197 バウンティハンター骨姫 承
王都ミストラル、地下水路。
獅子王国の隆盛に合わせて広がり続けてきたこの地下水路は、一種の迷宮と表現してよいほど入り組んでいる。
その奥深くは王国建国時のままであり、こういった場所はドブ攫いですら入ることはない。
そんな人の入らぬ暗い場所に、秘密裏に作られた地下室があった。
ここが地下水路であるとは思えぬほど縦長の広い部屋で、教会に似た作りになっている。
祭壇に飾られているのは黒い女神の巨大な肖像画。
闇の力をもって悪しき存在を討ち滅ぼすと伝わる太古の神である。
その祭壇の前に集まったのは、頭のてっぺんからくるぶしまでを包む黒マントの四人組。
それぞれが赤い蝋燭を手に持ち、声を潜めて話している。
「首尾は?」
「上々」
「あとは決行日を待つのみ、よ」
「クク……待ち遠しい」
「ああ、楽しみだ」
「やっと私たちの望む世界がやって来るのね」
「やっと……やっとだ」
リーダー格と思わしき男が、女神の肖像画に向かって赤い蝋燭を掲げた。
「世界を変えよう。黒き女神のために」
残る三人がその言葉を追う。
「「黒き女神のために!」」
すると、そのとき。
「あの、すいませ~ん。どなたかいらっしゃいますか~?」
地下室の扉のすぐ外から聞こえた。
若い女の声だ。
四人はフードの下で、揃って眉を寄せた。
「……誰だ?」
「知らない。今夜は幹部四人の集まりのはずだ」
「私は一人で来たわ。あんたの部下じゃないの?」
「まさか」
「俺だって誰も連れてきていない」
シン、と静まる四人。
すると今度は扉が激しく叩かれた。
「いませんかぁ? いないなら押し入っちゃいますけど~?」
再び四人が顔をしかめる。
「どこぞの小娘が迷い込んだか?」
「バカな。間違って入るような場所ではない」
「……王都守護騎士団かもしれないわ」
「あり得るな」
「どちらにせよ、この聖堂を見られるわけにはいかない」
「……消すか」
リーダー格の言葉に、他の三人が頷く。
四人はそれぞれにマントの下の得物に手を伸ばした。
扉の向こうの女は相変わらず中に声をかけ、ノックを続けていたが、そのうちにドアノブをガチャガチャと回し始めた。
リーダー格の男が囁く。
(扉に鍵は?)
すると幹部の女が答えた。
(私が【鍵掛け】したわ)
(ならば裏口から二人出て、挟み撃ちにしよう)
(ええ)
と、そのとき。
ふとドアノブの動きが止まった。
扉の向こうから会話が聞こえる。
「あ、【鍵掛け】されてるのか」
「そりゃそうだろう。チャチャッと開けちゃいなヨ、御主人様」
「ちょっと待って。このくらいの【鍵掛け】なら、全力で蹴っちゃえば――」
次の瞬間。
ドオオォォン! と轟音がして、扉がその周囲の石壁ごと吹っ飛んだ。
土煙の中から声の主の女と、黒衣の男が現れる。
「ケホッ、ケホッ。失敗しちゃったかも~」
「だから面倒くさがらずに【鍵開け】すればいいンだよ」
「だって、じれったくて」
そして若い女――ロザリーが、幹部四人を視界に捉える。
「あ、いた! え~っと、手配書、手配書……」
「段取りが悪いねェ……」
「慣れてないんだからしょうがないでしょ? ……あった! この人がこれで、あの人がこれで……ん、奥のリーダーっぽい人の顔が見えない」
「了解」
ヒューゴは軽く頷くと、一瞬のうちに姿を消した。
「ッ! どこだ! 探せ!」
リーダー格の男が幹部に指示を飛ばす。
幹部は互いに距離を取り、周囲を警戒した。
「どこだ……? 女! 男はどこだ!」
するとロザリーはニンマリ笑い、リーダー格の男を指差した。
「あなたのう・し・ろ♪」
「ハッタリを……ッ!?」
その瞬間、リーダー格の男の顎を、背後に立ったヒューゴが掴んで押し上げた。
続いて男のフードが剥ぎ取られる。
ロザリーが手配書を見て頷く。
「その人! 〝黒き女神教団〟のリーダーさんで間違いない!」
「了解。拘束するネ」
「グアッ!?」
言うが早いか、リーダー格の男はヒューゴによって組み伏せられた。
凄まじい力で身体を石床に押さえつけられ、リーダー格の男が呻く。
「う、ぐッ……逃げ、ろッ」
それを聞いた三人の幹部は、弾かれたように動き出した。
一人がロザリーに向かい、二人はロザリーの脇をすり抜けて扉へ向かおうとする。
「〝野郎共〟、扉をお願いね?」
すると扉のあった場所の床からスケルトンがワラワラと湧いて出てきて、扉があった空間を自分たちの骨で隙間なく埋め尽くしてしまった。
ロザリーに向かっていた一人も、逃げようとした二人もはたと足を止める。
「何よ、これ……」
「死霊の使い魔……?」
「お前、まさかッ!」
「「〝骨姫〟ッ!?」」
ロザリーはにっこり笑い、十分に殺意を込めて話して聞かせた。
「あなたたちを捕縛するために来ました。大人しく降参してくれたら、痛めつけたりはしません。……さあ。どうするか今決めろ」
――黄金城内、〝自由騎士任務斡旋所〟。
「幹部四人をいっぺんに! さすがはロザリーさんですなぁ!」
「ロロってば。変な喋り方ね」
ロザリーが賞金稼ぎ稼業を始めてから、ひと月が経った。
ロロがロザリーに捕縛を依頼する賞金首はどれも極悪非道の重罪人で外道騎士も多く、それだけに危険を伴う相手ばかりだった。
しかし、そこは大魔導である。
ロザリーは凶悪犯罪者を片っ端から捕らえ、裏社会に潜む犯罪組織を次々に壊滅させていった。
〝骨姫〟の威名に賞金首たちは震え上がり、王都を離れるか、目立たぬよう身を潜めるか。
その結果、王都の治安は劇的に向上し、王都新聞社〝ミストラルトリビューン〟の『治安が良くなったと感じるか』という市民アンケートでは、『良くなった』または『非常に良くなった』と答えた市民が実に九十パーセントを超えた。
ロロが手配書一覧にペンを走らせる。
「〝黒き女神教団〟、幹部全員を捕縛、と! ……しかし、王都周辺のめぼしい賞金首はあらかた片付いちゃいましたねぇ……」
「平和になるのはいいことじゃない?」
「それはそうですが……次はどうしましょう? あまり有名ではない賞金首にも手を出しますか?」
「急がなくてもいいよ。懐はと~っても温かいし!」
「名うての賞金首は賞金も高いですしね」
「そうだ、ロロ。今度ごはんに行かない? 奢るからさ」
「デートのお誘いですか!? 行きます! 何をおいてもお供しますとも!」
と、そのとき。
後ろからやってきた女性職員が、ロロの手元に一枚の紙を滑り込ませて、またどこかへ行った。
紙を手に取ったロロの表情が、張り詰めたものになる。
「ロロ、どうしたの?」
「……緊急任務です。最近起こってる連続誘拐事件、ご存じですか?」
「ああ。卒業前から聞くよね、子供ばかり狙われるっていう?」
「それです。正確には、無色の魔導を持つ子供ばかりが誘拐されていることがわかっています」
「そうなの? でも、無色の魔導持ちかどうかってわからなくない?」
「誘拐事件と同時期に、王都の子供の間で流行していたおもちゃがあるんです。通常は何のことはない普通のバッジなんですが、ある特定の子供が持つと光って音が鳴るっていう……」
「それって……魔導具ね?」
ロロが神妙な顔で頷く。
「技師連の分析では、原理は騎士章に似たものであるそうです。ただし、無色の魔導にのみ反応すると……子供の間でバッジと共にある噂も回っていて、『バッジを動かせた特別な子供は、赤帽子からもっと特別な物がもらえる』のだそうで」
「赤帽子は誘拐犯ね……!」
「おそらく。おもちゃのカラクリと噂を把握した王都守護騎士団が動いたのですが、赤帽子の捕縛には至らず……でも、大掛かりな捜査を行ったため、もう同様の誘拐は起こらないだろうと思われていました」
「でも、起こったのね?」
「昨晩のことです。それもいっぺんに五人も。たぶん、おもちゃによって無色の魔導持ちと判別しながら、誘拐できていなかった子供たちを一気に攫ったものかと」
「でもなぜ、無色の子供ばかり狙うの?」
「それはもちろん労働力として価値があるからです。色付きは貴族なので攫うと後が怖い。その点、無色は……それも子供のうちなら攫いやすく、仕込みやすいと」
「……ラナが聞いたら目を血走らせてカシナ刀を振り回しそうね」
「目に浮かびますね。ロザリーさん。この任務、受けられますか?」
「もちろん! でも昨晩のことなのよね? きっともう、遠くに逃げてるな……」
「王都守護騎士団もそう考えているようです。今回、斡旋所まで話が降りてきたのはそのためですね。王都守護騎士団だけじゃ捜索範囲をカバーできないから……」
「なるほど……そうじゃなきゃ、意地でも自分たちだけでやりそうだもんね」
「ええ。それを踏まえて、なんですが……私の読みを聞いてもらえませんか?」
「……! ロロ、なにか考えがあるのね?」
ロロはこくんと頷いた。
――ミストラル城下。
ロロと別れ、ロザリーが通りを下りていくと、目の前を子供の一団が通り過ぎた。
その最後尾の女の子が、ロザリーを見て立ち止まった。
「あ、〝骨姫〟さまだぁ」
「私のこと、知ってるの?」
「知ってるよぉ、新聞出てたし」
「新聞読むの? 偉いねぇ」
会話しているうちに、先に行った子供たちも戻ってきた。
「ほんとだ、〝骨姫〟だ!」
「〝骨姫〟さま~!」
「金の騎士章は? なんで騎士章つけてないの?」
「しょうがないな、特別だよ?」
ロザリーはポケットから騎士章を取り出し、胸に付けた。
たちまち騎士章が金獅子章に変貌する。
「「おぉ~!」」
子供たちは金色の騎士章に目を輝かせた。
「ほんとに金色だ、かっけー!」
「他の騎士さまと違う!」
「王国に三人しかいないんだよ?」
「え、四人だよ」
「違う、三人~!」
「だって、黒獅子だろ? 首吊り公だろ? で骨姫と……あれえ?」
「ほらあ~」
子供たちが言い争いを始め、その騒ぎを聞きつけた民家の塀の向こうから、中年女性が顔を出した。
「こらぁ、あんたたち! いつもいつも騒がしくして!」
「やべっ、ミラおばさんだ!」
「逃げるぞ!」
「またねぇ〝骨姫〟さまぁ~」
子供たちはあっという間に走り去っていった。
ロザリーが彼らの背中に手を振って見送っていると、民家の中年女性が敷地から出てきた。
「あなたが本当に〝骨姫〟様なのかい?」
「えっと、はい。……まだそう呼ばれるのに慣れていませんが」
「そうかい」
中年女性はロザリーに近づき、声を潜めて言った。
「例の誘拐事件。攫われたうちの一人が、向かいの家の子でね。母親はいつも明るい良い娘だったんだが、もう目も当てられないほど取り乱してね」
「そうだったんですか」
中年女性は静かにロザリーの手を取り、深く頭を下げた。
「〝骨姫〟様。どうか、攫われた子たちを取り戻してくれないかい? 王都守護騎士団は貴族がらみの事件以外はてんで当てにならないからさ。どうか、どうか頼むよ」
ロザリーは女性の手に自分の左手を重ねた。
「今、ちょうどその任務を受けてきたところです」
「ほんとかい!? じゃあ……」
「取り戻せるかはわかりません。でも、全力を尽くします」





