表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/320

21 薬学

 クラス分けから二か月が過ぎた。

 冬の背中は遠く小さく、王都ミストラルにも春の足音が聞こえてきていた。


 赤のクラスでは、今日も魔女術(ウィッチクラフト)の授業が行われている。

 教壇に立つのはヴィルマだが、いつもと雰囲気が違う。

 生徒たちは顔を覆うようにマスクをし、教室には鼻をつく臭いが充満している。

 そこかしこに薬草の束や、干からびた何かの生き物の成れの果てや、毒々しい色の小瓶の数々が置かれている。

 生徒の間を回りながら、ヴィルマが生徒たちに声をかける。


「マージョラムは香りづけだからケチらなくていいわ。でも飛竜の干し爪はきっちり計って。いいわね?」

「ヴィルマ教官。なんで飛竜の干し爪はケチるんですかぁ?」

「あぁ、オズ。あなたって本当に馬鹿ねぇ。高価だからに決まっているわ」


 生徒たちから笑いが起こる。

 魔女術(ウィッチクラフト)はまじないだけを指すものではない。

 占いや魔女の雑学なども含まれる。

 この授業は薬学――薬と毒の調合について学ぶ授業だ。


 ロザリーは小さな乳鉢の中にスプーンを入れた。

 粉になった飛竜の干し爪を、すりきりひとさじ。

 焼いて砕いた蜜蜂を一匹ぶん。

 温室から採ってきた叫び根草を搾って、出た汁をスポイトで三滴。

 マージョラムは少し多めに。


 ロザリーの目は真剣だ。

 まじないについてはヒューゴから教わっているが、薬学は別だ。

 知らないことを学ぶ快感を全身で感じていた。


「仕上げに月光蜜を混ぜる。扱いには注意して、静電気でも引火するから」


 ロザリーは琥珀色の液体を、そっと実験用ビーカーへ注いだ。

 それまでヘドロのような色と粘度であったビーカーの中身が、一瞬で青白く透き通った液体へと変容する。

 ヴィルマはすべての生徒が工程を終えたのを見届けて、それから手を叩いた。


「これでエーテルが完成。さあ、飲んでみましょう」


 生徒たちは、これは本当に飲んでいいもなのかと怖気づく。

 しかしヴィルマは、手本として作ったエーテルを片手に持つと、もう一方の手を腰に当ててグイッと一気に飲み干した。

 その様子を見て、生徒たちも続く。


「どう? 魔導が回復していくのを感じるかしら?」


 ロザリーは胸に手を当てた。

 心臓の辺りで、トクン、トクンと満たされていくような心地がする。


「エーテルの服用によって回復する魔導はそう多くはないわ。でも、時間経過以外で魔導を回復する方法は限られている。騎士団でやっていく自信のない人は、作り方をよく覚えておくことね。エーテルを調合できれば、食べていくのには困らないから」


 そう言いながら、ヴィルマは教卓の上の調合器具を片づけた。


「ヴィルマ教官」


 一人の女子生徒が手を挙げた。


「なに?」

「オズ君の様子がおかしいです」


 見れば、オズの様子が確かにおかしい。

 首をグネグネと動かし、目は虚ろ。

 ヴィルマは大きなため息をついた。


魔導酔い(トリップ)よ。飛竜の干し爪を入れすぎたのね」


 ヴィルマはオズを指差して言った。


「配分を間違えば、薬は毒にも麻薬にもなり得る。彼を見て、よく心に留めておいて。では、授業を終わるわ」


 そうしてヴィルマは教室を去ろうとして、ハッと立ち止まった。


「うっかりしてた。来週の課外授業までにクラスの代表(リーダー)を決めなくちゃ」


 そして生徒たちに向き直り、

「誰にしようかしら」

 と、生徒一人一人の顔を指でなぞっていく。


 代表(リーダー)になりたい生徒は一人もおらず、誰もがサッと下を向く。

 グネグネ動くオズの顔の上で一度指を止めたが、ヴィルマは自嘲の笑みを浮かべてまた指を動かす。

 そして――。


「あなたにするわ」


 ()されたロザリーは、一瞬ドキリとした。

 しかし、よくよく見れば指先がわずかにずれている。

 指しているのは、ロザリーではなくその後ろの席。


「ロロ。よろしくね?」

「へぁっ!?」


 ロロは奇声を上げて立ち上がった。

 すかさずヴィルマが皆に言う。


「我がクラスの代表(リーダー)、ロクサーヌ=ロタンに、拍手!」


 すぐさまクラス中から大きな拍手が巻き起こった。


「ちょっ、ええっ!?」


 ロロは猫背でオロオロするばかり。

 困惑の表情でロザリーを見下ろすが、彼女もまた拍手をしていた。

 ロロは泣きそうな顔でロザリーの机にすがりついた。


「な、なんで私なんです!?」

「年長者だから、とか?」

「私は無駄に年を取ってるだけですよ! 経験豊かとは違いますから!」

「そんなの私に言われてもさ」

「そうだ、ヴィルマ教官!」


 ロロが立ち上って振り向くと、すでにヴィルマの姿は影も形もなかった。


「……逃げたなっ」


 ロロはそう呟き、決意の瞳でロザリーに言った。


「追いますよ、ロザリーさん!」

「えーっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説2巻&コミカライズ1巻 4月25日同時発売!            
↓↓『特設サイト』に飛びます↓↓ 表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法?魔導が便利なコマンドでは無く生きた技術として描写されてる感じが良い。 何と言うか、有名な魔法学校の映画の様なワクワク感がある
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ