247 鷹狩り二人
ロザリーと首吊り公たちは、アン=ぺネットをトリガーとした呪殺罠から離れた場所にある一軒の廃屋に身を潜めていた。
廃屋の床下と天井には儀式の生け贄となった家畜や小動物の死骸が敷き詰められている。
外壁以外の壁はすべて打ち壊され、一間となった間取りの床板には生け贄の血で魔法陣が描かれている。
魔法陣の外周には時計の文字盤のように魔女騎士が十二人いて、目を閉じて座っている。
ブツブツと呪言を綴る彼らの顔は険しく、脂汗が滲んでいる。
魔法陣の中心に一人座るのは首吊り公。
こちらは冷たい表情で目を瞑り、胡坐をかいて意識を離れた呪殺罠へと飛ばしている。
「……かかった!」
首吊り公はカッと目を見開き、両手で何か見えないものをねじ切る動きをした。
その瞬間、魔法陣が赤く発光し、禍々しい何かが呪殺罠へと飛んでいく。
呪殺が成ると、外周の魔女騎士たちが意識を失ってバタバタとその場に倒れていった。
首吊り公はすっくと立ち上がり、廃屋を出た。
「ロンド! この者らは任せるぞ」
ハンギングツリーから駆けつけ、廃屋のすぐ外に控えていたロンドが力強く頷く。
「ハッ!」
「行くぞ、〝骨姫〟!」
「はいっ!」
ロザリーの足元から青白き炎が上がり、グリムが現れ、主人をその背に乗せる。
首吊り公も高速移動をするべく赤いロープを発現させ、それを見たラズレンが言う。
「公! 我らは!?」
「待ってられん! 貴様らは遅れてこい!」
そう言い捨てて、首吊り公はスイング移動で瞬く間に森の上へ消えていった。
ロザリーを乗せたグリムも、木々をなぎ倒しながら凄まじい勢いで続いていった。
やがて落雷した一本杉が遠くに見えてきた。
二人は恐ろしい勢いでここまで移動してきたのだが、どうしたことか首吊り公が突然、急停止した。
ロザリーを乗せたグリムは勢い余って首吊り公を追い抜き、それから土煙を上げて止まった。
「ヴラド様?」
省みた首吊り公の顔からは、先ほどまでの高揚が消え失せていた。
「罠が外れた」
「なッ!? 呪殺を失敗したのですか!? 呪いの返りは!?」
首吊り公は自分の胸に手を当て、それから首を横に振った。
「……返りはない。返りがないのに、手応えもない。なんだこれは?」
「生け贄を多く使ったから返りがないのでは?」
「あれはレートを上げるための生け贄だ。リスク軽減の先払いではない」
「呪詛は対象を襲い、失敗すれば自分に返る。そのどちらでもないということは……呪詛そのものを破壊された? まさか、廃屋の魔法陣を壊されたのでしょうか!?」
首吊り公は首を捻った。
「それをできるということは、我らより速く移動できるということだ」
ロザリーがしばし考える。
「呪殺界にかかって、魔法陣へ行ったのなら……そう、なりますね」
「もしそうなら、いずれにせよ逃げられよう。なのでその可能性は除外する。足が遅いならもうすぐ背中を捉える、このまま追ってみよう」
「はい!」
老伯一行は呪殺罠の場所から一目散に逃げていた。
先頭の老伯はセーロを肩に担いでいて、それでも抜きんでて足が速い。
「ほうれ、走れ走れ! 今回の追跡者は足が速いぞ!」
一行はついていくのに必死で返事もしない。
担がれたセーロが言う。
「面倒かけてすいやせん、老伯の旦那」
「何てことはないぞ、セーロ。喋ると舌を噛むぞ?」
「へいっ、むぐっ」
セーロは口を閉じ、その上から手で覆った。
「老伯ッ!」
殿からオルトンが大きな声で呼んだ。
「私はここで足止めをいたします!」
重量級のオルトンにはこの逃亡は厳しく、それならばという判断だった。
しかし老伯は、キッと振り返って短く言った。
「ならん!」
「なぜです!?」
「お前では足止めにならんからだ! 四の五の言わず走れい!」
「……ハッ!」
オルトンは再び走り出し、今の会話を聞いたオズが老伯の隣に寄って、小声で尋ねた。
「もしかして。追手は首吊り公か?」
老伯は頷き、それから付け加えた。
「追手は二人だ」
「ッ! ロザリーもか!?」
老伯はそれには答えず、ただニィッと笑った。
「まさか……この状況、思惑通りなのか?」
「では、ない。このままではお前たちを巻き込んでしまうしな。だが、望んだ状況に近いのは認めよう」
「どうすんだよ、大魔導二人を相手に!」
「儂はお前に期待している」
「え? ……はああ!?」
「どちらか一人、頼めるか?」
「ざっっけんなよ、ジジイ! ついでに買い物頼むみたいに言うんじゃねえ!」
「ハッハッハ。できれば首吊り公のほうでな?」
「無理無理無理! さっきも呪殺外そうとして初手でしくったんだから! つーか、まずおっさんの手下を使いやがれ!」
「……あ奴らにはちと荷が重いな」
「へ? 俺とあいつら戦力的に違わねえだろ? むしろあいつらのほうが戦闘行為に慣れてるように見えるけど」
「訓練は積んでいる。魔導もオズと差はないだろう。だが決定的な違いがある」
「へえ? 何なんだ、それ?」
「皇国において大魔導は、王国以上に敬われ、畏れられている。神のごとく崇拝する地域もあるほどだ。……あ奴らの顔をもっとよく見てみろ」
オズは振り向いて、一行の表情を観察した。
「……強張ってんな。ビビってる」
「皇国は大魔導の数が多く、戦も多い。必然、大いなる力をその目で見ることも多くなる。だから仕方のないことではある」
「でもよ、さっきオルトンは足止めするって自分から言ったぜ?」
「捨て鉢というやつよ。工夫して、時間を稼ぐ意思があ奴に見えたか?」
「なるほどね……」
「だがお前は違う。誰が相手でも怯まない。諦めて命を投げ出したりもしない。死地にあっても必死に活路を見出すだろう。これは大きな、とても大きな差だ」
オズはしばし黙り、それからフードを被った。
持っていた薄布を取り出し、それを巻いて口元を隠す。
老伯は目を細めて笑った。
「オズ。やる気を出してくれて嬉しいぞ?」
「う、うるせえ!」
「当てにしている」
森の樹々の上を赤いロープで高速移動する首吊り公は、老伯らの背中を小さく視認できるところまで距離を詰めていた。
振り向いて下を向くと、すぐ後ろをロザリーが追ってきている。
首吊り公はロザリーに向けて赤いロープを伸ばした。
ロザリーは赤いロープに腰を巻かれたが、抵抗せずに身を任せた。
赤いロープに吊り上げられ、首吊り公のいる森の上まで上昇する。
「ヴラド様」
すぐ近くまで来てロザリーが名を呼ぶと、首吊り公は顎で先を指し示した。
「追いつきましたね」
「足が速いわけではなかったようだな。呪殺界を何らかの方法で破壊したが、それに時間を食ったのか?」
ロザリーは小さく見える一行を見つめ、目を細めた。
「……ヴラド様。呪殺は多用しないほうがいいかもしれません」
「逆だ、〝骨姫〟。早くにネタを割っておく必要がある。機会があれば即時使用するぞ」
「わかりました。そのつもりでおります」
「巻き込まれぬよう注意しろよ?」
「私のことはご心配なく。呪殺の効かない不死者たちが私を護ってくれます」
「なるほど。では遠慮なくいこう。オズモンドは任せる。その他は早い者勝ちだ」
「それで結構です」
「よし。……さあ、狩るぞ!」
「はいっ!」
恐ろしい狩人が、オズたちに襲いかかろうとしていた。





