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252 吊るし人✕剣王一派

吊るし人と剣王一行が何をしていたかのお話。

ストーリー上はいらないのですが、一応。

 その日は冬を目前にした季節にしては、妙に暖かかった。

 ハンギングツリーの城壁の上で、いつかの兵卒二人が今日も見張りをしている。


「ふぁ~あ。……暇だな」

「ついこの前、蛮族の大軍を見て『もう終わりだああ!』って泣いてたくせによう」

「そっ、そんなの忘れたっ。……ってか、お前だって泣いてたろう!」

「泣いてねえよ」

「泣いてたっ!」

「はいはい。とにかく平和になってよかったよ」

「結局、俺らなんて出番なし。首吊り公と吊るし人(ハングドマン)の方々だけで追い返しちまったな」

「〝骨姫〟様をわすれちゃいけねえぜ」

「だな、〝骨姫〟様。ほんと騎士様さまさま(・・・・)だぜ」

「そういや、昨晩も騎士様たちが出ていくのを見たぜ?」

「俺も見た。まだ帰ってないらしいぜ」

「なんかあったのかねえ……」

「さあな。まあ、騎士様方に任しておけば問題ねえ。連絡が来ねえってことは俺たち下っ端は出番なしってことさ」

「だな。ふぁああ……あったけえから眠いぜ。今日の昼飯はなんだっけ?」

「……」


 答えを返さない相方に、兵卒は笑いながら言った。


「おいおい、食ったばかりだろってツッコめよ!」


 すると相方は、黙って前方を指差した。


「何だよ?」

「山ができてる」

「山? 何だよ、できてる(・・・・)って」


 兵卒が西側に目を凝らす。

 高い城壁から見るそちら方面の景色は、普段なら農村地帯が広がる平野部があって、その奥に森林地帯、さらに奥に山脈が見える。

 しかし今日は妙なところに山らしきシルエットが見える。


「……できてるな」

「……だろう?」

「なんか妙に手前に……」

「あんなとこに山はないよなあ」

「霧が出てる。蜃気楼みたいな?」

「ああ。遠くの山が近くに見えてる?」

「でも。あんな変な形の山なんてあったっけ?」


 その山のシルエットは、すそ野はなだらかに上っているが、途中から急に垂直に近い角度で駆け上がっている。

 頂上付近は霧が濃く、よく見えない。


「え? 今――」

「――動いた!?」


 霧の中で山のシルエットが動いた。

 片方のすそ野が起き上がり(・・・・・)、続いてもう片方も起き上がる。


「ややや、山が、立ち上がっ!?」


 立ち上がったそのシルエットは、人そのものだった。

 山に見えていたのは、胡坐をかいて膝に手を置いた巨大な人のシルエットだったのだ。


「巨、人なのかっ?!」

「山よりでけえぞ……!」


 霧が動き、雲になって巨人の上半身を包む。

 二人が高い城壁の上から西の空を見上げる。

 広がる雲の中で、赤い巨大な目が二つ、太陽のように輝いた。


「何だよ、これ……夢か?」

「終わりだ……今度こそ終わりだ」



 ――その三十分ほど前。

 吊るし人(ハングドマン)筆頭のラズレンとフィン、それにヴァイルは、首吊り公とロザリーを追って森の中を移動していた。

 先行するのはフィン。

 彼は音の精霊と親しむ精霊騎士(エレメンタリア)であり、追跡はお手のものである。

 鳥や獣の警戒し合う声を頼りに標的に接近し、そこからは標的自身が出す声や物音を追っていく。

 今回の標的は八人の大所帯で、さらにそれを首吊り公とロザリーが追っているので追跡のヒントは多い。

 フィンが後ろの二人に短く言う。


「近いよ」


 ラズレンとヴァイルが笑みを溢す。


「ああ!」

「待ち遠しいねえ……!」


 森を突っ切ってまっすぐに標的へ向かっていると、標的の動きが変わった。


(止まった……公とロザリー様が追いついたからだ)


 それからしばらくして、フィンは足を緩め、最後には立ち止まった。


「どうした、フィン?」


 ラズレンが問うと、フィンは眉を顰めてこちらを見た。


「敵が……二手に分かれた」

「覗き魔はどっちにいるんだい?」

「待って、ヴァイル。少し黙って」


 フィンは耳を澄まし、標的が発する音を手繰り寄せるようにして、数キロ先の詳細を探った。


「……二人残って、六人逃げた。公と〝骨姫〟様は二人のほうに残ったみたいだ」


 ラズレンとヴァイルが顔を見合わせる。


「ということは、二人は覗き魔とオズモンド、か……?」

「だろうね。どうするラズレン?」

「優先順位は覗き魔、次いでオズモンドだが」

「そっちに公と〝骨姫〟様がいるなら、あたしらはどちらに向かってもよさそうだけど?」


 ラズレンは少し考え、決断した。


「公と〝骨姫〟様に任せよう。我らは六人を狩るぞ!」

「おう!」「あいよ!」


 ――ココララ一行は一目散に剣王と首吊り公の戦闘領域から離れるべく逃げている。

 重戦士オルトンは首吊り公の呪詛を食らってより、未だ意識が戻らない。

 それを担ぐビンスが最後方にいて、その前にセーロを負ぶったアルフレド。

 その前にココララがいて、さらにそのずっと先をジャズが先行している。


「ジャズ……」


 ココララは不安だった。

 先行するジャズが、たびたび後方を振り返るからだ。

 時を追うごとにその頻度は明らかに多くなっていて、ついにココララは彼に向けて叫んだ。


「ジャズ! どうした!」


 ジャズは振り向いてココララを見、それから速度を緩めた。

 ジャズとココララの距離が縮まり、彼が言う。


「追手が来てる。あちらの方が速い」

「っ! ……首吊り公? それとも〝骨姫〟?」

「首吊り公は老伯とやり合ってる。〝骨姫〟はオズを追って真逆だ」

「じゃあ別口?」

「ああ。おそらくは吊るし人(ハングドマン)だろう」

「厄介だな……数は?」

「二人……いや、三人か」

「少ないな?」

「それだけ腕に自信があるということだ」

「我らの逃亡を追えるのだから当然そうなるか……」


 ジャズはまた後ろを振り返り、眉を顰めた。


「迎え撃とう、ココララ。逃げきれない」


 ココララは目をギュッと瞑って考え、それから頷いた。

 そしてその場に立ち止まり、後続のビンスとアルフレドに声をかける。


「追手だ! 数、三! 迎え撃つ!」


 ビンスとアルフレドも立ち止まり、後方を振り向いた。

 彼らが見つめる樹々の枝葉の奥から声がした。


「――逃げることはないじゃないか」


 姿を現したのはラズレンだ。


「はるばる皇国から来たんだ、遊んでいけばいい。だろう?」


 ラズレンの言葉の端から漂う敵意と殺気は尋常ではない。

 一番近くにいたビンスがせせら笑う。


「お前が? 俺と遊んでくれるってのか?」


 ラズレンは笑顔で頷く。


「そう言ってる。来いよ、ほら? 怖いのか?」


 ビンスの顔に血管が浮かぶ。

 担いでいたオルトンを乱暴に投げ捨て、両手で胸を掻き毟った。


「いいんだなァ? お前で、遊んで、いいんだなああアア?」

「!」


 ビンスの形相が変わる。

 口と鼻が突き出てきて、頭蓋骨ごと獣の面に変容していく。

 ゴキリ、ゴキリと肩甲骨が大きな音を立て、体格が骨格ごと肥大化する。

 身体じゅうから体毛が生えてきて、眼球から理性の光が消える。


「ウゥゥ……グルゴアァァァァッ!!」

【狼のルーン】所持者(ライカンスロープ)か……!」


【狼のルーン】は肉体そのものを改変し、術者を狼人へと変える。

 優れた魔導騎士の身体能力をさらに数段階上に引き上げる強力なルーンだが、理性を失う諸刃の剣でもある。


「ガアァァアッ!」


 狼人と化したビンスは瞬く間に距離を詰め、ラズレンへ鋭い爪を振るった。

 ラズレンは【蠅のルーン】を発動し、無数の蠅となって霧散してそれを躱す。

 狼人化したビンスは何が起きたか判断できない。

 首を回しながら、めったやたらにそこらの蠅を爪で切りつけている。

 そこへ――。


「おらあっ!!」


 樹々の向こうからヴァイルが現れ、ビンスを大金棒でぶち殴った。


「ギャンッ!?」


 重戦士オルトンと比較しても劣らない体躯である、ビンスは犬のような悲鳴を上げて吹き飛んでしまった。


「ビンス、大丈夫!?」


 吹き飛んだ彼の元にアルフレドが素早く近寄り、寄り添って聖文術(ホーリーワード)を唱え始めた。


「回復かい? させないよ!」


 ヴァイルが大金棒を振り上げて、二人に迫る。

 アルフレドはフ、と笑った。


「――天上に響くは楽神の竪琴。爪弾く音色は瞬きて、邪を払う光芒とならん。【星の瞬き(スターライト)】!」


 アルフレドが唱えた聖文術(ホーリーワード)は、回復術ではなく攻撃術だった。

 こぶし大の星がアルフレドの周囲にいくつも発生し、それが糸を引きながらヴァイルを襲う。


「ウッ!?」


 ヴァイルは慌てて大金棒を盾にして防ごうとしたが、星々は意志を持つかのように大金棒を避けて曲線を描きながら、ヴァイルの脇腹や顔、背中などを強かに打った。


「ぐ、うっ」


 急所ばかりを強く打たれてはヴァイルも堪らず、その場に膝をついた。

 アルフレドはその様子を見ながらゆっくりと、ビンスに回復の聖文術(ホーリーワード)をかける。


「君みたいな猪突猛進タイプの扱いはお手の物さ。(ビンス)で慣れてるからね?」


 ヴァイルがフツフツと笑う。


「い~い男じゃないか! あぁ、今すぐ嬲ってやりたい!」

「うへっ。遠慮しとくよ、レディ」


 ココララとジャズは彼らの戦闘に参加できないでいた。

 蠅となって霧散したラズレンの居場所がわからないからだ。


「ココララ……」

「わかってる……」


 姿をくらましてまで狙うのは、きっとこの集団のリーダーたる自分だ。

 そう確信しているからココララは微塵も油断していなかったのだが。


「ココララっ!」


 ジャズの叫びに、ココララはハッと自分の身体を見た。


「ッ、蛆!? どこから!?」


 いつの間にか身体に蛆が集っている。

 ココララは生理的嫌悪に突き動かされて、必死に身体についた蛆を払った。

 そうして羽音に気づいて見上げたときには、蠅の群れが男の形となって彼女のすぐ真上にいた。

 蠅の群れが言う。


「お前が――頭だな――?」

「~~ッ、化け物め!」


 ラズレンが人化し、ココララへ落下しながら剣を突く。

 間一髪、ジャズが横から体当たりして、ラズレンと共に地面に転がった。


「チ、邪魔を――」


 ラズレンは剣を振るい、刃に着いた血を払った。

 衝突の瞬間、ラズレンは狙いを変えてジャズを刺していた。

 肩口から胴体のほうへ刃を突き入れられたジャズは、苦悶の表情でうずくまっている。


「しかし――なぜお前が頭なんだ?」


 ラズレンが言う。


「この斥候役か、あっちの聖騎士(パラディン)のほうがよくはないか? 実力的にも、判断力の面でもお前より適役だ」


 ラズレンがこう話し始めたのは、ココララの動揺を誘うためだ。


「お前もしや――覗き魔の()か?」


 ――これでこの女騎士は逃げられまい。

 最大限に侮辱的な台詞を吐き、ラズレンはそう確信していた。

 なのに、彼の口は勝手に続きを語り出した。


「いや、それは失礼だ。君に限ってそんなことはあるまい。きっと君には俺にはわからぬ素晴らしい力が――」


 そこまで言って、ラズレンはハッと口を押さえた。

 ココララは仏頂面で言った。


「ありがとう、吊るし人(ハングドマン)殿。世辞でも嬉しいよ」


 ココララは抑揚なく棒読みで言っているのだが、ラズレンには魅力的な笑みをもって慈しむように言ってるように聞こえる。

 ラズレンは両手で耳を塞いだ。


「【惚れ薬】のまじない!? バカな、そんなものに俺がかかるはずが……!」

「【惚れ薬】とは違う。似ているけど別の呪詛。私の母が私にかけた、一生消えない特別な呪い。あなたなら解けるだろうか?」


 ココララが剣を携えてラズレンに近づく。

 ラズレンは彼女に立ち向かうことができず、後ずさる。


「どうした、吊るし人(ハングドマン)? さっきまでの威勢はどこへ?」

「ぐ……」


 ラズレンが助けを求めるようにヴァイルを見る。

 どのような術であれ、この手の術は異性にしか効かないはずだからだ。

 しかしヴァイルはビンスとアルフレドの相手をしていてそれどころではない様子。


(マズい、後ずさることさえできなくなって……)

(彼女に近づきたい、触れたいと、心の底で思っている……!)


 ラズレンは歯噛みして、それから言った。


「ああ、くそ……本っ当に、嫌だ」

「嫌? 本当は私に触れたいと思ってるはず」

「それは認める。俺が嫌なのは……」


 ラズレンは俯いて黙り込んだ。

 ココララが首を傾げる。


「何が嫌なの?」


 ラズレンは嫌そうに口をへの字に曲げて、それからポケットから何かを取り出した。

 それは丸めた布切れ二つで、ラズレンはそれを咥えて濡らしてから、両耳にねじ込んだ。

 それから大声で叫ぶ。


「フィン! やれッ!」


 ココララがハッと気づく。


「そうだ、追手は三人……!」


 フィンは彼らを見下ろす木の上に隠れていた。

 戦闘に参加しなかったのは彼が弱いからではない。

 彼は切り札だからだ。


『『ああアアあkdgwラアspりああああアアァァ――!!』』


 三半規管を破壊する不可避の音波攻撃。

 近距離にいて相手が対策していなければ、という条件下では、吊るし人(ハングドマン)最強の攻撃手段だった。


「あ、あ……」


 ココララは焦点がおかしくなり、ふらついて、倒れた。

 ビンスやアルフレド、ヴァイルまでも同じくその場に倒れていく。

 ついでに離れて様子を見ていたセーロも卒倒していた。

 ラズレンだけは耳栓と、覚悟していたおかげで、どうにか踏み止まっている。


「初めから俺に任せればよかったのにさ」


 木から降りてきたフィンがそう言うと、ラズレンは声を荒らげた。


「これを!? 初めから!? 嫌に決まってるだろう!?」

「ハハ、ラズレンはいっつも嫌がるね」

「それはいつも俺が囮役だから! ……はあ。もういいや。こいつら拘束しちまおう」

「部下に騎士護送用の檻馬車持ってこさせようか。どうせこいつらしばらく起き上がれないし」

「だな。ついでにヴァイルも入れちまおう」

「プッ! それ採用! めっちゃキレるだろうけどね!」

「それを檻の外から眺めるのがいいんだよ」

「オーケー。じゃあ狼煙を上げて部下を――」

「ああ」

「……」

「どうした、フィン?」

「……」

「おい、フィン!?」


 急に喋らなくなったフィンの肩を揺すると、フィンは驚いた顔でラズレンを見上げた。


「大変だ、ラズレン……」

「何だ、いったい何が聞こえた(・・・・)!?」


 フィンは来た方角――ロザリーたちがいる方面を指差した。


「……地響き。ほら、もうラズレンにも聞こえるんじゃない?」


 ラズレンは地面に手を当て、少ししてから強張った表情で頷く。


「何だ、これは?」

「足音だよ……」

「足音? ……まさか!」


 フィンは頷いた。


「巨人だ。それもとびっきりデカい奴の、ね」

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