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265 葬魔灯バロール―5

 山の頂に残されたバロールは、痛みに耐えながら最初の復讐を行った。

 狼狩りである。

 まずは目についた個体に襲いかかり、奴らがしたように生きたまま食らいつく。

 人狩りに慣れた狼の群れは血濡れのバロールを諦めきれず、仲間がやられる様を遠巻きに見ている。

 それはバロールにとって願ってもないこと。

 良い部分を食い切ったら次の狼へ。

 それも食い散らかして、また次へ。

 そうして痛みが完全に収まる頃には、そこにいた狼を残らず平らげていた。




「――ッッ!? バロール! 生きていたのか!」


 集落に戻ると、入り口にアトラがいた。

 彼はバロールのことが心配で、かといって探しに行く勇気もなく、ここでずっとウロウロしていた様子だった。

 彼はバロールの状態を見て眉を顰め、声を潜めて尋ねた。


「……一体、何があったんだ?」


 バロールの服は血まみれだが、その血は乾いている。

 バロール自身も怪我を負った様子もなく普通に歩いている。

 何よりアドゥにやられたはずの左目が無事で、しかも赤く輝いている。

 それらを見て総合的に、何かおかしなことがあったに違いないと、アトラは判断したのだろう。


(この観察力は勇敢なばかりの戦士にはない、アトラの長所だな)


 バロールはそう思いつつも彼に言葉を返さず、ただ彼の肩をポンと叩いて集落の中へ歩いていった。

 集落は大宴会の夜が明けた昼下がりである。

 辺りは雑然としていて、道端には酔い潰れたまま今も眠っている男もいる。

 しかし、そんな中でも気づく者は少なくない。

 バロールの小さな身体は蛮族の中ではよく目立つからだ。


「!」

「バロール……!」

「あいつ……」

「生きていたのか」

「なぜ戻った?」


 バロールを見かけて起こったざわめきは、瞬く間に集落じゅうに広がっていく。

 バロールはそれら一切を無視して、目的の男がいる場所へ向かう。


「待て。バロール」


 一人の戦士が前に立ち塞がった。

 バロールの部族の戦士で、馴染みのある顔。

 真面目で口数の少ない男だった。


「なぜ戻った」


 バロールは彼を真似するように短く返した。


「俺の村だ。戻って悪いか」

「もう、お前の村ではない」

「いいや。俺の生まれた村だ」

「忘れろ。出ていけ」

「俺が支配する村だ。お前が出ていけ」


 すると戦士の顔が険しくなった。


「……アドゥにやられた恐怖で気が触れたか」

「さあな」

「いいから出ろ!」


 そう言って戦士はバロールの腕を掴んだ。

 バロールはその手をどかそうと、軽く捻り上げた――つもりだった。


「うぐあアアッ!?」


 戦士は腕を取られて地面へ頭から突っ込んだ。

 すぐに起きて腕を押さえ、バロールのことを目を見開いて見上げている。

 腕はあらぬ方向に曲がったままになっていた。


「……そこで大人しくしていろ」


 そう言い残し、バロールは戦士の下を立ち去った。

 目的の男に近づくほどに、周囲には戦士の数が多くなる。

 しかしもう誰もバロールを止めなかった。

 そして目的の男――族長アドゥの前に辿り着いた。

 アドゥは昨晩の族長の座にそのまま眠っていて、同じ毛布を被ってあの女戦士が裸で寝ている。

 バロールは大きく息を吸い込んだ。


「起きろ! アドゥ! 巨人が攻めてきたぞ!!」


 するとアドゥは溺れるようにもがいて飛び起き、その場を飛び退いた。

 それから寝ぼけ眼で四方八方を確認している。

 巨人など、どこにもいないのに。


「……クッ。ククッ」


 笑いつつバロールが周囲を見回すと、同じく笑いを堪える戦士の顔をいくつか確認できた。

 バロールが笑いながら言う。


「こいつが慌てる様はやっぱりおかしいじゃないか。いつも偉そうにふんぞり返っている分、振り幅で笑っちまう。笑って当然だ、そうだろ? クックック……」


 戦士たちは誰も頷きはしないが心の中ではそう思っている。

 そんな嘲りを含んだ戦士たちの目に気づき、アドゥはやっと担がれたことにも気づいた。


「……誰がやった?」


 脅すような低い声。

 戦士たちは押し黙り、目を伏せた。

 しかし彼らがチラチラとバロールを見ていたので、そこで初めてアドゥはバロールの存在に気がついた。


「バロール、か?」


 驚き。

 アドゥが見せた感情は憤りではなく驚きだった。

 蛮族ガーガリアンは平地の人々よりも本能的に生きる。

 昨晩殺されかけた小さく弱い男が、次の日にまた同じ場所にノコノコと現れた。

 その理由がまったく理解できず、怒りよりも疑念が勝ったのだ。


「アドゥ。俺と戦え」


 バロールにそう言われても、アドゥはぽかんと口を開けるだけだった。


「何を……言ってる?」

「お前は断れない。それが掟だからだ」

「待て、待て。……掟? まさか、俺と族長の座をかけて戦うということか?」

「そうだ。集落の者にはその権利がある」

「いや、お前はもう、この集落の者ではない。だから掟には――」

「挑まれた族長がそんな口実で逃げるのか? 戦士ではない。恥を知れ」

「……何だと?」


 アドゥの顔に青筋が浮かぶ。

 他の戦士たちは固唾を飲んで事の推移を見守っている。

 戦士にとって決闘は神聖なもの。

 同時に何よりの娯楽だった。


「図に乗るな、小さき者め!」


 そう声を上げたのは、あの女戦士だった。

 下帯姿で、露になった上半身はたしかに戦士の体つきをしている。


「あんたが出るまでもないよ、アドゥ!」


 そう言ってアドゥの前に躍り出て、バロールの前に立ち塞がった。

 アドゥは渡りに船とばかりにこれに頷き、地面に腰を下ろした。


「せっかくアドゥの慈悲で命を拾ったのに、何を勘違いしてんだか!」


 女戦士にしてみればバロールは、小さいくせに自分の男をコケにする生意気で憎たらしい奴。

 手加減する気もなく、その手には実戦用の曲刀が握られている。

 一方のバロールは無手。

 それを見て女戦士が言った。


「武器を選びな!」


 すると周囲の戦士たちが身に着けていた武器を外し、バロールへ向けて差し出した。

 しかしバロールは首を振った。


「いらない」

「いらない? 何だ、もう怖気づいたのか?」

「族長に跨って戦士になる奴に、武器などいらないんだよ」


 戦士たちから笑いが起こり、女戦士の顔が真っ赤になる。


「~~っ、貴様アッ!!」


 女戦士が曲刀を抜き放ち、横薙ぎに振るう。

 遠慮のない、バロールの首元を狙った一撃だったが、バロールはそれを拳で迎え撃った。


「ッ、あん?」


 女戦士が間抜けな声を漏らす。

 刀と拳でぶつかったのに、刀のほうが砕けたからだ。

 曲刀を持っていた手が痺れ、思わずもう片方の手で利き手を庇う。

 するとバロールがすぐ目の前に現れて、喉元を恐ろしい力で掴まれた。


「うぎっ!?」


 女戦士はすぐにバロールの手を掴み、爪まで立てて振り解こうとした。

 だがまったく爪が立たず、喉を掴まれたまま身体が後ろに反っていく。


「あっ、あ……ぎぎ、ギッ……」


 足元はバロールに踏まれて固定され、女戦士は弓なりに反りながら苦悶した。

 それでもバロールは責めるのをやめず、やがて女戦士は泡を吹き始めた。

 その耳元でバロールが囁く。


「アドゥは気に入った女にはまずエサをやるんだよ。そうやって自分の物にする。お前へのエサは〝世代で一番の戦士〟。ってこたあ、本当の一番はお前じゃないんだよ。お前はいいケツしてたから一番になれただけ。……でもこんなの違うよなあ? 他の戦士たちは許せないよなあ?」


「ゃ、ぃゃ、ぅ……」


 女戦士の声がかすれていく。

 と、そのとき。アドゥから鋭い声が飛んだ。


「それまでだ! 手を離せ!」


 バロールは手を離さない。

 ギリギリと絞りながらアドゥに言う。


「決闘に水を差すほどこの女が大事か、アドゥ?」

「決着はついた。お前の勝ちだ」

「こんな勝ちはいらないんだよ」

「何っ!?」

「止めてみろよ、偉大なる戦士アドゥ。そのとき俺はお前を殺して新しい族長になるからよ」

「……っ」


 アドゥは止めに入らなかった。

 疑念が確信に変わったからだ。

 このバロールは、あのバロールではない。

 姿形は同じだが中身がまるで違う。

 その間に女戦士の身体は痙攣を始め、それでもバロールは締め上げている。


「待て! その勝負待った!」


 騒ぎを聞きつけたのか、新たに他部族の戦士たちがやってきた。

 先頭にいるのは族長バドリ。

 巨人が攻めて来る可能性を提起した族長だ。


「おおよその話は聞いた。バロールよ、その女は仲間の部族の戦士には違いないのだ」

「……相手が戦士だから決闘に手心を加えるというのは道理が通らない気がするが」

「そうだな、その通りだ。しかし、巨人が攻めてくる可能性のある今は、一人たりとも戦士を欠くわけにはいかんのだ!」


 族長バドリは言葉を重ねるたびにバロールへ近づいてくる。

 彼はアドゥと違い怯む様子はなく、顔は真剣そのもの。

 そう強い戦士ではないのに人望を集める理由がよくわかった。


「……はあ。萎えちまった」


 そう言ってバロールは女戦士を解放した。

 どしゃりと地面に崩れ落ちた女戦士に同じ集落の者が駆け寄る。


「感謝する、バロール」

「いいよ、別に。あ、でも……アドゥ!」

「……何だ」


 バロールはアドゥにずかずかと近づいていった。

 そして腰を下ろしたままだった彼の顔を、凄まじい勢いで一発、殴りつけた。


「だッ、あぐあああ!!」


 顔を押さえてのたうつアドゥ。

 バロールは自分の赤い左目を指差して言った。


「潰された目の礼だ。殺すのは次の機会にしといてやる」

「ぐうううう……!」


 アドゥが手で押さえた目の付近から、どろりとしたものが流れ出ている。

 傷を負って睨んでくるアドゥを見て、バロールは笑った。


「……いいね。お前はいつもこんな気持ちだったんだな」

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― 新着の感想 ―
ああ、遥かなる巨人は、あるいはコイツの本来あるべき未来だったのかもな…。 人と蛮族の混血。大いなる魔導と理性の伴った思考力。 雑種強勢の結果、並外れた巨人に成れたかもしれない「萌芽」。 その道筋は…
悪い方に振り切れちゃってる…
バロール、力は得て復讐を遂げても周囲には誰も近寄らず孤独になるだけじゃないかなぁ そんな未来が欲しかったわけじゃないだろうに
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