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249 母と母

 老伯一行は〝首吊り公〟と〝骨姫〟の二人の大魔導に前後を挟まれている。

 ロザリーと相対しているのは斥候役のジャズだが、彼を押し退けてオズが前に出た。

 フードと布マスクで完全に顔を隠した状態である。

 首吊り公と相対する老伯が、振り向きもせずに言った。


「ぬかるなよ、覆面」

「わっ、わかってら!」


 ロザリーはいかにも怪しい覆面姿の男を見て、眉を顰めた。


「何のつもり……?」


 オズがロザリーと向き合いながら考える。


(ほんとはやりたくねぇ。皇国騎士の仲間やってると知れたら、マジでロザリーがブチ切れかねねえからな)

(とはいえビビり状態のココララたちじゃあ、対応できっこねぇ)

(ここは正体を隠したまま、俺がどうにか時間を稼ぐ)

(ロザリーはクソ強え。でもロザリーの手管はよ~く知ってる)

(〝ユーギヴの鍵〟もある。今の俺なら煙に巻いて逃げるくらいできるはずだ)


 覚悟を決めたオズは、声を変えて言った。


「あー……吾輩はムジナ仮面! 故あって剣王ロデリック殿に助太刀いたす!」


 そして剣を抜き、ロザリーに突きつける。


「〝骨姫〟ロザリー殿とお見受けいたす! 大魔導(アーチ・ソーサリア)と戦ったとなれば末代までの誇り! 一戦、お付き合いいただこうか!」


 ロザリーはオズの怪しい口上を黙って聞いていた。

 しかし聞くたびに目つきが鋭くなり、紫の魔導がゆらゆらと溢れてくる。

 その様子に、オズがおずおずと(・・・・)尋ねる。


「あの……聞いてます?」


 すると、ついにロザリーの怒りに火がついた。


「オズっ!! あなた、何をやってるのっ!」

「うあああ! もうバレてらああっ!?」

「バレるに決まってるでしょ、このバカっ!」

「ううっ……」


 オズはロザリーからジリジリと下がり、次の瞬間、くるりと背を向けた。


「……逃げっ」

「あっ、オズ! 待ちなさいっ!」


 森の奥へ脱兎のごとく逃げ出したオズを、ロザリーが追っていく。


(うまいぞ、オズ)


 二人のやり取りを背中で見ていた老伯は、オズが逃げたのと逆方向を指差した。

 少し間があってから、ココララがそれが何を意味するのか気づく。


「ジャズ! 老伯の指した方角へ!」

「! わかった!」


 ジャズが先行し、ココララたちがその後に続く。

 オルトンはビンスが担ぎ、セーロはアルフレドがおぶっていった。

 老伯は目の前にいる首吊り公が何をしてもそれを断ち切るために集中していたが、首吊り公は腕を組んで見ているだけだった。


「……逃がしてくれるとは。存外、優しいところがあるのだな、首吊り公?」

「三下に用はない。私の獲物はお前だよ、覗き魔」


 老伯が目を瞬かせる。


「覗き魔、とな?」

「ランガルダン要塞で私と〝骨姫〟のことを覗いておっただろう」

「おお、なるほど。やはりあのとき気取られたか。儂もまだまだ青いな」

「耄碌した、の間違いだろう? さっさと引退したらどうだ」

「言うではないか、首吊り公。まさかとは思うが、お主――」


 老伯の魔導が高まってゆく。

 魔導の井戸たる心の臓から恐ろしい勢いで青い魔導が溢れ出てくるが、それが彼の身体から零れることはなく、密度だけが異常な濃さになっていく。


「――儂に勝てるつもりでおるのか?」


 老伯の右目に宿る固有ルーンが強烈な輝きを放ち、眼帯を貫いて首吊り公の目に映る。

 首吊り公の肌を悪い予感がサワリと撫でる。


「ぬ、っ!」


 ヂィィィィン!

 見てからでは躱せぬ、不可避の抜き打ちが首吊り公の居た場所を襲う。

 剣閃を追って一本の筋が走り、それに沿って地面や樹々などあらゆるものが両断される。

 予感に頼って動いたおかげで躱せたが、冷たい汗が首吊り公の首筋を流れた。


「身の程知らずが多くて困る」


 老伯が言う。


「儂は老いぼれてもニドより強いぞ?」


 黒獅子ニドは王国最強の騎士。

 それより強いと宣言することは、目の前の首吊り公より強いと宣言するに等しい。

 首吊り公は目を剥き、歯を剥いて笑った。


「……クク、ならば試してやろう。なァ?」


 首吊り公は両腕で身体を抱いて魔導をため込み、それから腕を開くと同時にありったけの魔導を放った。

 老伯の周囲のあらゆる角度から赤いロープが発生し、全方位から蛇のように一斉に襲いかかる。


「ふむ。逃げ場がないな」


 老伯はひとつ考え、それから両腰の剣をそれぞれの手に握った。


「ないなら作ればよい」


 襲い来るロープの一部をザンッ! と双剣で断ち切り、できた空間にその身を逃がす。


「まだだ!」


 逃げた方向の上空から、赤い糸を編み込んだ網が落ちてきた。

 糸は一本一本が鋭く、刃物のごとき鋭利さを備えている。

 それを斬るべく老伯が腰を落とし、地面を踏み込む。

 すると足元の地面から赤いロープが出てきて、老伯の足首と地面を結んだ。

 その瞬間、首吊り公の唇が動く。


「【縫い付け】たぞ?」


 頭上から鋭い網が迫り、足首はまじないで繋がれ動かない。

 その上、いつの間にか老伯の首に〝縛り首〟のロープが巻かれた。

 三種の攻撃に挟まれた生死の狭間にあって、老伯は髭の奥で笑っていた。


「目くらましが多いが――本命はこれだろう?」


 老伯が胸の辺りで何かを摘まんだ。

 それは目を凝らさねば見えぬほど極細の赤い糸で、首吊り公の指から老伯の心臓を狙ってまっすぐに伸びていた。


「……ッッ!!」


 驚愕する首吊り公の顔を愉しみながら、極細の糸をぷつりと切る。

 次に足首を縫い付けたロープを術ごと切断し、それから双剣を頭上でぐわんと回して、網と〝縛り首〟を断ち切った。


 極細の糸は首吊り公が〝貫き〟と称する、近接戦における彼の奥の手だった。

 その正体は極限まで視認性と気配を削り、一方でその隠密性を損なわないギリギリまで魔導を乗せた一撃必殺の刺突攻撃。

 首吊り公の長い戦歴でこれを見破られたことは一度もなく、仕掛ければ確殺の術だった。

 なのに剣王は見破るだけでなく、剣すら使わず指先で止めて見せた。

 だからこそ首吊り公は聞かずにはおれなかった。


「……なぜわかった?」


 老伯が髭を撫でつつ、言う。


「儂の強さを〝何でも切れるから〟だと勘違いする者が多い」

「……違うと?」

「ああ、違う。儂が強いのは――」


 老伯が眼帯をずらし、その下の目を開けた。

 色が滲んだ瞳孔に、見たことのないルーンの紋様がありありと浮かぶ。


「〝目がいい〟からよ!」




 オズが森の中を逃げ、それをロザリーが追っている。


「オズ! なんで逃げるのっ!」

「お前が追っかけてくるからだろぉ!」


 足の速さは完全にロザリーが上回るのだが、逃亡生活で鍛えたオズの逃げ足に簡単に追いつけない。

 とはいえ二人の距離は次第に縮まっていく。


「なんで皇国の騎士なんかと一緒にいるの!」


 息苦しくなって、オズはマスクを剥ぎ捨てた。


「俺だって(逃亡)生活がかかってんだよ! そんな怒んなくてもいいじゃんかよぉ!」

「私が! どれだけ! 心配したと思ってるのよっ!」

「それは……ううっ、ごめんよぅ、ロザリィ」


 オズは精一杯の甘えた声でそう言ったのだが。


「……許さないっ!」

「謝ったのにぃぃ! 許してくれぇ、おっかあ!」

「誰がおっかあよ!」


 ロザリーは走りながらその辺の枝や石を拾っては投げてきて、それがオズの頭によく当たる。


「痛え! 痛え! わざと同じとこ狙ってんだろっ!」

あのとき(・・・・)! 私を頼ってくれればよかったじゃない! そうすればこんな風にはならなかった! まだ王都で暮らせてたはずよ!」

「~~っ、んなこと言ったって頼れるかよっ!」

「……なぜ? なぜなの?」


 その声が遠くから聞こえた気がして、オズは足を止めた。

 ロザリーは立ち止まっていて、俯いていた。

 オズが恐る恐る声をかける。


「ロザリー……?」

 

 ロザリーが顔を上げた。

 彼女は涙ぐんでいた。

 オズには思わぬことで、だからつい子供のような尋ね方をした。


「俺が……泣かしたのか?」


 ロザリーはぶんぶんと首を横に振ってから涙声で語りだした。


「オズが生きてて嬉しいっ。でも、どうしてこうなったのかわかんないっ」

「それは……」

「私、あのときのことをすごく後悔してるの。だってオズが困難な状況にあること知っていたもの。王都の空き家であなたを見つけて、オズったら自分一人で自分の誕生日を祝ってて……」

「やめろ! 俺の黒歴史は思い出さなくていい!」

「王都に帰って、あなたに起きたことを知って。お母さまの死も……。ごめんね、オズ。私、任務へ行くべきじゃなかった。お節介でも、私がどうにかすべきだった。もう、お母さまのご冥福を祈ることしかできな……いっ」

「……ロザリーが謝ることじゃない」

「でもっ」

「俺はっ、母さんは戦って死んだんだと思ってる。俺のために、それしか手段がなかっただけで……だから、母さんを憐れまないでくれ!」

「オズ……!」

「頼むよ、ロザリー……」

「……わかった」


 ロザリーは袖でぐいっと涙を拭い、それからオズに向けて手を差し出した。


「だから、一緒に帰ろう?」


 オズはその手を取りたかった。

 すがりつきたかった。

 それでも、彼の中で結論は出ていた。


「……それはできない」

「なぜ? お尋ね者だから?」

「それもある」

「だったら私が何とかする。今度こそ助ける」

「いいや、ダメだ」

「なぜ? そんなに私って頼りない?」

「頼りにしてるさ。昔も、今もな」

「だったら!」

「だからこそだよ、ロザリー。俺はいつまでもお前の世話になるわけにはいかないんだ。逆に俺がお前を助けてやれる、そのくらいでないと俺は自分を認められないんだ」

「……」

「納得いかないか?」

「……今。結局、オズの世話をしてる気がするけど」

「あ~……。ごもっとも」

「だよね?」

「だな」

「「……」」


 しばらくの間、二人は黙って見つめ合った。


「逃げっ」

「あ、待てっ!」


 また追いかけっこが始まろうとした、まさにそのとき。


「うっ!?」「何だッ!?」


 地面が大きく揺れて、落雷のような轟音が響き渡った。

 二人が音の方向を見やると、森が、地面が弾けて飛んでいた。

 その中に、赤いロープで宙を逃げる首吊り公の姿が見えた。


「ヴラド様が押されてる……?」


 宙を逃げる首吊り公に対し、迫り来る剣王ロデリックが見える。

 首吊り公は間合いの外から無数の赤い糸で攻撃しているが、剣王は剣先をわずかに動かすだけで糸の軌道がズレて外れていく。


「このままじゃ危ない……!」


 ロザリーは振り返り、オズに言った。


「オズ、そこにいて! 必ず戻――あれっ?」


 言葉をかけた先にオズの姿はなく、次の瞬間、ロザリーの腰にオズの腕が巻きついた。


「行かせねえぜ?」

「なっ……! 放しなさい、オズっ!」


 脇のすぐ下にあるオズの頭をゲシゲシと殴るが、オズは一向に離れない。

 それどころかロザリーの脇腹に頬を擦りつけている。


「ふぅ、役得、役得」

「なんでこんなことっ! あなた、本当に王国を裏切ったの!?」


 オズが静かに言った。


「〝白薔薇のルイーズ〟」

「!!」


 ロザリーの殴る手が止まる。


「お前の母親なんだよな?」

「……なぜ知ってるの」

「剣王のおっさんな? お前の母親の戦友なんだと」

「!?」

「だから忘れ形見のお前に会いたくて、その一心で王国に侵入したんだそうだ」

「っ、そんなの、本当かどうかわからないわ!」

「マジだよ。あのおっさん、嘘が下手だから」

「信じられない!」

「俺のこともか?」

「……っ」


 ロザリーが反論しないのを見て、オズが続ける。


「俺がおっさんの素性と、目的がロザリーだって知ったのは、つい昨日だ。お前とミュージアムで出くわして、なんでこんなの仕組んだんだっておっさんたちを問い詰めたからな。今はすべてを知った上で奴らと一緒にいる。それは、これってロザリーにとって岐路なんじゃないかと思ったからだ」

「……岐路?」

「今なら皇国へ行ける。皇国の大魔導(アーチ・ソーサリア)であるおっさんが逃がしてくれる。王国でロザリーにまとわりついたしがらみを、あのおっさんなら一刀両断にしてくれる」

「オズ……あなた、まさか!」


 オズはロザリーを後ろからギュッと抱いて言った。


「ロザリー。俺と一緒に皇国へ逃げよう」

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― 新着の感想 ―
今のロザリーの心は、オズへの、なんかほっとけない弟分みたいな感じがある気がする。 この先、オズがロザリーに大きな背中を見せられる瞬間があれば、ロザリーの心が一気にオズに傾くような…… どうなんだろう…
オズはロザリーさんの心の迷いを察したのかもなぁ。 でも、きっと。ロザリーが拒否するだろうと予想して、迷いを断ち切らせる為に、わざと提案したのだろう。 …そう、だよね…? でもオズだからなぁ。割りと本…
敵国の最大戦力を前に上役をひとり残して勝手に旧友追っかけてっちゃ駄目でしょ… 何しに来たの君
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