190 叙任式
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ソーサリエに卒業式はない。
それに代わるのが叙任式である。
この式典を境に、三年生は一人前の魔導騎士として公に認められることになる。
叙任式は王都を挙げて行われる。
ロザリーたち三年生はソーサリエ校門から黄金城まで行進して向かうのだが、その道中は市民で埋め尽くされていた。
新たな英雄を一目見ようと集まった市民たちの声援は止むことがなく、〝金の小枝通り〟に面した建物の階上からは紙吹雪が舞い落ちてくる。
行進の先頭を行く唯一の騎馬騎士は、首席卒業のラナだ。
貴族たちからすればなんとも面白くないこの無色の首席卒業生も、市民たちには何の関係もない。
市民から見れば魔導性なんてよくわからず、騎士とは強ければよいのだ。
ラナは首席なのだから、いわば強いとお墨付きが与えられている卒業生。
青髪の少女に市民の声援が集まるのは、至極当然の結果だった。
卒業生たちは声援に応えたりはしない。
一様に緊張した面持ちで、黄金城城門を潜っていった。
黄金城に入ると、そこに勤める騎士たちが足を止め、卒業生たちに拍手が送られた。
しかし、卒業生たちの行進はそこで終わらない。
目指すは式典会場となる玉座の間。
ここで獅子王エイリスより直々に騎士章を授与されたその瞬間、騎士となるのだ。
多くの者はこのとき初めて獅子王と直接会うことになる。
彼らの緊張も無理からぬことであった。
――玉座の間、大扉の前。
先頭のラナが列より一歩前に出て、大きな声で報告する。
「ソーサリエ卒業生、四百二名! 騎士となるべく、ここに参上いたしました!」
受けるのは近衛騎士団団長、女騎士エスメラルダ。
テレサの母親である。
エスメラルダは卒業生の列をぐるりと見渡し、よく通る声で返した。
「ご苦労! 大扉を開けよ!」
近衛騎士団が四人がかりで大扉を開く。
重い扉はゆっくりと開いていき、その先にある玉座の間、そして大鷲の玉座に座る獅子王の姿が見えた。
部屋の両脇には、式典用の豪奢な鎧を身に着けた近衛騎士団がずらりと並んでいる。
「さあ、若獅子たちよ! 陛下の元へ!」
ラナはごくりと唾を飲み、今まで通り行進の歩調で玉座の間に入っていった。
他の者は八列縦隊に隊列を変え、ラナのあとに続く。
エイリスが高みから睥睨する中、ラナは定められた位置まで辿り着くと歩みを止めた。
そして他の卒業生も玉座の間に入って足を止めたのを見計らい、ラナはその場に片膝をついた。
他の者もそれに倣って一斉に膝をつく。
エイリスが立ち上がった。
「よくぞ参った! 若獅子たちよ!」
低く、威厳のある声。
卒業生たちは畏まり、身体を固くした。
「今日は一年で最も喜ばしい日。新たな騎士が生まれる日である! さっそく騎士章を授与したいところであるが、まずは礼を――」
エイリスの視線が列の最後尾へと向かう。
「――仔獅子をよくぞ立派に育ててくれた。教官諸兄には感謝の言葉もない」
列の最後尾にいた担当教官四人が一斉に胸に手を置き、卒業生と同じように膝を折った。
獅子王が公の場で謝辞を述べるのは珍しいことである。
この謝辞自体は式典のお決まりではあったが、教官たちにとってはこの日のために努めてきたと言っていいほどの栄誉だった。
現にウルスなどは、片膝をつきながら感激に打ち震えている。
(ウルス教官、ちょっと)
隣のヴィルマに囁かれ、ウルスは迷惑そうに彼女を見た。
(今じゃないとダメか、ヴィルマ教官)
(ええ。先王弟殿下がおられます。なぜでしょう?)
(ん……ああ、たしかに)
玉座の脇の端の方に、薄い垂れ幕に隠れるように先王弟はいた。
目立たぬように式典を見ているようだ。
(珍しいな。この手の行事には、ほとんどお出ましにならないのに)
(ええ。聞けば最終試練にも?)
(ご臨席されていたようだな)
(なぜ……)
(さて、な。とりあえず言えるのは、先王弟殿下が望まれれば陛下はお断りにならぬということだ)
(キングメーカーですからね)
式典は続く。
王に近侍する近衛騎士団が、エイリスに英雄剣を恭しく手渡す。
エイリスは英雄剣をしっかと確かめ、それからシィィンと鞘を鳴らして剣を抜いた。
魔導銀製の刃が鏡のように王の顔を映す。
英雄剣の血溝部分には、表面に獅子を称える文字、裏面に鳥を呪う文字が彫られている。
エイリスは英雄剣を持って歩を進め、跪くラナの元まで下りてきた。
ラナはさらに深く首を垂れる。
「すべての獅子の民を守る守護者たれ」
エイリスがラナの右肩を英雄剣の腹で打つ。
「すべての鳥の民を駆逐する狩人たれ」
エイリスがラナの左肩を英雄剣の腹で打つ。
最後にエイリスは腰を曲げ、英雄剣を横向きにしてラナに差し出した。
ラナはこれを恭しく受け取り、再び首を垂れた。
エイリスが宣言する。
「これより、この者は騎士である!」
すると部屋の両脇に並ぶ近衛騎士団が一斉に叫んだ。
「「ソーサリア!!」」
エイリスがラナを立たせて卒業生のほうを向かせると、大きな拍手が巻き起こった。
英雄剣を横向きに抱えたまま固まっているラナの胸に、エイリスはそっと騎士章をつけた。
銀色に光る、獅子の頭部をかたどった騎士章だ。
騎士章をつけたラナに、再び拍手が巻き起こる。
やっと称賛が落ち着くと、ラナは近衛騎士団に促されて列に入っていった。
エイリスはそれを確かめてから、再び言葉を発した。
「騎士章をこれへ!」
シン、と静まり返る玉座の間。
しかし、誰も動こうとしない。
不審に思ったエイリスが玉座の脇を見ると、そこに騎士章の並んだトレーを持ったコクトー宮中伯がいて、困った顔で立ち尽くしている。
エイリスは小声で言った。
「……エスメラルダ」
「……」
「エスメラルダ!」
「ッ、はッ!」
エスメラルダはビクンと身体を跳ね、それからハッと気づいてコクトーの元へ小走りに駆けていった。
「エスメラルダ。気持ちはわかるが、務めは果たせよ?」
「は……面目次第も……」
王が騎士章を呼び込むとコクトーが騎士章を持って現れる。
それを近衛騎士団団長が受け取り、王のところまで運ぶ。
あとは近衛騎士団団長より騎士章を一つ一つ受け取りながら、卒業生に授与していく、というのが式典の流れであった。
エスメラルダは娘テレサの晴れ姿に見入っていて、その段取りをすっかり忘れていたのだった。
卒業生の中に控えめな笑い声が起き、テレサだけは真っ赤な顔を伏せている。
「これこれ、笑うでないぞ?」
エイリスも朗らかな笑みを浮かべて言った。
「親の気持ちとはなんともありがたいことよ。諸君らは今日、独り立ちするが、それでも親の気持ちは変わらぬ。いつまでも小さな子供のままなのだ。のう、エスメラルダ?」
「陛下……もうお許しくださいませ……」
「フ。では叙任に戻るとしよう。……コクトー!」
「ハッ! これより名前を呼ばれた者は陛下の元へ。……ジュノー=ドーフィナ!」
「はっ!」
ジュノーが立ち上がり、王前へ進む。
ジュノーには騎士章をつけるだけで、剣で肩を叩く儀式は行われなかった。
人数が人数のため、あとは簡略して進めるようだ。
「ピーター=ロスコー!」
「はいっ!」
騎士章の授与は流れ作業的にスムーズに進んだ。
この頃になると厳かな雰囲気も和らぎ、卒業生の中では雑談も始まった。
教官や近衛騎士団もそれを咎めたりはせず、このような状態になるのは恒例であるようだ。
「ジュノーさん、やはり剣ですか。やりますねぇ……」
そうロロがロザリーに聞こえるように言う。
「剣? 何のこと?」
ロザリーが尋ねると、待ってましたとばかりにロロが説明を始めた。
「騎士章って魔導具なんですよ」
「そうなの?」
「ほら、ジュノーさんの騎士章を見てください。ピート君やラナさんのと形が違うでしょう?」
「ん……ああ、何か違う……獅子の顔の背景に剣がある?」
「そうです! あれは〝剣獅子〟。ベテラン騎士の実力であることを示します。ジュノーさんは駆け出しにも関わらす、すでにベテラン並みの実力者ということですね」
「それって魔導量で形が変わるってこと?」
「ですです。大雑把にですけど実力が見えるわけです」
「へぇ~」
すると近くにいたオズが話に入ってきた。
「グレンが呼ばれたぞ。あいつはどうだろうな?」
ロロが悩みもせずに答える。
「どうって……〝剣獅子〟でしょう?」
「俺はロザリーを除けば、グレンが学年で抜けてると思うんだよなぁ」
「ええ~、そうですかぁ? ロザリーさん的にはどうですか?」
「え~、わかんないよ。他にどんな形があるのかも知らないし」
すると突然、近衛騎士団を中心に玉座の間がどよめいた。
オズが得意げにグレンを指差す。
「ほぅら見ろ! グレンは星だ!」
「うむぅ……グレン君やるじゃないですか……」
「ロロ、星って?」
「〝剣獅子〟の上の〝星獅子〟です。魔導院の中核騎士なんかはすべて星ですね。才能ある人しかなれない領域なので〝スターズ〟なんて呼ばれ方もします」
「へ~。グレン、すごい!」
「いやいやロザリーさんのほうが明らかにすごいですから。ほら、テレサさんのお母様の騎士章を見てください」
「ん? あれは……月?」
「ええ。〝星獅子〟の上、〝月獅子〟です。獅子が月に吠えているように見えるさまから〝ハウリングムーン〟とも呼ばれます。ほんの一握りの実力者、騎士団長クラスを表す最高位の騎士章です。ロザリーさんは間違いなく〝月獅子〟ですから!」
「そうかなぁ」
「絶ッッ対にそうに違いありません! っていうかこれ、呼ばれる順番どうなってるんですか!? ラナさんはしょうがないとして次はロザリーさんでしょう!? なぜジュノーさんグレン君が呼ばれてロザリーさんが呼ばれていないんですか!」
「落ち着け、ロロ。おそらく派閥の長から呼ばれてるんだ」
「は? ロザリーさんだってロザリー派の長ですが何か?」
「俺に突っかかるなよ。たぶん、ベルム本番で判定してんだと思う」
「ベルム本番……?」
「だってジュノーの次がピートだろ? でウィニィ、グレンと来てる。ベルム本番で旗揚げした騎士団の人数順なんだよ」
「ああ……ジュノーさんは最多数騎士団で、ウィニィ騎士団とグレン騎士団の合体した騎士団の長がピート君……たしかにそうですねぇ」
それを聞いていたロザリーは、自分を指差して言った。
「私、旗揚げしてないもんね?」
「そっか。そうでしたね……今、ベルさんが呼ばれましたね。あと誰が旗揚げしてましたっけ?」
「ジーナ。私が潰したから間違いないよ」
するとそれを肯定するように、次の名がコクトーに呼ばれた。
「ジーナ=ウォチドー!」
ロザリー、オズ、ロロの三人が無言で頷き合う。
「じゃあ、次がロザリーさん!」
「だな」
「なんか急にドキドキしてきた……!」
ジーナの騎士賞授与が終わり、次の名が呼ばれる。
「ギムン=バルク!」
三人は肩透かしを食らってこけそうになった。
「あ~。いたわ、そんな奴」
「仲間にそんな言い方だめですよ、オズ君」
「俺は仲間になったの最後の一瞬だけだし」
そしてコクトーが次の名を呼んだ。
「ロザリー=スノウオウル!」
三人はハッと顔を見合わせた。
「じゃ、行ってくる」
「おう、行ってこい!」
「頑張ってください、ロザリーさん!」
ロザリーが王の前へ進む。
かつて首吊り公にしたように力を探って不快に思われないよう、王と目を合わせないようにしていたのだが、こうも近くまで来ると自然に相手を計ってしまう。
(……何これ。まるでわからない!)
目の前にいるエイリス王の魔導は、まるで霧の怪物のようにその実態が掴めない。
ロザリーの頬を冷や汗が一筋流れる。
エイリスはそれを見てか見ずにか、フ、と笑った。
そしてロザリーの胸に騎士章をつける。
そのさまを列から眺めるオズが、ぼそりと言った。
「俺は〝月獅子〟じゃねぇと思うけどなぁ」
「何ですか、オズ君。また私の予測に異議を唱えるのですか」
「いや、ロロはさっき〝月獅子〟を最高位って言ったけど違うじゃん」
「うえ? そうでしたっけ?」
「〝金獅子〟。あれが最高位だろ?」
「ああ、そういえばそうですね。でも〝金獅子〟っておとぎ話に出てくる英雄がつけるもので……」
「でも実在するじゃん。ベルムにも〝金獅子〟の首吊り公が来ただろ?」
「それは、〝金獅子〟は王国の大魔導を表すものですからいるにはいるんですが、でも……」
「俺は、ロザリーは大魔導だと思うけど?」
「まさか……いや、でも、ロザリーさんなら……!」
ロザリーに騎士章をつけたエイリスは、目を細めて笑った。
そしてロザリーをゆっくりと振り向かせる。
その胸には、太陽を背景にした騎士章が、金色に輝いていた。
ロロとオズが手を合わせて叫ぶ。
「「キターーーーーー!!!」」
それをきっかけに、玉座の間が今日一番のざわめきに包まれた。
職務の姿勢を崩さなかった近衛騎士団ですら、口に手を当て、目を剥いて、周囲の者と言葉を交わしている。
エイリスがロザリーの手を引いて、玉座のある壇上へ上がった。
コクトーが鋭く言う。
「鎮まれい!」
ざわめきが次第に収まっていく。
「陛下よりお言葉がある! 畏まって聞け!」
玉座の間が静寂に包まれる。
エイリスは静かに語り出した。
「――首吊り公ヴラド。黒獅子ニド。不老不死グウィネス」
エイリスの声が大きくなっていき、聞く者たちも次第に熱を帯びていく。
「四人目である。ここに新たな金獅子が誕生した!」
「「おおお……」」
「誉れ高き獅子王国の大魔導に二つ名を与えねばならん!」
「「おおお!!」」
「二つ名は――」
エイリスは唇に親指を当て、しばし考えた。
「……骨姫。金獅子ロザリー=スノウオウルの二つ名を〝骨姫〟とする!」
「「オオオオ!!」」
近衛騎士団が口々にロザリーを称える。
「金獅子!」
「大魔導!」
「骨姫!」
「「骨姫ロザリー!」」
これにて学園編、閉幕です。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
来週から騎士編に入ります。
第一章は助走で短く、第二章から走り出す予定です。