178 ロザリー攻略戦―2
――実況席。
首吊り公が眉をひそめる。
『……ロザリー騎士団の騎士団長が、ロザリー=スノウオウルでは、ない?』
続いて、ビジョンに大写しになったラナの顔を見て首を傾げる。
『この、ラナという女子生徒はどんな人物なのかね? 私が事前にもらった資料には名前がなかったが』
『は、それは……ええと……』
ヘラルドはみるみるうちに汗だくになり、取り出した手巾で忙しなく額を拭いている。
『ヘラルド君。答えなさい』
『は……。ラナは、ラナ=アローズは……』
『なんだね。はっきり言いたまえ』
『ラナ=アローズは……色無し、ですっ!』
観客席に一瞬の静寂。
のちに大きなざわめきが起こる。
『……彼女は無色の魔導者だと?』
『はい、剣技会でもベスト8まで残っています。私が実況しましたので間違いありません。ただ……魔導実技試験で不可評価となり、卒業資格を有していないはずです。資料に名がないのもそのためで……まさか最終試練に参加しているとは』
首吊り公はしばし沈黙し、それからぼそりと呟いた。
『……ふむ。そういうことか』
『そういうこと、とは?』
『ラナが団長である理由だよ。この騎士団はラナを卒業させるための騎士団なのだな』
『卒業!? いえ、申しました通り、ラナには卒業資格がありません』
『いいや。リル=リディル英雄剣受領者は、他の卒業試験の結果に関わらず主席卒業だ。知っているだろう?』
『それは! ……それは、他の卒業試験を最低限クリアした前提の話でしょう?』
『違うな。前例がある』
『そうなのですか!?』
『大昔の話だが、卒業試験をすっぽかして不可評価となった王族がいた。その王族は傍若無人で問題も多かったが、勇敢で強い騎士だった。彼は最終試練で優勝し、その結果をもって主席卒業と相成った。ソーサリエは〝実戦での強さこそが騎士に求められる素質である〟というもっともらしい理由をつけ、翌年から〝リル=リディルはすべてに優先される〟という一文を卒業試験規則に付け加えたのだよ』
『その一文が今も生きている、と?』
『現に表現は違えど同じことが規則に記されている。前例となった人物の功績を思えば、消すことはできないのだよ』
『不勉強ですいません、その人物とは?』
『五代獅子王イオネルだよ。皇国の大魔導を二人も討った、歴代最強と謳われる獅子王だ』
『なんと……では、ラナ=アローズが優勝した場合……』
『主席卒業だな。無色の騎士の誕生、というわけだ』
観客席が悲鳴混じりのどよめきに包まれる。
ヘラルドが顔を青くして言う。
『何という事だ……初めて実況を仰せつかった最終試練が、そんな結果になるなんて……』
『それは気が早いだろう』
首吊り公はさして気にしていない様子で、目下に広がるベルムの模型を眺めた。
『ラナ騎士団の主力はロザリーを置いて他にない。そのロザリーは攻めに出て、北部に釘付けになっている。ロザリーが北部の戦闘で倒れなくとも、先に南部の本拠地を落とされたら敗北だ』
『なるほど! そこに望みをかけるしかありませんね!』
『フ、私は誰が勝っても構わないのだがね?』
ベルム北部は膠着状態が続いていた。
ロザリーは片目を閉じて、墓鴉の目で事のあらましを覗いていた。
グレンたちは攻めかかってくる気配はない。
〝槍の塔エル・アルマ〟が崩壊したのは間違いない。
なのに、どんなトリックを使ったのかはわからないが、彼らは生きている。
墓鴉で見る限り、彼らの仲間も生き残っている様子。
このまま仲間が揃うのを待って、決戦を挑んでくるのだろう。
時間をかけてくれるのは、未だパメラの呪縛――魔導回復の影響下にあるロザリーにとっても悪くはない。
しかし、ロザリーは焦りを覚えていた。
「来たか」
グレンが背後を振り返る。
木々が広範囲に揺れている。地面もだ。
やがて高速で陸上を走る黄金船が姿を現すと、ロザリーはおおよそではあるがトリックの種を察した。
(歌が聞こえる……)
ロザリーは思い出す。
これは課外授業、アトルシャン事件で戦った敵騎士団の〝合唱〟と同じだ。
(光が船を包んでる。〝野郎共〟を攻め込ませるのは無理ね。大喰らいは……あの機動力だと躱されるかも)
やがて〝黄金船アルゴ〟が停船すると、船の四か所ほどから大きな錨が落ちてきて、地面と鎖で繋がれた。
それを見届けると、グレンは剣を納めて言った。
「テレサ、しばらく任せるぞ」
「おっけー、団長。……戻ってくる前に私らで決めちゃってもいいよね?」
「無論だ」
グレンは頷き、アルゴへと向かう。
巨大船に掛けられた梯子を上ると、入れ代わりに青のクラス生が複数下りてきた。
総勢十五名。
テレサ、シリウス、デリックを合わせて十八名の精鋭が、ロザリーと四号を取り囲む。
彼らは戦に逸っている様子だが、抜け駆けする者はいない。
半円を描いて包囲し、じりじりと距離を縮めていく。
主を守らねばならない四号も、それに合わせてじりじりと後退する。
「……かかれっ!」
テレサの号令で一斉に斬りかかってきた。
包囲の中で最も速く斬り込んできたシリウスを、四号が迎え撃つ。
先ほどまでのように、やたらに剣を重ねたりはしない。
致命傷を狙った曲刀の一撃。
シリウスが急停止して後ろに飛び退くと見るや、その周囲の者に大振りを一回、二回。
包囲が崩れたら再度ロザリーの前に戻り、次を迎え撃つ。
「怯むなっ! 波状攻撃!」
繰り返し攻撃を仕掛ける仲間と、それを迎え撃つ四号。
テレサはその動きを瞬きもせず、見つめていた。
そしてある一瞬、号令をかけていたテレサ自ら飛び出した。
「……抜ける!」
それは四号が迫りくる包囲を迎えに飛び出した瞬間だった。
四号は戻れず、テレサがロザリーに迫る。
「もらった!」
テレサがあと数メートルと迫り、ロザリーの唇が動いた。
「二号。お願い」
彼女の影から新たな骸骨が飛び出した。
四号よりずっと小柄で、手に大鋏を持っている。
ジョキン! と鋏が鳴る。
「あーっ! 私の髪っ!」
首を狙った大鋏を間一髪で屈んで避けたテレサだったが、ツンツン頭がさらに短くなった。
「庭木ノオ手入レ……」
「誰が庭木よっ! ――わわっ!」
ジョキン! ジョキン! と大鋏が連続で鳴る。
大鋏は持ち手が長く、テレサは間合いの外から攻撃されて防戦一方となった。
シリウスが叫ぶ。
「下がれ、テレサ! 無闇に突っ込むな!」
「~~っ、わかってるっ! 仕切るな、シリウスっ!」
テレサが大きく退くと、ロザリーはもう一体、僕を追加した。
「ケケケ……!」
奇声とともに影から現れ出たのは、自分の頭を小脇に抱えた骸骨。
ウルスの息子が誘拐されたときに使った三号である。
「ロザリー。焦ってるね?」
十分に下がったテレサが言った。
「焦りの原因、当ててあげようか?」
「……」
ロザリーが黙して反応しないと見るや、テレサはどこか得意げに語り始めた。
「あんたが焦る理由は二つ! ひとつは本拠地が大ピンチ! ってこと。本拠地落ちたら私らに勝っても負けだもんね?」
「……もうひとつは?」
「【魔導回復】、いつ終わるの? ぜんっぜん、おわんな~い! ってこと!」
「!」
「賢いあんたのことだから、もう【魔導回復】の仕様はわかったよね?」
「……まあ、ね。こんなに厄介だとは思わなかった」
「フフ、本当に厄介よね? 魔導が全回復しないと身動き取れないのに、全回復直前になると極端に回復速度が鈍るんだから!」
「……」
「ウィニィ派が実験した結果だと、回復速度が鈍ってから、全回復までおよそ三十分ってとこらしいわ。もしかして、もうその三十分に入ってたんじゃない? 回復速度、鈍ってなかった?」
「……かもね」
「なのにあんたは私らの攻めに焦って、新たに使い魔を呼び出した。魔導をまた消費してしまった! 本拠地が大ピンチなのに! 全回復しなきゃ動けないのに! ざぁんねん! また三十分、頭からやり直しだわぁ!」
包囲している青のクラス生たちから、余裕の笑みがこぼれる。
手を打って挑発的に笑う者までいる。
するとデリックが珍しく口を開いた。
「テレサ」
「っ。何よ、デリック」
「喋り過ぎだ」
「いいじゃない。ロザリーもわかってたんだし」
「油断するな。勝ちを意識した瞬間に負けは近づいてくる」
「はいはい。シリウスもデリックも私が仕切ると口うるさくなるの、どうにかならない?」
ロザリーはテレサたちの会話を聞きながら、考えを巡らせていた。
(いいこというねぇ、デリック。でも、ずっと前にどこかで聞いたような?)
(ま、それはいいとして。テレサが素直な子で助かったな、【魔導回復】の仕様、ヒント無しじゃさっぱりわかってなかったもん)
(【魔導回復】だから全快するか、時間で効果が終わると思ってたのに、全然終わる気配がなかった)
(仕様がわかれば簡単ね。ほとんど回復したのに終わらなかったのは、ほとんどだったから)
(で、ほとんどの時間が長いのは、回復速度が極端に鈍るから)
(仕様がわかればやりようはある)
ロザリーの視線が、自分の腰の辺りに落ちる。
(出がけに、ロロに無理やり持たされたけど……まさか役に立つとはね)
(あとは見極め。タイミング!)
作戦を決めたロザリーは、周囲に立つ忠実な僕たちに命じた。
「二号、三号、四号! 私に構わず、敵の数を減らせ。手傷では許さない。確実に仕留めていけ!」
瞬間、僕たちの気配が変わる。
主を守る近衛兵のようだった彼らから、凶悪な殺人者のごとき悪意が満ち満ちていく。
変化を感じ取った青のクラス生たちが一斉に後ずさる。
「怯むな! 踏み止まれっ!」
テレサが叫ぶ。
「今のロザリーの命令は、使い魔に戦いを預けたということ! それが意味するのは、ロザリーはこれ以上、魔導を使いたくないってこと!」
テレサが剣でロザリーを指し示す。
「私らの勝ち筋は、ロザリーに魔導を使わせ続け、【魔導回復】を終わらせないこと! ロザリーが使わないと言うのなら、使わせてやろうじゃないの!」
「「おおッ!!」」
「ガイコツがいかほどのものか! かかれぇッ!!」
「「オオオオオッッ!!」」
赤目の君「勝利を確信したとき、敗北が顔を覗かせる」