27 気配
洞窟の前に三人の代表が集まっている。
グレンとウィニィ、それにジュノーだ。
ジュノーが言う。
「一度に全員で入るには狭いわ。クラスごとに入るべきね」
グレンが答える。
「そもそも、全員が入る必要はあるのか? 選抜隊で調査したほうが早いだろう?」
「任務としては必要ないわね。でも、これは課外授業よ。全員が経験しておくべきではないかしら?」
「む、そうか」
「けど、選抜隊はいいアイディアかもしれない。クラスごとに入る前に、先にルートを確認しておけば効率的ね」
「下見しておくわけだな」
「そう。となると選抜隊に代表四人は確定。あとはそれぞれのクラスから一名くらいでどうかしら」
「問題ない。念のため、各クラスに代表代行を立てておこう」
「なるほど、残る者を指揮する人間も必要になるわね」
ジュノーがウィニィに言う。
「ウィニィ様もそれでよろしくて?」
するとウィニィは、静かに首を横に振った。
「選抜隊まではいいけど、その人員には異論がある。入るのは代表四人と、黄のクラスから四人だ」
グレンとジュノーが顔をしかめる。
「ウィニィ。こんなところで張り合おうとするな」
「グレンの言う通りです。ここは平等に人員を出しましょう」
しかしウィニィはそれに答えず、腰に下げていた剣を外して、目の前に掲げた。
「光、あれ!」
聖なる文言に応え、剣が眩く輝きだした。
光はランプを数個集めたより明るく、周囲を照らし出す。
「……聖騎士の聖文術か」
グレンが呟くと、ウィニィは得意気に微笑んだ。
「洞窟内は真っ暗だ。松明をいくつも用意するより、聖騎士が数人いたほうが効率的だよな?」
グレンは言い返せず、ジュノーを見た。
ジュノーもまた苦い顔をして、グレンに向けて頷いた。
ウィニィが満面の笑みで両手のひらを合わせる。
「決まりだ! ロロもそれでいいよな?」
ウィニィは振り返り、ロロに問いかけた。
ロロはというと、洞窟の入り口で地面に這いつくばっている。
横には同じように這いつくばるロザリーがいる。
「っていうかお前ら。さっきから何をしているんだ?」
その問いかけも、二人の耳には届いていない。
「……どう思います、ロザリーさん?」
「どれも武装してる人間のものだね」
「ああ、それでやけにくっきりと残ってるんですね」
「ほら、あそこ。馬のものまである」
「わっ、本当ですねぇ」
「でも……多すぎない?」
「ええ。それに新しい」
「洞窟の外には無いよね?」
「どうでしょう、私たちには判別できないだけかも」
「あっ、ここを巡回する兵士のものかな?」
「それこそ多すぎですよ。巡回なんてせいぜい十人くらいでは?」
「……そうね。山暮らしの長かったロロから見て、どのくらい前のものだと思う?」
「見立てに自信があるわけではないですが……一週間は経っていないと思います。精々三日か、あるいは――」
「つい最近?」
「ええ」
「なんか、すごく嫌な予感が……」
「私もです……」
二人がごくりと唾を呑んだとき。
後ろからウィニィが叫んだ。
「お・ま・え・ら! 何をやっているんだ!?」
二人は同時にビクン! と跳ね、恐る恐るウィニィを見上げた。
「脅かさないでよ、ウィニィ……」
「漏らしかけました……」
「いいから。何をしてたのか答えろ」
ロロは洞窟の、ぬかるんだ床を指差した。
「足跡があるんです。それも、無数に」
◇
暗い洞窟を、調査のための一団が進む。
中の地形は複雑で、聖文術の光をもってしても死角が多い。
「うわー、なんだか不気味……」
「ぬかるみ酷いな……くそっ、ブーツ掃除しなきゃ」
「パメラ、念のために後方も照らしてくれるか?」
「了解です、ウィニィ代表」
選抜隊の人数は、当初の案の二倍に増えていた。
青のクラスからは、グレンと彼が選んだ腕利き三名。
黄のクラスからは、ウィニィと照明要員七名。
緑のクラスからは、ジュノーと彼女が選んだ一名。
赤のクラスからは、ロロとロザリー。
総勢十六名の中でも目立つのは、ジュノーの連れてきた緑のクラス生――ポポーだ。
赤毛でずんぐりとした体型の彼女は、土の精霊と親しむ精霊騎士だった。
ジュノーがポポーに尋ねる。
「どうかしら、ポポー」
ポポーはのんびりとした口調で答える。
「んーと。最近、人がたくさん通ったのは間違いないみたいです」
「ロロの見立て通りというわけね」
「でもー。土の精霊の最近って、幅が広いからー」
「幅が広い?」
「土の精霊ってとても長生きなのでー。十年前くらいは最近のうちなんです」
「ああ……そういうこと」
すると黄のクラス生のうち、二人が笑った。
「聞いたか? こりゃあてにならないな」
「のろまのポポーなんざ、初めからあてにしちゃいないさ」
ウィニィがキッ、と自クラス生を睨みつける。
「黙れ、お前ら!」
「申しわけありません、代表」
「以後、気をつけます」
黄のクラス生の二人は謝罪こそしたが、それはウィニィに向けてのみ。
ポポーへ謝る様子はない。
ウィニィがポポーの横に並ぶ。
「悪いな、ポポー。気を悪くしたよな?」
「いいえー、ウィニィ殿下。私がのろまだからいけないんです」
「そんなことはない。お前はのろまなんかじゃないし、この地形に最も適した魔導騎士だ。なんなら、あの二人を土の精霊に頼んで生き埋めにしてくれたって構わない」
先ほどの二人がギョッとしてウィニィを見る。
「そんなことできませんよぅ、殿下」
「殿下はやめろ。ウィニィでいい、同級生なんだからな」
「えええ……無理ですよぅ、殿下ぁ」
「ウィニィ」
「うぅ……ウィニィ」
ポポーは消え入るような声で、そう言った。
ウィニィが満足げに頷く。
「素直でよろしい」
「うぅー」
ポポーは恥ずかしそうに下を向いた。
次いでウィニィは、誰に言うでもなく言った。
「僕は教官の仕込みだと思う」
ジュノーが聞き返す。
「仕込み、ですか?」
「足跡を見た僕たちが、どう反応するかどこからか見ているってことだ」
「ああ……いかにもありそうではありますね」
「だろう? ジュノーはどうだ?」
ジュノーは洞窟の天井を見上げ、考える。
「……私は巡回する兵士のものだと思います」
「それには多すぎるって話じゃなかったか?」
「この洞窟はほとんどの時間、扉で密閉されている。ロロの見立てを疑うわけではないけれど、足跡が保存されやすい状況にあると思います」
「なるほど、繰り返しついた足跡が劣化せずに残ってるってわけか。……ロロは皇国からの侵入者のものだって考えてるんだよな?」
ロロは眉を寄せて頷いた。
「そうでないことを祈っていますが」
「グレンはー?」
ウィニィが先頭を行くグレンに問うと、彼は首だけで振り返った。
「一つには絞らない。すべての可能性を頭に入れておくべきだ」
ロザリーが言う。
「グレンはあれよね? つまらない任務が少し面白くなった、くらいにしか考えてないんでしょ?」
グレンはそれに答えず、ただニヤリと笑った。
そのとき、ポポーが大声で言った。
「近いですっ!」
「封鎖された場所が、か?」
グレンがそう尋ねると、
「いえっ、掘りたての匂いがしますっ!」
と、ポポーは前方を指差した。
「掘りたて……?」
ウィニィが光の灯った剣を掲げる。
吸い込まれそうな洞窟の奥行きの先に、うっすらと立ち塞がるものが見えた。
「行こう」
グレンが先頭を切り、皆が続く。
洞窟は行き止まりになっていた。
人の手で塞がれたというよりは、落盤によって埋まったように見える。
グレンがその様を眺めて言う。
「ずいぶん前に埋まったようだな。高威力の魔術を使って封鎖したのかも」
ジュノーが頷く。
「そのようね」
黄のクラス生七人がかりで照らし出された土砂は、通路を隙間なく、完全に塞いでいた。
行き止まりを隅々まで見たウィニィが、結果を口にする。
「異常なし。ロロは外れだな、蟻の子一匹通る隙間もない」
ロロが頷く。
「外れてくれてよかったです」
ただ一人、ポポーだけが首を傾げている。
「おかしいです……掘りたての匂いがするのに……」
「十年くらいは掘りたてのうちなんだろう?」
またそう毒づく黄のクラス生がいて、それをウィニィが「黙れ」と叱責する。
それからポポーの肩に手を置いた。
「最近、落盤した箇所があるんじゃないか? 見るからに乱暴に埋め立ててある」
「そう、ですね。きっとそうです」