200 後始末
――王都、王都守護騎士団詰め所、尋問室。
誘拐犯の一人である痩せた男が、椅子に後ろ手に縛られ、長い布で目隠しをされている。
対する尋問側の王都守護騎士団は二人。
一人は三十代半ばの男騎士で、尋問室の扉に寄りかかり、腕組みして立っている。
もう一人は若い女騎士。
痩せた男の目の前に座り、尋問をしている。
「牛や馬と一緒さ」
痩せた男が言った。
「魔導はあるが術は使えない無色は、力が強いだけの牛馬と同じ。昔のお偉い騎士様が言った台詞だ。あんたらだって腹の底ではそう思ってるんだろ?」
女騎士が問う。
「誘拐して西へ売るんだな?」
痩せた男が笑う。
「人材発掘ってやつだよ」
「奴隷にしておいて、その言い草?」
「送った後のことは向こうに聞いてくれ。俺は働き手を紹介し、紹介料をもらってるだけさ」
「短期間に誘拐事件が七件。人材発掘がお上手なようね?」
すると痩せた男が、どこか得意げに言った。
「コツがあるのさ」
「魔導具のおもちゃね」
「なんだ、そこまで知ってるのか」
「あなたたちは魔導具のおもちゃで無色の子供を判別し、子供から会いに来るように噂を流し、あなたの能力で西へと運んだ」
「ま、そんなとこだ。あんたら王都守護騎士団は足が遅いったらありゃしねえ。捕まる気がしなかったぜ」
「でも、今回は捕まった。欲張ったわね」
「……」
ムッとして黙った男に、女騎士が問う。
「あなたは慎重な人に見えるわ。なのになぜ、最後に欲張ったの?」
「……五人の中に女が三人いたからな」
「女? 無色は女のほうが値が張るの?」
「そりゃあそうさ。繁殖に数が必要だからな?」
そう言って痩せた男はニタリと笑った。
「騎士の結婚と同じさ。無色と無色からは無色が生まれやすい。知ってるか? 西には無色の牧場があるんだぜ?」
「牧場?」
女騎士が怪訝そうに問う。
「高い塀に囲まれた無色の収容所だ。日が昇ったら収容所から出て強制労働。日が暮れると収容所に戻り、日が昇るまで出られない。娯楽はなく、明かりを灯すことすら許されない。塀の上では騎士が見張っていて、そいつらのかがり火が唯一の光源だ。こうなるともう、やることはひとつしかない。繁殖だよ」
「なるほど?」
得意げに長々と語ったのに女騎士の反応が薄いので、痩せた男は舌打ちした。
「何だよ。普通、もっと怒るもんだろ?」
「別に。西のことは私たちの管轄ではないから」
「へっ。冷たいねぇ」
「私が知りたいのはね? 魔導具のおもちゃを誰があなたに都合していたか、なの」
「……」
「あなたの能は馬を駆ることだけ。もう一人の男は交渉能力が売りで魔導すらない。二人とも魔導具なんて作れっこないわ」
「……」
「しかも子供にばら撒くために量産までしている。いったい誰から手に入れたの?」
「……」
痩せた男は魔導具の出元の話になった途端、饒舌さが消えて口を閉ざしてしまった。
女騎士はため息をつき、椅子から立ち上がった。
「口が堅いのね。ま、いいわ。もう一人の男――セーロといったかしら。彼に聞いてみましょう」
すると痩せた男が口を開いた。
「やつも喋らんぞ」
女騎士が首を傾げる。
「そうかしら? 私はね、これでもこの誘拐事件捜査において一定の権限が与えられているの」
「はあ? それがどうした?」
「私は『誰が魔導具のおもちゃをあなたたちに渡したか』がこの件で最も重要であると考えている。だから、私はセーロにこう問いかけるわ」
女騎士が痩せた男に顔を寄せて、囁くように言う。
「あなたたち二人。先に魔導具の出元を吐いたほうを釈放する」
「!」
「セーロはほんとに喋らないかしらね? すごく気弱そうに見えたけど」
「……」
痩せた男はまた口を閉ざしたが、先ほどまでとは表情が違う。
歯噛みして、明らかに思い悩んでいる。
女騎士は扉へ向かいつつ、最後のひと押しをした。
「じゃあ、またね。……二度目があるかはわからないけど」
「……待て!」
女騎士がゆっくり椅子へと戻る。
「話す気になった?」
「エージェントだ。エージェントから入手した」
「エージェント?」
「犯罪の仲介業者だ」
「……へぇ。どんな男?」
「女だ。名前はレディ。本名はわからない。若い女だ」
「若い女……間違いない?」
「二度ほど会ったからな。顔は隠していたが、声からして若い……三十代前半ってとこだ」
「他にエージェントは?」
「いるかもしれないが知らない。俺が知ってるのはレディだけだ」
「ん……もう少し特徴が欲しいわね」
「魔導騎士だ。おそらく有名騎士団のどこかにいる」
「確かなの? 顔も見てないのに」
「立ち振る舞いや言葉遣いでわかる。お偉い騎士様は自分では気づかないがな」
「なるほど……ほんとに顔は見ていないのね?」
「ああ。いつも喪服姿で、顔をチュールで隠してたからな」
「そう。わかったわ」
女騎士は痩せた男の目隠しに手を伸ばした。
そっと目隠しの布を掴み、そのまま引き下ろす。
痩せた男が目を合わせた瞬間、女騎士が言った。
「レディはこんな顔よ?」
「あ? ……あッ!?!?」
大きく目を見開いた男。
女騎士は素早く腰からナイフを抜き、男の胸へと刺し込んだ。
ナイフは男の心臓を貫き、男の目から生気が消えていく。
扉に寄りかかっていた騎士が口を開いた。
「……顔を見ていないなら、殺さずともよかったのでは?」
すると女騎士が忌々しそうに言った。
「ふざけたことを言うからよ。私はまだ二十九よ。三十代に見える?」
「いいえ」
「でしょう? ふざけやがって!」
そう言うや否や女騎士は、もう動かない男の顔を蹴り飛ばした。
男は縛られている椅子ごと倒れる。
女騎士はふうっと息をつき、笑顔で男騎士を振り向いた。
「後始末を頼める?」
「ご命令とあらば。逃亡を図ったため、自分が討ち取ったこととします」
「それでいい。逃がしたら厄介だもの」
「もう一人の男――セーロはいかがされますか?」
「彼には会ってすらいない……けれど、消しておきたいわね」
「その男と同時に消してはさすがに上に怪しまれますな」
「……セーロはおそらく死罪にはならない。調べが終われば飛竜監獄へ収監されることになるでしょう」
「なるほど。移送中に賊に襲われるわけですな」
女騎士は満足そうに頷いた。
ロザリーの活躍によって無色児童連続誘拐事件はひとまず解決した。
王都ミストラルにおけるロザリーの名声はますます高まり、指名されての任務も増え、賞金稼ぎとして前途洋々――のはずだった。
――誘拐事件からひと月ほど経った、ある日。
いつものようにロザリーが斡旋所に赴くと、これまたいつものようにロロが応対した。
しかし、どうも彼女の様子がおかしい。
やたら汗をかいていて、ロザリーと目も合わせない。
「おはよ、ロロ。どうかした?」
するとロロは目を泳がせながら言った。
「ちょっと問題が……」
「問題?」
「先日の商隊護衛任務は覚えていますか……?」
「もちろん。野盗の多い地域を通るからって私が護衛して。最初に〝野郎共〟で囲んだときは怖がられたけど、無事着いたときは喜んでもらえたよ?」
「あと、城下の変質者騒ぎとか……」
「あ~。あれは嫌な任務だったね。でもちゃんと捕まえて王都守護騎士団に引き渡したけど」
ロロはしばらく黙って唇を噛んでいたが、次の瞬間、ガバッと頭を下げた。
「私の考えが至らずこんなことに! すいませんでしたぁぁ!」
「えっ、何? どういうこと?」
「こういった仕事はロザリーさんに振ってはいけなかったんです。そのせいでこんなことに……」
「わからないよ、ロロ。ちゃんと話して?」
するとロロはやっとロザリーと目を合わせ、申し訳なさそうに言った。
「詳しいことは〝止まり木の間〟で。宮中伯がブチ切れてらっしゃいます」
「……え。コクトー様が?」
――黄金城、〝止まり木の間〟。
「愚か者め!」
ロザリーは部屋に入るなり、そう罵倒された。
コクトーの怒りは想像以上で、しかしロザリーには彼がなぜそこまで怒っているかわからない。
「あの、私は何をしでかしたのでしょうか……」
「まだわからんのか!」
「ひっ」
コクトーが持っていた本を投げ、ロザリーが思わず首を縮める。
コクトーは本を投げたことで少し怒りが収まったのか、深く息をしながら来客用のソファに乱暴に座った。
ロザリーが黙って立っていると、コクトーは対面に座るよう目で合図した。
ロザリーが恐る恐るコクトーの前に座る。
コクトーは怒りを滲ませながら、努めて静かに語り出した。
「……ロザリー卿。君は任務斡旋所の存在理由を考えたことはあるか?」
「存在理由、ですか? 王都守護騎士団は取り合ってくれないような城下の困りごとを解決するため、でしょうか」
コクトーは大きくため息をついた。
「考え方が逆だ」
「逆?」
「任務斡旋所は、自由騎士に最低限の暮らしをさせてやるために存在する」
「あっ! 名前も〝自由騎士〟任務斡旋所……」
「自由騎士とは職のない魔導騎士たちのこと。騎士団に入れず、高位貴族に雇われず、王宮やそれに関わる職にも就けず……こういった自由騎士の多くが家格が低く、能力も高くはない、うだつの上がらない者たちだ」
ロザリーは初めて斡旋所を訪れたときの、自由騎士たちの虚ろな目を思い出した。
「斡旋所にいる騎士たちは瀬戸際にいる。正職を得る瀬戸際、外道騎士に堕ちる瀬戸際、生死の瀬戸際……瀬戸際もいろいろだがな。斡旋所は瀬戸際で困窮する騎士たちのセーフティネットなのだよ」
ロザリーはしゅんと俯いた。
「私は……その人たちから仕事を奪っていたのですね」
「大物賞金首や難事件にあたっているうちは私も目を瞑れた。だがこのひと月の仕事ぶりはダメだ、黙認できん。卿のように力ある者はよくよく考えねば」
「でも――」
ロザリーがそう口を開くと、少し穏やかになっていたコクトーの目が、再び鋭くなってロザリーを射抜いた。
「でも、何だ? まさか反論があるのか?」
ロザリーは少し言いにくそうにしながら、続きを話した。
「――でも。こうなった原因ってコクトー様が私の騎士団入団を邪魔したからですよね?」
「……とにかく。これ以上、斡旋所で任務を受けるな。懐が苦しいと言うのなら、困窮しないようにしてやる。それでいいな?」
「あ、はい。わかりました」
(……邪魔したことは否定しないのね)
コクトーは立ち上がってデスクへ向かい、一枚の羊皮紙を持ってロザリーの背後に立った。
「? 何でしょう?」
「困窮しないようにすると言ったろう? 立ちたまえ」
「はいっ」
ロザリーが立ち上がってコクトーのほうを向くと、彼は賞状を渡す時のように儀式めいた持ち方で羊皮紙を持った。
「ロザリー卿に爵位を与える。獅子王エイリスの名のもとに――」
「えっ、爵位!? 男爵とか伯爵とかあんなやつですか!?」
読み上げる途中で腰を折られたコクトーは、迷惑そうに眉をひそめて言った。
「嬉しそうだな?」
「嬉しいです! そういうの、一生縁がないものとばかり……」
「卿に与えられるのは公爵だ」
「公爵! それってすごい偉いやつですよね!」
「偉いぞ? 私より上だ」
「えーっ! そんなのもらっていいのかなぁ……!」
「爵位の正式名は〝墓守公〟。古くからある伝統的な爵位である」
「……何か、急に嬉しくなくなりました」
「まあ、そう言うな。諸事情により長らく空位であったが、ロザリー卿なら勤まるだろう」
「はぁ」
「公爵相当とは言えないが、生活に困らぬ程度の年金は出る」
「それはまあ、嬉しいです」
「ただし。この爵位についたら一度、任地へ行ってもらわねばならん」
「任地?」
「王家の墓。レオニード大墳墓だ」
「そうか、墓守ってそういうことなんですね?」
「王家の墓を守る公爵だな」
コクトーは羊皮紙をロザリーに手渡し、それからデスクから数枚の紙を持ってきて、これもロザリーに手渡した。
「墳墓は王都を出て東。詳しいことはこれらにしたためた。すぐに向かいたまえ」
来週から1章折り返し、メインのオズパートに入ります。
 





