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254 破滅の足音

 ズズ……ン。ズズ……ン。

 等間隔に繰り返される地響きの中で、西方都市ハンギングツリーは大混乱に陥っていた。

 城壁の上で吊るし人(ハングドマン)人差し指筆頭のリセが声を荒らげる。


「何をやってる! 東門以外も、すべての門を開放しろ! 避難が間に合わないぞ!」


 対西域騎士団連合のバファルから『足止め不可能。直ちに退避すべし』との報を受け、リセは全市民の避難を決めた。

 住処を捨てる。

 その判断にハンギングツリー市民は反抗しなかった。

 それはそうだ、迫り来る脅威は西の空を見上げれば誰の目にも一目瞭然なのだから。

 しかし、大都市ともなれば総員避難には相当な時間がかかる。


「リセ様、すべての門とは西門もでしょうか?」


 部下の問いにハッとして、リセが首を横に振る。

 西は巨人が来る方角。

 こんな簡単なことすら気が回らないほど、自分は平常心を失っているのかと自責する。


「……そうだな、西は開けるな。城門付近では特に混乱する。整然と通過するよう、目を光らせておけ」

「ハッ!」


 今度は別の部下から質問が飛ぶ。


「リセ様! 城門を出たところで市民が渋滞しています!」

「行き先がわからないんだ、騎士に先導させろ!」

「どこへ向かわせれば……?」

「門による! 東と南は王都方面! 南東にいる王都救援部隊と合流し、あとは指揮官ミスタ卿のご指示に従え! 北はブラン砦方面! とにかく、ハンギングツリーから離れるんだ! 急げ!」

「はいっ!」


 命令を終え、リセは両目を指で押さえた。

 碌な命令を出せない自分がもどかしい。

 しかし今ここには、領主であり義父であるヴラドも、頼りになる他の吊るし人(ハングドマン)筆頭たちもいない。

 彼女がやるしかないのだ。

 顔を上げて西を見れば、奴が来るのが見えるのだから。


「リセ様!」


 また来たか、とそちらを見れば、今までのような部下の騎士ではなく、城壁を守る兵卒だった。


「弓兵、配置につきました! いつでも戦えます!」


 意気揚々と申し出る兵卒に、リセは少し嬉しくなった。

 しかし心を鬼にして、ぶっきらぼうに答える。


「……何を言ってる。総員退避とは兵卒諸君も対象だ。早く街を出ろ」


 兵卒は心外そうに言った。


「それでは故郷を差し出して逃げるようなものではないですか! 俺たちだって戦う覚悟は持ってま――」

「――見ろ!!」


 リセは大声で怒鳴った。


「あの大きさ! 雲を引き連れて来る巨人を! 矢が届く距離に来たときには、次の瞬間には蟻のように踏み潰されているだろうよ!」


 するとそのとき。


「その通り。兵卒の矢では土台ムリだ。あとは騎士に任せたまえ」

「レーン卿!? なぜ残っておいでなのです! 市民について退避してほしいとお願いしたではないですか!?」


 レーンは事もなげに言った。


「治療を行える聖騎士(パラディン)は、ここにこそ必要でしょう」

「冗談を仰る! あれ(・・)を見て、治療可能な怪我で済むとお思いですか? 騎士であっても兵卒と等しくひと踏みで終わりでしょう! 無駄な犠牲だ!」

「ふむ。やはり自分たち吊るし人(ハングドマン)だけで城を枕に討ち死にされるおつもりか」

「っ!」


 見透かされて、リセは言葉に詰まった。


「……仕方ないではないですか。全市民の退避はおそらく間に合いません。市民がまだ残っているのに騎士がすべて逃げるわけにはいかない。今、責任を取れる者は私だけなのです。部下も若い者は逃がします。残すのは『自分も残る』と言ってくれた中堅以上の部下だけです。どうか、レーン卿もご退避を――」


「――なめるなよ、小娘」


 レーンの言葉に驚いて、リセは彼を見上げた。

 レーンが続ける。


「若い者は逃がす? 君も二十歳そこそこではないか。自分より一回りも若い騎士を犠牲にして自分だけは助かる。君には私がそんな騎士に見えるのか?」

「そんな、そんな事は」

「付き合ってやる。だから無駄などと言うな。最後まであきらめるなよ、小娘」


 リセはなおも反論しようとしたが、うまく言葉が出てこなかった。

 そして反論の代わりに深く、頭を下げた。


「ありがとうございます……」

「何の。……おっ? どうやらダレンの騎士も残る気のようだぞ?」


 城壁内を見下ろすと、退避で人気(ひとけ)が少なくなった中央広場に騎士が集まっているのが見えた。

 中央で指示を出しているのは小太りな騎士。

 天馬騎士も一騎いる。


「ハンス卿と話してくる。すぐ戻る」

「ハッ。お願いします」


 レーンが去っていく。

 心強い仲間を得たことは嬉しい。

 しかし、それでも――。

 リセは今まで直視を避けてきた、迫り来る巨人に目を向けた。


「――っ、無理だ」


 レーンにあきらめるなと言われた直後なのに、すぐに弱音が出てきてしまう。

 いや。

 奴を見て心が折れないほうがおかしい。


「こんな奴が一体どこに潜んでいたというのだ……」


 遥かなる巨人は雲を纏っていて上半身のほとんどが見えない。

 ただ、雲の中で赤い瞳が太陽のようにふたつ、朧に光っている。


「パパ……早く帰ってきて……」


 子供の頃の呼び方で主たる首吊り公を呼んだ、そのとき。


「!!」


 迫り来る巨人が振り上げた馬鹿げた大きさの脚に、赤いロープが何本も絡みついた。

 絡みつく赤いロープはどんどん増えていき、山のような巨体を赤く染め上げていく。


「パパ……!」




「無茶です、ヴラド様!」


 グリムに乗って追いついたロザリーが、中空で巨人に向かって赤いロープを放つ首吊り公に叫んだ。

 しかし彼は聞く耳を持たず、どんどんロープを追加していく。

 赤く染まっていく巨大な足を見て、ロザリーが目を見開く。


「すごい……剣王ロデリックと戦っているときは、まだ全力じゃなかった? でも、こんな使い方ではすぐに魔導が尽きてしまう……!」


 首吊り公は巨人のすぐ後ろから、無数の赤いロープで奴を引っ張っている。

 それでも巨人はハンギングツリーへ進むことを止めようとせず、力比べの様相となる。


「ぬ……ぬおおおおおお!!」

「え、っ!?」


 首吊り公の身体から燃え盛る炎のように赤い魔導が溢れ出て、赤いロープが発光する。

 その途端、遥かなる巨人の動きがギシリと止まった。

 そして、その巨大な脚が上へ吊り上げられていく。


「えええっ!?」


 巨人の脚が横方向に吊り上がって、バランスを崩し倒れそうになる。

 いけるかと思われたそのとき、雲の中から城のような大きさの拳が降ってきて、首吊り公を狙った。

 彼は吹き飛び、彼が放っていたロープが緩んで、解れるようにして消えていく。


「っ、行け、グリム!」


 グリムの豪脚を飛ばし、首吊り公の落下地点に入った。

 騎上で首吊り公を抱き止めて、ロザリーが言う。


「ご無事ですか、ヴラド様!?」


 首吊り公は呼吸が荒くて答えられず、「聞くな」というふうに手のひらを向けてきた。

 ロザリーが彼の肉体に目を走らせるが、外傷は見当たらない。

 どうやら間一髪で逃れたようだ。


「フーッ、フーッ。すっ転ばせようと思ったのだが……チ、さすがに重いわ」

「あと少しでした! これならいけるかも……!」

「〝骨姫〟よ」

「はい?」

「あの街は私のすべてだ。守るのに無茶も何もない」

「……はい」

「力を貸してくれないか。使い魔だけでいい、卿がその身を晒す必要はない。私が倒れたら王都まで退いてくれて構わない。私が戦っている間だけ、どうか、頼む」


 ロザリーはフッと笑った。


「水臭いですよ、ヴラド様。私とあなたは戦友。そして一瞬、親子になりそうだった間柄。そうですよね?」

「むう。……一生言われそうだな、これは」

「ええ! 最初に話すのは奥様(クローディアさん)にします!」

「やめてくれ……」


 ロザリーは首吊り公の顔をまじまじと見た。

 戦意に陰りは見えない。

 しかし剣王戦に続き、先ほどの大立ち回り。

 魔導の消耗は明らかだ。

 ロザリーはそう考えて、次は自分が足止めを試みることにした。


「私がやってみます。ヴラド様はハンギングツリーまでお下がりください」


 首吊り公は心外そうに片眉を上げた。


「何をバカな。気遣いは無用だ」

「回復して備えてください、と申し上げているのです。ヴラド様のことです、特注の最上級魔導充填薬(エーテル)を隠し持っておいでなのではないですか?」


 すると首吊り公は宙を見上げ、ポンと手を打った。


「……ある。百年物のビンテージ魔導充填薬(エーテル)がな」

「百年!? それって飲めるものなのですか?」

「酒と同じだ。質の良いものは時を経てさらに良くなる」


 ズズ……ン。

 地響きが聞こえて、二人の大魔導(アーチ・ソーサリア)がそちらに目をやる。

 首吊り公へ拳を振るって止まっていた侵攻が再開されたようだ。


「――では一時任せる。私の獲物だ、残しておけよ?」

「それはお約束できませんが」


 苦笑するロザリーに笑いかけ、首吊り公は赤いロープによる立体移動でハンギングツリーへ戻っていった。

 首吊り公が見えなくなって、ロザリーは自分の頬をパチン! と叩いた。


「……よし! やるよ、ロザリー!」

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