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183 炎虎再来―1

 ――実況席。ヘラルドが首吊り公に問いかける。


『公は呪詛にもお詳しいと聞きます』

『まあ魔女騎士(ウィッチ)だからね』

『オズモンドが使った術は――』

『まさに呪詛。【激痛(アゴニィ)】だね。強い痛みを周囲の者にばら撒き、動けなくする術なんだが……俗称があるんだ』

『俗称……アゴ兄さんですか?』

『違う。君、わかってて言ってるだろう?』

『失礼しました、もしやと思いまして。それでは俗称とは?』

『〝痛覚倍増〟。術者自身が痛みを抱えていた場合、それが数倍になって【激痛(アゴニィ)】の痛みに上乗せされるんだ』

『なんと! ではオズモンドの自傷行為は正しいやり方であると?』

『正しいかはわからないが、古くて確かなやり方だ。呪詛に詳しいご老人にでも教わったのかな?』

『なるほど』


 ――西の森のさらに奥。

 ベル一行はジュノー本拠地〝樹上の麗舘エンプレス〟を目指し、走っていた。


「んむう? もっかい説明してくれ、ベル」

「だから何度も言ってるじゃない、ギリアム」


 やたら首を傾げて不思議がるギリアムに、ベルは苛立ちながら説明する。


「オズは私たちが遠回りするように、時間をかけるように、わざと誘導してたの! ジュノーたちが出払った隙に空き巣強盗するために!」

「空き巣強盗たあ、人聞きが悪いなあ」


 オズがヘラッと笑うが、それがますますベルの怒りを刺激する。


「こんの……裏切り者!」

「裏切ってませ~ん。元々裏切ってただけですぅ~」

「ム・カ・つ・く!!」

「今さらだぜ、ベル」


 とは、レントン。


「レントン。あなたはあなたで物分かり良すぎない?」


 レントンはオズの裏切りに特に苦言を呈することなく、ここまで付いてきている。


「この状況、悪くねえと思ってるからな」

「悪くない? オズのせいで私たちまでジュノーを裏切ることになったのに?」

「別に俺はジュノーに心酔してる連中とは違うからな。裏切ったつっても、こんなの戦のあや(・・)だろ」

「う~ん」

「だいたい、お前だって別にジュノーに忠誠誓ってるわけでもないだろう? 赤クラスだし、勝ち馬に乗ろうとしただけだし。最高幹部と差をつけられてることも不満そうだったじゃないか」

「それは……まあ、そうだけど」

「だったらこの状況は悪くない。意図せずジュノーを裏切ってしまったが、このまま本拠地潰せばジュノーは消える。あとは残った誰に降るか、それだけだ」

「……」


 沈黙したベルの代わりに、オズがレントンに言う。


「なんつーか、あれだな? レントンっていやに現実的だな?」

「父上によく言われるからな。どんなに不快な現実でも、そこから目を逸らすなって」

「へー。あの親父がねー」

「オズ。父上を知っているのか?」

「あ、えーと。家の前まで行ったが、会ったことはない」

「なんだそりゃ」

「! おい、あれあれ!」


 ギリアムが前方を指差す。

 遠くに十名ほどの人影が見える。


「あれで全員じゃなかったのね!」

「だがあれで最後だろう。それより――見ろ」


 彼らの背後には巨木が立っていて、今度は広葉樹のようだ。

 四人の視線が人影から巨木の幹を伝って上へ向く。


「あった!」

「〝樹上の麗舘エンプレス〟!」

「間違いないわ!」

「よっしゃ! ギリアム、ちょっと来い!」

「うぇ? なんだよ、オズ」


 四人が巨木へ向かって駆けていく。

 誰も来るはずがないと高を括っているジュノー派たちは、まるでこちらに気づかない。

 やっと最初の一人が気づいたときには、オズたちがあと十メートルと迫っていた。


「レントン! 切り札を使う時だ!」

「あぁん? 切り札?」


 オズがギリアムの襟首を掴んでずいっと前に出すと、レントンは何かを察して頷いた。


「行くぜ!」

「おお!」

「え……なに? なに?」


 戸惑うギリアムの背中を、オズとレントンが足裏で思い切り蹴り飛ばした。


「必殺! ギリアァァム……ストライク!」


 蹴られたギリアムは前につんのめりそうな姿勢のまま、恐ろしい勢いで剣を振り回しながら敵陣に突っ込んでいった。


「うぃやあああああああああ!!!」


「なんだこいつ!」

「てめぇ、ギリアムか!」

「狂ってやがる!」


 ジュノー派の目は、ギリアムに釘付けだった。

 そこを背後に回り込んだオズ、レントン、ベルが仕留めていく。

 どうやらここに残っていたのは戦闘に不向きな者たちだったようで、労することなく始末がついた。


「あひゅっ……ハァ、ハァ……」

「ご苦労、ギリアム!」

「オズっ、お前なあ……!」

「いい仕事だったわ、ギリアム」

「……そう? ならいいけど」


 レントンはもう、巨木にかけられた縄梯子を登り始めていた。

 ベルが言う。


「私たちも行きましょう。早いに越したことはないわ」


 ひとつ目の縄梯子を登ると大きな枝の上に出て、次の縄梯子を登るとまた次の枝。

 そうして四つ目の縄梯子が麗舘の床に空いた穴に繋がっていた。


「おい、レントン。ぼさっとしないで退いてくれよ。入れねぇよ」

「あ、ああ……」


 オズたちは順番に〝樹上の麗舘エンプレス〟の中に降り立ち、そしてレントンが立ち(すく)んでいた理由を知った。


「これは……木の根?」


 麗舘の内部は木の根や枝が幾重にも入り込み、もはや床も壁もほとんど見えないありさまだった。


「こういう本拠地、なのかしら……」

「違う!」


 オズ以外の三人が、彼を見る。

 オズは顔面蒼白だった。


「アランだ……アランの奴、まだ生きてる!」

「え、だってオズ、あのとき腹を刺して――」

「――消えるの見たか? 俺は見てない、痛みと、他の奴にとどめ刺すのに夢中で」

「……私も見てない」

「俺とギリアムは見てないが……って、ハァ!? 一番厄介な奴を仕留めそこなったのかよ!」

「深手を負わせたのは本当だ。きっとどこかで、旗と一緒に隠れてるんだ……」

「チッ!」


 レントンは舌打ちしてから剣を抜き、そこらの根に滅多矢鱈に突き刺し始めた。


「ちょっと、レントン!」

「お前らもやれっ! 旗は動かせても、本拠地からは持ち出せないはずだ!」

「! そうね! オズ!」

「ああ!」


 そうして三人は、アランの居場所を探し始めた。

 いかにも本拠地旗が飾ってありそうな部屋から探すが、アランも旗も見つからない。


「ああ、クソッ! 下手打っちまった! ……おい、ギリアム! 何をサボってる!」


 苛立った調子でオズが咎める。

 ギリアムは剣こそ抜いているが、根の中を探そうとせず、ただその辺をウロウロしている。


「ギリアム?」


 するとギリアムは、鼻をスンスンさせた。


「なあ。なんか燃えてない?」

「何だよ急に」

「いやだって、焦げ臭い?」

「……そうか?」

「あ、わかった。外からか」


 ギリアムは近くにあった麗舘の窓を、まるで自宅の窓を開けるように無造作に開けた。

 そして身を乗り出して下を覗いたその瞬間――ギリアムの首が落ちた。


「ずわあぁっ!?」


 オズは倒れてきたギリアムの首無しの身体を受け止め、そのまま急いで窓を閉めて【鍵掛け】した。

 一瞬遅れて、窓が激しく揺れる。

 オズは腰を抜かしたまま、窓から後ずさった。


「どうしたの!?」

「何があった!」


 そう言って駆けこんできた二人は、ギリアムの状態を見て絶句した。

 オズが青ざめた顔で言う。


「窓から覗いた途端、首ちょんぱされた。誰かはわからない」


 するとレントンが渋い顔で言った。


「ギョームだ。炎の精霊騎士(エレメンタリア)。ギリアムの首の切り口、焦げてるだろう?」

「ああ、たしかに……そういえば、ギリアムが窓から覗いた理由も『焦げ臭い』だった」

「奴は強い。緑のクラスではジュノーの次だ。いつもだらけてて実力を出さないがな」

「っ! そうだ、ベル! 麗舘じゅうの窓や扉を【鍵掛け】するぞ!」

「やめとけ。奴と奴の虎相手じゃ、鍵掛けたって素通りと変わらない」

「見ろよ、レントン。この窓を素通りできてないだろ?」

「! たしかに。なぜだ?」

「【鍵掛け】された物は一種の呪物なんだ! 術者の魔導量にもよるが、一定の強度が出る!」

「よく知ってるわね、オズ」

「いいから【鍵掛け】だ、ベル!」

「わかったわ!」


 そうしてオズとベルの二人は麗舘じゅうを【鍵掛け】して回った。

 自分たちが入ってきた穴も、縄梯子を手繰って回収し、蓋を閉めて【鍵掛け】した。

 その後、窓や扉が何度か激しく揺れたが持ちこたえてくれた。

 しばらくすると、静かになった。


「……あきらめた?」


 と、オズが呟くと、


「まさか! 奴が狩りを途中で止めるわけがない」


 と、レントン。


「今のうちに旗を探し出しましょう。本拠地を落とせばギョームも消える」


 とベルが言い、三人は頷き合った。

 再び、木の根をかき分けての探索が始まった。


「旗を! 早く!」

「どこだよ 見つかんねぇ!」

「うるさい! 手を動かせ!」


 三人が必死にアランと旗を探す。

 しかし、一向に見つからない。


「! 舘、燃えてないか?」

「ああ! ギョームの野郎、舘に火をつけやがった!」

「私たちを本拠地ごと燃やす気!? それじゃ旗も燃えるじゃない!」

「奴は気が短い。やりかねない!」

「いかれてやがる!」


 と、三人が言い合ってるときに、麗舘の一部分からゴウッ、と炎が入り込んできた。


「やべっ! 水、水! バケツ!」

「ないわよ、そんなの!」

「どけっ! 俺がやる!」


 レントンが炎に向かって両手を掲げる。

 彼の手の間から禍々しい色の水弾が現れ、炎に放たれた。

 水弾は炎の根元に着弾し、異臭を放ちながら炎が消える。


「レントン。お前、水の精霊騎士(エレメンタリア)だったのか?」

「うるせえ! 煙は吸うなよ? わかったな!?」

「いや、吸うなつったって――」


 レントンの水弾が起こした異臭は避けられても、麗舘には白い煙がもくもくと入り込んでくる。三人は燻されるばかりで、逃げ場がない。


「この生木を燃やしたような煙――っ、これ、舘どころか巨木ごと燃えてないか!?」

「ゲホッ、ゲホッ! ベル! どうするか決めてくれ!」


 そう叫んだレントンが見たときには、ベルはもう床に這いつくばってまともに動けないでいた。

 オズとレントンも次第に弱っていく。


「~~っ、ダメ! 息ができない!」


 ベルは立ち上がり、勢いよく近くの窓を開けた。


「ガアアアウゥ!!」


 その瞬間、燃える虎が窓から入ってきた。


「きゃあっ!」


 ベルが腰を抜かしたように後ろに倒れる。

 虎は上半身が窓から入ったところで、胴体が窓枠に引っかかった。


「グルガアアアアッ!!」


 燃える虎が、強靭な前脚を滅多矢鱈に振り回す。

 そのたびに火の粉が舞い、床や壁に爪痕が刻まれ、そこかしこが激しく燃える。

 窓周辺があっという間に火の海になり、炎が天井を渡る。

 虎が暴れる振動で、麗舘全体が揺れ始める。


「ああ、マズい……」

「崩れるぞ!」

「きゃああっ!」


 ゴウン、と大きく揺れた。

 直後、三人を浮遊感が襲う。

〝樹上の麗舘エンプレス〟が轟音とともに燃え落ちていく。

 オズもベルもレントンも、麗舘の残骸ごと、地表に落下した。


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― 新着の感想 ―
想像以上の大乱闘じゃねぇか!? 何故炎の虎がこっちで暴れてるんだ…!?
[良い点] 終わって、なかった!
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