176 黄金船
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「ロザリー……お前って奴は……」
グレンが恐怖に駆られた目でロザリーを見下ろすと、彼女はなぜだかきょとんとしている。
グレンはハッと腕を引き、剣のコントロールを取り戻した。
そのままゆっくりと後ろ向きに、仲間の元へ下がっていく。
「何だよ……何なんだよ、あれ!」
現実を受け入れられないシリウスが大声で叫ぶ。
「やっば、鳥肌が連続で」
何度も身震いしていたテレサが、明後日の方向を見るデリック(ロザリーでも崩壊した塔でもない方角を見ている)に気づく。
「どこ見てんの、デリック」
「……本能が直視するなと言ってる」
「あんたでもそうなのね……」
すると、三人の元まで下がってきたグレンが言った。
「怯えるな。まだ負けてない」
テレサが頭を掻く。
「グレン。そうは言うけどさ、これってもうレベルが違うっていうか――」
「――だからこそ、だ。俺たちはこのロザリーを倒すんだ!」
テレサはもう反論しなかった。
「仕方ないな、もう」
シリウスとデリックも続く。
「グレンを担いだのが運の尽きかあ」
「後の祭りだ、シリウス」
しかし、当のロザリーから戦意を感じない。
相変わらずきょとんとした顔でこちらを見ている。
ロザリーの感情が自然に伝わる下僕の四号も、いつの間にか剣を引いて彼女のそばまで戻っている。
その様子に、グレンが言う。
「ロザリー。何のつもりだ?」
ロザリーは答えない。
「まさか降伏しろと? あんなデカブツ見たから、敵わないから無駄な抵抗をするなと? そんなこと俺にだけは言うなよ、ロザリー!?」
するとロザリーは我に返ったように表情が戻り、すぐに首を横に振った。
「違うよ、グレン。そうじゃなくて」
「じゃあ、何だ」
ロザリーがグレンたちを指差す。
「本拠地落ちたのに、なんでピンピンしてるの?」
グレンはしばらくロザリーを見つめていたが、ハッと仲間たちを振り返った。
「なんでだ?」
テレサもシリウスもデリックも首を横に振る。
「わかんない、何で?」
「何でって言われても……」
「わからん」
すると、後ろに控えていたロイドが言った。
「裏ルールだ」
ロイドに皆の視線が集まる。
「殿下と俺とピートで考えていた策だ。胸のリボンを見てみろ」
言われてグレンが、自分の胸に視線を落とす。
そこにあったリボンの柄は、〝黄色地に王冠〟ではなく、〝青地に鹿角〟に変わっていた。
――実況席。実況のヘラルドが声を荒らげる。
『何なんですか、あれは!』
首吊り公が首を捻る。
『ネクロマンサーだからね。死霊ではあるんだろうが――何かはわからないね』
『黒くなった大地がうねり、隆起して塔を破壊したように見えました』
『うん、うん。これで〝槍の塔エル・アルマ〟は破壊されてしまったわけだが――奇妙なことに騎士団が生き残っているね?』
『そのようです。生き残った団員が崩壊した塔の周辺に……おや? これは〝黄金船アルゴ〟?』
『ほんとだ、瓦礫に紛れててわからなかったよ。塔のすぐ近くまで移動してきていたんだね』
『移動、ですか?』
『うん。〝黄金船アルゴ〟の仕掛けは動くことだ。本拠地ごと移動ができる』
『なんと!』
『しかし……うん? たしか〝黄金船アルゴ〟の団長グレンは、ウィニィ殿下に降伏したんだよね?』
『はい、そのはずです』
『塔が崩壊する前に何かが起きたはずなんだが……何が起きたんだろう?』
『巻き戻してみましょうか』
『えっ。できるの?』
『可能です。では、〝槍の塔エル・アルマ〟の中枢部の、過去の映像を』
ヘラルドが係員に向けて指示すると、ビジョンが真っ黒になった。
しばらくして、まだ健在の〝槍の塔エル・アルマ〟が映し出された。
ビジョンの映像が塔内部へと寄っていく。
まだ健在しているときの〝槍の塔エル・アルマ〟中枢部。
ウィニィと、十名前後の黄クラス生の団員がいる。
「本拠地を先に狙ってきたか……!」
ウィニィが呻くように言うと、団員の一人が言った。
「ガイコツ共は無限ループにハマっています、問題ありません」
「わかるものか! 相手はロザリーだぞ? アルゴはまだか!?」
窓から外を監視していた別の団員が言う。
「まだです!」
「あらかじめ、もっと近くに寄せておくべきだったな……」
「そうですね――う? うああああッ!」
監視の団員が取り乱したように叫んだ。
「どうした、報告しろ!」
「地面が、違う、バケモノ!? うあ、来ますッ!!」
直後、凄まじい揺れと轟音が中枢部を襲った。
「ヒイィッ!」「きゃああっ!」「何だっ!?」
ウィニィが柱に掴まりながら叫ぶ。
「何があった!」
「不明です!」
塔が大きく傾く。
床に置いてあった鞄や食料類などが滑り落ちていく。
「ロザリーだな……っ」
そう呟き、ウィニィは窓を睨んだ。
落下していく上層の瓦礫や、この角度からは見えるはずのない地面が見える。
「倒れるぞ! 旗を守れッ! 本拠地旗が破損したら負けだっ!」
近くにいた団員が言う。
「殿下が亡くなっても負けです!」
「~~っ! なら僕と旗を守れッ!!」
「「はい!!」」
ウィニィが本拠地旗の元まで行き、団員全員が肉の壁としてそれを囲む。
倒れゆく〝槍の塔エル・アルマ〟の中で、ウィニィだけは窓の外を睨み続けていた。
「……! 来たッ!」
塔が湾曲し、もはや下向きに近い窓から、地面を滑りながら塔に横付けした〝黄金船アルゴ〟が見えた。
「飛び降りるぞ! 【守護壁】だ!」
「「ハッ!!」」
団員たちは恐怖に顔を引き攣らせながら、ウィニィに続いた。
「「守り給え!!」」
守護の聖文術を唱え、一斉に飛び降りる。
「う゛ッ」「ぐうっ」「ぐ、っ」
ウィニィたちが次々に〝黄金船アルゴ〟の甲板に墜落する。
飛び降りた全員が程度の差こそあれど負傷し、ウィニィも足を痛めた様子。
だがウィニィは聖文術で治療もせずに、すぐに足を引きずりながら動き出した。
ウィニィが向かうはピートの元で、ピートもまた駆け寄ってきた。
「ウィニィ様! よく飛んだね!?」
「話は後だ――」
そうしてウィニィは痛む足を曲げて膝をついた。
「――ピート。降伏する」
「わかった、受け入れる! アルゴ! すぐにここから退避だ! 急加速!!」
ピートの意志のままに〝黄金船アルゴ〟が動き出す。
そうして〝黄金船アルゴ〟が離脱した瞬間。
まさに今までいた場所に無数のパーツに分解された塔が落ちて、そこは瓦礫の山となった。
一部始終を目にした首吊り公が賞賛の拍手を送る。
『よくもまあ考えたものだ! 強敵に挑むに当たり、しっかりと備えていたわけだ!』
ヘラルドが言う。
『……これは思いつきの作戦ではない、と?』
『思いつきでは不可能なんだよ。あらかじめ、信用できる仲間を無所属のままにしておかねば成立しないからね』
『!! ……グレンがアルゴで旗揚げし、塔でウィニィ殿下に降伏。このとき、主を失ったアルゴは本拠地候補に戻りますが、ここで再度旗揚げできるのは無所属の生徒だけ!』
『その通り。塔がピンチになったら旗揚げし、本拠地を乗り換える作戦だね。団長の移動がネックだけど、それさえうまくいけば乗り換え可能だ』
『この戦い……どうなるのでしょうか』
『わからない。予測不能だ。……おや? あの方は――』
首吊り公は、何気なく目をやった観客席最上部に設えられた貴賓席に目を奪われた。
齢六十ほどであろうか、がっしりとして背の高い、老齢の男性。
頭頂部は禿げ上がっているが、残りの髪はもくもくとした黒ひげと繋がり、その体躯と合わせて威風堂々たるものだ。
その人物が纏うマントには〝吠え猛る獅子〟の意匠がある。
「――先王弟殿下。いらっしゃっていたのか」
先王弟は立ち上がり、呆気にとられた顔でビジョンを凝視している。
「しかしあのお顔の表情はなんだ? ロザリー=スノウオウルを見ている?」
王族というものは、衆人の前で感情を表に出すことはめったにない。
衆人が期待する感情を意図して演じることはあるが、しかし今の先王弟の表情はそういった類のものではない。
「殿下と何の繋がりが……ん? スノウオウル!?」
『公! お聞きになっておられますか?』
『んっ? ああ、すまない。何か動きはあったかね?』
『まさに! 〝魔女ミシュレの温室〟でも大きな動きがあったようです!』
『ほう! いよいよ戦も終盤だね。さて、どんな結末になるか……』
首吊り公がそう答えてからちらりと貴賓席に目をやると、そこに先王弟の姿はなかった。
〝槍の塔エル・アルマ〟崩壊が起こる少し前。
本陣のジュノーが、傍らのザスパールに問う。
「ロザリーが出た? 北で?」
ザスパールは受け取った【手紙鳥】の文面をもう一度確かめてから、頷いた。
「北に潜伏させてる赤クラス生からの情報だ。どう思う?」
「どうもこうも……」
ジュノーはザスパールに問われ、地図を取り出した。
「ロザリーの旗印と本拠地の旗は重なっているわ」
「だな。〝魔女ミシュレの温室〟に団長はいる。ってことは北は囮だ」
「……ええ」
ジュノーの頭にある可能性が浮かんだが、口にせずに飲み込んだ。
「敵本拠地はどう?」
「隆起してできた高地の崖下に何人も取りついているんだが、うまく登れない。上からの攻撃に苦労してる」
「どんな術?」
「物だよ。石やら岩やら。たまに靴まで落ちてくる」
「手段を選んでられないのは追い詰められてる証拠、か。いいわ、そのまま攻めて」
「了解」
ザスパールが巻き貝を使って指示を伝えている間、ジュノーは引っかかりを覚えていた。
(北のロザリーが偽物なのは明白)
(敵本拠地から姿を現さないのも、偽物へ意識を向けたいから)
(でも……なぜこんなに胸騒ぎがするの?)
(確かめてみる、か)
「ザスパール」
ジュノーが呼ぶと、彼は声も発さずジュノーに近寄ってきて、顔を寄せた。
そして囁き声で尋ねる。
「何だ? 迷ってる顔してる」
「……気になるの。赤クラスの子、誰か呼んでくれる?」
「構わないが……何をさせる気だ?」
「【手紙鳥】よ。偽物が本当に偽物か確かめる」
ザスパールは怪訝そうな顔をした。
「手紙で『あなたは本物ですか?』とでも聞くのか?」
ジュノーがフッと笑う。
「バカね、ザスパール。ここからロザリー宛に【手紙鳥】を放てば、北へ飛ぶか南へ飛ぶかで居場所がわかるでしょう?」
「おお、なるほど!」
そしてザスパールが再び巻き貝の術を行おうとした瞬間。
二人の足元が揺れた。
「また地震? 【地殻隆起】かしら?」
「!! 違う! あれを見ろ、ジュノー!!」
ザスパールが顔を青くして指差したのは、北に立つ〝槍の塔エル・アルマ〟。
ここからでもはっきり見えるほど天高くそびえた塔が、黒い巨大な何かにぶつかられ、弓のように大きくたわみ、圧し折れて崩れていく。
衝撃的な光景をまざまざと見せつけられたジュノーが、ぼそりと言った。
「……赤の子、呼ばなくていいわ」
「ジュノー……」
「あんなことをできる人間が、ロザリー以外にいるものか……!」
ピート「これ、勝ったら僕が首席……?」ゴクリ





