199 バウンティハンター骨姫 結
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痩せた男は手綱を振り、馬を加速させていた。
小太りな男が手すりに掴まり、慌てた様子で言った。
「おい! まさか突っ込むのか!?」
「それも悪くないな!」
「正気かよ、クソッ!」
「安心しろ、直前で方向を変える! この速度なら奴らはついてこれない!」
「ほんとだな? 大丈夫なんだな!?」
「任せとけって……ッ! 何だッ!?」
「う……うわああっ!?」
御者台の二人の目の前に、いきなり武装したガイコツの群れが現れた。
無数の〝野郎共〟はずらりと並び、荷馬車の進行方向の左側を、まるでバリケードのように列をなしている。
高速で走る荷馬車の右側は涸れ谷。
左側にはガイコツの隊列。
進行方向だけは道のように空いているが、その先には正体不明の二人が待っている。
小太りな男が青ざめた顔で言った。
「~~姫だ、っ」
「何だって?」
「〝骨姫〟だよ! 不死者を操る金獅子だ! お前も聞いたことあるだろう! 悪党を狙って賞金稼ぎしてるって! 俺たち目を付けられたんだ、終わりだ……」
「……チッ!」
痩せた男はさらに馬を急かした。
荷馬車は、馬車の限界を超えた速度に到達している。
ガタガタと激しく揺れる御者台にしがみつきながら、小太りな男が叫ぶ。
「もうやめよう! 降参して命乞いすれば助かるかもしれない!」
「馬鹿なことを言う……!」
痩せた男はそう言ったかと思うと、慣れた動きで御者台から走る馬の背に移動した。
「お前、何をする気だ……?」
小太りな男が尋ねるが、痩せた男は聞いてもいない。
不機嫌な顔で独り言ちている。
「ツキはとうに雲に隠れてたんだ。わかっていたのに乗せられて、最後の最後で欲張っちまった。俺としたことがよ……!」
そうぼやきながら、馬が馬車を引くために装着している革製ハーネスを、ナイフでギリギリと切っている。
何をやっているかやっと気づいた小太りな男が、目の色変えて叫ぶ。
「やめろ!」
しかし痩せた男は、振り向いて片眉を上げた。
「悪いな。あばよ!」
ぶつん。
ハーネスが切れた音がした直後、荷馬車は前に大きく傾いた。
ガカッ、ガカッと馬車前方が地面に繰り返しぶつかり、土煙が上がる。
痩せた男は馬を駆り、〝野郎共〟の壁を軽々と跳び越えていった。
荷馬車は右へ左へと大きくブレて、ついには大きめの岩にぶつかり、涸れ谷の底へ転がり落ちていく。
「あのやろっ……ひいぃぃっ!!」
横転しながら斜面を転がる荷馬車。
小太りな男は御者台にひしと掴まり悲鳴を上げるしかできない。
「うあああああ! ……あ?」
突如として落下が止まった。
異変に気づいた小太りな男がゆっくり視線を上げる。
荷馬車は斜面の途中で止まっていて、その原因は男の目の前にあった。
「あ、あんたは……」
荷馬車と馬を繋いでいた轅部分を、黒髪の少女が掴んでいる。
男が十人以上でやっと持ち上がる荷馬車一台分の重量を、彼女は片手で支えていた。
「ほね……姫っ」
小太りな男は呻くようにそう言い、観念したのか自分から隠し持っていたナイフを遠くへ投げた。
「許してくれ。命だけは……」
「それは子供の様子を見て決めるわ。……〝野郎共〟!」
ロザリーが呼ぶと、新たな〝野郎共〟が荷馬車を下から支えるように現れた。
荷馬車は続々と現れる〝野郎共〟の上で、リレーされながら斜面を上っていった。
斜面の上まできて、〝野郎共〟がそっと荷馬車を下す。
すると幌の中からヒューゴが顔を出した。
「全員無事だヨ」
「よかった……! ヒューゴ、ありがとう!」
「礼などいらないサ。さあ、出ておいで?」
荷馬車から出てきた五人の子供たちを見て、ロザリーはホッと胸を撫で下ろした。
馬が切り離され、荷馬車がバランスを失ったあのとき。
ヒューゴは素早く影に沈み、影を渡って荷台部分へと突っ込んだ。
そして縛られていた子供たちを転がる馬車の中で守ったのだった。
「みんな、大丈夫?」
子供たちは怯えているのか、猿轡を外した今でも口を利こうとしない。
するとヒューゴが芝居がかった口調で言った。
「偉い騎士様がお前たちをお救いくださったのだゾ? 聞いて驚け――あの〝骨姫〟様だ!」
「「ええ~っ!?」」
途端に子供たちの目が輝いた。
「ほんとに?」
「このお姉ちゃんがそうなの?」
「もちろンだとも。胸の騎士章を見よ!」
ロザリーが慌てて騎士章を取り出して胸に着ける。
ロザリーの魔導に触れて騎士章が黄金に輝くと、子供たちは歓声を上げた。
「うわ、すっげー!」
「金色だ! ほんとに金獅子なんだね!」
ヒューゴが満足げに頷く。
「〝骨姫〟様に救われたこと、忘れるでないゾ? 後世まで語り継ぐのだ!」
すると子供の一人が首を捻った。
「どうしておじさんが偉そうなの?」
「おじ……エッ?」
「偉そうだよね」「うん、偉ぶってる」
「エッ? エッ?」
事の推移を見守っていたロザリーが、プッと吹き出した。
「慣れないことはするもんじゃないね、ヒューゴ?」
「まったくだ……。おじさんはちょっと傷つくなァ……」
「仕方ないよ、ほんとは五百歳だし」
「ジジイ呼ばわりよりはマシか、ふ~む」
「あの、あっしはどうすれば……」
そう尋ねてきたのは小太りな男。
彼は地面に膝をつき、薄くなった頭頂部をこちらに向けて、上目遣いにロザリーとヒューゴを見ている。
「子供、無事だったでしょう? どうかお目こぼしを……」
ヒューゴは舌打ちして、馬車の中を探り始めた。
そしてロープを見つけると拾って男へ投げつけた。
「それで自分を縛りたまえ。子供の細腕をきつく縛れるンだ、そのくらい簡単だろう?」
「へえ、でも自分で縛るのって結構難しいような……」
するとロザリーがじろりと睨んだ。
「――逃げてもいいのよ? 絶対逃がさないけど」
「っ! 縛ります! 縛りますからそんな目で見ないでくだせえ! ええい、この縄め!」
男がロープと格闘してるのを横目で見ながら、不思議そうに首を捻る。
「何でだろう、この小太りな男、見たことがあるような……」
するとヒューゴがこともなげに言った。
「忘れたのかい? ごろつきセーロ。アトルシャン騎士団に雇われてた男サ」
「ああ! あのときの! 釈放されてたのね?」
「懲りない男だヨ、まったく」
セーロのほうは〝骨姫〟がロザリーであることにひと目で気づいていたようで、居心地悪そうに頭を掻いている。
ロザリーは冷たく言った。
「あの時、見逃したのは間違いだったようね? まさかあなたが根っからの悪党だったなんて」
するとセーロは口をへの字に曲げ、それから涙を浮かべて抗言した。
「……じゃあどうしろって言うんですかい!? 魔導も持たない皇国人のあっしが王国のど真ん中で放り出されて……どうやって生き延びろと!? 野良犬みたいに残飯漁って、仕事があれば悪事でもやるしかねえでしょう!?」
セーロの必死な言葉にロザリーは少し戸惑ったが、すぐに首を横に振った。
「だからって子供を攫うなんて許されないわ」
セーロは静かに俯いた。
「……わかってまさぁ」
ロザリーがヒューゴに囁く。
「もう一人は?」
「あそこだ」
ヒューゴが指差したのは、はるか遠く北の外れだった。
「もうあんなところに? 速い……速すぎない?」
「おそらく、馬と親しむ精霊騎士だろう。動物と親しむ精霊騎士は、操るだけでなくその力を引き出すからネ」
「へえ、そうなんだ。惜しかったね、夜じゃなければ逃げおおせたのに……」
月の明るい夜だったが、それでも夜は死霊騎士の世界。
ロザリーの影が夜の荒れ地を泳ぐように伸びていく。
「……捉えた。三号!」
ロザリーが命じた瞬間、ヒューゴが顔をしかめた。
「三号? 三号でいいのかい?」
「えっ? あっ、つい……」
痩せた男は馬を駆り、荒れ地を瞬く間に踏破しようとしていた。
「追ってこない……あきらめたか?」
己の魔導を与えて走らせているが、さすがに馬もバテてきた。
男が低い声で馬を鎮める。
「ウォウ、ウォウ……ウーィ……」
馬が速度を緩め、最後には歩く速度――常足となった。
馬は息を入れ落ち着くと、水を欲しがった。
「川沿いは危ない、水場はないか……」
痩せた男が左右を見やり、最後に背後を振り向くと。
「ヒッ!」
気づかぬ間に男の後ろに、自分の頭蓋骨を小脇に抱えたガイコツ――三号が乗っていた。
三号がゆらりと頭蓋骨を傾げる。
「ドコ行クノ?」
「う、ウッ!?」
痩せた男は驚いて、馬から転げ落ちた。
男にとって落馬は初めてのことだった。
痛む肩を庇いながら後ずさると、馬から降りた三号が同じ速度で追ってくる。
(……ヤバい殺人鬼を逃がしてやったこともあるが……このガイコツのほうが数段ヤバい!)
痩せた男が何か助かる方法はないか辺りを見回していると、三号が言った。
「オイ。オイ。コッチ向ケ。向イタラ殺ス!」
「どっ、どうすれば……」
男は視線を彷徨わせながら、交渉に賭けることにした。
「……何でも言うとおりにする。だから、許してくれ」
「ウェッ? 許ス? 許ス??」
三号は「許す」がピンとこないらしく、しきりに頭蓋骨を傾げている。
「見逃してくれってことだ。このまま俺を行かせてくれたら――」
「許ス? 許スノ? 許サレザル許シタモウ許セナカッタ人……ヨシ、揺ラス」
そう言うや、三号は頭蓋骨を左右に高速でガタガタ振り始めた。
痩せた男は恐怖に顔を引き攣らせながら、さらに後ずさった。
「――あの、じゃあ俺はこれで」
すると三号の「揺ラス」がピタッと止まった。
「……コン畜生ガーッ! 許スワケ無イダロウガ、コンタワケガーッ!」
「ひぃぃぃ!」
男が這う這うの体で逃げ出すが、三号は一跳躍で男の上に飛び乗った。
小脇に抱えられた頭蓋骨が、男の耳のすぐ近くで囁く。
「痛クシナイカラ。ネッ? ネッ?」
「やめてやめて……ギャーーッ!!」
遠くから聞こえた断末魔のごとき叫びに、ロザリーは眉をひそめた。
ヒューゴが言う。
「アー。捕縛できなかったねェ」
「もう! ちゃんと殺すな、捕らえろって命じたのに!」
「あ、そうなの? じゃあ大丈夫サ。下僕は命令絶対順守。狂っていてもそこは変わらない」
「だといいんだけど……」





