23 課外授業へ
王都ミストラル、城門前。
行き交う馬車を避けた端のほうに、三年生――総勢四百名が集まっていた。
腰には長剣、足元には丈夫なブーツ。
背中には大きめのリュックを背負っている。
傍らには荷車も用意され、折りたたまれた天幕や植物油、医療品などが積まれている。
「ロロ、緊張してる?」
ロザリーが隣のロロに問いかける。
「ええ、まぁ。でもここまで来たら、なるようになれですよ」
ロロの表情は硬いが、腹はくくっているようだ。
「それにしても……聖騎士の格好、高価そうですねぇ」
ロロが言うのは旅装のことだ。
普段から着用する制服こそみんな同じだが、上に羽織るものがクラスごとに違う。
青のクラス刻印騎士は旅人が使う、茶色のなめし革のマント。
緑のクラス精霊騎士は各々がバラバラの格好。
ロザリーたち魔女騎士は、真っ黒なフード付きマント。
そして黄のクラス聖騎士は、白いなめし皮に金の留め金がついたコートを羽織っていた。
「あれって、自費らしいですよ」
「えっ? 私たちは徴収されてないよね?」
「聖騎士以外の旅装の金額は、たかが知れていますから。あの白マント、銀貨二十枚かかるそうです」
「うわ、ほんと?」
「マジです」
そのとき、野太い声が辺りに響いた。
「騎士候補生、傾聴!」
雑談していた生徒たちの視線が、声の主に向かう。
木箱を並べて作った壇の上に、茶色の短髪で筋肉質な大男が立っていた。
刻印騎士担当教官のウルスだ。
剣技会決勝の審判をした人物であり、ロザリーたち三年生担当の筆頭教官でもある。
ウルスは行き交う人々がつい振り返るほど、大きな声で話し始めた。
「諸君らはこれより、課外授業へと出立する。生徒だけで王国南端にある第一目的地まで行軍し、その地を調査のちに第二目的地の砦に報告。そのまま砦に駐屯して業務に従事、再び行軍して王都へ帰還する。日程は行軍片道三日、調査任務及び砦業務に四日。計、十日を予定している。この間、教官の助けは一切ない。この遠征自体は、諸君らならば難しいものではないだろう。これはいわば実習の予行練習だ。実習先には手取り足取り教えてくれる教官はいない。自ら判断し、自ら行動する。問題が起きれば仲間と話し合い、自分たちで解決する。それがこの課外授業の目的だ」
生徒たちは黙って聞いている。が、その目には浮き立つような心持ちがありありと見える。
たった十日間とはいえ、寮生活から解放されるのが嬉しくて仕方ないのだ。
ウルスは諦めのため息をつき、次へと進む。
「ではこの遠征を指揮する四人を紹介する。青のクラス代表、グレン=タイニィウィング!」
青のクラス生を中心に、拍手が起きる。
ロザリーは拍手に応じながらも、驚きを隠せない。
「グレンが代表!? 大丈夫かな……」
ロロが答える。
「務まるんじゃないですか? ヴィルマ教官の言う通りなら、青のクラスの代表は強い者じゃないと務まらないってことですし。彼に強さで張り合えるのって、それこそロザリーさんくらいですから」
二人が話しているうちに、グレンが壇上に上がっていた。
彼が生徒たちに向かって一礼すると、拍手がまた大きくなった。
ウルスが両手を広げ、拍手を制する。
「次に黄のクラス代表を紹介する。ウィニィ=ユーネリオン!」
わっ! と拍手が巻き起こる。
「聖騎士はウィニィか」
「ま、そうなるでしょうねぇ」
ロザリーとロロは拍手しながら、また雑談を始めた。
「ロロはウィニィだって予想してた?」
「もちろんですとも。容姿端麗、成績優秀、家格は比類なし。男女ともに人気があり、性格も王族とは思えないほど接しやすい。彼を選ばない理由が見当たりません」
ウィニィが壇上に上がると、拍手はさらに熱を増した。
女子生徒から黄色い声まで飛んでいる。
「そういえば彼――」
拍手の音に負けぬよう、ロロが耳打ちした。
「――婚約したらしいですよ?」
「ウィニィが? うそ!?」
「マジです。この間のウィニィさんの誕生パーティーが、実は婚約発表会だったそうですよ。王族や貴族は早いうちから婚約することはそう珍しくはありませんが……なにぶん、急な話だったみたいですねぇ」
「へえ~」
ロザリーは壇上のウィニィを見つめた。
彼は王族らしく雅やかに一礼し、ウルスが次の名を呼ぶ。
「緑のクラス代表、ジュノー=ドーフィナ!」
ロロが拍手しながら耳打ちする。
「それが彼女です」
「ジュノーがなに?」
「許嫁――ウィニィ殿下のお相手ですよ」
「あっ! ……そうなんだ」
「名門ドーフィナ家の一人娘にして、次期当主。ウィニィ殿下を除けば家格は抜きんでています。本人も気高く優秀で、殿下よりよっぽど王族らしいとみんな言ってます。殿下とは幼馴染でもあるらしく、お似合いですよね」
「そうだね」
壇上へ上がるジュノーを、ぼんやりと見つめるロザリー。
ロロはそんなロザリーの顔を覗きこんだ。
「がっかりしましたか?」
「えっ。なんで?」
「ウィニィ殿下はロザリーさんに気があるって噂を耳にしたもので」
「気がある、って。王子様と一般市民だよ?」
「でも、殿下からよく話しかけられてますよね?」
「……友人としての好意は感じるけど」
「身分違い、道ならぬ恋。いやあ、燃えますねぇ」
「……ロロ?」
ロザリーが眉間に皺を寄せると、ロロは慌てて両手を振り、降参の意を示した。
「冗談ですよ、冗談。怒らないでください。ロザリーさんには私がいますから、大丈夫!」
「何が大丈夫なの……ってかさ、よくそんな噂話知ってるよね?」
「噂話が好きですから。特に王室ゴシップは大好物です!」
「なんで山奥の炭焼き小屋から出てきた人が、そんな性格なのかな」
「それは自分でも不思議なんですよねぇ。山にいたときは噂話どころか何の情報も入ってきませんでしたし」
首を傾げるロロの背中を、誰かが突っついた。
ロロとロザリーが振り返ると、同クラスのウィリアスだった。
周りの他の生徒も、なぜかロロを見つめている。
「なんですか、ウィリアス君?」
ロロがウィリアスに尋ねたとき。
壇上のウルスから、地面を揺るがすような怒声が轟いた。
「ロクサーヌ=ロタン!! いないのかっ!!」
思わず耳を塞いだロロに、ウィリアスが言う。
「さっきから呼ばれてる」
「あ、あわわ……」
顔面蒼白でロザリーを見るロロ。
ロザリーは彼女の両肩に優しく手を置き、そのままロロの身体をくるりと壇上へ向けた。
そして背中をグッと押す。
たたらを踏んだロロは、まばらな拍手の中、いつも以上の猫背で壇上へ歩いていった。