサが叫び散らす。


「貴様ァッ! よくもアトラをォ!!」


 すぐさまロザリーが言葉を返す。


『愛していたのか?』

「ッ!!」

『いないよなあ。お前は親のアドゥも夫の俺も兄弟姉妹も、アトラのことすらも愛していない』

「お前に何がわかるッ!」

『わかるぜ?』


 ロザリーが手のひらで頂上のロキッサを扇いだ。

 すると強大な魔導によって、黒いベールが風に攫われるように飛んだ。

 ロキッサが慌てて両手で顔を隠す。

 しかしロザリーが魔導をもって敵意を放つと、金縛りにあったように身体を硬直させた。

 露になったロキッサの顔は幼少期の愛らしい顔でもなく。妻の頃の無表情な顔でもなく。

 憎悪と権勢欲、そして残虐性によって大きく歪んでいた。


『いい顔になったなあ、ロキッサ?』


 ロキッサは口を歪め、ロザリーを睨みつけた。


「~~ッ! 我こそは巨人の母、ロキッサ!!」

『あん?』

「すべてのガーガリアンの神! 大地母神ロキッサであるぞ!!」


 ロザリーはため息をついた。


『そうやって自分まで騙しているのか。お前はただの女だよ。何の力もない、ただのロキッサだ』

「違うッ! 私の意のままに霧の巨人は動くッ! 私が巨人の母だからだ!」

『そういう力を俺が与えたからな。満足したか?』

「ッ!」


 ロキッサは現実を思い出したのか、目を剥いてロザリーを凝視した。


『期限はとうに過ぎた。利子をもらうぞ』


 ロザリーがロキッサの元へと続く階段を上り始めた。

 一歩、また一歩と上るたび、その段にいた巫者(シャーマン)がバタリ、バタリと倒れていく。

 半死人にされたバロールの怨みが、術ならぬ呪殺となって彼らを襲っているのだ。

 まだ生き残っている巫者(シャーマン)たちは今逃げれば助かるやもしれぬのに、迫りくる死神に恐れ戦いて、その場で死を待つよりほかない。

 ロキッサの顔が初めて恐怖に引き攣った。


「ッッ、お前のせいだ!」

『俺のせい?』

「意に沿わずお前の妻にされたあの日から! 私の心は死んだのだ! 変わらざるを得なかったっ!」

『なるほど。そうきたか』

「霧の巨人もお前が私に与えたッ!」

『たしかにそうだ』

「だから、すべてお前のせいだッ!!」

『かもしれないなあ』

「だったらッ……だったら止まれええぇッ!!」


 ロザリーは会話の内容によらず、同じペースで階段を上っている。

 それはロキッサにとって死へのカウントダウンであった。


『俺が許すと思ったか?』


 ロザリーが言う。


『そんな言い逃れで俺が許すと?』

「あぁ、バロールぅぅ」


 ロキッサは嘆きの表情で首を横に振るが、ロザリーの決意に揺らぎはない。

 残す階段は、あと六段。

 ロザリーは一言ごとに一段上っていく。


『お前には罪がある』

「来るなッ!」

『俺を殺した罪』

「やめろ!」

『俺を死なせなかった罪』

「止まれ! 止まれえェッ!」

『低き者との戦争を始め、大勢のガーガリアンを死なせた罪』

「お願い、止まってぇぇ……」

『そして最大の罪。――来い、アトラ』


 ロザリーの影から不死者が現れた。


「あ――ヒィッ!?!?」


 それは紛れもなくアトラであったが生気なく、肌は土気色で皮膚は萎び、瞳は色を失っている。

 アトラは狂気の表情で悪魔的な雄叫びを上げた。


『俺の親友を不幸にした罪だ』


 アトラが野獣のごとく牙を剥いてロキッサに襲いかかる。


「ヒッ、嫌アアァァ! あ。あ、あぁぁ……」


 倒れたロキッサに覆いかぶさり、アトラが貪り食う。

 バタバタと動いていた彼女の手足はやがてビクン、ビクンと痙攣を始め、最後にはアトラの動きに反応してしか動かなくなった。

 ロザリーが天を見上げる。


『ああ、終わっ、た――』


 ロザリーの魂が異変に気づく。


(あ……)

(バロールの魂が剥がれていく……)

(やっと眠れるのね、バロール……)

(あ、真っ暗になって……)

(……私、どうなるんだろう)

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