256 怪盗オズモンド再び―上
――剣王ロデリックが大巨人の槌を弾く、その少し前。
オズと剣王はハンギングツリーへと向かっていた。
「おっさん。ココララたちのことはいいのか?」
「心配いらん。むしろ儂が一緒におるほうが、あ奴らの力を制限してしまう」
「あ~、それはありそうだな」
やがて森を抜け、平原に出た。
目指すハンギングツリーが遠くに見え、同じくそこを目指す遥かなる巨人が横に見える。
「デカッ! 見てても信じられねえわ」
「オズよ」
「自分の目で見たものが正しいっつーんだろ? はいはい、わかってるって」
「ロザリーだ」
「えっ?」
ハンギングツリーと遥かなる巨人の間に、一人の女性騎士が見える。
遠いが、長い黒髪、この距離でもわかる膨大な魔導。
間違いなくロザリーだ。
「よくやるぜ……首吊り公はどこ行ったんだよ」
剣王は右目の眼帯に手をやった。
「……城に戻ったようだ。何か、切り札でもあるのだろう」
「へえ。あれか? 〝ユーギヴの腕〟」
「で、あれば行き先はミュージアムであろう」
「ああ、そうか」
「……」
オズは走りながらロザリーのほうに再び目をやった。
すでに戦いは始まっていて、凄まじい数のスケルトンが巨人に群がっている。
対する巨人はそれを苦にもせず、侵攻を続けている。
「まるで神話の戦いだ……やっぱり見てても信じられねえ……」
「オズよ」
「だーっ、しつけえっておっさん! 見たのが正しいのはわかったって!」
「そうではない。お前は〝ユーギヴの腕〟を使う自信はあるか?」
「へ?」
キョトンと見てくるオズに、剣王が言う。
「すでに別のユーギヴシリーズを使いこなすお前なら、と思ってな」
「どうだろな。やってみなきゃわかんねえよ」
「そんなことはわかっている。自信はあるか、と尋ねておるのだ。ハンギングツリーが混乱を極める今ならば、盗むことはたやすかろう?」
「なっ……! 火事場泥棒する気かよ!」
「念のためだ」
「あん?」
剣王は遥かなる巨人を見やった。
「全貌が覗けぬ相手は久々だ。ミルザぶりか……そんな敵と相対するのだ、戦力は多いほうがよい」
「そりゃあ、まあ……」
「正直、今のオズが戦力になる気はせぬ。ロザリーと儂と、首吊り公で相手をすることになるだろう」
「〝ユーギヴの腕〟があれば、俺も戦力になるっていうのか?」
「可能性の話だ。今、この戦場で、我ら大魔導に迫る者がいるとすれば……それはオズ、お前だ」
オズは嬉しさを隠すように鼻を擦った。
「買いかぶり過ぎだぜ、おっさん。俺はココララたちよりも、吊るし人よりも弱い。ほんとはわかってるだろう?」
「迫る者、と表現したはずだ。普通の騎士と大魔導の間には大きな隔たりがある。だがその壁を越えようと――瞬間的に大魔導に迫る位置まで、高く高く跳躍する騎士が現れることがある。主に戦場で、な」
「……」
「しかし、高い跳躍には理由が必要だ。〝ユーギヴの腕〟はそれにあたると思ったが……自信がないのなら見送ろう」
「自信はあるぜ」
オズが目を細める。
「あのとき――ミュージアムに忍び込んで〝ユーギヴの腕〟を間近で見たとき。俺には見えたんだ」
「何がだ?」
「使い方さ。説明書きには義手って書いてあったけど、あれは違うんじゃないかなあ」
「ほう。当てにしてよいのか?」
オズは「どうせたいして当てになんかしてないくせに」と喉まで出かかったが、それを飲み込み、鼻を鳴らした。
「フン。まあ見てろ」
「――よし。城門が見えたぞ」
オズたちが辿り着いたのは南の城門。
格子が半分上がっていて、その下から堀に掛かる橋、さらにその先の街道まで市民で溢れかえっている。
「うおっ、めっちゃ混んでる! どうする、無理やり突っ込むか?」
「そんなことはせずともよい」
剣王は城門に向かって走りながら、凄まじい大声で怒鳴った。
「巨人が来る!! 巨人が来るぞ!! 首吊り公は負けた!! 首吊り公は負けたッ!!」
城門前の人だかりは騒然とした。
そもそも急な避難となって混乱していた市民たちが、目に見えて狼狽している。
オズがパチンと指を鳴らす。
「……そうか。みんな心のどこかで首吊り公がいるから大丈夫だって思ってんだな?」
剣王はオズの呟きを肯定するように頷き、再び怒鳴った。
「東だ!! 東へ走れ!! 城門ごと踏み潰されるぞッ!!」
市民たちは弾かれたように街道を東に向かって駆けだした。
城門にいる騎士や兵卒は、首吊り公の安否を確認しようと持ち場を離れたり、大声で言い合っている。
オズと剣王はその間を縫うようにして、城門を通過していく。
家財道具の載った荷車を避けながら、オズが言った。
「お見事。でもいいのか? パニクった民が逃げる道程で大怪我するかもよ?」
「何を言う。目前に脅威が迫っておるのに、こんなところで屯しているほうがよほど危うい」
「あ~、うん。そりゃそうか」
「大魔導の支配する土地ではありがちなことよ。大きな傘の下にいるから安全だと、危機に鈍感になっておる。脅威は足元から来るかもしれぬのにな。――この兵卒たちもそうだ」
剣王は城壁上への階段を守っていた兵卒二人を、手刀で首筋を打って気絶させた。
二人は階段下ではなく巨人を見ていたので、何の抵抗もできず倒れた。
城壁を駆け上がり、オズと剣王は巨人を見やった。
ロザリーは西の城門前にはいない。
しかし西の城門周辺が紫色に発光していて、夕焼けのように辺り一面まで紫色に染めている。
「……あれはロザリーがやっておるのか?」
剣王に聞かれ、オズが頷く。
「見たことない術だがロザリーだろう。紫はロザリーの色だ」
何が行われているかまでは不明だが、遥かなる巨人の侵攻は止まっている。
ふと、剣王が上空を指差した。
白い天馬が飛翔していて、その背にロザリーの姿が見える。
「すげえよ、ロザリー……でも甘いんじゃねえか? 俺ならデカクジラで巨人の金的狙うがなあ?」
剣王がフ、と笑った。
「神話世界の巨人の金的を狙うか」
「何で笑うんだよ! ワンチャン効くかもしれねえじゃん!」
「いや。オズらしいな、と思ってな」
そう言ったあと、剣王は表情を引き締めた。
「儂はここで見張る」
「見張る? 巨人をか? あんなの、どっからでも見えるだろ」
「奴の体格を考えれば、大股で踏み込めば次の一歩は街の中心地に来るやもしれぬ」
「ああ、それが来るタイミングを見張るわけね……で、その一歩が来たらどうすんだ?」
すると剣王は心底呆れた顔でオズを見た。
「そりゃどうにかするのだ。馬鹿なこと聞くな」
「えっ。そんな呆れられるようなこと聞いた、俺?」
「オズはミュージアムだ」
「無視かよ」
剣王が右目の眼帯を触る。
「……無人のようだ、今なら盗めるぞ?」
「嬉しそうに言うなよ、火事場泥棒するってんで罪悪感半端ないんだから」
「オズ……儂が期待している仕事はわかるな?」
オズの動きがピタリと止まった。
それから驚いた表情で剣王の顔をまじまじと見た。
「……おっさん、〝ユーギヴの腕〟の使い方、知ってたのか?」
「腕を無くした戦友のために義手を調べたことがあってな。義手といっても本物と同じように動く、魔導具の義手だ。書物によれば〝ユーギヴの腕〟は儂が求めた物とは違っていたが――お前は儂も見たことがないまじないを使う。〝ユーギヴの腕〟と一緒に使えば、面白いことが起こる」
「何だよ、驚かせようと思ってたのに。ネタバレしてたのかよ」
「腐るな、オズ。そもそもやってみなければ、それが可能かどうかもわからない。そうだろう?」
「ああ」
「戦は賭けだ。万全などあり得ぬ。――この戦、儂はお前にベットした。しくじるなよ?」
オズは苦笑して顔を背けた。
「圧かけんなよ、プレッシャーで転ぶぞ?」
「お前がそんなタマか。……行け!」
「おう!」
オズは勢いよく飛び出し、階段を駆け下りてミュージアムへと向かった。
剣王は城壁の上から、中央の大通りを小さくなっていくオズを眺めていた。
中央広場に至り、オズの姿が見えなくなる。
あそこまで行けば、ミュージアムは目の前だ。
「質の悪い呪詛罠など無ければよいが……」
そう呟いてから、剣王は上空を見上げた。
街の空は平たい雲に覆われている。
「来た、か」
剣王は城壁を蹴って跳んだ。
民家の屋根を駆け、屋根が途絶えて再びの跳躍。
まるで重力を無視するように移動していく。
剣王が再び空を見上げる。
平たい雲の中央が、輪っかの形に盛り上がっていた。
それがじわっと広がって、雲が割れて穴となる。
「ほう! 足ではなく槌とは!」
穴のほぼ真下に入ったので、その向こうにあるものがよく見える。
剣王は首をコキッと回し、膝を曲げて脚に魔導を溜めた。
神の鉄槌がごとき一撃は、非常にゆっくり落ちてくるように見える。
「だが遅いわけではない。大きすぎてそう見えるだけ。機を逸すれば、この街は滅ぶ」
民家の屋根の上から機を窺っていると、地上が騒がしくなってきた。
逃げ遅れていた市民、残ると決めた市民がこの辺りにもいて、彼らが頭上から落ちてくる鉄槌に気づいたのだ。
「なおさら失敗できんな。……急げよ、オズ!」





