185 首なしギリアム
倒れたギョームの身体が消えたのを見届けて、三人はやっとひと息ついた。
「ベルぅ、魔導充填薬ない? 起き上がれない……」
「あるわ。ちょっと待って」
ベルは自分の道具袋から魔導充填薬を探し出し、オズの元へやってきた。
「はい」
「どーもでーす」
「深手を負ってるくせに軽口ね。ほら、レントンも」
レントンのほうは魔導充填薬の瓶を受け取ることさえできない様子で、仕方なくベルが彼の口元に運んで飲ませてやった。
急激な魔導の回復が肉体に作用し、負傷部位を修復させていく。
「……ごめんね。二人とも」
回復を待つ二人に対し、ベルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「何を謝る?」
レントンが倒れたままでそう問うと、ベルは言いにくそうに答えた。
「さっきのことよ。私はみんなで同時に、って言ったのに、私だけ……」
「そのことか。だってあれは……」
そこまで言ってレントンがオズを見ると、オズが言葉を引き継いだ。
「ベル、あばらを痛めたんだろ? 麗舘から落ちたときにさ」
それにレントンも頷く。
ベルは驚いた様子で言った。
「……気づいてたの?」
「いや、お前、普通にあばら押さえてたぜ?」
「うそっ!?」
レントンが再度頷く。
「俺も見た。あー、やってんなーって。だが自分で言わないから聞かなかった」
「そうだな。ベルが謝る点があるとすればそこだ。俺らに正直に言うべきだった」
「……そっか。じゃあ、やり直す。傷を負ったこと、隠しててごめんね?」
「ああ」「気にするな」
やがてオズとレントンがどうにか動けるようになり、三人は〝樹上の麗舘エンプレス〟を下から見上げた。
「どうする?」
「どうするったって」
「もう一度、上ってみるか?」
〝樹上の麗舘エンプレス〟は、もはやその名の面影はなく、崩落を免れた剥き出しの梁や柱と、屋根の一部が残るだけ。
地図を見ると、ジュノー騎士団の本拠地は変わらずここを示している。
三人でいかにして上るか話し合っていると、突然、ベルが叫んだ。
「あれを見て!」
オズとレントンが麗舘のあった場所を見上げる。
「……舘が、揺れてる?」
「違う! 巨木が動いてるんだわ!」
「なんか、大きくなってね?」
「ええ、大きくなってる!」
「木が成長? ……アランか!」
巨木が動くことで、残っていた梁や柱、屋根が落ち始めた。
「いた! アランだ!」
アランは舘の屋根裏だった場所にいた。
大きな梁に取りつき、巨木から枝がいくつも伸びて彼に巻きついている。
「舘の一部と同化してるのね」
「おそらく旗も奴が持ってるな」
「おいおい、のんびり話してていいのか! どんどん高くなっていくぞ!」
幾重にも枝に巻かれたアランが不敵に笑った。
巨木は急成長を続け、麗舘はみるみるうちに高くなっていった。
「クソッ!」
レントンが巨木に駆け寄る。
「今から上ってもムダだ、レントン!」
「じゃあ、どうする! 指を咥えて見てろというのか!」
「……ッ」
「ねぇ、オズ! あれ!」
「ん? あれは――」
麗舘のあった場所。
大きな枝の上で、アランではない何かが動いている。
三人はそれが何か凝視し、答えに至った声が重なる。
「「「ギリアム!!??」」」
それは首を刎ねられ、そのまま放置されていたギリアムだった。
首無しギリアムはむっくと起き上がり、頭もないのにキョロキョロしている。
「おい、オズ! なんでアイツ、消えてないんだ!?」
「わかんねぇよ! たしかに死んでたのに!」
「……もしかして。アランを討とうとしてるの?」
三人はハッと顔を見合わせた。
そしてすぐに首無しギリアムの応援を始める。
「右だ、右! そっちの枝は渡れない!」
「ゆっくりでいいぞ!」
「ああ、危ない! 慎重に、足元を見て!」
「頭ないから見れないぞ、ベル」
「もう! そういうのいいから!」
「よし! あとはそこから梁に乗れ! そこを渡ればアランがいるぞ!」
首無しギリアムは、ついにアランの目の前まで辿り着いた。
アランは枝に巻かれた状態では動けないようで、憎々しげに首無しギリアムを睨んでいる。
首無しギリアムに躊躇いはなかった。
すらりと剣を抜いたかと思うと、枝に巻かれたアランへ体重をかけた突きを見舞う。
「ウグッ!」
アランの胸に、ギリアムの剣が深々と突き刺さった。
首無しギリアムは薄らいでいくアランの懐を探り、本拠地旗を取り上げた。
地面にいる三人に見えるように旗を掲げ、見ている前でビリビリに引き裂いた。
「ギリアム! でかしたっ!」
「最高だぜ、ギリアム!」
レントンとオズがギリアムを褒め称えると、首無しギリアムはそれに応えるように枝の上ではしゃいで踊って見せた。
その様子を眺め、三人が小声で話す。
「……なあ、なぜ動いてるんだ?」
「さあ……」
「キモい」
西の森から出たベル一行は、一路〝魔女ミシュレの温室〟へと向かった。
「へぇ。家伝のまじないねぇ」
オズが感心した様子でそう言うと、ギリアムは得意そうに頷いた。
ギリアムはもう首無しではなく、ちゃんと頭が生えている。
「【擬死】、っていうんだ。戦友のベルとオズには特別に教えてやるよ。レントンはごめんな? 精霊騎士だもんな?」
レントンが別に要らない、というふうに手のひらを振る。
「いーよ、死んだふりの術なんて。くだらねぇ」
「何だとぉ!? そこへ直れ、レントン! 我が家の名誉にかけて討ち取ってやる!」
「絡むなよ、疲れてんだこっちは」
「あちょー!」
「だっ! てめぇ、ギリアム!」
「ひょひょひょ! 同士討ちを禁止で痛くなーい」
ギリアムとレントンがじゃれ合っているのを尻目に、前を行くベルにオズが話しかける。
「ベルのも家伝か?」
「何が?」
「惚けるなよ。さっきギョームに使った魔女術のことだ。あれ、気配からして呪詛だろう?」
ベルは諦めのため息をついて、それから話し出した。
「ええ、そうよ。おばあ様に習った【死面】という呪詛」
「どんな術なんだ?」
「死ぬときの自分の顔が、目の前に見えるってだけなんだけど」
「……初見は固まるな」
「おばあ様が言うには、それはまやかしではなく本当に死ぬときの顔なんだって。だからこそ、かけられた人はショックを受けるの」
「死に顔が今の自分と歳近かったらやだなぁ」
「そこに気づくのは偉いわ。だからこそ、みだりに使ってはならない術なの」
「確かにな」
「……今度、教えたげる」
「ほんとか?」
「ギリアムも教えるみたいだし。死んだふりの術と死に顔の術。あまり役に立ちそうにないけどね?」
「そんなことねーよ、二つともすげぇ術だぞ? そうだ、俺は顎兄さんを――」
ベルがすぐさま手のひらをオズへ向ける。
「――あれはいいわ。痛そうだし」
「え~」