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253 遥かなる巨人

 対西域騎士団連合に所属する千名の魔導騎士は、首吊り公の要請を受けてハンギングツリー近くの平原に展開していた。


 作戦の目的は〝覗き魔〟一行をランガルダン要塞方面へ逃がさないことである。

 危険な相手だと報告を受けているが、今回の任務は討伐や捕縛ではなく封鎖。

 相手は少数であるし、めったなことは起きまい。

 指揮を執るバファルは、そう高を括っていた。

 だが現在――対西域騎士団連合は混乱の極致にあった。


「バファル総帥代理! エルニエの部隊が潰されました!」

「何を……無闇に突っ込むなと言っただろう! 距離を取って、矢と術で迎え撃て!」

「十分に距離は取っています! でも、奴の歩幅がバカげているのです! ……ああ、また!」

「来るぞッ! 離れろ!」


 平原一面が暗くなった。

 バファルたちが空を見上げると、遥か上空に地面のような平たく大きいものが浮かんでいる。

 遥かなる巨人の足裏だ。

 巨大な足が騎士たちを圧し潰すべく、ゆっくりと落ちてくる。

 バファルも馬に鞭を入れ全力で暗くなった範囲から逃れようとするが、その範囲が広すぎる。


「~~ッ、間に合え!」


 必死の形相で逃げるバファルの顔に、ようやく陽光が落ちてきた。

 直後、彼の後方で恐ろしい地響きが鳴る。

 そのすぐ後に強風と土煙がバファルを押して、追い抜いていく。


「う、アッ」


 馬が転び、バファルは投げ出された。

 地面をゴロゴロと転がり、身体を起こして振り返る。

 踏み下ろされた足は、まるで天をも貫く巨大な塔のようであった。

 あまりに馬鹿げた大きさである。

 腰の辺りまではかろうじて見えるが、その先は雲で見えない。


 足に生える体毛の隙間に、騎士たちが命を懸けて射た矢が小さな小さな棘のように刺さっているのが見えた。


「……犠牲を出して、あの程度か」


 巨人の足がゆっくりと持ち上がる。

 すると刺さっていた矢がパラパラと落ちていくのが見えた。

 それが何だかおかしくて、バファルはつい笑ってしまった。


「フッ。ククク……」

「総帥代理?」


 笑い顔を部下に見られ、バファルは表情を引き締めた。


「退くぞ。角笛を鳴らせ。蜂の巣城だ」

「に、逃げ切れるでしょうか」

「こいつは私たちを狙っているのではない。移動経路に私たちが割って入ったから、移動ついでに踏んでいるだけだ」

「この巨人の目的がわかるのですか!?」

「わかるさ。一目瞭然だ」


 バファルは巨人の足が向いている方を一直線に指差した。


「ハンギングツリーだ」




 ロザリー、オズ、首吊り公、剣王ロデリックの四人は戦闘を止めて、遥かなる巨人の姿に目を奪われていた。

 呆気に取られていたロザリーが、オズのほうを向いて怒鳴る。


「なぜ!? どこから湧いてきたの!?」

「俺に言われたってわかんねえよっ!」

「落ち着け、二人とも」


 剣王がそう言って集中すると、彼の右目のルーンが輝いた。

 オズが問う。


「おっさん、見えるのか?」

「巨大すぎて視界に収めるのに苦労するが……見えぬことはない」


 剣王が静かに語る。


「雲……いや霧か? 白いもや(・・)は巨人から発生している。そのため上半身ははっきりと見えない。やはり西から来たようだ、バカバカしいほど巨大な足跡が残っている……が山で途絶えているな、山を跨いで来おったか。おお、足元でどこぞの騎士団が止めようとしている。勇ましいことだ、蹂躙されるだけだろうに」


 今度は首吊り公が問うた。


「どこへ向かっている?」


 剣王はそれに答えなかった。

 ただ無言で、同情するような目で首吊り公を見つめた。


「ハンギングツリーか……ッ!」


 首吊り公は顔色を変え、赤いロープで巨人の方角へ立体移動で飛び出していった。


「ヴラド様! お一人では危険です!」


 ロザリーの足元から青白き炎が燃え上がり、現れ出たグリムが彼女を乗せ、首吊り公が行った方へ猛烈な勢いで駆けていった。


 取り残された二人は。


「さてオズ。儂らはどうするか」

「だなー。この隙に皇国行っちゃう?」

「それが常識的な選択であろうな……そういえば貴様、儂を裏切りおったな?」

「ヤベッ、素で忘れてた!」


 慌てて身構えたオズを見て、剣王が愉快そうに笑う。


「フッフッフ。冗談だ、今さらお前をどうこうせぬ」

「あえ? ずいぶん優しいな?」

「お前のおかげでロザリーに会えた。連れ帰るのは難しそうだが……」

「なんだ、首吊り公を殺ってロザリー攫うってのは吹いた(・・・)だけか?」

「できるぞ? だがそれをすれば、ロザリーは儂を許すまい」

「ああ……だろうな」

「まあ今回はこれで諦めるとしよう。じかに会って、いろいろと折り合いがついたからな」

「そうかい。それはよかった」

「それで、オズ――」


 剣王はふいに真剣な眼差しになって、オズを見つめた。


「――ロザリーはハンギングツリーを守るだろうか?」


 オズはその問いを聞いて何度か細かく頷き、それから言った。


「守るだろう。例え死ぬことになってもな」


 それを聞いた剣王の表情が、オズには少し嬉しそうに見えた。

 剣王が言う。


「では、ロザリーを愛する我らのやることは決まっておるな?」

「だな……。はー、八翼の次は巨人の王かよ!」

「フ、お前は本当に忙しい奴だな」

「でもよ、おっさんが加勢したからってあのデカブツに勝てるのか? さすがにサイズが違い過ぎね?」


 剣王はそれに答えず、地面に向けて手をかざした。


「っ! 何だッ!?」


 オズが慌ててその場から飛び退く。

 手をかざした地面がボコン! ボコン! と波打ち、地中から人間大の石像がせり上がってきた。

 跪いた聖母像のような石像で、本来赤子を抱いていそうなところに大振りな騎士剣を抱きかかえていた。

 剣王がその剣を握ると、石像は剣を差し出して、地中へ沈んでいった。


「……何だよ、それ」


 飛び退いた場所から聞いてきたオズに、剣王がその大振りな剣を掲げて見せる。


「〝巨人殺し(ジャイアントキラー)〟という名の魔導騎士剣だ。うってつけだろう?」

「そうじゃねえよ!」


 オズが目を剥いて叫んだ。


「何だよその、剣を呼びつける(デリバリーする)能力! ほんとに刻印騎士(ルーンナイト)の能力か、それ!?」


 剣王は片眉を上げて言った。


「そりゃあ剣王だからな? 剣を無くしたくらいでは困らんさ」

「何だよ……その剣を奪うのに俺らがどれだけ苦労したと……こちとら命賭けたのによう」

「まあまあ。必死に剣を奪ったのに、すぐに次を出しては情緒も何もないだろう?」

「嘘つけ。おっさん、楽しんでただけだろう?」

「……まあ、そうだ。許せ、オズ」

「あ~あ。やる気なくなったぜ」


 オズは頭後ろで両手を組んでそっぽを向き、それからすぐに振り向いて言った。


「埋め合わせ頼むぜ? 巨人の王をぶった斬ってくれ!」


 剣王はニタリと笑った。


「任せておけ」

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― 新着の感想 ―
なんだかんだこの二人(オズと剣王)も相性良さそう。
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