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209 自由なる者―3

今週は1話更新になります。

文量的には2話分ありますが、切りどころが難しく……

 副長は急がず、緩みなく、剣をオズの心臓に向けて構えた。

 オズにはもう、己の命を守る術はなかった。


(ここまで、か……)

(……もっぺん、ロザリーに会いたかったな)

死霊(アンデッド)になればワンチャン会えるかも?)


「さらばだ、オズモンド」


 副長が剣を引き絞り、オズの心臓へ突き下ろす。


(正しいこと……俺には難しかったよ、母さん……)


 命を絶つ一撃が服を突き抜け、まさにオズの皮膚に触れた瞬間だった。


 カッ!!!


 強烈な発光が起こり、分厚い光の波が副長を吹き飛ばした。

 副長は五メートルほど飛んで橋に落ち、ゴロゴロと転がってから、むくりと身体を起こした。


「副長!」


 駆け寄ろうとする王都守護騎士団(ミストラルオーダー)を手で制し、オズを見て呟く。


「何が起きた……?」


 その現象の原因と目されるものは、倒れるオズの胸の上に浮かんでいた。

 オズがそれをぼんやりと見上げる。


「何だ、これ……」


 強烈な発光は収まったが、その浮かぶ本自体は未だほのかに輝いている。


「〝ユーギヴの鍵〟……?」


 本は返事をするようにブゥゥ……ンと震え、ページがパラパラとめくれた。


「置いてきたのに……何で……?」


 オズは禁書に引き起こされるように、ふわりと立ち上がった。


「俺を助けてくれるのか……?」


 それを王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の対岸側から見つめるオスカルに、部下の王宮審問官(リブラ)が言った。


「オスカル様、我々も川に向かいましょう! 〝堕天文書〟を回収せねば!」


 しかしオスカルは一瞥もくれずに怒鳴った。


「黙れ!」

「オスカル様……?」

「今、オズモンドは何と言った?」

「は? 聞き取れませんでしたが……」

「〝鍵〟だ。たしかにオズモンドは〝鍵〟と言った」

「鍵、ですか」

「見てわからないか? あの光る本――超常的な力を有するあの本もまた、禁書に違いない! そして禁書で〝鍵〟といえば――〝ユーギヴの鍵〟だ!」


 王宮審問官(リブラ)が目を見開く。


あの(・・)!? シャハルミド院長が最も欲っしているという、あの魔導書ですか!?」

「建国より伝わる禁書リストに名が有りながら、何百年も見つからなかった禁書中の禁書! すでに禁書庫にはないというのが研究者たちの通説だったが」

「オズモンドはどこでそれを?」

「禁書庫だろうよ! あの場所はまさに迷宮、特殊な運を持つ人間にしか探し物は見つからない!」

「……どうされますか?」

「無論、手に入れる!」


 そしてオスカルは振り返り、部下たちに命令した。


「オズモンドを拘束する! ゆくぞ!」

「「ハッ!」」


「待ってくれ、おいっ!」「待って、待って!」


 近くにいたグレンとピートが止めようとするが、一斉に動き出した王宮審問官(リブラ)は聞く耳を持たない。

 その動きを対岸側で見た副長の顔色が変わる。


「チッ、白服共が! 今さら欲を出しおって!」


 残った部下は自分を除いて十五名。

 オスカルが引き連れる王宮審問官(リブラ)は十名。


「伏兵がいれば同数かそれ以上……だが、やらせるわけにはいかん!」


 副長が剣を突き立て、立ち上がる。


「白服の横取りを許すな! 行けっ、オズモンドを殺せッ!」

「「おうッ!」」


 橋の中央にいるオズへ向かい、片方から王宮審問官(リブラ)

 その反対側から王都守護騎士団(ミストラルオーダー)が迫る。

 渦中のオズは、どこかぼおっ(・・・)とした表情で〝ユーギヴの鍵〟を眺めている。

 ページは凄まじい速さでめくれていくが、本が終わる様子はない。


「すげぇ……わかる、わかるよ……」


 オズの頭に、情報の奔流がとめどなく流れ込んでいく。


「俺は魔女術(ウィッチクラフト)を何も理解していなかったんだな……」


 そこへ、先んじて王宮審問官(リブラ)三名が近づいてきた。


「オズモンド! 降伏せよ!」


 オズはその者らをぼんやり見て、呟く。


「もっと自由なんだ。例えば――」


 オズは三名の腰の辺りに向けて、指を宙で遊ばせた。

 降伏する様子のないオズを見て、三名が剣を抜こうとするが。


「ッ!? 何だ、剣が抜けない!?」

「【鍵掛け】完了。開け閉めできると見立てれば、別に扉じゃなくてもいいんだ。あとは――」


 次に三名の首の辺りに向けて、指をリボンを結ぶように動かす。


「がっ!」「か、ひゅっ……」「うぐ……っ」


 王宮審問官(リブラ)は揃いのスカーフを首に巻いていた。

 それが首に食い込んで、爪を立てても解けない。


「【蛇縄術】。これも縄である必要はない」


 三名はもがきながら膝をつき、泡を吹いて石畳に倒れていった。


「総員! スカーフを捨てろ!」


 オスカルの命令に、残る王宮審問官(リブラ)がスカーフを慌てて解いて捨てる。

 オスカルは刮目してオズを見ていた。


(【鍵掛け】に【蛇縄術】だと?)

(どちらもソーサリエで初めに習うような初等魔女術(ウィッチクラフト)ではないか!)

(戦闘で用いるような、騎士を殺せるような術では断じてない!)

(……これが〝ユーギヴの鍵〟の力か?)


 歩を止めた王宮審問官(リブラ)に対し、今度は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)が襲いかかってきた。


「死ねい、オズモンド!」


 そう叫んで最初に斬りかかってきた王都守護騎士団(ミストラルオーダー)に、オズはボソッと言った。


「そこ、滑るぞ?」

「ッ!?」


 オズの仕掛けた【油沼】に足を滑らせる王都守護騎士団(ミストラルオーダー)

 オズはバランスを崩した彼の背後を取り、脇から左腕を差して彼の喉笛に爪を立てた。


「う、ぐっ……」


 苦しげに顔を歪める王都守護騎士団(ミストラルオーダー)

 仲間を人質に取られた格好の他の王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の足が止まる。

 オズは彼らと王宮審問官(リブラ)をぐるりと見回した。


「少し多いな……そうだ、呪詛を試そう」


 軽い口調でそう呟くと、人質に取った男の耳に右手を伸ばし、彼の耳をひと息に引きちぎった。


「あっ! ぐぅぅっ……」


 男は痛みに悶えたが、オズが喉笛を持つ左手に力を込めると再び大人しくなった。

 オズは右手に持った彼の耳を自分の口元に寄せて、呪言を連ねて囁く。


「……隙間から何かがお前を見ているよ」

「カーテンは閉めたか? 扉に鍵は?」

「お前は部屋を間違えた」

「今、誰かとすれ違った?」

「見覚えのある奴だ」

「足音が聞こえないのは、止まってこちらを見ているからだ」

「振り返るな。見れば終いだ」


 呪いの言葉を囁かれた耳が、オズの手の上で黒い灰となって、サラサラと風に消えていく。

 その最後の灰が消えた瞬間だった。


「ウッ!」「ひっ!」「うあっ!」


 オズを囲む王都守護騎士団(ミストラルオーダー)王宮審問官(リブラ)の合わせて二十人余りが、一斉に自分の両耳を押さえた。

 彼らは耳を押さえたまま首を激しく振ったり、奇声を発したり、その場に座り込んだりし始めた。


「オスカル様!?」

「シッ! ……下がるぞ」


 最後尾にいたオスカルと側近は難を逃れていた。

 振り返るとグレンとピートは呆気にとられるだけで混乱している様子はない。

 呪詛の影響はオズの周囲に限定されると判断し、そっと後ろへ下がる。

 対岸側を見ると、その場に残っていた副長もオズの呪詛から逃れていた。

 オスカルが目を細めて言う。


「これは……妄想憑き(ハウント)か?」

妄想憑き(ハウント)? 妄想を吹き込む拷問用の術ですか? しかし妄想憑き(ハウント)は時間をかけて対象一人にかけるものでは……」

「そうだ。だが目の前の者たちはみんな妄想憑き(ハウント)にかかっている」

「それは……たしかにそう見えますが……」


 ある者は膝をついて懺悔し。

 ある者は何かに怯えて腕を振り回し。

 またある者は自分の騎士章を菓子のように持って(かじ)りつき。

 またある者はひたすらに落胆していた。


(ちぎった耳を生け贄にして集団に妄想憑き(ハウント)を仕込む!?)

(まるで古代の野蛮な呪詛のやり口ではないか!)


 オスカルたちが手出しできず見ているうちに、妄想に取り憑かれた集団は互いに争い始めた。

 王都守護騎士団(ミストラルオーダー)王宮審問官(リブラ)も関係なくだ。

 それは全く対話になっていない口論に始まり、やがて取っ組み合いの喧嘩となり。

 剣を抜いての殺し合いとなるのに、さして時間はかからなかった。

 乱闘を眺めるオスカルが怯えた声で言う。


「これでは……致死性の集団幻覚ではないか……」


 オズは混乱を極める橋の中央付近を、まるで無人の野を歩くかのように進んだ。

 向かう先は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)側――副長の元。


「オズモンド……ッ!」


 副長はあばらを押さえて立ち上がった。

 彼も離れたままだったので妄想憑き(ハウント)の影響から逃れていた。

 あばらは吹き飛んだときに痛めたらしく、立っているだけで辛そうにしている。

 オズが悩ましそうに言った。


「次は何を試そう……そうだ、これは?」


 オズが副長に向けて指を遊ばせる。

 しかし何も変化は起きず、副長は恐々と自分の身体を目で確認している。


「なんだ、目や口は【鍵掛け】できないのか。それとも俺ができると信じていないからか? ……ああ、そういやロザリーは別の術でやってたっけ」


 オズが再び指を遊ばせてから、「縫い付け完了」と呟いた。

 すると副長は「アッ!」と声を上げて、目元を押さえて後ずさった。


「やってみりゃできるもんだな。いや、お前(・・)のおかげか」


 そう言ってオズが〝ユーギヴの鍵〟を見つめた、そのときだった。


「あ、う゛っ!?」


 オズは驚いた顔で自分の腹を見下ろした。

 服を突き破り、腹部から剣先が三十センチほど飛び出している。

 震えながら振り向くと、ずぶ濡れのレディが立っていた。


「遊びは終わりよ、オズモンド」


 レディは剣に腸を絡ませるように、捻じりながら剣を動かした。


「ギャアッ! あ……が……」


 最後に力任せに剣を引き抜くと、オズは大量の血を吐いて倒れた。

 視界を奪われたままの副長は、ナイフで無理やりに瞼をこじ開けた。

 目の縁から血を流しながら、レディに問う。


「禁書は回収できたので?」

「ええ。かなり破損したけどね」

「これからどうしますか?」

「……どうもこうもあるかッ! 小僧が調子に乗りやがって!」


 レディは忌々しそうに倒れたオズを蹴り上げた。

 オズは反動で動いただけで、もう動かなかった。

 それからレディはふーっと息を吐き、わずかばかりの冷静さを取り戻した。


「……とにかく〝堕天文書〟は手に入れた。あのお方(・・・・)からお褒め頂けるか、あるいはお叱りを受けるかわからないが」

「新入り二人を呼びます。王宮審問官(リブラ)に押さえられると厄介ですので」


 レディは返事代わりに頷いた。

 副長がピィーッと指笛を吹くと、グレンとピートがこちらに気づいた。

 二人は顔を見合わせ、それから乱闘を避けながらこちらへ向かって歩いてくる。

 懸念していた王宮審問官(リブラ)は、二人を拘束するどころではないようだ。

 副長が言う。


王宮審問官(リブラ)も〝堕天文書〟の存在を知っています。口封じしますか?」


 レディがククッと笑った。


「できないことを言うな、副長。あちらは二人、こちらは私と負傷したお前。新入りは役に立たないだろうしな?」


 そう言ってゆっくりこちらへ歩いてくるグレンらの様子を眺める。


「……では、どうします?」

「オズモンドの禁書を渡して黙らせるというのは?」

「なるほど、いいかもしれません。王宮審問官(リブラ)は〝堕天文書〟よりそちらを欲しがっている様子でした」

「では決まりだ。オズモンドの禁書はどこ?」

「それはオズモンドが――」


 そう言いながら、副長がオズの遺体に目をやった。

 しかしそこには、あるはずのオズの遺体が影も形もなかった。


「――ッ!? オズの遺体がありませんッ!」

「バカな! たしかに殺ったはず……」

「レディ! 後ろッ!!」


 ザグッ。

 レディの腹から剣が突き出てきた。

 副長が先ほどオズで見た光景が、レディの身体で再現されていた。


「な、んで……ぇ? たしかに殺った……の、に……うああうぅぅ!!」


 剣が上下左右に動かされ、レディは膝から崩れそうになった。

 しかし背後に立つオズがレディの髪を掴み支え、その耳元で囁いた。


ギリアム(ダチ)が教えてくれた術でな? 擬死(タナトーシス)って言うんだ。使えるだろう?」


 そしてオズは髪を掴んだまま、剣をさらに激しく動かした。


「うギッ! あ゛あ゛ぁ゛!! あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ、いゃ……ぁぅ」


 レディの声が次第に()細くなっていき、身体が弛緩していく。

 オズは剣を引き抜き、レディの髪から手を離した。

 レディの身体がガクンと落ち、彼女の膝が着いたところで、オズは形見の剣でレディの首をスパン! と刎ねた。

 転げ落ちた首を見て、副長が激昂の叫びを上げる。


「オズモンドォォォオ!!」


 しかし彼がオズに斬りかかってくることはなかった。

 叫んだ直後に副長の身体が大きく揺れ、驚いた顔で顧みながら倒れる。

 その背後にいたのは、剣を振り抜いたグレンだった。


「……いいのか?」


 オズが問うと、グレンは剣を納めながら答えた。


「隊長を『レディ』と呼んだ」

「……ああ、たしかに」


 グレンが〝堕天文書〟を拾い上げた。


これ(・・)が欲しいか?」


 問われたオズは首を横に振った。

 グレンは禁書を懐に収め、オズに再度問うた。


「これからどうする気だ」

「逃げるさ。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)を大勢殺ったからな」

「オズ」

「何だ?」

「俺に任せてくれないか」


 オズはギョッとしてグレンを見つめ、しばらくしてから吹き出した。


「ククッ……その話、まだ続いてたのか?」

「仕切り直しだ。さっきは王宮審問官(リブラ)の足止めすらできなかったからな」

「十分やってくれたさ。俺の盾になってくれた。あれ、結構嬉しかったんだぜ? ピートも、な」


 ピートは肩を竦めて笑った。


「だから、もういいんだ。俺は逃げる。見逃してくれ」


 そう言ってオズが立ち去ろうとすると、グレンがその先に回り込んだ。


「おい……頼むよ、グレン」


 しかしグレンは、オズを真っ直ぐに見て言った。


「正しい者が逃げることはない」


 オズの眉がピクンと跳ねる。


「……俺は、正しかったか?」

「レディの通り名は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の下っ端の俺でも知ってる、超重要犯だ。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)は血眼になって追ってきたが見つからなかった。当然だ、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の中にいたんだからな」


 そしてグレンはオズの肩をガッ、と掴んだ。


「お前は正しいことをしたんだ! だから俺は全力でお前を守る。王都守護騎士団(ミストラルオーダー)にも信頼できる上官はいるし、なんならロザリーにも助力を頼むさ。どうだ?」


 オズは困り眉になって首を横に振った。


「なぜだ? 俺を信用できないか?」

「お前のことは信用してるさ。ピートも、ロザリーも、同級生たちも。たぶんお前の言う上官も信頼できる人なんだろう」

「だったら!」

「俺はそれ以外のすべての騎士を信用しない。王都には正しい者の顔をした悪人が蔓延ってる。レディがいい例だろう?」

「信用できない奴の話じゃない! 俺を信用してくれと言ってるんだ!」

「ったく……相変わらず言い出したら聞かねぇな、お前」


 オズは腕を交差させ、両手のひらで顔を覆った。


「オズ?」


 それを不思議そうに見るグレン。

 オズは指の隙間からグレンを睨みつけ、低く唱える。


「訪れる必然。不可避なもの。紡ぎ、計り、断ち切る。お前は見てはならぬものを見るだろう」

「……呪詛か? やめろ、オズっ!」


 止めるグレンの声も届かず、オズの呪詛がグレンを捉えた。


「……【死面(デスマスク)】」

「ウッ! お? ああ、あアァ……」


 呪詛にかかったグレンは、口元を両手で覆って、目を見開いた。

 地面に膝をつき、焦点の定まらぬまま、座り込む。

 オズは傍らのピートに目をやった。


「お前にも必要か?」


 ピートは何を問われたか理解した瞬間、すごい勢いで首を横に振った。


「これは自分の死に顔を見せる呪詛だ。まやかしじゃなくて実際死ぬときの顔という、怖え呪詛なんだが……まあ、それだけだから実害はない。そのうち正気に戻るから」

「わかった。……橋の下にうちの隊のボートがあるよ」

「すまない。使わせてもらう」


 グレンはいつの間にか地面に横たわり、「熱い……苦しい……」と呻きながらもがいていた。

 オズはそんなグレンを見下ろし、それからピートに言った。


「グレンを頼む」




 オスカルは相変わらず橋の向こう側にいた。

【手紙鳥】を王都へ飛ばしたのが見えたので、増援がくるまで動く気はないとオズは判断した。

 オズが橋の下に下りると、ピートの言う通りボートがあった。

 これは首尾よく逃亡できそうだと思った矢先、ボートに先客がいることに気づいた。


「……お前は誰だ? 見たとこ王都守護騎士団(ミストラルオーダー)じゃないが」


 先客は頭頂部が薄くなった、小太りな男だった。


「へえ! セーロと申しやす、親分!」

「俺がいつ、お前の親分になったよ?」

「では兄貴!」

「……はあ。もう、どうでもいいや」


 オズがのっそりとボートに乗り込み、(もや)いを解こうとすると、セーロが脇からその仕事を掻っ攫った。


「あっしも連れてってくだせえ! 雑事は得意ですから!」

「何でだよ……」

「あっしはレディに殺されるとこだったんです! だからレディを倒してくれた兄貴は命の恩人なんでさあ! どうせ王都にいてもあっしはお尋ね者。……兄貴もそうでしょう?」


 オズはふと、周囲を見回した。

 常に近くに浮いていた〝ユーギヴの鍵〟がいつの間にか消えていた。

 酷い疲労感に襲われているのは、そのせいな気がした。


「兄貴! お願いですから!」


 オズはボートに身を横たえ、セーロに言った。


「いいから……行けっ」


 そう言ったきり、オズは目を閉じて喋らなくなった。

 セーロは(もや)いを解くと、櫂で船着き場を押した。

 ボートはゆっくり岸から離れ、下流へと流れていった。

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― 新着の感想 ―
意外性の男は、悪運の舎弟と共に、闇夜に消える。 あれ? 何の小説読んでたっけ…?? 「ついてない底辺騎士少年に、謎の禁書が付いてくる」…?(笑) 面白そう。続きが気になる。 続くよね???
第二の主人公爆誕!ボッチ誕生日会の時にあそこでロザリーに助けを求めてたら存在しなかったルートですね。 なんか永い間誰にも見つけられなかった「ユーギヴの鍵」が禁書というよりは相応しい主のみ扱える伝説の選…
[良い点] ユーギヴの鍵を得たというよりは、ユーギヴの鍵に選ばれたとみていいのかな? ロザリー級の力を得たオズの行く道は? そしてあと二冊。
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