180 ロザリー✕グレン
【あとがき】におしらせがございます。
「あわわ……やっば!」
〝黄金船アルゴ〟、甲板。
船下の戦いを覗き見ていたピートが、腰を抜かしてうずくまる。
「何なんだよ……。あんなの違いすぎるだろ……テレサたちが一瞬で……本気のロザリーってこんななの? 勝てるわけないじゃん!」
意志に反してガチガチと鳴る歯を手で覆って無理やりに閉じる。
息を吸い、唾を飲み込んで、ピートが自分に言い聞かせる。
「まだだ。まだ負けてない。そうさ、初めからこれで勝てるなんて思ってない。グレンだ、俺たちは強化かけまくったグレンで勝つんだ」
ピートは「よし!」と頷き、立ち上がって甲板から叫んだ。
「グレン! これだけ準備したんだ、負けたら承知しないからね!」
するとロザリーの瞳がキロッとピートを睨んだ。
「ヒッ」
短い悲鳴を上げて、ピートがまたうずくまる。
「やれやれ」
グレンが甲板を見上げ、頭をかいた。
そしてそのままロザリーの元へ歩いてくる。
聖文術の合唱は終わっていた。
ロザリーに妨害されたからではない、役割を終えたからだ。
集団へ向かうはずだった聖文術の強化のすべてが、聖紋を通してグレンの中に収まっている。
肩甲骨から生えた翼状の光の束は健在で、彼に刻まれた数多の紋様が薄く光っている。
「待ったか」
グレンに問われ、ロザリーは首を横に振る。
「ううん、全然」
「覚えてるか、校舎裏の決闘」
「あー。あったね、そんなこと」
「あれからだ。あれから俺はお前を追い続けてきた」
「追いついた?」
ロザリーが悪戯っぽく微笑むと、グレンも笑って首を横に振った。
「いいや。まったくお前はどこまで先を行ってるんだか」
「遠く見えて案外近いかもよ?」
「かもしれない。だが卒業までに、ってのが無理なのは剣技会で身に染みた。だから、人に頼ることにした」
「みたいだね」
「軽蔑するか? 他力本願だと罵ってもいいんだぞ?」
「しないよ。あのグレンが人を頼るんだから、本気なんだなって思ってる」
「そうか。……あいつが」
グレンが親指で〝黄金船アルゴ〟甲板を指差す。
「ピートが団長だ。あいつを殺ればお前の勝ちだが?」
「殺らないよ。それじゃ何のために本拠地ほっといて出てきたかわからないもん」
「俺とウィニィを倒すためか」
「ええ、そうよ」
それを後ろで聞いていたウィニィは心中でガッツポーズした。
しかしそれをおくびにも出さず、厳しい口調でグレンに言った。
「グレン。お喋りの時間はないぞ」
「わかってる。ロザリー、この状態は長くはもたない」
「私も時間はないの。なんたって本拠地落ちそうだから」
「そうだったな。……そうか、落ちたらロザリーも消えちまう」
「そういうこと」
「じゃ、やるか」
「ん。やろう」
途端、二人の目の色が変わる。
両者の魔導が、弓のつるを引き絞るように圧縮され、研ぎ澄まされていく。
「はあッ!」
「オオッ!」
声は同時だった。しかし――。
(初動で負けた!?)
ロザリーは全力だった。
なのにグレンが一歩先を行き、剣を振り下ろしてくる。
目標をグレンの剣に変え、力を込めて迎え撃つ。
ガチィィィン!
と鋭利で硬質な音が空気を切り裂く。
(しかも力負け!?)
体勢を崩したのはロザリーだった。
膝をついて見上げる視界の中に、グレンの手の甲に聖紋とは別の刻印を見つける。
「さらにルーンで上乗せしてるの!? ズルっ!」
「何がズルいか!」
グレンの追撃が来る。
ロザリーは咄嗟に叫んだ。
「〝野郎共〟ッ! 私を攫え!」
「何ッ!?」
影から溢れ出た無数の〝野郎共〟が、一瞬のうちにロザリーを包み込んで彼女の影へと引き込んだ。
グレンの追撃は〝野郎共〟の何体かを切り裂き、その後、空を斬った。
その場に水たまりのように残ったロザリーの影は、次第に薄くなり消えていった。
すると近くの岩山の影から、〝野郎共〟に抱え上げられるようにしてロザリーが現れた。
「……お前のほうこそズルくないか?」
「ビックリしたの! 力負けしたのなんて初めてだもん!」
「へえ、そうかい」
グレンが再び、魔導の弓のつるを引き絞る。
一方ロザリーは、応じてみせながら戦い方を考え直していた。
(〝野郎共〟使って影移動。賭けだったけどできたな。死なないベルムで試せてよかった)
(グレンが使えるルーンって、あと何があるんだろう)
(身体能力強化なら、まあ対応はできる)
(それ以外は……わかんないな。わかんないから対応策もない。こういうときは――)
「――こっちから攻める!」
「!」
グレンが斬りかかる構えから、迎え撃つ体勢へと変化する。
(グレンは迎撃のとき、いつもその構えよね?)
重心をしっかと落としたのを見計らって、ロザリーが叫ぶ。
「大喰らい!」
叫びに応え、岩山の影がぶるりと波打った。
『グモオオオォォ!!』
ロザリーの背後から飛び出し、彼女を追い越して空から降ってくる大喰らい。
辺り一面が真っ暗になるほどの巨体。
重心を落としていたグレンは、即座に飛び退くタイミングを失った。
しかしグレンは、呆気に取られて見上げたりはしない。
ロザリーから目を切らず、彼女の動きを観察した。
(スピードを緩めた。俺がデカブツを避けようと動いたところを斬るつもりだな?)
ロザリーの目論見を察したグレンは、さらに腰を落とした。
「フウウウ……」
強化された魔導がさらに高まり、それによって光の翼が大きくなる。
『グモオオオォォォ!!』
「オオオオッッ!!」
落ちてきた巨体の口先を、グレンは渾身の一撃でかち上げた。
大喰らいは嫌がって口先を背け、巨体を翻して岩山の影に飛び込んだ。
影が波打ち、時化の海のように荒ぶる。
「嘘でしょ……」
呆気にとられたのはロザリーのほうだった。
そこへグレンが迫る。
【星のルーン】を宿し、一気に距離を詰める。
「……むっ?」
グレンは違和感を覚えた。
ロザリーは突進するグレンに気づかず、その場にとどまっている。
(気づかない? ロザリーが?)
そこでグレンが、ハッと地面を見る。
ロザリーの影が、自分の足元まで伸びている。
(影だ。影を踏んではならない!)
グレンは足取りを乱してでも、影を踏まかった。
結果、突撃の方向を変え、飛び退く形になった。
その様子にロザリーが言う。
「慎重ね、グレン」
「……未だに夢を見る」
「夢?」
「アトルシャンの黒犬の夢だ。圧倒的な実力差。奴の戦い方、考え方。魔導ではロザリーが勝るのに、奴はお前を追い詰めた。夢の中で俺は、奴の動きを何度もなぞった」
「へぇ……。そうなんだ」
「もちろん、攻略法も考えてある」
グレンはそう言うや、ウィニィのほうを振り返った。
「ウィニィ! 例の奴を頼む!」
「ああ! わかった!」
ウィニィが頷いたのを見て、グレンがもう一度、ロザリーに向けて突進する。
「同じことを……」
ロザリーが再び、迎え撃つために間合いの外から影を伸ばす。
すると――。
「「光、あれ!」」
グレンの背後で、ウィニィがロザリーもよく知る聖文術を唱える。
しかしそれは馴染み深い【灯火】ではなく、集団で唱えることで強烈な光を放つ【閃光】だった。
「~~っ!」
ロザリーの伸ばした影が、光によって後退、あるいは消え失せる。
グレンは影を気にせず、悠々とロザリーの元へたどり着いた。
「どうだ! これが影の攻略法だ!」
グレンが振り上げた剣を前に、ロザリーは自分の胸元に手を伸ばした。
そしてニッと笑い、シャツのボタンを引きちぎる。
「ッッッ!!!」
何度も夢に見た光景。
黒犬の最期がフラッシュバックする。
グレンは慌てふためき、後ろへ飛び退いた。
そこへ間髪入れず、ロザリーが飛びかかる。
ギィィィン!
と刃が鳴り、鍔迫り合いになる。
「繰り返しのお勉強も考えものね、グレン?」
「く、ググ……ハッタリか!」
「ううん。あの時と同じように僕を出すこともできた。グレンは察して逃げると思ったから出さなかっただけ」
「くッ……」
「力負けしてるよ? ルーンはどうしたの? もう使わないの?」
「……ッ」
「答えてあげる。あれって足し算じゃなくて掛け算なのよね? 天使化の状態で倍率掛けたから、私の魔導を上回ることができた。でもそれは、想定以上の負荷だった。そもそも魔導を無理やり上げているのに、さらに上乗せしたから身体がもたなくなった。制限時間も、もう残ってないんじゃない?」
「……なめるなよ、ロザリィィィ!!」
グレンの手の甲に【獅子のルーン】が再び宿る。
ロザリーの剣を力任せに押し返し、彼女を押しやった。
と同時に、グレンの目の縁や鼻からドロリとした血が流れ出てきた。
「苦しいね。終わらせてあげる」
ロザリーはヒュンと剣を空で振り、グレンに斬りかかった。
グレンの身体は確かに限界を迎えつつあった。
しかし聖紋の力は未だ健在で、彼の動体視力もまた、強化された状態のままだった。
(ッ、ほんとになめてるのかッ!)
ロザリーの振りは美しさを感じるほどだが、見切れぬ鋭さではない。
これを弾いて、最後の一撃を加える。
そのために彼女の振りに合わせて力を溜め、タイミングを合わせてその剣を打ち落とすべく動き出した、まさにそのとき。
「――二号、三号、四号」
ロザリーの胸元の影から、二号がぬるりと這い出してきた。
気づけばロザリーの影が伸びていて、グレンの足元から三号が、そしてグレンの背後から四号が飛び出し、斬りかかってくる。
ロザリー自身の振りはまったく乱れなく、変わらず迫ってくる。
正面二方向、下方、背面からの同時攻撃。
(避けようが、ない!)
グレンは瞬時に決断した。
首を狙う二号の大鋏が、わずかに避けたことによって鎖骨近辺に深々と突き刺さる。
三号の噛みつきはそのまま太ももで受け、四号の後ろからの刺突が腹から突き出る。
「グッ! ロザ……!」
ロザリーだけを迎え撃つために、すべてを身に受けたグレン。
しかし――。
「ごめんね、グレン」
ザグッ。
ロザリーのひと振りは、容赦なくグレンの肩口から入り、心の臓に達した。
「……ロ、っ」
グレンは薄く名を呼び、それを最後に目の光が消えた。
ロザリーが剣を引き抜くと、グレンは仰向けに倒れた。
【書籍化のご報告と今後の予定】
『骨姫ロザリー』が書籍化することになりました!
レーベルはオーバーラップ文庫様!
5月末に発売予定です!
詳細はまた追ってお知らせできればと思います。
……で、なのですが。
1月の活動報告で申し上げた『騎士編』の調整が、書籍化作業もあって見通しが立っておりません。
なので少し予定を前倒しして、来週から週1話更新にいたします。
今後の進行予定は
べルム(あとちょっと。残り3~4話?)
↓↓↓
べルム打ち上げ等
↓↓↓
卒業式?
↓↓↓
騎士編突入
となっております。





