255 ロザリー✕遥かなる巨人
ロザリーはグリムを飛ばし、遥かなる巨人の正面に回り込んだ。
「うわあ……おっきい……」
こうして相対すると、ついどうでもいい本音が口から出てしまう。
背後に見える、守るべき街の城壁を見上げ、ロザリーは気を引き締め直した。
「まずは物量作戦ね。……〝野郎共〟!」
ロザリーの影が波打つ。
影を横方向に約二十メートルずつ広げ、そこから物言わぬ骸骨兵たちがぞろぞろと這い出てくる。
「かかれ!」
ロザリーが〝白霊〟を抜いて相手を指し示すと、〝野郎共〟は怯むことなく突撃していく。
いつもなら一定数で打ち止める〝野郎共〟だが、今回はひたすら出し続ける。
あっという間に数万となった骸骨たちは白いうねりとなって巨人に殺到し、足に食らいつき、這い上っていく。
巨人が動くたびに大量の〝野郎共〟が墜落して動かなくなるが、ロザリーは〝野郎共〟を呼び出すのを止めない。
それでも遥かなる巨人の侵攻に陰りはない。
ゆったりとした同じテンポで足を交互に上げて、ハンギングツリーへ進む。
「やはりこの程度では止まらないわね。次は……〝巨人共〟!!」
影から〝野郎共〟を押し退けて、巨大なスケルトン兵が這い出てきた。
大きさはまばらで五メートルから十メートル。
総数三十と数は少ないが、いずれも元は魔導持ちの剛の者である。
「〝野郎共〟、〝巨人共〟を上へ!」
〝野郎共〟が集まって足場を作り、〝巨人共〟を上へ運ぶ。
足場は曲がりくねった塔のように高くなっていき、〝巨人共〟はそれぞれの得物で巨人の膝や太もも辺りを狙う。
「! いける……!」
巨人の脚のいたるところで鮮血が舞う。
特に帷子を着た女性のダレンの巨人、頭蓋のネックレスを着けた首集め、ハンマーを持った最も身長が高い城崩しの活躍が目覚ましい。
「黒犬!」
ロザリーは黒犬も攻め手に加えることにした。
獣頭の騎士――黒犬はずっと控えていたロザリーの魔導騎士外套の影から飛び出して、恐ろしい声で遠吠えした。
するとかつて黒犬ボルドークが使った能力に似た、尾が長く長く伸びた黒い獣の化け物が何体も現れ出て、巨人の脚のあちらこちらに噛みついた。
黒犬本体も騎士の姿のまま、巨人の脚を垂直に駆け上がる。
そのついでに剣を巨人の固い肌に突き刺しているので、彼の移動した後には赤い線が描かれていく。
「……ヒューゴ?」
ロザリーは囁くように彼を呼んだが、やはり反応はない。
ロザリーが諦めのため息をついた、そのとき。
「ん? 巨人の足の動きがさっきまでと違――」
これまでならゆっくりと足を上げ、それを一キロメートル強、先の地点にゆっくり下ろす。
それを両足交互に行い進んでいるのだが、今回は足を後ろにゆっくりと引いた。
ハッとロザリーが気づく。
「まさか――蹴り!?」
気づいたときには遅かった。
歩く速度の三倍は早い動きで、天に届く巨大な塔のごとき脚がこちらへ向かってくるのだ。
大量の〝野郎共〟、〝巨人共〟と共に、ロザリーは天高くかち上げられた。
「~~ッッ!!」
ロザリーの身体が空を舞う。
ハンギングツリーの街並みが遥か下に見える。
ロザリーは空中で己の身体を確認した。
「生きてる……咄嗟に蹴りに身体を預ける判断ができたから……でもこんなに飛ばされるなんて、失敗だったかも」
上昇の勢いが落ちて、やがて落下に入る。
改めて下を見ると、恐ろしく高い。
「〝野郎共〟は使い切ってるから骨クッション作戦は不可能……墓鴉に吊り上げてもらうのは……非力だから無理よね」
ロザリーは覚悟して、自分が落ちるであろう地点を凝視した。
墜落の瞬間に受け身を取ってどうにかするつもりだ。
そうして集中を高めるロザリーの耳に、大きな翼の羽ばたき音が聞こえた。
音は繰り返しながら急速に近づいてくる。
「これって――もしかして!」
ロザリーが地表から目を切って音の方向を見ると、白い天馬が翼を広げ、空を駆けていた。
ロザリーの下に潜り込み、その背にタイミングよく彼女を乗せる。
「〝骨姫〟様っ!」
「クリスタ!」
「〝骨姫〟様なら大丈夫だと知っていましたが、万が一を考えてお助けに参ったっす!」
「ううん、大丈夫じゃなかったの! スケルトンを出し尽くしていたから……よくこんなタイミングで拾えたね!」
「たまたまっす! 上空待機してたとこに〝骨姫〟様が打ち上げられて」
「そっか。恥ずかしいとこ見られたね、うまくいきそうで気を抜いちゃった」
「恥ずかしいだなんて! あんなふざけた巨人と互角に戦えるだけで超尊敬っす!」
「ありがと、クリスタ。ひとつ試したいことあるんだけど、協力してくれる?」
「もちろんっす! 何をすれば!」
「もう一度、西の城壁の外へ」
「了解っす!」
天馬がぐうん、と旋回し、遥かなる巨人へと向かう。
「バカデカ巨人のリーチ内なんで空中停止はできないっす! スケルトンさんがいないなら、どこかで降ろしますか?」
「ううん、この辺りを飛び続けてくれればいいわ」
「? はいっす」
ロザリーは下に意識を向けた。
目に映すは地表を滑る天馬の影。
そこに含まれるロザリー自身の影に意識を集中し、それを拡大させていく。
ロザリーが両手の指を広げ、地表に向けて動かす。
影は一気に広がり、先ほどまでの戦場を黒く染め上げてゆく。
戦闘不能となった〝野郎共〟〝巨人共〟を回収しつつ、さらに拡大させる。
「もっと、もっと……」
ロザリーが狙うのは巨人の両足。
やたら大きな歩幅のせいでかなり離れた地点にある両足を、きれいに包むように影を広げた。
「よし……沈めッ!!」
ロザリーが両手の指をたたみ、できた拳をグッ! と引き寄せる。
その瞬間、遥かなる巨人の両足がガクンと影に沈んだ。
クリスタが叫ぶ。
「おおお! すっっご!」
しかし、ロザリーは苦悶の表情を浮かべていた。
「完全に沈まない……大きすぎるの……?」
巨人の足はガクンと沈んだが、くるぶしが見える辺りで止まっている。
ロザリーの影は死者の世界――冥府の入り口である。
その深さに果てはなく底などないのだが、これではぬかるみに足を取られた程度でしかない。
事実、動きが止まっていた巨人は、強引に足を引き上げようと動き始めた。
「……逃がすか。沈め」
ロザリーの紫眸が煌き、長い黒髪が魔導に舞う。
影に覆われた地表一面が、美しい紫色に染まった。
上げようとしていた巨人の足が、再び紫の影に囚われる。
「ヒヒィィン!」
「どう! どうどう!」
大いなる魔導に間近で触れた天馬が暴れ、クリスタが手綱を締める。
クリスタ自身も肌が泡立ち、尖塔の突端に立つかのような心地でいる。
クリスタが怯えた声で呟く。
「まるで夕焼けの紫……昼と夜の間の色……そっか、生と死の間も同じ色なんだ……」
紫に染まった影はそこにある、あらゆるものを吸い込み始めた。
そこに生えた木々も、林ごと沈んでいく。
クリスタが恐る恐る尋ねる。
「〝骨姫〟様……これ、大丈夫っすか? 街ごと沈むとか、ないっすよね?」
するとロザリーはぶっきらぼうに言い放った。
「……何なの? 意味がわからないわ」
「ひぃっ!? すいません、出過ぎたことを申しまして~! マジすいませんっす!」
「……あなたのことじゃない」
「え?」
ロザリーが遥かなる巨人を指差す。
「奴が沈まないの」
巨人の足は先ほどよりは沈んでいるが、脛の下辺りでやはり止まっている。
「ああ、そういう……やっぱりデカすぎるからでは? さっき〝骨姫〟様もそう言ってたっすよね?」
「言ったけど――今はわかる。おかしいわ」
「何がっすか?」
「今は冥府の門を最大限に開いている。相手に抵抗されて沈められないってことはあっても、そもそも沈まないのはおかしい。何かあるわ」
「何か……仕掛け的な?」
「そう、何か普通じゃない理由が――クッ!?」
ロザリーは握った拳を胸に寄せ、手にした何かを奪われないよう堪える仕草をした。
「おかしい、なんで浮くの……! 〝亡者共〟!」
紫の影一面から〝亡者共〟がワラワラとわき出てきた。
瞬く間に巨人の足に群がり、冥府に引きずり込もうとする。
それでも遥かなる巨人の足は、じりじりと上がっていく。
と、そのとき。
上げようとする巨人の足に、赤いロープが幾重にも巻きついた。
下向きに引っ張られ、巨人の足が再びぬかるみへと沈む。
「ヴラド様!」
首吊り公は西の城壁の上にいた。
何やら怪しげな小瓶を手に持っていて、それをグイッと飲み干す。
「……グ。効果は最高だが味は最悪。うまくいかんものだな」
忌々しそうに小瓶を城壁に投げつけると、パリンと高い音を立てて砕け散った。
「〝骨姫〟! 無理やりにでも沈めるぞ!」
「はいっ!」
二人の大魔導が遥かなる巨人に下へ、下へと圧力をかける。
「効いてる! 動けなくなってるっす! その調子っす、お二人とも!!」
クリスタの言う通り、巨人は足を上げられなくなった。
膝もわずかずつだが曲がってきている。
首吊り公が言う。
「……頭が見えれば縛り首にしてやるものを」
「……はい。でも間に合いません」
「そうだな。その前に拳が来る」
二人は雲に包まれて見えない巨人の上半身から、恐ろしい攻撃を行う気配を感じ取っていた。
だからロザリーはクリスタに命じて街から離れるように飛び、首吊り公は城壁から巨人の背中側へ立体移動した。
街に被害を及ぼさないため、街から距離を取ったのだ。
だがそれは裏目に出た。
先に気づいたのは、巨人の背中越しに街上空が見える首吊り公だった。
「……! 何だ、雲が割れる!?」
遥かなる巨人が引き連れてきた雲が広がって、ハンギングツリー上空は平たい雲に覆われていた。
それが街の中心付近の上空にぽっかりと穴が空いている。
穴は瞬く間に広がっていき、やがて雲を割った原因が姿を現した。
「何だ、あれは……隕石?」
「……違う、巨人の持つ武器ですっ!!」
それは遥かなる巨人の手に握られた、超巨大なハンマーだった。
隕石と同等の重量と勢いで、ハンギングツリーへと落下していく。
それはまるで、神の振り下ろす鉄槌のようだった。
「グ……ッ!」
首吊り公が自身の最高速で落下地点に向かう。
ロザリーは素早く細く、落下地点へ影を伸ばす。
「頼む、間に合え……!」
「お願い、間に合って……!」
願いも虚しく、巨人の槌が街に振り下ろされる。
二人が同時に「間に合わない」と悟ったとき。
落下地点の中空に人影が舞った。
オリーブ色のフードから覗く、豊かな髭と眼帯姿。
「見えているぞ?」
剣王ロデリックが巨人殺しをぬらりと抜いた。
隕石のごとき巨人の槌と、一メートル半ほどしかない剣王の剣がぶつかる。
ハンギングツリー上空が火花で閃光に染まった。
無比なる巨人の剛力と質量、相対するは剣王と謳われる騎士の魔導と技量。
その結果は一瞬ののちの明らかとなった。
「――ヌゥン!!」
強大な巨人の槌は、剣王によって雲の向こうへ大きく弾かれたのだった。





