266 葬魔灯バロール―6
誤字報告をしてくださる皆様、本当にありがとうございます。
中には致命的な誤字もあったりして、肝が冷える思いです。
頑張って減らすよう努めます。
……減るのか? 本当に減るのか!?
その日の夕刻。
集落の外。
バロールは集落の戦士に貰った剣の一振りだけを携えて、出立のときを待っていた。
昨晩は命からがら逃げ出した。
今夜は自分の意志で集落を出る。
彼はどこか感慨深い心持ちで夕刻の集落を眺めていた。
「本当に行くのかい?」
一人、見送りに来たアトラに言われ、バロールは頷いた。
「女戦士をのしただけじゃあ、誰も俺を認めない。見送りがないのはその証拠さ」
「でも……だからって巨人の村を一人で攻めるなんて……」
「大丈夫だって。困るのは道がわかんねえことくらいで……族長バドリに道案内の戦士を頼んだんだが、遅いな」
「本当に? 本当に大丈夫なのかい?」
アトラがあまりに心配そうに言うので、バロールは吹き出してしまった。
「何度もそう言ってるじゃないか。そんなに信用できないか?」
「してるよ、バロールは変わったから」
アトラがバロールを見る目は、今までとは違っていた。
他の戦士に対して見せるような怯え、不信感のようなものがバロールに対してもあるように見えた。
そこでバロールは、アトラに耳打ちした。
「実はさ……俺、山の神と会ったんだよ」
アトラは目を剥いて叫んだ。
「山の神って……霧の巨人と!? ほんとなの!?」
霧の巨人とは蛮族ガーガリアンに広く伝わる伝説上の存在だ。
高き峰々に君臨し、その山よりも大きいという。
霧の身体を持つとか、霧の中に姿を現すとか言われている。
「そんなに大きくは……なかったかも」
「じゃあどのくらい?」
「俺くらい? いや、お前くらいかな?」
それを聞いたアトラは再び目を剥いて叫んだ。
「そんなの山の神じゃないよ! 山の神が小さいわけないじゃないか!」
「う~ん。やっぱそう?」
「間違いないよ! でも……」
今度はアトラが耳打ちする。
「バロールの力はその神様っぽい何かからもらったってこと?」
「そう。これだ」
「これ? ……うわ!? 胸が酷く腫れてるよ、バロール!」
「腫れてんじゃないんだ。心臓。その神様に心臓を貰って、俺は力を得たんだ」
「へえ……ずいぶん大きな心臓なんだね」
「そりゃ神様用だからな。あ、巨人用かも。お前もつけてみるか? そうすりゃアトラでも今すぐにアドゥをやっつけられるぜ?」
「ややや、やめてよ物騒なこと言うの!」
「ハハッ」
そこへ、集落のほうから人影がやってきた。
近づいてきて族長バドリだとわかった。
「待たせた、バロール」
「いいや。それで道案内の戦士は?」
するとバドリは力なく首を横に振った。
「説得したんだがダメだった。生き残った二人は心のほうに傷を負っててな。よほど恐ろしい思いをしたんだろう」
「おいおい! じゃあ道案内はどうするんだ? 俺は行き当たりばったりで行くのか? それで巨人と行き違いになったらあんたも困るんじゃないのか?」
それはあの女戦士との決闘のあとのこと。
バロールが巨人の村を攻めると言い出したときに、それを後押ししたのがバドリだった。
他の族長はこちらから火種を起こすことを渋っていたが、バドリは「奴らは必ず攻めて来る」といって押し切った。
アドゥはバロールに殴られてからは家に引っ込んで出てこない。
「俺が行く」
バドリは言った。
「場所は頭に入っている。元々俺が言い出したことでもある。だから責任を持つ」
「……あんた、小さな村の族長にしとくのはもったいないな」
「ありがとよ。で、いつ出る?」
「今すぐ」
「わかった」
バロールと族長バドリはそのまま出立しようとして、ふとアトラを見た。
アトラは心配そうに手を揉みながら、眉を顰めて二人を見ている。
「……お前も来るか?」
「……へっ? むむむ無理だよ、死んじゃうよ!」
「悪い、言ってみただけだ。行こう、族長バドリ」
「ああ。夜のうちに開けた場所を抜けてしまおう」
「わかった。……じゃあな、アトラ!」
「う、うん。気をつけて!」
集落のある山を降り、谷川を渡って向こう山を登り、その山中で日中に仮眠を取る。
日が暮れてまた動き出し、向こう山から目的地である二つ向こうの山を登る。
この山は山頂が槍の穂先のように垂直に尖っており、槍山と呼ばれていた。
――その槍の穂先のふもとにある村。
「あったな」
岩陰に隠れるバロールが声を潜めてそう言うと、隣の族長バドリも頷いた。
「考えていたより部族の規模が大きい……攻め落とした部族を吸収してるな」
「巨人ってほんとにいるのかねえ」
「何を言ってる。あそこにいるじゃないか」
「へっ? ……うお、でかっ!」
巨人は村の中心――大きな焚き火の前に陣取って座っていた。
身長は五、六メートルくらいだろうか。
横幅も大きく、ずんぐりとした体型をしている。
あまりに常識外れの大きさなので、巨人を知らぬバロールには風景に溶け込んで小山のように見えていた。
「それにしても……巨人って、あんま動かないんだな」
「そういうものだ。戦以外では食う寝るくらいしかしない」
「へえ。でかい分、エネルギー使うのかね。……何か不憫になってきた」
バドリが驚いた顔で聞き返す。
「不憫? 巨人が、か?」
「だってあいつ、あのなりじゃ家族を持てないだろう? 子も残せない。部族に君臨しているだけで、誰からも理解されないんじゃないか?」
「……まあ、そうかもな」
「だったら俺と同じだ。ただそう生まれただけなのに、身体の大きさが違うだけで理解されない。ずっと孤独だ」
バドリはバロールの言葉をゆっくり咀嚼して、それから尋ねた。
「……止めるか?」
「いや」
バロールは立ち上がった。
「行ってくる。バドリはここで見ていてくれ」
「真正面から一人で突っ込むのか? 俺が騒ぎを起こすから、その隙をつくのはどうだ」
「真正面から行くが、一人ではない」
「……どういう意味だ?」
バロールはそれに答えず、自分の赤い瞳を爛々と輝かせた。
周囲に何か妙な気配が生まれ、バドリが辺りを見回す。
「何だ? ……ウッ!?」
バロールは両目に宿る力を行使した。
一度も使ったことはなく、それについて説明されたわけでもない。
だがなぜだか、その使い方を手に取るように理解していた。
「霧の――巨人?」
バドリはそう表現した。
バロールが生み出したのは、身体が白い靄のように揺蕩う巨人。
それも一体ではない。
五メートル以上の霧の巨人が七体、群れとなってバロールに向けて膝をついている。
バロールは人差し指を立て、その指で巨人の村を指差した。
「滅ぼせ」
すると霧の巨人たちは我先にと駆け出し、白い靄の武器を振り被り、突進していった。
最初に甲高い女の悲鳴が上がり、それから村は大混乱に陥った。
霧の巨人はバロールの作った幻である。
幻といえど人も家も粉々に破壊する力は現実の巨人と変わらず、また幻であるから一言も発さず、バロールに対し忠実だった。
「すご、い……」
大きな部族が瞬く間に蹂躙されていく。
霧の巨人の恐ろしい力を見て、バドリは感嘆を漏らすしかなかった。
「ウオオオオオオオオ!!!」
突然、地響きのような雄叫びが上がった。
この村の巨人が立ち上がったのだ。
それを聞いてバロールも立ち上がり、村のほうへと歩き出した。
「っ、バロール!」
「なんだ?」
「霧の巨人に任せないのか?」
「親玉くらい自分の手で仕留めないと締まりが悪いだろ」
「……できるのか?」
「実を言うと、目覚めてからずっと我慢してたんだ。――早く誰かを本気で殴ってみたくてな」
バドリはもう止めなかった。
赤目が与えた両目は、バロールに巨人の幻を生み出す力をもたらした。
赤目が与えた心臓は、バロールに巨人をも越える膂力をもたらした。
小さきバロールは、これから何十も打ち倒すことになる巨人のうちの最初の一体を、易々と殴り殺したのだった。





